本岡類『「不要」の刻印』(光文社 カッパ・ノベルス)
誘拐された子供は闇に消えた。行方は? そして犯人は!?
DIY店「パレット・ホームセンター」の社長・斎藤晴彦の一人息子が誘拐された! 犯人は三千万円の身代金を要求、巧妙な受け取り方法を画策する。偶然受け渡し場所に居合わせた将棋棋士・水無瀬翔五段と奨励会時代の後輩・安野好平に誘拐の嫌疑がかけられ、捜査は混迷。安野の頼みで水無瀬自身も事件の解明に乗り出すが、やがて、安野は奇怪な殺人事件の犯人として逮捕されてしまう。水無瀬は後輩を救い出せるか?
達意のトリックメーカー・本岡類が贈る、極上の本格推理。棋士探偵・水無瀬翔シリーズ最高傑作。(粗筋紹介より引用)
2001年1月刊行、書き下ろし。
水無瀬翔五段シリーズ第四作。「著者のことば」で、「テーマからプロット、トリックまで、全てが上手くいきました」と書くぐらいの自信作である。
本作品のテーマは、敗者は「不要」の存在なのか。もちろん、勝者がいるからこそ敗者がいるわけなのだから、敗者そのものが不要ということではない。しかし敗者となって舞台から去ってしまった者は、誰からも省みられることなく、静かに消えていく存在なのだろうか。水無瀬自身もそんな存在だ。奨励会を勝ちあがりプロになることができたものの、順位戦では好成績を収めるだけで勝ちあがることができず、足踏みしたまま数年が経過した状態である。本書ではそんな弱者の立場に置かれた人たちの苦悩が描かれている。
事件の方は誘拐事件から奇怪な殺人事件へと続く。作者曰く「この作品は、大きな謎と小さな謎の組み合わせからできています。小さな謎のほうは、もしかすると推理能力に長けた読者には見当がつくかもしれません。しかし、大きな謎のほうは、まずは絶対に解けないでしょう。しかも大きな謎を成立させている“大きなトリック”は、現実社会の中でも使用可能なのです」と自信たっぷりにいうほどのトリック。確かにこれはしてやられた。このトリックは思いつかないし、想像もできない。それでいて、確かに実現は可能。警察が本気で捜査に乗り出したとき、すぐにわかってしまうのではないかという気がしないでもないが、いずれにしてもこれはアイディア勝ちだろう。
タイトルにある“「不要」の刻印”という社会的テーマと、トリックが見事にかみ合った傑作。シリーズものだからといって、油断しちゃダメだな。
本岡類『「黒い箱」の館』(光文社 カッパ・ノベルス)
七百年の旧家は新築間もないホームエレベータ付きの巨大な館だった――。
熊野山中の旧家・里見家で長男の仁太郎が不審な縊死を遂げる。折しも里見家では相続をめぐり親族会議が行われようとしていた。疑いの目を向けあう親族たち……。
休暇中で里見家に逗留していた将棋棋士・水無瀬翔五段は、仁太郎は自殺だとする警察の結論に疑いを抱き、独自の捜査に乗り出す。事件は進展し、やがて第二の惨劇が起こる……!!
白い外壁も眩しい、巨大で現代的な里見邸を覆う黒い殺意。本格推理の旗手が満を持して放つ会心の書下ろしリアル・トリック・ミステリー!(粗筋紹介より引用)
1999年4月刊行、書き下ろし。
出版社を変えての、水無瀬翔五段シリーズ第三作。将棋に関係がなさそうな舞台だが、将棋棋士のほとんどが夏休み状態になる8月に、知り合いの盤師である品田重吉に誘われて逗留している。里見家は先祖代々山林地主の家で、品田は里見家の山で取れた榧の木から将棋盤を創るために招かれていたという設定である。
七百年続く熊野山中の旧家、母親の違う兄妹たち、相続争いなど、水無瀬でなくても横溝正史的な世界を想像するところだが、粗筋にあるとおり舞台は新築間もない館。水無瀬がぼやくように、味気ないこと夥しい。
事件の方は不審な自殺死体に密室殺人と、本格ミステリファンに興味をそそる展開。トリックはあまり褒められないが、犯人は結構意外かも。将棋盤と事件を絡めてほしかったところだが、さすがに難しかったか。
舞台のちぐはぐさは残念だが、それさえ我慢できる人にはそれなりに面白いと思う。
どうでもいいけれど、青山桜女流初段が出なかったのは残念。それにしても、いつの間に「浮気するんじゃないゾ」という声を想像できるまで関係が進んだんだ?
本岡類『花の罠―大和路・萩の寺に消えた女』(祥伝社 ノン・ノベル)
萩の花咲き誇る奈良・白毫寺で女流将棋名人御影真理子が誘拐され、五千万円を要求する女の声の電話が。将棋連盟は身代金受渡し役として水無瀬翔五段を派遣、しかし警察の失態で犯人は首尾よく現金を奪取し、闇に消えた。困惑の水無瀬と捜査陣に、やがて真理子発見の朗報が入った。だが、その監禁現場には、誘拐犯らしき女の刺殺体と真理子の指紋の付着したナイフが…。一転して殺人容疑者となった女流名人。はたして事件の真相は?古都を舞台に仰天の最新トリックを駆使した本格推理の傑作。(粗筋紹介より引用)
1997年刊行、書き下ろし。
『奥羽路 七冠王の殺人』(祥伝社 ノン・ノベル)で登場した水無瀬翔五段シリーズの第二作(続編があるとは知らなかった)。今回は女流名人が誘拐され、しかも殺人の容疑者となってしまうという衝撃の展開が続く。前作に引き続き将棋界を舞台とすることにより、探偵役である水無瀬を自然に登場させるようにしているのはさすがというか。将棋ファンである著者なので将棋界についての記述は確かだし、プロ棋士の読みの力を推理に生かそうとするところはなかなかうまいと思う。ただ、後半からのやや強引な捜査展開と、綱渡りのアリバイトリックはちょっと興醒めか。
将棋ファンでなくてもそれなりに楽しめるとは思うが、将棋ファンが登場人物のモデルを想像するのもまた一興。御影真理子女流名人は清水市代で、青山桜女流初段は高橋和かな。水無瀬は今ひとつわからない。探偵小説好きで、実力があるのに下のクラスでくすぶっているところは先崎学かなと思ったが。読んでも時間を損しなかった、という程度には面白かった。
服部まゆみ『この闇と光』(角川書店)
森の奥の別荘に幽閉された盲目の姫、レイア。彼女が知っている世界はこの別荘だけであり、世界の住人は失脚した父王と、侍女のダフネだけであった。父王はいつも優しかったがいないことも多く、そしてダフネはレイアを虐めてきた。父王はレイアのために物語を読んで聞かせ、文字を教え、そしてカセットテープに物語を吹き込み、音楽を聴かせてくれた。髪が伸び、成長するレイア。しかしレイアが13歳になったとき、それまで信じてきた世界が音を立てて崩れ去った。
1998年刊行。新本格ミステリー書き下ろしシリーズの1冊。
新本格という言葉が完全に定着し、そして新本格と銘打たれただけで一部読者が必ず手に取るような時代がすでに過ぎ去った頃、なぜか発刊された角川の新本格ミステリー書き下ろしシリーズ。バブル的な新本格ブームが過ぎ去ったのに、なぜ今になってこんなシリーズを作るのだろうと思いつつも、書き下ろしの単行本ということでそれなりに追っていた。新刊で買いながらも、今頃読むのはいつものことである。
前半部のファンタジーを思わせる展開と、後半部の真実と現実を突きつけられる展開。その二つの世界のギャップと、最後に明かされる真実がこの作品の醍醐味。闇と光の対比が効果的に生かされており、服部まゆみの幻想美が短いページの中で効果的に照らし出された傑作である。
とはいえ、前半部分がまだるっこしいと思う人がいてもおかしくはない。私はああいうゆっくりと成長する展開は好きなのだが。
それと装丁はお見事。これだけでも、単行本を持っている価値がある。
ニコラス・ブレイク『殺しにいたるメモ』(原書房)
戦死したとされていた元同僚が、突然の便りとともに帰国。そして久しぶりに昔のオフィスに顔を出し、かつての仲間とともに即席の帰国歓迎会となったが、それもつかの間に、一転して「殺人」の舞台と化す――全員に振る舞われたコーヒーのひとつに、いつのまにか毒薬が仕込まれていたのだった。
誰一人として犯行の瞬間を知らず、しかも当然あるべきはずの「毒薬の容器」さえ見つからない!!
衆人環視の密室状況下で、いったい誰が、いかにしてこの大胆な犯行をなしえたのか、そしてその動機とは……。
被害者をめぐる複雑な人間関係と、「容疑者たち」の不可解な言動の数々をまえに、探偵ナイジェル・ストレンジウェイズは何を読みとり、いかなる「結論」を導き出すのか。
徹底的に論理にこだわった本格「フーダニット」ミステリの傑作、ついに登場。(粗筋紹介より引用)
『野獣死すべし』等でおなじみの作者による1947年発表作品。1998年翻訳。
終戦直後のイギリス、戦意昂揚省広報宣伝局(すごい名前だ)を舞台にした本格ミステリ。衆人監視下で行われた毒殺。被害者は還ってきた元同僚の元婚約者。しかも、彼女は上司と不倫をしている、といういかにも何か裏がありそうな舞台。しかもその毒の入った不溶性カプセルを持ち込んだのは元同僚というのだから、疑惑の芽は至る所にある。
ところが、そこからは探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが容疑者に尋問し、検証を続けながら推理を繰り広げていく地味な展開が続くので、こういう作りの本格ミステリが好きな人にはたまらないのだろうが、個人的には退屈だった。特に真相をだらだらと語っているのはマイナスポイント。あそこはさっさと決めてほしかった。
こういう英国本格ミステリは肌が合わないらしい。なかなかのらないんだよね、読んでいても。
結城昌治『軍旗はためく下に』(中公文庫)
陸軍刑法の裁きのもと、故国を遠く離れた戦場で、弁護人もないままに一方的に軍律違反者として処刑されていった兵士があった。理不尽な裁きによって、再び妻とも恋人とも会うことなく死んだ兵士の心情を、憤りをもって再現し、知られざる戦場の非情を戦後世代に訴える、直木賞受賞の著者代表作。(粗筋紹介より引用)
伍長は占領地の湘李村東方で好きな女ができ、そこから帰隊する途中で八路軍と遭遇。負傷後に捕虜となり、脱走して日本軍憲兵隊に自首したが、軍法会議で死刑の宣告。「敵前逃亡・奔敵」。
中支で女にうつつを抜かす大隊長、酒色に耽る後方の将校たち、前線に届かない食料や爆薬等を私物のように振る舞う将校らの所業に耐えかね、薬指を切って血書をしたため、師団長に直訴した大隊長の当番兵。しかし自ら指を切ったことを従軍免脱とこじつけられ、軍法会議で死刑の宣告。「従軍免脱」。
敗色濃厚のフィリピン、バギオ戦線。物資がなくなり、中隊長の独断で退却したが、連隊副官が中隊長を罵倒し、面前でめった打ち。前線に無理矢理戻した。その中隊はほとんどが戦死。しかし他の中隊はとっくの昔に引き返していた。そして副官は戦後アメリカ軍の出入り商人として大儲けしていた。「司令官逃避」。
バースランド島の部隊にいた軍曹は、敵前投与逃亡の罪で処刑されたため、遺族に対する扶助料は国から支払われなかった。しかし、この軍曹に関する軍法会議の書類は残っておらず、そもそも離隊理由すらわかっていなかった。遺族の依頼を受けた者は関係者を訪ねるが、わかったのは正規の手続きを経ずに処刑されたということだけ。「敵前党与逃亡」。
バースランドにあるベラ島。暴力の限りを尽くし、食料を独り占めにした小隊長を、部下のうち6名が殺害し、軍医に事故死と認めさせた。ところが終戦後、捕虜になっていた彼らのあるへまからこの事件が明らかになった。終戦下でも、まだ陸軍刑法はまだ有効だった。3名が死刑に、残り3名が無期懲役となった。「上官殺害」。
作者が取材にあたった実際の事件をもとに書いたフィクション5編。「中央公論」1969年11月号~1970年4月号連載。1970年、第63回直木賞受賞作。
戦争の愚かさ、そして軍隊における末端の人間たちの悲劇を書き表した傑作。フィクションとはいえ、作者があとがきで残しているように、いずれも実際にあった事件をもとにしている。もちろん、もっと悲惨な事件があったのだろう。そして数多くの、名もなき者たちの悲鳴が轟いていたのだろう。しかし、そのような都合の悪い部分には目をつぶり、権力者たちは戦争という時代を都合よく乗り越え、自らの過去を都合よく抹消し、そして悲惨な出来事をなかったものにしようとしている。挙げ句の果てに、「自虐史観」なる名前を付けて排除することにより、侵略の歴史を正当化しようとしている。彼らの足下で、いったいどれだけの名もなき民衆が踏みつぶされていったことか。
祖国日本を信じ、そして祖国に裏切られた人たちのうちの、たった5編をまとめたものだが、それでも戦争の悲惨さがよく伝わってくる。我々はあの戦争を二度と起こしてはならないと胸に刻み、為政者にとって都合の悪い歴史が抹殺されないようにしたいものだ。
この作品は1972年に映画化されている。内容を読むと、どうも「敵前党与逃亡」をシナリオにして映像化したもののようだ。
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