建倉圭介『マッカーサーの刺客』(角川書店)

 1945年9月、東京・日比谷。GHQ本部前の人垣に紛れ、小林加代は、マッカーサーの登退庁を毎日観察し続けていた。戦争ですべてを失った彼女を生につなぎとめているもの――それはマッカーサーへの復讐だけだった。同じ頃、フィリピンで捕虜になった桧垣中尉は、身に覚えのない容疑を着せられ隔離幕舎に送られた。日本に帰還して教員に戻り、初等教育をゼロから始めることを心に誓う桧垣だったが……。(帯より引用)
 2010年7月、書き下ろし。

 『デッドライン』で読者を驚かせた作者の新刊。前作は戦時中が舞台だったが、本作品は戦後すぐが舞台。フィリピンで捕虜になった桧垣友彦中尉、家族を戦争で亡くし、マッカーサー殺害を狙う小林加代の話が交互で語られ、所々で職業軍人である富岡剛史が警察官になり、マッカーサー警護の職に就くところが語られる。マッカーサー殺害といっても、実際の歴史ではマッカーサーが殺害されることなどなかったため、結末そのものはわかっている。ではそこまでどうやって盛り上げるかが焦点となるのだが、あまり上手くいったとは思えない。加代という人物のパーフェクトすぎる能力についてはまだしも、桧垣と出会ってそこから計画が進む展開については、唐突な感は否めない。桧垣の教育者という設定は面白いし、戦後教育の在り方を問いかけた点を小説に盛り込んだ点は新しいように思えるが、それが単に絶望にしか繋がらないのは残念。特に後半の展開が駆け足なところと、富岡という存在が生かされなかった点は勿体ない。前半が中だるみしていたせいもあり、余計そう思えてしまう。
 はっきり言って失敗作だと思う。加代が商売するところなどはもっと削ることができたはず。前半を整理し、後半をもっと加筆すれば、もう少し面白くなったと思う。それでもマッカーサー殺害という計画そのものに、今一つ面白さを感じなかったことも事実だが。




ローレンス・サンダーズ『欲望の殺人 [第二の大罪]』(ハヤカワ文庫NV)

 イタリア・ルネサンスの巨匠を彷彿させる天才画家メイトランド――その彼が何者かによって惨殺された! 捜査陣の必死の努力も空しく、犯人は不明。思い余ったニューヨーク市警本部は、引退した元刑事部長のディレイニーに協力を依頼した。だが、アル中の刑事とともに開始した彼の捜査も困難を極めた。きらびやかな才能と歪んだ性格を合せ持つ被害者の周囲には、殺人の動機を抱く人々が群れ集まっていたのだ。醜い感情と欲望が交錯するなか、ディレイニーは次第に真相に肉薄していくが……。ベストセラー作家が『魔性の殺人』に続いて放つ傑作長篇(粗筋紹介より引用)
 1977年発表。ディレイニーを主人公とする作品は『盗聴』『魔性の殺人』に続く3冊目。1982年7月翻訳。

 ドキュメントノベル風の『盗聴』、心理サスペンスの『魔性の殺人』といった話題作で評判となったサンダーズのディレイニーを主人公とした作品3作目。大罪シリーズでは2作目。『魔性の殺人』を読んだのは20年以上前だった気がする。誰が出ていたかなんて、ほとんど覚えていない。それでもこの作品は面白く読むことが出来た。
 簡単に言っちゃうと、エキセントリックな天才画家の殺人事件を追うだけの話だけなんだけどね。メイトランドの周囲にも曰くありげな人物はいっぱいいるし、追う方も引退した元刑事部長とアル中の刑事。登場人物はいろいろあるけれど、結局はただの殺人事件の捜査。それでも結局引き込まれてしまうのは、人の様々な欲望を鮮やかに書いているからだろうか。
 久しぶりに読んだけれど楽しめました。とはいえ長すぎるので、なかなか次を読む気になれない。




東川篤哉『学ばない探偵たちの学園』(光文社文庫)

 私立鯉ヶ窪学園に転校した赤坂通は、文芸部に入るつもりが、何故か探偵部に入部してしまう。部長の多摩川と部員・八橋とともに部活動に励むなか、学園で密室殺人事件が発生! 被害者は、アイドルを盗撮しようとしたカメラマン。妙な名前の刑事コンビや、個性派揃いの教師たちが事件をかき回すなか、芸能クラスのアイドルも失踪! 学園が誇る探偵部の推理は!?(粗筋紹介より引用)
 2004年1月、ジョイ・ノベルス(実業之日本社)より刊行。2009年5月、文庫化。

 ユーモア本格ミステリを書き続けている作者の新シリーズ。高校の非公認探偵部を舞台とした長編だが、読んでいて楽しくない。やっぱりこの手のシリーズは部員に女の子が常時いなきゃダメなんだよ……という個人的意見はともかく、アラが見えて気に入らない。特に素人が死体を見ても全然驚かないといった部分はどうかと思う。アイドルが失踪しているのに学園内を全部調べようとしない警察もどうかと思うし、そもそも死臭とかは問題なかったのかと問いつめたくなる。物理トリックについてはあっ、そう、としか思えない。読んでいても面白くないから、あら探しばかりしてしまう自分が嫌になる。悪のりと悪ふざけとユーモアの境界線は難しいと思うが、そこを間違えてはいけない、と思ってしまった作品だった。




佐々木丸美『忘れな草』(講談社文庫)

 葵と弥生、不思議な縁の糸で結ばれた二人の孤児。そのいずれか一方が大企業の継承権を持つ娘だという。社内の暗闘、急転する環境にもてあそばれながら、雪の日の記憶と幼い恋の間で二人の心は揺れる……。北の都・札幌の雪に、愛と宿命のアラベスクを描き出す長編メルヘン。話題作「雪の断章」姉妹編。(粗筋紹介より引用)
 1978年1月、講談社より書き下ろし刊行。1987年2月、文庫化にあたり加筆修正。

 札幌、孤児、少女などのキーワードは変わらないが、今度は二人の少女による因縁を描いた作品。それにしても、登場人物がわかりづらい。誰がどんな関係なのだか把握できないし、さらに『雪の断章』の登場人物まで絡んでくるからもう何がなんだか。裏では壮大な暗闘があるのだろうが、それが噴火前のマグマのように不気味な音を立てるだけ。私には理解不能でした、はい。




佐々木丸美『雪の断章』(講談社文庫)

 孤児飛鳥は運命の糸にたぐられて青年に出逢った。札幌の大通り公園の、雪舞う冬の夜に、テレビ塔まぶしい夏の午後に。苦しさの果てに待ちうけていたこの神秘的なめぐりあい。孤独がやさしさを求め、歳月が愛をはぐくむ。だが、殺人事件の暗い影が行く手に……。北の都を舞台に感動の愛をつむぐ長編ロマン。(粗筋紹介より引用)
 1975年、「二千万円テレビ懸賞小説」に佳作入選。同年、講談社より刊行。1983年、文庫化。

 当時からミステリファンの友人たちに佐々木丸美ファンは多かったのだが、私はどうしても斉藤由貴が主演した映画の原作、というイメージ以上のものを持てなかった。味戸ケイコによる講談社文庫のカバーが手を伸ばしづらかったからかもしれない。一時期絶版状態だったが、創元推理文庫による復刊や、ブッキングから「佐々木丸美コレクション」全18巻が出版されたことから、再評価が始まった。
 まあそういうことで、というわけではないが、今頃になって読んでみた。札幌、孤児、孤独、少女などのキーワード。メルヘンチックというか、叙情的というか。少女の成長を見守る周囲の姿が感動的と言ってしまえば簡単なのだろうが、愛憎の感情が交差するやり取りや、社会に対する斜めから見た視線などが読んでいて痛々しさを感じてしまうのは、自分が年を取った証拠か。それにしても、飛鳥の一人称による視点で物語が進み、それが独善に満ちた部分や刃を振りかざしたような部分が多かったせいか、読んでいてキツイ。
 この作品、色々な方向から読むことができそうだな。ただ、自分には合わなかった。




深谷忠記『評決』(徳間書店)

 同年同日生まれの志村雅江と畑中英理佳は、子どもの頃、双子のようにいつまでも仲良しでいようね、と誓い合った。それから19年。
 ずっと音信不通だった2人は、運命の糸に導かれるようにして、殺人事件の法廷で再会した。一方は裁く側の人間、他方は裁かれる側の人間として――。
 裁判の行方は? そして2人は……?
(帯より引用)

 2010年7月、書き下ろし刊行。

 志村雅江は夫と別れ、子どもとも会うことができず、コンビニで働いてやっと生活している状態。しかも働かず男好きな母親が部屋に居座っている。畑中英理佳は東大卒の裁判官。年上の恋人はいるが結婚はしていない。何かに付け世話を焼く母親に複雑な思いを抱く毎日。そんな二人が再会したのは殺人事件の法廷。
 深谷は社会派ともいえる推理小説を書き下ろし続けているが、今回の作品は裁判員裁判と子にまとわりつく母親という2つのテーマを取り扱っている。タイムリーな題材を扱って、本格推理小説を書き続けようとする深谷の姿勢には感心するが、今回のネタは正直誰でも予想が付くところだっただろう。それ以上の「えっ」と言わせるものが何もなかったことが残念。続く裁判員制度の欠点を付くような展開も、今一つ面白味に欠ける。裁判員制度を検討する段階で、一度は問題点として指摘されていてもおかしくないような内容だからだ。少なくとも、作者が狙ったほどの効果が得られているとは思えない。
 かつての親友が19年後に再び交錯する運命と、社会派のテーマを組み合わせようとした作者の狙いはわかる(他に見落としていたらごめん)が、ひねりが足りず面白くなかったというのが正直なところ。もうちょっと何とかできたんじゃないかなあ。



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