笹本稜平『特異家出人』(小学館)

 資産家で一人暮らしの老人である有村礼次郎が失踪した。有村と唯一交流があったという10歳の少女加藤菜々美からの必死の依頼に応えるべく、亀有警察署刑事課の浜中良二主任とともに警視庁捜査一課特殊班捜査係(SIT)の堂園昭彦は、有村の家を家宅捜査する。中にはわずかな血痕、猟銃を落とした後の傷が残っており、金庫の中からは通帳や有価証券など、それに2億円を超えるとされる根付のコレクションが消えていた。目撃証言と指紋から、有村を拉致したのは鹿児島県出身の元暴力団組員・中俣勇夫であることが判明。中俣を追って浜中とともに鹿児島へ飛んだ堂園は、鹿児島県警の刑事・大迫らとともに中俣を追い詰めるが、マンションに籠城した中俣は錯乱し、共犯に射殺されてしまった。そこに有村はいなかった。有村はどこへ攫われたのか。この事件の背景には、有村と堂園の祖父との過去が大きく関わっていた。
 『STORY BOX』1~10号に連載された作品『救出』を改題、加筆修正。

 警察小説でもちょっと変わった立場の刑事を取り上げることが多い笹本だが、今回はSIT所属の刑事。既に起きてしまった事件の犯人を捕まえるのではなく、事件が大きくなる前に犯人を捕まえ事件を未然に防ぐという立場が大きく異なっており、その立場をわかろうとしない人たちへの苛立ち、焦りといった点が本作品の一つのポイントとなっている。事なかれ主義、保身を計る上司といった立場の人間が出てくるのは警察小説のテンプレみたいなものだが、他の登場人物はそれぞれの立場があるとはいえ刑事という職業に誇りを持って動いており、考え方の違いや警察組織の縦割りに悩みながらも事件に立ち向かう堂園や上司の高平、浜中、大迫といった刑事たちの描き方は、さすが笹本といいたくなるぐらい気持ちのよいものである。やはり警察小説では、刑事たちの魅力的な姿を描いてくれないと面白くない。
 しかしこの作品で一番輝いているのは、加藤菜々美という少女だろう。菜々美と有村の交流シーンは感動もの。出番こそ少ないが、この作品の真の主役は菜々美であるといって間違いない。
 事件の背景に堂園の祖父の過去が関わっていたことが明らかになるのだが、その過去の因縁はともかく、真相を知るきっかけが偶然である点は物足りない。読むだけならそれほど不満はないのだが。拉致、籠城など事件の動きがめまぐるしいため、タイトルである「特異家出人」の背景や問題点などがぼやけてしまったのは残念。むしろタイトルは別の方がよかったのではないだろうか。
 笹本らしい作品とはいえるし、読んでいて十分面白いのだが、警察小説としてはやや不満が残るところが。まあ、そんな不満点を菜々美が全て吹き飛ばしているという気もするが。




有川浩『シアター!』(メディアワークス文庫)

 小劇団「シアターフラッグ」――ファンも多いが、解散の危機が迫っていた……そう、お金がないのだ!! その負債額なんと300万円! 悩んだ主催の春川巧は兄の司に泣きつく。司は巧にお金を貸す代わりに「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出した。
 新星プロ声優・羽田千歳が加わり一癖も二癖もある劇団員は十名に。そして鉄血宰相・春川司も迎え入れ、新たな「シアターフラッグ」は旗揚げされるのだが……!?(粗筋紹介より引用)
 2009年12月刊行、文庫書き下ろし。

 人気作家だが、読むのは初めて。舞台が小劇団ということでそれほど期待せずに読んでみたが、意外と面白かった。脚本演出以外の能力はまるでないダメモテ主催、金こそ正義を実践しつつ実は情に脆い兄、なんだかんだいいながら主催についていく俳優陣、そして人気声優のキャリアを持つ新入りと、“配役”そのものも面白いし、彼らの会話も面白い。まあもっともこの作品で作者が訴えたかったのは、全然儲からない小劇団の体質そのものじゃないかと思うのだが、どうなんだろう。まだまだ表面化していないが、登場人物をめぐる仄かな恋愛模様も結構楽しい。まあトータル的に軽いといつ意見はあるだろうが、これこそ「大人のラノベ」なんだろう。彼らの続きを読んでみたいと思った。




ジョン・グリシャム『評決のとき』上下(新潮文庫)

 いまなお人種差別の色濃く残るアメリカ南部の街クラントン。ある日この街で、二人の白人青年が十歳の黒人少女を強姦するという事件が起きた。少女は一命をとりとめ、犯人の二人もすぐに逮補されたが、強いショックを受けた少女の父親カール・リーは、裁判所で犯人たちを射殺してしまう。若いけれど凄腕のジェイクが彼の弁護を引受けたのだが……。全米ベストセラー作家の処女長編。(上巻粗筋紹介より引用)
 カール・リーの弁護を務めるジェイクの周辺では、庭先に燃える十字架を立てられるなどのいやがらせや脅迫が相次ぐ。才気煥発な女子学生エレンと共に準備を進めるが、確信犯ともいえる犯罪で無罪を勝ち取るのは不可能に近い。公判が始まり、黒人と白人の対立が頂点に達するなか、ついに評決のときを迎えたが――。アメリカの裁判の雰囲気をリアルに伝える、第一級の法廷サスペンス。(下巻粗筋紹介より引用)
 ベストセラー作家、グリシャムの処女長編。

 そういえば昔流行ったよなあ、などと思い出しながら読んでみた作品。黒人と白人の対立や人種差別というのは、オバマが大統領になった今でも、根っこのところでは変わらないのだろうなあと思いつつ、陪審員制度ならではの評決まで何とか読み終えた。実際の裁判が始まるのは下巻途中という展開が、読んでいてどうも腹立たしい。特に検事と弁護士の思惑が入り乱れるところなど、わかっていながらも馬鹿馬鹿しさしか感じなかった。これがアメリカの法廷サスペンスなんだ、と言われてしまえばそれまでなんだけど、せめてもう少しスピーディーな展開にしてほしかった。テーマの重さはわかるけれど、社会が抱える問題点をこれとばかりに突きつけられても、娯楽作品として読んで何も疑わず終わっているのかと思うと、アメリカ社会って何なのだろうと思ってしまう(まあ、日本も同じケースがあるのだろうが、きっと)。
 もう長いし、腹立つし、という感じでようやく読み終わった。H・デンカー『復讐法廷』なんかは感動しながら読むことができたのに、この違いはいったい何なのか。自分の感性が変わったのかな……。



【元に戻る】