笹本稜平『不正侵入』(光文社)
警視庁組織犯罪対策部第四課の刑事・秋川恭介は、旧友の不審死をきっかけに権力の闇に踏み込んでいく。見え隠れする検察の影。事件をきっかけに失踪した友人の妻と、不可解な行動で捜査を混乱させる謎の青年。あらゆる捜査妨害を乗り越えて、秋川は友が語りえなかった真実に迫れるのか!?(帯より引用)
2004年8月から2006年5月まで、岩手日報、下野新聞、岐阜新聞、山形新聞、南日本新聞、信州日報に「影のない訪問者」のタイトルで順次連載された作品を加筆訂正。
笹本稜平の新作は、徒手空拳の刑事が検察や上層部からの圧力にも負けず、友の死とその背後関係、そしてさらには巨悪の存在までを探し続ける警察小説である。
周りは敵だらけ。一体誰が敵なのか、それとも味方なのか分からない。そんな中で、悪を追い求める刑事。うーん、王道の展開だ。ネックといったら失礼かもしれないが、問題点はそれ以上でもそれ以下でもないことだろうか。読んでいて面白いのだが、新しいものが何もない。
主人公は新たに創設された第四課ハイテク組織犯罪特別捜査室のトップとなったところから始まるし、最初に捜査を始めた暴力団のネット賭博から事件は核心に迫っていく。とまあ、この辺は2006年の作品らしいところなのだが、小説の組立そのものがあまりにも古めかしいというか。警察小説ならこんなものなのかもしれないが、笹本稜平にはもう少し別の何かを求めたかったところである。贅沢かもしれないが。
普通に読む分には面白いと思うけれどね。読み終わっても、残るものが何もないというのが残念なのだ。
大沢在昌『パンドラ・アイランド』(徳間書店)
東京から七百キロ、小笠原の先にある一見平和でのどかな南の楽園・青國島。一人の男がこの島にやってきた。高州康彦、四十一歳、元刑事。彼の仕事は“保安官”。司法機関のないこの島での治安維持が任務だ。都会での生活に疲れ、妻とも離婚し、平穏な暮らしを求めてやってきた。そんな高州の願いは、一人の老人の死によって打ち破られた。泥酔して海に転落した草引の死に疑問を抱く高州。島特有のしきたり、排他的な島の人々…さまざまなものが捜査の行方を阻む。
老人の転落死、放火事件、そして射殺事件。高州の赴任以来、青國島の平和な暮らしは一変した。捜査を続けるうち、島でアメリカ統治時代にコカの栽培をしており、それが「財産」になっていることを知る高州。そんな彼に収入役の草引、助役の木島らは苦言を呈する。村長の井海、島の過去を知るアメリカ人医師オットー、高州に近づく娼婦チナミ…真実を知っているのは誰だ? 島の人間が守ろうとする“秘密”とは? 孤独な闘いのなか、しだいに明らかになる島の過去。事件の核心に迫る高州を待ち受けるものは。(「BOOKデータベース」より引用)
「東京中日スポーツ」に2002年8月1日~2003年11月14日に連載された「海と拳銃」を改題、大幅改稿。第17回柴田錬三郎賞受賞作。
ノベルスが出てからハードカバーを読む。まあ、いつものことだ。
柴田錬三郎賞を受賞したというからとても期待していたんだけどね……。ひとことで言ってしまえば、「生緩いハードボイルド」。確かに排他的な島のように見えるが、高洲が探す秘密や手掛かりは追っていくうちに簡単に見つかるし、別れた後でも付き合いのある警察幹部の元妻からは重要な情報が手に入る。殺人事件で捜査にやってきた捜査一課長は高洲の元上司。いい関係ではなかったといいながら、それほどぶつかり合うこともなく、互いに情報を交換している。何のことはない。回りに助けられながら、簡単に答を見つけているだけじゃないか。どこが「たった一人の追跡行」(帯の言葉)なんだ? どこが「孤独な闘い」なんだ?
それでも読んでいる途中は退屈しなかったんだから、物語を読ませる力はさすがというべき。他に言い様がないね、この作品については。
山田風太郎『いだ天百里』(東京文芸社 東京ブックス)
風か、幻か、地を撫でる如く山を疾駆する。人呼んで撫衆という。山に棲み、粗末な小屋をむすび、渡り鳥のように山から山をわたる。
真黒な剛毛を逆立て、目を血走らせ、狂ったように牙をむき、鼻あらしをふいて突進する猪の背にまたがる凄絶の美女。口にくわえた山刃をキラリとひらめかせ、顎に突き刺す。血の噴水をふき上げどうと倒れる巨獣。天城撫衆の親分、その娘お狩、お浮、武田家の旧臣関半兵衛。天城の金山を狙う大久保石見守長安とその愛妾お扇。神出鬼没奇策縦横の撫衆の反撃猛攻、武田家再興を計る一党の執念と悲願、愛欲に爛れ金に溺れた長安一味の陰謀と、その妖異のムードと意外性で描く異色の風太郎時代長篇。(粗筋紹介より引用)
昭和42年9月25日初版。
ということで読んでみたんだけどね。話を追いかけるのが苦痛で、読み終わるのがやっと。「本を読む」という気力に欠けていたときに読んだせいかな。感想なんて、とても書けません。
歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』(講談社ノベルス)
〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉。奇妙なニックネームをもつ5人がインターネット上で殺人推理ゲームの出題をしあっている。密室、アリバイ崩し、ダイイングメッセージ、犯人当てなどなど。ただし、ここで語られる殺人はすべて、現実に発生していた。出題者の手で実行済みなのである……。
茫然自失のラストまでページをめくる手がとまらない、歌野本格の粋を心して噛み締めよ!(粗筋紹介より引用)
「Q1 次は誰を殺しますか?」「Q2 推理ゲームの夜は更けて」「Q3 生首に聞いてみる?」「Q4 ホーチミン―浜名湖五千キロの壁」「Q5 求道者の密室」「Q6 究極の犯人あてはこのあとすぐ」「密室でなく、アリバイでもなく」「Q8 誰が彼女を殺し(救え)ますか?」を収録。
リアル推理ゲームを出題する犯人、そして解く4人。5人が次々に問題を出題する。一つ一つをみたら、バカミスでも使わないよ、というようなトリックもあるが、推理ゲームとして用いられる分にはそれもありかな、と思ってしまう。考える方も考える方だが、それを8つも並べてしまうというのも凄いといえば凄い。立て続けに出題されれば、馬鹿馬鹿しいことでも納得してしまうということだ。もちろん、それを成立させてしまう歌野晶午の巧さというものもあるのだが。
本格ミステリ=ゲーム小説と考える人から見たら、喜び震えるんじゃないかな。一応フェアに出題されているし、トリックの方も可能。各章のタイトルが既存ミステリをもじっているというのも、推理ゲームらしい趣向である。最終章の謎明かしもうまい。各章で生じた疑問を忘れてしまったところに、不意に答えが投げつけられるのだからビックリする。ただ、最後はない方がよかったんじゃないかと思ってしまう。
途中でも書いたけれど、ゲームとして楽しむ分には凄く面白い。人間ドラマを期待する人には、全くお勧めできないが。
実際に考えたトリックを用いて殺人を犯し、それをゲームとして出題する。確かに今の時代なら、こんな事を考える犯人がいても、おかしくない。恐ろしい時代だね。
麻耶雄嵩『神様ゲーム』(講談社 ミステリーランド)
小学4年生の芳雄の住む神降市で、連続して残酷で意味ありげな猫殺害事件が発生。芳雄は同級生と結成した探偵団で犯人捜しをはじめることにした。そんな時、転校してきたばかりのクラスメイト鈴木君に、「ぼくは神様なんだ。猫殺しの犯人も知っているよ。」と明かされる。大嘘つき?それとも何かのゲーム?数日後、芳雄たちは探偵団の本部として使っていた古い屋敷で死体を発見する。猫殺し犯がついに殺人を?芳雄は「神様」に真実を教えてほしいと頼むのだが……。(粗筋紹介より引用)
かつて子どもだったあなたと少年少女のためにの―――ミステリーランド 第七回配本。
デビュー作『翼ある闇』は「安普請の黒死館」ぶりがとても面白かったのだが、その後の作品は自分と肌が合わないものが多い。本作は古本屋の子供コーナーにあったので、手に取ってみることにした。しかし、こんな作品、ミステリーランドで出していいのかい、と思わず叫びたくなった。子供が読んだら、トラウマになるだろうな、これ。それぐらい、底意地の悪い作品。検索したら、後援会で編集者からトラウマになるような作品をリクエストされたと書いているけれど、多分こういうものが作者の趣味に合っているんじゃないかと思ってしまう。
探偵団という昔の子供なら一度は結成しそう(今はあるかどうか知らない)なアイテムを持ち出し、本部は山の中にある廃屋。いかにも小学生の探偵団が追いそうな事件を追いかけるうちに、事件に遭遇。これだけだったら、ミステリーランドらしい作品になっただろうに、「神様」を同級生に配置したことで、物語は複雑なものになってしまう。一応ミステリらしい謎とトリック、解決があるものの、「神様」の存在は全てをひっくり返してしまう。
麻耶雄嵩は結局、一応の謎と解決を提出しながら、最後はそれを全てぶち壊し、高いところから笑うのが好きに違いない。それはストレートな本格ミステリの形を嫌ってのことなのか。自ら創造したものは、自らの手で壊さないと気が済まないのだろう。今回はミステリーランドという叢書があって、主人公が小学生だからこの仕掛けは成功したのだろうが、いつまでもこのパターンが成功するとは限らない。この人の、ストレートな長編本格ミステリを読んでみたいものだ。
大藪春彦『砂漠の狩人』(光文社文庫)
ドイツの極右グループ「黒い狼」を攻撃し、巨大組織ネオ・ナチを敵に回してしまった星島弘。彼は、朋友ビュルガーとともに、「砂漠のキツネ」ロンメル元帥の莫大な隠匿財宝を追う。が、ネオ・ナチも外国人襲撃のテロ資金として同じ秘宝を狙っていた。再び死闘が始まった。ドイツ統一後の国際的な暗闘を描く、待望の書下ろし最新作。戦場の狩人に最大の危機が迫る。(粗筋紹介より引用)
ウェポン・ハンター・シリーズ第7作目。1993年9月刊行、文庫書き下ろし。
優秀なコンバット・カメラマンであり、今では武器商社の経営者である星島弘を主人公にしたウェポン・ハンター・シリーズの第7作目。このシリーズはいずれも光文社文庫から書き下ろしで出版されている。巻末にある主要参考文献の多さで分かるとおり、土地・重火器・歴史・食べ物などのありとあらゆる情報が満載であり、そしてその情報に振り回されてしまい、物語の面白さはほとんどない。大藪にはご都合主義としか言い様がない展開が時々見られるが、このシリーズはその傾向が顕著。結末もとってつけたような終わり方が多い。大藪、衰えたりというのがあまりにも分かりすぎるくらい分かるシリーズである。それでもなんとなく、手には取ってみるんだよね。
中村希明『現代の犯罪心理』(講談社 ブルーバックス)
「なぜ、こんなひどいことを……」とゾッとするような凶悪事件が、このところ日本では多発している。人を巧みにだましても命までは奪わないのが仁義とされたサギ師が恐ろしい連続殺人を起こすかと思えば、自分の悪口を言っていると妄想を抱いた男に出張帰りの乗客が新幹線の車内で突然刺殺された。また、わが国では比較的少ないとされていたバラバラ事件でさえ、最近は珍しいものではない――。
サリン事件など世間を騒がせた近年の大犯罪を紹介しながら、被害妄想という現代人がとらわれやすい心理を軸に、犯人たちの性格や動機、社会的状況など事件を起こした要因を探る。(粗筋紹介より引用)
1 バラバラ事件はなぜ起こる?
2 愛憎にひそむ打算の影
3 “うまい話”にご用心!
4 被害妄想を起こすものは?
5 カルト集団の犯罪
作者は精神医学専攻の医学博士。執筆当時はエルステ社会精神医学研究所所長。
犯罪が凶悪化していると書いているが、どのように凶悪化しているのかという具体的なデータは示していないので、あくまでそのあたりは印象論にとどまっている。
犯罪心理と書かれているが、事件そのものへの詳細な探求がなされておらず、せいぜい新聞紙上の事実程度から犯人の心理を追いかけているので、説得力に欠ける。紹介程度という位置づけで充分と思われる。
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