はやみねかおる『卒業~開かずの教室を開けるとき~』(講談社 青い鳥文庫)
最後の舞台は、虹北学園。亜衣・真衣・美衣の岩崎三姉妹とレーチたちにも、ついに卒業の時がせまっていた。そんなとき、古い木造校舎にあった、「開かずの教室」を、レーチが開けてしまった! 封印はとかれ、「夢喰い」があらわれた!! 四十数年前の亡霊がふたたび虹北学園をさまよい歩く。
亜衣、真衣、美衣、レーチら、みんなの「夢」は喰われてしまうのか? 夢水清志郎、最後の謎解きに刮目せよ!!(粗筋紹介より引用)
青い鳥文庫というレーベルながら、本格ミステリとしての素晴らしさによって一般のミステリファンにも知名度が広がっていった夢水清志郎シリーズ最終巻。本来の主人公である亜衣・真衣・美衣の岩崎三姉妹の受験、卒業、高校入学が通して書かれている。最終巻ということで、これまでに登場した人物の多くが再登場。岩崎三姉妹やレーチたちの将来の夢なども書かれているなど、最終巻に相応しい仕上がりになっている。ただ、シリーズのけりを付けることや、本来の読者である小中学生へのメッセージ性の方が強く、謎解きの面はやや弱い。仕方のないことだろうが。ここは素直に完結おめでとうと言うところだろう。
とはいえ、この終わり方だったら再登場は容易だろうなあ。今度はアダルトな岩崎三姉妹やレーチを見てみたいと思ってしまうのは、年寄りの視線だろうね、やっぱり。殺人事件を解決する夢水を見てみたいとは思わないけれど。
有吉佐和子『開幕ベルは華やかに』(新潮社)
松宝演劇専属の大女優八重垣光子と大物俳優中村勘十郎が競演する舞台の劇作家兼演出家加藤梅三が上演一ヶ月前なのに理由を告げず降板した。慌てた興業主の東竹演劇は新進劇作家小野寺ハルに脚本を依頼。ハルは元夫であり、かつては名演出家、今は推理小説家の渡伸一郎が演出することを条件として出した。渡は断るつもりであったが、結局引き受ける羽目になる。
川島芳子をモデルとした「男装の麗人、曠野を行く」の脚本はできあがったが、長すぎる脚本を大幅に削った渡とハルとの間に諍いが生じる。稽古の日数はごくわずか。しかも主役の二人はどちらも70過ぎ。ハルはどんどん不安になっていくが、舞台の幕が開くと光子の芝居が評判となり、連日満員の観客を動員した。様々な障害を乗り越えての上演にホッとする関係者たち。
光子が文化勲章を受章することが発表される日、帝劇の支配人宛に脅迫電話がかかってくる。2億円を払わないと、舞台の大詰めで光子を殺すというものだった。そして一幕が降りたところで、客席の女性が殺害された。
1982年書き下ろし。『週刊文春傑作ミステリーベスト10』1982年度第8位(当時は国内と海外が分かれていなかった)。
作家、劇作家、演出家として知られる有吉佐和子、最後の書き下ろし長編。華やかな演劇界と反比例するようなドロドロとした舞台裏が描かれているが、これは作者の経験によるものだろう。
文春でベスト10内に選ばれるなど、ミステリとして一級品の扱いをされているが、作者としてはどこまでミステリとして意識していたかは疑問。作者が描きたかったのはあくまで華やかな演劇界の舞台裏、偉大なる女優の舞台魂と周囲を取り巻く人々の建前と本音であろう。脅迫電話や殺人なども、全ては八重垣光子という女優を物語の中で光り輝かせるための道具立てに過ぎない。だから物語の中盤を過ぎないと事件が起きないとか、謎解きがあっさりしているとかなどは的外れの批判ということになる。
この作品は、エキセントリックな大女優八重垣光子の栄光と内面、彼女を批判しつつも結局は彼女の思い通りに動いてしまう周囲の心情を丁寧に書き記している。どれだけ舞台裏が醜くても、いつも開幕ベルは華やかに鳴らされ、観客はただ輝かしい芝居を見て拍手をするばかりである。そしてこの本の読者は、そんな世界を隅々まで書き記した作者に驚嘆するのである。
ディーン・R・クーンツ『ウォッチャーズ』上下(文春文庫)
森で拾ったその犬には、なにか知性のようなものが、意志に似たものが感じられた。孤独な中年男のトラヴィスは犬に〈アインシュタイン〉と名を与え、半信半疑の対話を試みる。徐々にわかってくる信じがたい事実。それにしても、犬は何を警戒しているのだろう。繁みの陰に、暗闇の奥に、なにか恐るべき"もの"がひそんでいるのか。(上巻粗筋紹介より引用)
〈アインシュタイン〉が不安げに窓の外をうかがう回数が日ましにふえてくる。あいつが、殺戮と破壊の本能が植えつけられた怪物の〈アウトサイダー〉が、刻々と近づいているのだ。正反対の使命を組みこまれた二頭の変異種の宿命の対決が迫る。そして、その刻に向かって、孤独な男と女がしっかりと結ばれ、闘う力を得てゆく……。(下巻粗筋紹介より引用)
アメリカ大衆小説界を代表したクーンツによる1987年の作品。1993年翻訳、文庫化。
1980年代後半からいたるところで翻訳されたクーンツブームが一段落したところで出版された作品であり、あらためてクーンツの実力が見直された作品でもある。個人的にはホラーは苦手だったので、この人の作品を読もうとは思わなかったのだが、この作品だけは非常に評判がよかったのでとりあえず購入していたもの。例によって積ん読状態だった一冊、いや二冊か。
ここに書かれているのは、様々な感情で結ばれたいくつかの物語である。固い絆で結ばれることになる男女の恋愛。似た境遇ならではの愛憎。歪みすぎた、一方的な愛情。孤独なもの同士が惹かれあう友情。そして、互いの気持ちが徐々に分かり合う繋がり。トラヴィス・コーネルがアインシュタインと出会ってから幕を開けるこのドラマは、いくつもの関係が少しずつ集約され、そして全てが結びついたときに全ての幕が閉じることとなる。
ある意味できすぎな作り方だが、そのあざといまでの展開が見事ともいえるほどの面白さがある。ただでさえ動物と人間との友情ものに弱い読者が多いのに、さらにこんなホラーサスペンスの要素まで混じってしまえば、面白くないわけがないだろう。もちろん、これだけのものにまとめ上げるだけの腕が必要であり、かつクーンツが持ち合わせていることを聞いていての発言だが。
犬好きにはたまらないだろうな。それを抜きにしても、単純明快に面白い作品。はい、時間を忘れて読みました。
黒岩重吾『闇の肌』(光文社 カッパ・ノベルス)
T証券大阪支店法人部長の道端は、O電飾株の公開責任を取らされ左遷されたが、数日後、芦屋山中で絞殺死体となって発見された。法人課長になった佐見枝は、その道端に好意を抱いていた。道端の死の直前、彼からO電飾社長・松谷、一流電機メーカーの企画部長・大武田を紹介してもらい、いまがO電飾株の買い占めのときだと教わったばかりだった。犯人は? 事件とO電飾との関係は? 佐見枝は、部下の武藤杏子と真相の追求をはじめた――黒岩推理の醍醐味を満喫させてくれる長編力作。(粗筋紹介より引用)
「小説宝石」昭和46年6月号~昭和47年10月号まで連載。昭和47年11月、加筆してカッパ・ノベルスより刊行。
ええと、どこに推理があるんだ? 素人が被害者の愛人と事件を追い続けるが、これだったら警察が真面目に捜査していたらすぐに解決していたんじゃないかと思える程度。謎らしい謎があるわけでもなし。当時の証券会社の社員って、こんなに色々と遊んでいたのか。単に私が真面目なだけか(違う)。とりあえず当時の風俗と、殺人事件を絡めただけ。つまらない。
トム・クランシー『レッド・ストーム作戦発動』上下(文春文庫)
シベリア西部の油田・石油精製施設がイスラム教徒の襲撃で潰滅的打撃を受けた。ソ連が経済・軍事面での力を維持するにはペルシャ湾沿岸の油田を押えるしかない。それにはNATO軍が邪魔だ。かくして党政治局はNATO軍への奇襲と謀略活動を計画する。―現代戦の実相を描いて前作『レッド・オクトーバーを追え』を凌ぐ超大作。(上巻粗筋より引用)
ソヴィエト軍精鋭部隊の西ドイツ侵攻、そしてアイスランドへの奇襲上陸によってG‐I‐UKラインを押えられたNATO軍は思わぬ苦戦を強いられるが、反攻のキー・ポイントは意外なところにあった。幻の戦闘機ステルス、ミサイル、戦車、潜水艦…核兵器を除くあらゆるハイテク兵器の動員される現代戦をリアルに描いた超話題作!(下巻粗筋より引用)
『レッド・オクトーバーを追え』に続く超大作。1986年に刊行後、ベストセラーリストに長く座り続けた大作。1987年9月、文春文庫より刊行。
『レッド・オクトーバーを追え』が面白かったから購入していたのに、それから20年近くダンボールの底に放置したまま。買っていたことすら忘れていた。それ以前にレッド・オクトーバーすらあまり思い出せない体たらくぶりだが。
当時のハイテク兵器を総動員した戦争ものということで期待していた。戦争が始まる前、ソ連が遭遇した危機と戦争に至るまでのやり取り、さらにソ連側の情報を入手し真意を探ろうとするアメリカ側の情報戦などは面白かったのだが、いざソ連とアメリカ、NATO軍との戦争が始まってしまうと、ページをめくるペースが格段に落ちてしまい、読み終わるのが苦痛だった。陸海空に至る兵器のみならず、戦争を指揮する上層部、前線で指揮する上官、兵器を動かす軍人、そして歴史に名を残すことはないであろうと思われる軍人まで敵味方問わず細やかに描写されており、その丁寧さは評価できると思われる。それぞれを細やかに書いているが、物語のテンポ自体も悪くない。しかし自分はなぜ乗り切れなかったのか。筆を通して見えてくる軍人礼賛が苦手だったのかもしれない。祖国のために戦う軍人の姿をリアルに書くのはわかるのだが、娯楽作品でここまで露骨に書かれるのは、戦争そのものが嫌いな自分にとってはどこか反発してしまうのかもしれない。もちろん、作者にしろ登場人物にしろ、戦争を好き好んで行っているとは思わないが。
既にソ連が崩壊してから20年近くも経っているこの時代に読むのもどうかと思ったが、それほど古くさいとは感じなかった。それは門外漢とはいえ、ソ連崩壊の時代を知っていたからだろう。
ソ連が戦いを仕掛けるまでは色々な思惑が渦巻いていて面白かったのだが、実際に戦いが始まると、場面の切替が早いし、登場人物は多いしで展開に追いつくのがやっと。それに、実際の戦争シーンそのものが面白くない。局地戦を描いたものは好きなのだが、どうもこういう風に多くの国を巻き込んだ本格的なものは、生理的に好きになれないようだ。
クランシーってアメリカ礼賛の作風だと思っていたけれど、意外にソ連側の描写もまともだったな。
水上勉『薔薇海溝』(光文社文庫 水上勉ミステリーセレクション)
伊豆で一人の女が自殺を図った。名は、軍司悦子。若き考古学者・梶田精之の“恋人”で、一年前、彼の前から忽然と姿を消していた。すぐさま病院に駆けつけた梶田。しかし目にしたのは全くの別人だった。自殺者は誰なのか。悦子はどこにいるのか。謎が深まるなか、事件の背後に、大きな犯罪の臭いがたちこめてくる。(粗筋紹介より引用)
「週刊女性」昭和37年5月2日号~12月26日号まで連載。昭和38年7月、280枚を書き加えて光文社カッパ・ノベルスより刊行。
セレクションと謳うぐらいだから、それなりに面白いところがあるかと思ったけれど、この作品のどこが面白いのかさっぱり分からない。今まで文庫化されてこなかったのも、ひとつには作者が不満を抱いていたからじゃないかと思ってしまうぐらい。同時期に『飢餓海峡』を連載し、かつ加筆の時期も同じ。『飢餓海峡』のあとがきで、「私はこの作品を書いたころから、推理小説への情熱を失っていた」と書いているぐらいだし、『飢餓海峡』に全力を向けていたから、この『薔薇海溝』という作品には手を抜いていたとしか思えない。
謎や背後にある事件そのものもとってつけたようなものだし、主人公もどこに魅力があるのか分からないぐらいもてる(けれど深い関係がないというのも笑える)。意味ありげに出てきた登場人物が何もしないままにフェードアウトするし、警察は素人を平気で捜査や会議に参加させる。最後も唐突な終わり方。タイトルの意味も不明。きれいな女性には薔薇のような刺があるということと謎が深い深い底にあるというようなことでも隠喩したかったのだろうか。
とりあえず約40年ぶりに文庫化されたことだけでもめでたいと祝うべきか。
笹沢左保『霧の女』(祥伝社 ノン・ポシェット)
〈二百億の3分の1を隠し子洋子に相続させる――〉
資産家三木達二は、臨終に際し、長女京子、次女奈美を前に、北原弁護士立会いで、驚くべき遺言を公表した。が、遺言に強い不満を抱く奈美は、洋子の事故死を計画。一方、洋子の母で美貌の悦子は、京子の愛人・北原に近づき、関係を結んだ。女たちの思惑が乱れる中、やがて意外な秘密が浮かび上がった……。(粗筋紹介より引用)
1988年12月、ノン・ノベルより書き下ろされた作品を1992年に文庫化。
『霧の中の悪魔』『ふり向けば霧』『霧の鬼畜』に続く“霧”シリーズの第四弾。といっても,タイトルに霧がつくだけっぽいが。
あまり冴えない資産家が死亡する寸前に現れた隠し子および遺言と遺産を巡り、不満を募らせたあげく殺人計画を立てるという、よくあると言えばあるストーリー。登場人物が凡人ばかりで、計画が杜撰なところはかえってリアリティにあふれているというか。笹沢作品お約束ともいえるセックスシーンも交えてのサスペンスは、とりあえずの時間つぶしには最適。それでもトリックを仕掛け、読者を驚かそうとするところはさすが笹沢と言うべきである。
シドニイ・シェルドン『真夜中の向う側』上下(ハヤカワ文庫NV)
マルセイユの貧家に生まれたノエルは、天性の美貌と才能を駆使し、やがてフランスを代表とする大女優となった。飽くことなく地位と名声を求めた異常なまでの情熱。その陰には、彼女の純粋な愛を裏切ったアメリカ人パイロット、ラリーへの熱い復讐心があった。しかし彼はすでに帰国、国務省に勤める有能な秘書キャサリンと結ばれていた……。見えざる糸に操られるように、二人の女性と一人の男が壮大な運命のドラマを織り上げる! 第二次大戦前後の激動期の欧米を舞台に多彩な人物を配して描く絢爛たるサスペンス・ロマン。同名映画の原作。(上巻粗筋より引用)
私立探偵の調査でラリーの失職を知ったノエルは、ついに彼を巧妙な罠へと落しこんだ。ギリシャの大富豪デミリスの愛人となり、王侯貴族のような生活を送っていても、胸中の復讐の炎は沈めようがなかったのだ。デミリスのお抱えパイロットとして雇わせた彼に、ノエルは次々と冷酷な仕打ちを加えていく。だが、やがてこの陰謀劇が形を変えた時、意外な運命がキャサリンを襲うのだった!
『華麗なる血統』『鏡の中の他人』などの傑出したエンターテインメントを送り続ける著者が、絶妙のストーリイテリングで綴る空前の大ベストセラー!(下巻粗筋より引用)
大ベストセラー作家、シェルドンの第2作長編。1974年、アメリカで出版されると同時にベストセラーとなった作品を1977年に翻訳された作品の文庫化。チャールズ・ジャロット監督、マリー・フランス・ビジェ主演で映画化されている。
『東西ミステリーベスト100』(文春文庫)で190位ぐらいに入っていたから買った記憶がある。シェルダン名義でアカデミー出版から「超訳」がたくさん出ていたが、ああいう形で話題になると逆に読みたくないと思ってしまう天の邪鬼な性格なので、買うだけ買って放置していたのだが、ダンボールの底から出てきたので、読んでみることに。
二人の女性と一人の男性が繰り広げる、世界を股に掛けた愛と憎悪のドラマ。場面の切替が早く、物語がスピーディーに展開されるので、上下巻でも飽きることなく読み進められる。特にこの後はどうなるだろう、というところで場面が切り替わるので、続きが気になって結局ページをめくってしまう構成の巧みさは見事。
ただ読み終わってしまうと、「あー、面白かった」という一言で終わってしまう軽さがあるのは否めない。逆に言えば、この軽さがあるからこそ、ベストセラーになったという気もする。
ノンストップで読める面白い作品を求めたいのなら最適な作品。映画にするよりも、連続テレビドラマにして長期間放送した方が受けたんじゃないだろうか。
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