ミスター高橋『新日本プロレス伝説「完全解明」』(宝島SUGOI文庫)
あの「ミスター高橋」が振り返る、昭和新日本プロレス黄金時代の名勝負・事件・スキャンダル傑作選。猪木が最後まで抵抗した「世代交代」アングル、大流血試合前田vs藤波戦の真相、初代タイガーマスク「デビュー戦」の秘話ほか、数々の名勝負のプレイバック映像を誌上で再現しながら、その背後の“真実”と“舞台裏”を初めて明かす。リング史を揺るがす秘蔵のエピソードが満載、親日ファンの裏バイブルといえる一冊。(粗筋紹介より引用)
2008年9月に刊行した別冊宝島1557『新日本プロレス黄金時代「伝説の40番勝負」』を改訂・改題して2009年4月に文庫化。
いやあ、宝島+ミスター高橋らしい一冊。今までの著書で述べてきたネタに、当時の映像を再現することで「初めて明かす」ネタに仕立て上げているところがすごいというか何というか。まあ今まで曖昧に語っている部分を誌上中継して裏話として述べているのだから、初めてといえば初めてになるのかも。似たようなネタでも、見せ方は色々あるんだなと思わせる一冊。
島田荘司・綾辻行人『本格ミステリー館にて』(森田塾出版)
『占星術殺人事件』で本格ミステリファンの度肝を抜き、ただひたすらに本格ミステリという荒野を切り開いた島田荘司と、『十角館の殺人』で新本格の祖となった綾辻行人が、本格ミステリについて語り明かした1冊。1992年発表。
そういえば読んでいなかったな、という一冊。対談を読んでいると、一部評論家による「人間を書けていない」というお決まりの文句に対してこれでもかとばかりに反論しているところが、今読むと結構笑える。島田荘司ってそこまで攻撃されていたっけ? うーん、思い出せない。島田荘司って、気に入らない相手はとことん叩きのめそうという性格のように思えるし、こうと思ったら周囲の意見に耳を貸さず突っ走るところがあるように思えるので、読んでいてもその攻撃的な性格ばかりが前面に出てきてしまって、素直に頷くことができないんだよな、うん。
執筆当時は前衛的な意見だったかもしれないが、今読むと古くさく見えてしまうのは仕方のないところ。既に本格ミステリというジャンルが拡散してしまい、本格ミステリの王道を突っ走る作家はいなくなり、それぞれが自分の道を独立独歩で進んでいる現在においては、読むほどの本じゃなかったな。ま、古いだろうと思いつつ、読んでみたんだが。
今野敏『隠蔽捜査』(新潮文庫)
竜崎伸也は、警察官僚である。警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲は〈変人〉という称号を与えた。だが彼はこう考えていた。エリートは、国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はそれに従って生きているにすぎない、と。組織を揺るがず連続殺人事件に、竜崎は真正面から対決してゆく。警察小説の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
2005年9月、新潮社より刊行。2008年2月、文庫化。
今野敏を読むのは10年ぶりくらい。様々な警察小説を書いていることは知っていたが、何となく読む気にならなかったのは、バイオレンスなども含めシリーズものが多いという私自身の偏見からであった。ただこの作品は2006年に吉川英治文学新人賞を受賞していることから、文庫化を楽しみに待っていた。読んでみての一言。面白かった。
多くの警察小説で悪役にされてしまうキャリアを主人公に持ってきたところが新鮮。しかも自身の地位を守ることに普請するばかりのステロタイプなキャリアではなく、国家を守るという信念を行動原理に据えているところが、この作品を成功に導いた要因のひとつである。戦争時における一部軍人のように、信念というのものは誤った方向に進む可能性があるため、書き方が難しかっただろう。地位に差があるとはいえ、本多正信のように私利私欲を考えず時の政府に忠実に動く人間というものは悪役になりやすいものだが、ここまで忠実な動きをしながらも読者の共感を得るように書くのは、よほどの実力がないと難しい。
それと、家族を顧みず組織の中で動くばかりでも、自らの信念を持って動くことが妻にちゃんと理解されているのは羨ましい。これも生き方が曲がっていないからだろうな。妻の方がよっぽどできた人物だとは思うが。
警察小説の歴史を変えた、という言葉に偽りはないだろう。ということで、次作も読んでみることにする。
ミスター高橋『プロレス影の仕掛人』(講談社+α文庫)
「猪木さん、ここの場面では、ドロップキックを使ってください」
「嫌だよ、高橋。お前、俺のしょっぱいドロップキックをファンに見せて、笑わせるつもりなんだろう」
プロレスを成立させているのは、レスラーの存在だけではない。そこには、リング外で暗躍する数多くの黒幕たちがいるのだ。
25年以上、レフェリー、マッチメイカー、外国人レスラー担当、審判部長として、アントニオ猪木らの試合を影で演出してきた男が、その目で見てきた仕掛人の実体を激白!!(粗筋紹介より引用)
2002年12月に刊行された『マッチメイカー』(ゼニスプランニング)を改題、加筆修正、再編集して2004年に出版。
プロレス界の裏切り者(笑)、元新日本プロレス審判部長ミスター高橋の著作。日本のプロレスもWWEのようにエンターテインメントであることをカミングアウトするべきだ、というのが高橋の主張なのだが、個人的には余計なお世話だとしか思えない。客は金を払ってプロレスを見ているのであって、その裏側を見たいとは思っていない。暴露本を出して、プロレス界のためにやっているなどといっても説得力がない。まあ、ご本人にも色々考えはあるだろうが。
まあ、そんなことを言いながらも楽しんで読んでいる自分がいる。幻想の裏側を知って幻滅するか、あえて自らの脳内にフィルターをかけて幻想を楽しむか。どんな真剣勝負だって、客を取っている興業ならなんらかのフィルターがかかっている。ただのケンカに金を払ってまでみたいとは思わない。映画やお笑いのファンだって、練習シーンやリハーサルをいつも見たいとは思わないだろう。この手の本は、たまーに読むから面白いのであって、あとは素直に自分の目で見たプロレスを楽しめればそれでよい。
大沢在昌『狼花 新宿鮫IX』(光文社 カッパノベルス)
日本でどん底から這い上がろうとする不法滞在の中国人女性、明蘭。そんな彼女を拾い上げた謎の人物深見。一人のナイジェリア人が殺害された事件を捜査するうちに、鮫島はマーケットの存在が明らかにし、そして深見がかつて関わった仙田勝=ロベルト・村上と同一人物であると睨む。そして鮫島は鑑識医である藪の力を借りて、深見の過去を推察する。しかし、鮫島と藪の目の前に深見が現れ、飛びかかろうとした藪が深見に撃たれてしまう。マーケットのバックに日本最大の暴力団領置会が関わっていることを知った鮫島であったが、香田は鮫島の捜査をストップさせた。香田の狙いは何か。それぞれの信念がぶつかり合ったとき、そこに事件が起きた。
「小説宝石」連載、2006年9月に単行本として発表された作品を、2008年12月にノベルス化。
久しぶりの「新宿鮫」シリーズ。このシリーズのスタートがカッパノベルスだったので、どうしても他の版では読む気が失せる。結局ノベルス化されるまで待つことになるのだが、それでもあまり読みたいという気力は起きなかった。いってしまえば、鮫島に飽きたというか、この物語のパターンに飽きたというか。
本巻では、『炎蛹』『氷舞』『風化水脈』に登場したロベルト・村上が深見と名を変え、鮫島と全面対決する。また鮫島と同期であり、互いに相容れない存在であるエリート警官香田もとある理由から表立って鮫島と対立する。ただ、鮫島と正面切って戦うわりには思慮が足りないというか、不用意すぎるというか。一応背景を描いているとはいえ、感情の赴くままに動いているという印象しか浮かんでこない。またもう1人の主人公ともいえる明蘭の魅力というのが全然伝わってこなかったのもマイナス。いずれの登場人物についても、抱えているものを言葉だけ連ねればそれでオーケーみたいな安易さが見られる。昔の大沢みたいに、行間から滲み出てくる怨念とか感情の迸りが全く感じられないというのは、かつての新宿鮫ファンとしては残念であった。
鮫島の恋人・晶がほとんど物語に絡まなかったというのは構成ミスだろうか。晶が売れるに従って二人のつながりに綻びが生じつつあるのだが、ほのめかすだけほのめかしときながら後は全く触れずというのは、次作への引きとしてもせこいやり方じゃないだろうか。
話がでかくなりすぎて、結末の付けようが無くなったので無理矢理終わらせたみたいな最後は感心しない。登場人物の動き方が性急すぎるし、バタバタするだけで全く解決になっていない終わり方というのは、読者にとって大いに不満が残るところである。
今まで残していたツケを支払ったような作品だったが、逆に新しいツケが残るような終わり方だった。深見にしろ香田にしろ、抱えていたものの大きさを考えたら、すっきりと終わらせるには上下2巻ぐらいは必要だったのではないだろうか。
どうでもいいけれど、最後は殉職して終わるとか、最後に警察機構の全てをぶっ飛ばすような終わり方をしない限り、いつまで経ってもずるずる続くのかな、このシリーズは。さすがに賞味期限切れじゃないだろうか。
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