連城三紀彦『白光』(光文社文庫)
ごく普通のありきたりな家庭。夫がいて娘がいて、いたって平凡な日常――のはずだった。しかし、ある暑い夏の日、まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され庭に埋められてしまう。この殺人事件をきっかけに、次々に明らかになっていく家族の崩壊、衝撃の事実。殺害動機は家族全員に存在していた。真犯人はいったい誰なのか? 連城ミステリーの最高傑作がここに。(粗筋紹介より引用)
2002年3月、朝日新聞社より刊行された単行本の2008年文庫化。
連城作品を読むのはいつ以来だろう。少なくとも15年以上は読んでいないはずだ。
一人の女の子が殺害された事件を通し、物語の語り手が次々と変わっていく。そのいずれもが事件の関係者であり、しかも殺人の動機を持っている。一人の告白や独白で、事件の全体像は次々変わっていく。事件の全体像に矛盾無く、それでいて全体像が次々と変わっていく構成は見事。複雑に絡み合った人間心理と恋愛感情を、いとも簡単に操ってしまう筆の巧みさにも、さすが連城と唸ってしまう。
ただ、小説の登場人物に感情移入してしまう人には、少々読むのがキツイかも。人の誰もが心の奥底に秘めている闇の部分が、悪意とともにさらけ出されるのを読むのは精神的にちょっとしんどくなる。特に母親が不倫をしている間に小さな子供が殺されるという話を読むのは、小説の出来とは無関係なところで苦手である。
技巧溢れる、という言葉がぴったり来る作品。ただ、個人的にこういう作品は読みたくなかった。そういう意味では失敗だった。まあ、それだけ作品の出来がよいということなんだろうが。
別冊宝島編集部編『プロレス下流地帯』(宝島SUGOI文庫)
依然として低迷を続けるプロレス界。本書では「大不況マット界の修羅を見た男たち」をテーマに、盛者必衰の人間ドラマを取材した。地上波中継を打ち切られたノアの危機、史上最悪のスキャンダル団体「WJ」の凄まじき“地獄のアングル”、団体の「契約更改ドキュメント」「リストラ現場」「火祭り経営」ほか、現代の“プロレス蟹工船”の実体に肉薄。この業界に復興の目はあるのか、ないのか――。専門誌には載らない真実に迫る。(紹介文より引用)
2009年3月に刊行された『別冊宝島1599 プロレス下流地帯』を改訂して文庫化。
わずか8ヶ月後の文庫化。ペースが速いんじゃないかと思うが、前半1/4がNOAHを扱っていることと、その盟主であった三沢光晴が6月に試合中の事故が元でなくなったことを考えると、仕方のないところか。
一時は新日本プロレスを抜いてプロレス界の盟主となったNOAHの凋落ぶりが前半のテーマ。その後も各プロレス団体のスキャンダルや低迷ぶりを追いながら、インタビューなどを中心にプロレス界の低迷ぶりを追っている。
まあ、プロレス団体とプロレス専門誌には切っても切れない複雑なつながりがあるだろう(笑)から、悪口(特にメジャー団体)を書けないのも仕方のないこと。だからこそ、宝島のような暴露記事的な内容の本もそれなりに売れるわけだし。とはいえ、宝島などで書いている人たちの多くも元々は専門誌出身なわけで。そこのところが、プロレス界の複雑なところだね。単純に勝った、負けたでは計れない、不思議な世界だから。
とはいえ、毎日のように興業が行われているスポーツは他にないわけで。確かに赤字経営の団体も多いけれど、いざとなれば数千から万単位で人が集まるプロスポーツは今でもそうそうないよ。昔ほどではないが、“下流地帯”というほどの不況とも思えないし、思っていない。少しずつ細分化されてきたが、いざというときのパワーはまだまだ持ち合わせていると思っている。ということで言いたいのは、プロレスがんばれ、ということかな。
ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)
コロンビア大学院に学ぶニールのもとへ急な仕事が舞い込んだ。八月の民主党全国大会で副大統領候補に推されるはずの上院議員が、行方不明の十七歳のわが娘を捜し出してほしいと言ってきたらしい。娘が最後に目撃されたのは三週間前のロンドン。大会までと期限を切られたニールに勝機はあるのか? 時に一九七六年五月、彼の長く切ない夏の始まりだった……。プロの探偵に見込まれ、稼業のイロハをたたき込まれた元ストリート・キッドが、ナイーブな心を減らず口のかげに隠して胸のすく活躍を展開する。個性きらめく新鮮な探偵物語、ここに開幕!(粗筋紹介より引用)
1991年発表の処女作。1993年翻訳。
そういえばこれも評判が良かったから買ったんだよな、などと昔を思い出しながら読んでみた。
父親不明、母親娼婦で麻薬中毒。ニューヨーカーであり、コロンビア大学院生でもあるニール・ケアリーが、銀行の秘密組織である朋友会の依頼により、家出をした上院議員の娘アリーを探すためにロンドンへ飛んで活躍する話。まあこれだけだったら単純な私立探偵ものになってしまうが、この作品の面白いところは、ニールがスリをしていた少年時代に知り合った片腕の私立探偵ジョー・グレアムに探偵術をたたき込まれるという設定である。父親のいないニールにとってグレアムは父親代わり。その複雑な関係が、物語に深みを与えている。家出をする少女に近い年齢の探偵という、ちょっと間違えると「経験もないのになぜか能力の高い私立探偵」という非現実的なストーリーになりやすい設定に説得力を与えているところも巧みだ。1章途中におけるグレアムとニールのやり取りは、少々長く書きすぎて本筋の流れを損なったのではないか、という気もしたが。
単純に見つけてハイ終わり、という私立探偵ものではなく、その後は大人の思惑に振り回されつつも頑張ってしまう青春物語ともいえるようなストーリーが続くのもまたいい。うん、こういう話に弱いんだな、自分。
続きを読みたくなる、というかまたこの登場人物たちに会いたいと思える作品だ。そう思いながらダンボールを見ると、次の作品も買っていたことに呆れてしまうんだが、自分に。
小島正樹『武家屋敷の殺人』(講談社ノベルス)
探偵役は、若き弁護士とリバーカヤック仲間のフリーター。孤児院育ちの美女が生家探しを弁護士に依頼に来て、手がかりは捨てられたときに残された日記くらいだと言う。具体的な地名はいっさい出てこない代わりに、20年前の殺人と蘇るミイラの謎が書かれた日記をもとに調べ当てると、思わぬ新たな殺人が起こる。
最後のどんでん返しまで、目が離せないジェットコースター新感覚ミステリー。(粗筋紹介より引用)
2009年書き下ろし。
聞いたことのない作者だったが、調べてみると原書房のミステリーリーグで『十三回忌』という作品を2008年に書いていた。単行本デビューは島田荘司との共著で2005年に出した『天に還る舟』(南雲堂SSKノベルズ)らしい。
現代を舞台としながら、タイトルに"武家屋敷"という胡散臭い名前が付いているとこに興味をもって読んでみたのだが、終わってみるとなんだかなー、という印象。
大きな謎→あっという間に解決→また不思議な謎→すぐに解決→また不可解な謎→早速解決→……の繰り返し。このトリック1本だけでも十分に長編が作れるだろうと思うような謎と推理がこれでもかとばかりに叩きつけられる。勿体ないというか、ためがないというか。プロレスにたとえると、メジャー団体のレスラーがフィニッシュとして使っているような大技の数々を、弱小インディー団体のレスラーがゴング開始から使いまくるけれど、そこに至るまでの過程も説得力もないから相手レスラーに全く効かず、ただ大技のコピーを並べて見せているだけの試合、みたいなイメージである。この作品のトリックはたぶんオリジナルだろうから、ちょっと酷な書き方かもしれないが。
この作者が何をやりたいのかはよく分からないけれど、島田荘司みたいな本格ミステリを書きたいのだろうか。それだったら、せめて解決に至るまでのカタルシスというものをもう一度見直した方がいいと思う。トリックの品評会を見せられるだけの長編なんて、読みたくない。少なくとも私は。
石崎幸二『≠の殺人』(講談社ノベルス)
沖縄本島沖の孤島――水波照島にあるヒラモリ電器の保養所で開かれたクリスマスパーティー。大手企業の御曹司・平森英一が主催するとあって、会には有名スポーツ選手や俳優などの豪華な招待客が名を連ねていた。
そんな宴の夜、惨劇が! 人気プロ野球選手、井沢健司が無残な死体となり発見されたのだ。その後、連鎖し起こる不可能殺人!! 事件の背後にある深い闇に迫る!(粗筋紹介より引用)
女子高生コンビ、ミリア&ユリシリーズ最新刊。2009年12月書き下ろし。
独身中年不良社員石崎幸二と櫻藍女子学院高校二年生で、ミステリィ部に所属する御薗ミリア、相川ユリが漫才を繰り広げながら事件を解決する本格ミステリシリーズ。ミリアたちの同級生でかつ部員の深月仁美や、警視庁の独身女性刑事斉藤瞳もレギュラーとして登場。本格ミステリのお約束を中心に茶化しまくるやり取りにはさらに磨きがかかっているのだが、問題はいつまでこのワンパターンを続けるかということ。毎回毎回同じパターンだと、いくら発表間隔に開きがあるとはいえ、飽きが来るんですが……。
本作品でも孤島、嵐の夜、独創的なところがある建物、エキセントリックな一卵性双生児の姉妹など、これでもかとばかりのお約束が並び立てられるのだが、事件そのものは少々謎が弱い。本格の部分が弱いため、笑いの方にウェイトを置くような書き方になっているのはかなり問題か。やはり謎と解決に重点が置かれてこそ、ミリア&ユリの会話が生きると思うのだが。
このシリーズもそろそろ新パターンを導入する時期に来ているんじゃないかな。例えば、石崎幸二の後輩社員である美形男子を投入するとか。ベタすぎるか。
流智美『超一流になれなかった男たち』(ベースボール・マガジン社)
レトロものに関しては日本でもNo.1といえるプロレスライター、流智美が『週刊プロレス』に連載した記事をまとめたもの……だったっけ? 覚えてねーや。様々なインタビュー等を通し、超一流にはなれなかったプロレスラーを語った一冊。新刊で買いつつ、どこかでなくしてしまった本を古本屋で見つけたので思わず購入。やっぱり自分はこの頃のレスラーの方が好きなんだなと実感。
33人のレスラーを紹介しているが、中にはヒロ・マツダ、リック・フレアー、ブルーザー・ブロディなど超一流といわれているレスラーも収録されている。画面や雑誌でしか見ることのできなかったレスラーの本音や真実を読むことができる。流智美の場合、プロレスラーをリスペクトしていることがわかるので、読んでいても楽しい。こういう本は、なかなか見つけることができない。
今読んでも名著だと思うし、できれば続きを書いてほしいぐらい。活字として残っていないアメリカンプロレス、昭和プロレスはまだまだあるはずだ。
ミネット・ウォルターズ『女彫刻家』(創元推理文庫)
オリーヴ・マーティン――六年前、母親と妹を切り刻み、それをまた人間の形に並べて、台所の床に血みどろの抽象画を描いた女。嫌悪と畏怖をこめて彫刻家と呼ばれるこの無期懲役囚について一冊書け、と版元に命じられたライターのロズは、覚悟を決めて取材にかかる。まずはオリーヴとの面会。並はずれた威圧感に震え上がったが、相手は意外にも理性の閃きをのぞかせた。かすかな違和感は、微妙な齟齬の発見をへて、大きな疑問に逢着する……本当にオリーヴがやったのか? 謎解きの興趣に恐怖をひとたらし。その絶妙な匙加減が、内外で絶賛を博した、ミステリの新女王の出世作。MWA最優秀長編賞に輝く、戦慄の第二長編。(粗筋紹介より引用)
1993年発表。1994年、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞受賞。1995年翻訳、単行本として出版された作品の2000年文庫化。
1995年に週刊文春、このミスの両方で海外部門第1位を取っていたので、文庫化と同時に購入していたのだが、読んだのは今頃。まあ、いつものことだ。
「彫刻家」と呼ばれる身長180cm、体重165kgと巨体の女性オリーヴが主人公の1人であり、さらに彼女の犯行は母親と妹を切り刻んで並び替えたというものだから、どちらかといえばサイコものを想像させるのだが、読んでみるとそのようなグロさは感じさせない。とはいえ、ここで書かれている人間心理の恐ろしさは相当なものだが。
ストーリーそのものは思っていたよりストレートなもの。動機不明の残虐な事件を引き起こした奇怪な女性のノンフィクションものを書くようにエージェントのアイリスから要請されたフリーライターのロズことロザリンド・リーが、気の進まないままオリーヴと面会して興味を持ち、調べていくうちに彼女が犯人であるか疑問を持つようになる。さらにオリーヴを取り調べた元警官ハルとのロマンスまで加わる。やや長い作品ながら、読み始めると止まらない面白さである。こんなエピソードいらないだろうと思っていると、実はそれが意外な伏線だったりするのだから、気を抜くことも出来ない。この作品の一番すごいところは、オリーヴという女性の造形と、それを前面に押し出さないことによって内容に深みを与えたところだろうか。
ということで今更ながら読み、今更ながら面白かったなーと言うだけの感想でした。あと、野崎六助の解説ならぬ作者論はいらなかったんじゃないの?
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