高柳芳夫『「ラインの薔薇城」殺人事件』(新潮文庫)
暗い伝説に彩られた、ライン河畔の古城「ラインローゼン・ブルク」。この城をホテル化しようと目論む日本の政財界人を迎えての仮面舞踏会の夜、伝説が甦ったかのような凄惨な殺人が起きた。有力代議士・伍東が喉を矢で貫かれて息絶えたのだ。そしてまた一人……。城の怨霊の仕業か、或いは精緻な計画殺人か? 風光明媚なライン河とその底に沈む血塗られた歴史が織り成す本格推理。(粗筋紹介より引用)
1977年3月、『ライン河の舞姫』のタイトルで講談社より刊行。1984年1月、改題の上文庫化。
ライン河の古城を舞台にしながら、あまりにもその陳腐なタイトルで、作品自体は昔から知っていたが、手に取るのは初めて。乱歩賞受賞より以前に書かれたものだとは知らなかった。
舞台は美しいのに、集まっているのは金と権力にしか目を向けようとしないエロ爺……、もとい、日本の政財界人たちというのは、あまりにも醜すぎる。実際、なかで繰り広げられる会話は醜悪そのもの。とはいえ、作者の狙いもそこにあるのだろうから、文句を言っちゃいけない。
密室殺人、犯人消失など本格推理小説の古典的な手法が使われているが、作者が書きたかったのはあくまで登場人物の人間模様。文庫版のあとがきで作者が書いているとおり、「この作品では、本格推理としての工夫の他に、出来栄えいかんは別として、小説本来の面白さをも意識して書くことに努めた」作品である。ドイツという舞台は必要だったが、古城を生かし切れていないのは残念。少なくとも、トリックの真相は面白みのないものであり、“本格推理”の部分だけを見ると退屈してしまうだろう。作者が書きたかったのは、事件を取り巻く人間模様であり、ドイツという舞台ならではの悲劇なのだから。
この作品は、『「禿鷹城」の惨劇』を伏線としており、一部登場人物は重複している。作品中でも、その事件について触れている箇所がある。もちろん読んでいなくても支障がないように書かれているが、どうせなら続けて読んだ方が、登場人物の背景をより楽しむことができたと思う。私はタイトルこそ知っていたが、読んだことはなかったので少々失敗した気分である。
この人の作品は乱歩賞受賞作と「オール讀物」推理小説新人賞受賞作しか読んでいないが、下手に本格推理小説を書かなかった方が正解だったと思える。元外交官だったのだから、そちらの経験を生かしたスパイ小説や冒険スリラーをもっと書くべきだっただろう。
高木彬光『破戒裁判 新装版』(光文社文庫)
二件の殺人及び死体遺棄の罪に問われ、起訴された元俳優。弁護人・百谷泉一郎は、被告人の容疑を晴らすべく、検察と対峙する。そして、彼が取った驚くべき戦法とは!? 全編公判シーンで描かれる、日本の法廷ミステリーの原点。百谷弁護士シリーズ、唯一の短編「遺言書」と、「丸正告発裁判」の特別弁護人に至るエッセイを収録。(粗筋紹介より引用)
1961年5月、東都書房の東都ミステリーの一冊として書き下ろされ刊行。さらに「婦人公論」1962年1月号に掲載された、百谷シリーズ唯一の短編「遺言書」と、「宝石」他に載ったエッセイを収録。
私は、高木彬光こそが日本一のミステリ作家だと思っている。ミステリの様々なジャンルにおける代表作といえる名作、傑作を数多く残し、通俗ものや少年ものも含め数多くの作品を残し、デビューから晩年まで新しいことにチャレンジし続けてきた作家は、高木彬光しかいない。日本で「もっとも偉大な」作家となると江戸川乱歩や横溝正史、もしくは松本清張の名が挙がる(他の作家を挙げたい方は、ご自由にどうぞ)だろうが、作品としての実績は、その誰もが高木彬光には届かない。私はそう考えている。なお、異論は受け付けない(笑)。
私は日本ミステリ史上、もっとも優れた作品は『人形はなぜ殺される』だと思っているが、高木彬光の最大傑作は、と聞かれると本作を挙げたい。被告人である村田和彦に対する弁護人質問からの怒濤の展開は、高木彬光全作品の中でもっとも光り輝く名場面である。地味に、そして退屈になりやすい法廷シーンを淡々と描写し続ける作品なのに、この驚きは何だろう。この感動は何だろう。何回、何十回読んでも、この感動が色褪せることはない。
法廷ミステリの原点であり、今なお頂点に燦然と輝く傑作。この作品を読まずして、法廷ミステリを語る資格はない。
フェイ・ケラーマン『水の戒律』(創元推理文庫)
夏の闇をついて一件のレイプ事件が発生した。現場は、地元民がほとんど足を踏みいれることのないユダヤ人コミュニティ。厳格な戒律に従って敬虔な毎日を送っていたはずの彼らが、なぜこのような事件を引き起こしたのか? 立ちはだかる宗教の壁を前に、未成年犯罪担当のデッカーは困難な捜査を強いられるが……。マカヴィティ賞最優秀処女長編賞に輝く、スリリングなデビュー作。(粗筋紹介より引用)
1986年の作品。1993年に翻訳。ピーター・デッカー刑事&リナ・ラザラスシリーズ第1作。
アメリカにおけるユダヤ人コミュニティを舞台にしたデッカー&リナシリーズの第1作。作者がベストセラー作家ジョナサン・ケラーマンの妻であったことや、舞台が珍しいことから、当時は結構話題になっていた。だから自分も買っていたんだろう。いつもだったらあまり手が伸びないような作品である。
レイプ事件から続く殺人事件を捜査する刑事小説だが、事件そのものはサスペンスとしての味付け程度であり、二人の主人公が出会うためのきっかけでしかない。中心となるのは、デッカーとリナの恋愛模様である。捜査中の刑事と事件関係者が恋に落ちるという程度では、別に面白くも何ともないが、舞台にユダヤ人コミュニティを選んだところがシリーズの成功といえるところか。ユダヤ社会や宗教を背景としているために、大人の男と女がプラトニックな恋愛で留まってしまうもどかしさが、このシリーズの売りだろう。というか、それ以外にこの作品について語るところはあるのか?
シリーズものだけど、大人の恋愛小説にはあまり興味がないので、続きを読むことはないでしょう、多分。
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