黒羽英二『十五号車の男』(河出書房新社)
深夜列車の中で声をかけてきたのは、美しい少女を連れていた紳士風の男。眠れない青年に語りかける、子供の頃の不思議な話。利根安理名義で発表された「月の光」。
平塚駅から長距離通勤をしている男が半年前、たった4分遅れたことで別の電車に乗ったため、指定席に座ることができなかった。しかし藤沢駅で空いたため座ろうとしたら、割り込んできた男に奪われ、しかも喧嘩となった。そして今日、ついにその男が乗ってきた。「十五号車の男」。
鉄道廃線跡を訪ねるのが趣味である元高校教諭の男が今回訪ねたのは、ほとんどゴーストタウンと化した温泉街。そこで迎えた不思議な一夜。「幽霊軽便鉄道」。
昭和17年の10月、赤井順蔵は当時日本が占領していたシンガポールの警察署の署長に任命された。それから60年、順蔵の子供である日出男夫婦は、クアラルンプールで働いている息子の照雄夫婦の誘いにより、父が働いていた神がポー津を訪れた。「カンダンケルボへ―「戦友の遺骨を抱いて」―」。
40年ほど前に流行ったスバルレックスに今でも乗っている満男。小学生のマサトを連れて運転しているうちに、亡くなった子供と妻を思い出す。「古い電車」。
私鉄廃線跡探索旅行を続けていた主人公が、亡くなったはずの母と遭遇する。「母里」。
私鉄廃線跡探索旅行を続けていた主人公は、高校時代の友人の元を訪れた。「子生―私鉄廃線跡探索奇談―」。
一人の老人が旅先で出会った若い鉄道マニアの女性に話したのは、成田山新勝寺のお不動さん詣りであった不思議な話。「成田」。
鉄道に魅せられ、鉄道小説を書き続ける作者の最新作品集。
帯に乱歩・鮎川哲也を唸らせた幻のデビュー作、なんて書いてあるものだから思わず買ってしまいました。「月の光」を読んで、これは昔読んだ記憶があるな、と思っていたら、利根安理名義で「宝石」の懸賞小説に応募されたもの。鮎川のアンソロジー『レールは囁く』にも作者連絡先不詳のまま掲載されていた。20年ぶりくらいの再読だが、確かに乱歩が好みそうな怪奇幻想小説。うん、これは好きだな。
ただ他の作品はというと、怪奇でも幻想でもないよな。うーん、帯に騙されたか。何とも言えない味の鉄道小説なんだが、好みじゃない、のひとことで終わってしまう。ごめんなさい。奇談といえば奇談なんだが、出不精の私に鉄道は合わないのかも。
まあ、通販に頼るとこういうこともあるよな。実際に本屋で見ていたら、買っていなかったに違いない。
笹本稜平『未踏峰』(祥伝社)
万引きの再犯でIT企業を退職させられ、派遣社員として生き甲斐もなく絶望の日々を送っていた橘裕也。天才的な料理のセンスを持ちながらも、アスペルガー症候群のため周囲と衝突を繰り返し、リストカットの経験すらある戸村サヤカ。優れた絵を描く能力がありながらも、知的障害のため誰からも認められなかった勝田慎二。彼らは北八ヶ岳にある山小屋「ビンティ・ヒュッテ」のアルバイトとして知り合った。山小屋の主人であるパウロさんは、30年前は世界的な登山家蒔本康平であった。ひょんなことから、ヒマラヤにある未踏峰の山を目指すことになる。ネパール北西部のカンティ・ヒマール山域にある名前もない6720mの山に、彼らは「ビンティ・チュリ」と名付けた。ネパール語でビンティは祈りを、チュリは角のように尖った高峰を意味する。パウロさんの指導の元、3人は日本の冬山で3年間、指導を受けた。ところがいざある年の冬、山小屋が火事に遭い、1人でいたパウロさんは焼死した。愕然とする3人。そんな3人のところへ届いたパウロさんからの手紙。そこには彼の過去の罪と傷跡が記されていた。3人はパウロさんともに、ヒマラヤの山を目指す。
『小説NON』平成20年12月号~平成21年9月号掲載された作品を加筆修正。
笹本稜平の最新作はストレートな山岳小説。ハンディを背負った3人の若者が、1人の人物の元に偶然集まり、そして再生への道を歩む。あまりにも単純な構図の作品とも言えるが、その分感動は真っ直ぐに伝わってくる。何も知らなかった彼ら3人が、一歩ずつ未知の山を登る姿は、思わず応援したくなる。
とはいえ、あまりにも単純すぎるストーリーには首を傾げたくなる。10代の青春小説ならこれでもいいかもしれないが、山岳冒険小説の傑作を書いてきた笹本に、この程度で終わってしまうような作品は書いてほしくなかったというところが本音である。悪意を持ち合わせていない登場人物たちばかりを見ると、人生そんな簡単じゃないだろうと言いたくなるのは、既にひねくれてしまった証拠かもしれない。それに冬山の経験は日本で鍛えられても、6000m級の山に登って高山病に全くかからないうのは、本当に有り得るのだろうか。いや、それ以上に素人ばかりで6000m級の未踏峰の山に登ることなんて、登山家の常識から考えて可能なことなのだろうか。山に対する知識がないとは思えないので、可能といえば可能なのかもしれないが、残念ながら作品中の言葉では説得力に欠けていたのも事実である。
面白かったけれど、読み終わってみるとちょっと気恥ずかしくなってしまう。テーマとしてはこれでいいのだろうが、物足りなかったところがあるのは残念。
ヒマラヤにある8000m級の山は全て人の脚が踏み入っているが、ネパール北西部と中国の国境に接するあたりには6000m後半台の棚が延々と連なっており、そこらは記号だけで名前すら付いていない山があるという。しかし「ビンティ・チュリ」は架空の山である。
猪木寛至『アントニオ猪木自伝』(新潮文庫)
少年時代のブラジル移住、力道山にしごかれた修行の日々、モハメド・アリ戦をはじめとする異種格闘義戦、結婚と離婚、独自の「猪木外交」を展開した国会議員時代、金銭トラブル、引退と新団体旗揚げ……。日本プロレス界の顔、アントニオ猪木が、初めて肉声でその波乱の半生を語り尽くした、これぞ決定版自伝。新たな「闘魂」伝説が本書から生まれる!(粗筋紹介より引用)
1998年5月、新潮社より刊行された『猪木寛至自伝』を改題、エピローグを追加して2003年に文庫化。
今でも日本でもっとも知名度のあるプロレスラー(元含む)であるアントニオ猪木が書いた自伝。書いたとはいえ、実体はゴーストライターがいたものと思われるが、まあそんな裏を探っても仕方がない。少なくとも、猪木自身が自分の名前で出した本なのだから。自伝ということもあり、借金やクーデターなど都合の悪いところはさらっと書かれているのみなのは仕方がないことか。まあこういうこと本でなければ、当時のブラジル移住などについての話を読むことなどなかっただろう。そういう意味では非常に興味深い本だった。他には馬場に対するライバル心や嫉妬がここでも目立つということかな。常に馬場の名前が出てくるところを見ると、逆に馬場の掌で転がされている気にしかならないのだが。師匠力道山や永遠のライバルジャイアント馬場に較べ、皆に騒がれながら引退することができたという点で、猪木は勝ったと思ったのだろうか。後継者を作ることができなかった点で、先の二人に勝てなかったと私は思っているのだが。
新たに書き下ろされたエピローグでは、新団体UFOについて書かれている。すでにこの団体はなくなっているところも猪木らしいというか。いつまで経っても影響力を持ち続けていたい、脚光を浴びたいという猪木らしさがここでも現れている。
別冊宝島スペシャル『昭和プロレス! 名勝負列伝』(宝島社)
昭和時代、ファンを熱狂させた昭和タイトルマッチ、異種格闘技戦のそれぞれ20試合、計40試合を収録した完全保存版。
「完全保存版」とは謳っているが、異種格闘技に偏りすぎ。そうしないと売れないのかもしれないが、プロレスと異種格闘技を同数収録するという発想自体が間違い。馬場vsラジャ・ライオンのどこが名勝負なんだ? お笑いマッチでしかないではないか。力道山は1試合しか収録されていないのもおかしいだろう。結局プロレスの方は削りに削り、異種格闘技の方は水増ししただけ。期待はずれの一冊、というか宝島に期待する方が間違っていたか。
柄澤齊『ロンド』上下(創元推理文庫)
実物を目にしたことのある知る人間が数えるほどしかいないという、幻の絵画『ロンド』。20年前、絵画大賞に選出されたものの、画家三ヶ桐威が受賞を拒否、その直後に彼は交通事故で死亡。以後、作品の所在は不明だ。その三ヶ桐の回顧展を企画している美術館学芸員津牧寧紀に「ロンド」の名を冠した未知の画家の個展案内状が届いた。会場にあったのは、有名な絵画作品『マラーの死』そのままにしたてあげられた死体。個展を開くこの志村徹という画家はいったい誰なのか? 木口木版画の第一人者・柄澤齊、渾身のミステリ・デビュー作。(上巻粗筋より引用、一部加筆)
「ロンド」の名を冠した未知の画家志村徹の古典はpart3まで開かれ、そのたびに学芸員・津牧は名画そっくりにしたて上げられた死体を目の当たりにしていた。犯人は死体で作られた絵を撮影、それをもとに描いた絵を犯行声明のように美術雑誌に送りつけてきていた。そんななか、津牧の恋人である丹野みどりが姿を消す。そして彼のもとに届いたpart4の案内状には、奇妙な数字が並んでいた。数字に導かれて行き着いた謎めいた山荘で、彼はいったい何を知ることになるのか? 幻の絵画『ロンド』とはいかなる作品なのか? ミステリ作家・柄澤齊誕生の華麗なる記念碑!(下巻粗筋より引用、一部加筆)
2002年に出た単行本を2006年に文庫化。
作者は現代日本の版画界を代表する一人らしい。そっちの方面には疎いので、当時は初めて聞いた名前だったが。出版時、それなりに騒がれた本だったので、いつか読もうと思いつつ、上下巻という厚さのため積ん読状態だったが、読んでみると一気だった。ただ、有名絵画そのままに仕立て上げられるという設定から、当然本格ミステリなんだと勝手に思っていたが、読み終わってみると実はサスペンスだった。まあ、この長さでつまらない推理を延々と繰り替えされられるよりはずっとよい。
三ヶ桐威という画家や『ロンド』という絵に、周囲の人がそこまで狂ってしまうのか、という点が少々疑問であり、そこは作者の筆力不足だったと思う。ただそこを自ら納得してしまえば、十分に面白い作品だろう。上巻が少々まどろっこしいのは事実だが、下巻の畳みかけは圧巻である。
本音を言ってしまうと、有名と言われている絵画を何一つ知らなかった。知っていたのはせいぜいサロメの話ぐらいである。もし絵画を実際に知っていたら、もう少し受ける印象が違ったかもしれない。
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