はやみねかおる『名探偵VS.怪人幻影師』(講談社青い鳥文庫 名探偵夢水清志郎の事件簿1)

 50年まえの町を再現した「レトロシティ」に名探偵夢水清志郎がやってきた! そこには、秘宝をねらってシティをさわがす謎の怪人幻影師の存在が――。謎解き大好きの小学生、宮里伊緒・美緒の姉妹とともに、夢水清志郎がつぎつぎとおこる怪事件に立ちむかう! 名探偵VS.幻影師の世紀の対決はどうなるのか!? 大人気本格ミステリーの新シリーズがスタート!!(粗筋紹介より引用)

 大人気だった名探偵夢水清志郎シリーズが2年ぶりに復活。新たに小学六年生・二年生の姉妹とともに事件に立ち向かう。さらに伊緒の新しい同級生として、人気子役タレント中島ルイも加わる。本作で謎の怪人“幻影師”が誕生することとなるため、この怪人との対決がシリーズの中心になると思われる。
 ジュニア小説に本格ミステリのエッセンスを存分に振りまいたこのシリーズは、子供だけでなく大人にも人気のあったシリーズであったが、巻が進むに連れてやや難解になってきたところがあった。それは多分亜衣たちの成長に合わせたところもあったのだろう。
 新シリーズは小学六年生と二年生の宮里姉妹たちを主人公とすることで、対象年齢をやや下げてきた。夢水の行動パターンと推理力は全く変わらないが、敵側に幻影師というキャラクターを配することにより、事件の構造や謎をよりわかりやすい設定にしている。そういう意味では、子どもたちにミステリの楽しさを伝えるという姿勢をより明確にしたといえよう。
 本作では新シリーズの顔見せといった趣が強く、新キャラクターの紹介や幻影師の誕生といった点に筆を割かざるを得ず、事件の謎そのものが弱くなっていることが残念。せっかくのレトロシティという設定も生かし切れていない。どうせなら、「怪人二十面相」のように闇に蠢く怪人の姿を書いてほしかったのだが、それはさすがに作者の本意ではないだろうから、仕方がないか。
 それにしてもレトロシティという舞台ならいざ知らず、現代を舞台にしてどうやって幻影師というキャラクターを生かしていこうというのか。マニアである作者のことだから、二十面相シリーズの後期が、変なコスプレおじさんvs少年探偵団のごっこ遊びにまで堕ちてしまった(それはそれで面白かったが)ことは十二分に承知しているだろう。とりあえず、小学生に読ませるには充分安心できる仕上がりかな。
 それにしても、『黒死館殺人事件』を面白いと思う小学六年生がいるのだろうか。そんな小学生に会ってみたいものだ。あと作者にお願いしたいのは、安易に亜衣たちとの「夢のコラボレーション」みたいな作品を書かないで、ということかな。




ポール・ギャリコ『幽霊が多すぎる』(創元推理文庫)

 重すぎる相続税に対処するため、カントリークラブとして開放されたパラダイン館。だが、持ち主の貴族一家が安心する間もなく、奇怪な現象が続発する――部屋をひっかきまわすポルターガイスト。うろつく尼層の亡霊。外から鍵をかけた部屋で、夜な夜なひとりでに曲を奏でるハープ。さらに、客人の身に危害がおよぶにいたり、自体はただならぬ様相を見せ始めた! 騒動を鎮めるために駆けつけた心霊探偵ヒーロー氏の活躍やいかに? 『スノーグース』『雪のひとひら』などで知られる心やさしきストーリーテラーが、ユーモアとペーソスをこめて物語る、幽霊事件の意外な顛末。ギャリコ唯一の長編本格ミステリ、ついに登場。(粗筋紹介より引用)
 1959年、「サタデー・イヴニング・ポスト」誌に連載。1960年、イギリスで刊行。1999年8月、本邦初訳。

 帯に「ギャリコ唯一の本格ミステリ」と書かれているのだが、そもそもギャリコって誰?というところから始まった。先に巻末リストを見たのだが『ポセイドン・アドベンチャー」』ぐらいしかわからず、それも映画でやっていたな、程度の知識しかない。だからどんな作風なのかということも全く知らないまま読んでみたんだが、普通の本格ミステリだったからかえって拍子抜け。まあ、他の作品を知っていれば、そのギャップに驚いていたのかもしれないけれど。
 週刊誌に掲載されたせいか、頻繁に事件が起きるのは少々うるさい気もするが、それを除けば英国風ユーモアを楽しめる作品ではないだろうか。税金に苦しんだ貴族の生活なども楽しめるし、貴族の館や当時の人物描写も面白い。アレグザンダー・ヒーローの心霊探偵という設定もなかなかだが、それ以上によいのは、継妹であるカメラマンのメグ。この手の女性、作品に登場する分としては好み。複数の幽霊事件を丁寧に解決していく展開も好感が持てるもの。なぜ作者はこの探偵コンビをシリーズ化しなかったのだろう。もったいない。
 それほど期待していなかったが、意外と面白かった拾い物。




東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』(小学館)

 国立署に所属する若き美人女性刑事、宝生麗子。実は現代の財閥である「宝生グループ」総帥である宝生清太郎の一人娘であるのだが、そのことを知っているのは上層部のごくわずか。有能な刑事として、中堅自動車メーカー「風祭モータース」の御曹司であり、上司でもある風祭警部の自分勝手な行動と考えに振り回されつつ、日夜事件解決に立ち向かている。しかし、難解な事件の謎を解くのは、有能だが毒舌である三十代半ばの執事、影山であった。
 アパートの自室で殺されていたのは、なぜかブーツを履いたままの女性。動機がありそうな元恋人には確実なアリバイがあった。「殺人現場では靴をお脱ぎください」。
 動物病院の院長が青酸カリを飲んで死亡した。毒は差し入れられたワインボトルに入っていた。院長の再婚に反対するべく、親族一同が病院に集まっていた夜のことである。自殺か、他殺か。「殺しのワインはいかがでしょう」。
 老舗ホテル名誉会長の息子が結婚しようと半月前から連れてきていた女性が、屋敷内の薔薇園で殺害されていた。死体には移動された跡があった。「綺麗な薔薇には殺意がございます」。
 大学の後輩の結婚披露宴に招待された麗子は、影山とともに彼女の屋敷へ。ところが当の彼女が部屋で刺されて重傷を負った。しかし部屋は密室状態だった。「花嫁は密室の中でございます」。
 マンションの部屋で殺された全裸の男性。隣室でぎっくり腰になった男性がエレベータで被害者とすれ違っており、その際一緒にいた女性が犯人と思われた。容疑者は二人。「二股にはお気をつけください」。
 消費者金融のワンマン女性社長が自宅で殴られて殺された。ダイイング・メッセージの痕跡らしきものが残されていた。家族の誰かが犯人と思われたのだが。「死者からの伝言をどうぞ」。
 『文芸ポスト』2007年冬号掲載後、『きらら』2009年2月号~8月号に連載された4編に、書き下ろし2編を追加して収録した短編集。2010年発行。

 光文社などでユーモア本格ミステリを書き続けている東川篤哉の新シリーズ。お嬢様刑事と毒舌執事のやり取りが実に面白い。有能な執事でありながら、平気で主の悪口を言うギャップが笑える。まあ続けて読むと飽きが来そうなワンパターンでもあるのだが、その辺は舞台を変えたりすることで処理されているのはなかなかの捌き方か。とはいえ、次も同じパターンだったら間違いなく飽きるだろうな。
 謎と手がかりが提示され、推理によって解決されるという本格ミステリのパターンは頑なに守られている。実際のところ、提示された手掛かりには他愛のないものもあるのだが、そこは舞台の脚色によってうまくカモフラージュされている。本当にうまい作家になりましたね、この人。ついでに書くと、「殺人現場では靴をお脱ぎください」の靴の謎についてなんかは、「うん、やるやる」って思ってしまったな。
 意外なヒットとなったようだが、過去の作品傾向と比べてそれほど違いがあるとは思えない。強いて言うなら、お嬢様と執事という設定だろうか。何か知らないが、必要以上にこの手の登場人物が受ける時代になっているのではないだろうか。




ジョン・ダニング『幻の特装本』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 警察を辞めて古書店を営むクリフは、元同僚の依頼に愕然とした。存在するはずのない、エドガー・アラン・ポー作『大鴉』の1969年限定版を盗んで逃亡中の女を連れ戻してくれというのだ。その本は限定版専門の出版社の特装本で、見つかれば莫大な価値がある。興味を惹かれ、事件を調べ始めたクリフの前に、やがて過去の連続殺人の影が……ミステリ界の話題を独占した『死の蔵書』に続き、あらゆる本好きをうならせる傑作。(粗筋紹介より引用)
 1995年、スクリブナーズ社より刊行。1997年、翻訳。

 これも『死の蔵書』が面白かったから新刊で買ったんだけど、今まで積んだままになっていた一冊。厚かったので、手に取ることをためらっていた。
 読んでみて、前作より面白さが減った気がする。前作同様色々な古書が出てくるが、本の価値を値段だけで判断しているようで、読んでいても今一つのることができなかった。アメリカでよくあるハードボイルド・アクション小説に古書という付加価値があるから面白かったのに、その付加価値の部分が楽しめないようでは、この作品の価値も半減か。読書感覚や好みが変わってきているのに、10年以上も前に読んだ作品の続編を読んだらだめだよね。続編はすぐに読まなくちゃ。
 早く終わらないかな、真相が出てこないかな、などと思いながら読んでいるようではだめ。まあ、のれなかったのだから仕方がない。シリーズの次を読もうとは思わなかった。それだけ。




佐々木丸美『崖の館』(講談社文庫)

 暗く荒涼たるさいはての海。冬の嵐は信頼も理性も憧れも、殺意さえも白一色の下に埋めつくす。断崖の白い館で二年前、美しい女性の二十歳の生命を奪った悪魔は、そこに集まったいとこたちのうえに、ふたたび邪悪な影を投げかける。隔絶された“雪の密室”に起こる奇怪な事件を通して、残酷な愛の行くえを綴る異色のファンタジック・ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1977年1月、講談社より刊行された作者の第二長編。大幅に加筆修正のうえ、1988年1月文庫化。

 舞台設定は典型的な雪の山荘もの。事件もあるし、トリックも一応ある本格ミステリ作品に仕上がっているのだが、やはり佐々木作品らしく、幻想的というか観念的というか、情景描写と心理描写のみを優先させたような書き方の作品に仕上がっているため、ミステリを読んだという気が全くしない。殺人という行為を通した愛憎物語であり、その動機は理解できても納得できないもの。少女って残酷なのよ、って言うがために作品を作っているような気がしなくもない。
 読んでいるといらつくところも多いだろう。舞台や人物の背景は最小限しか語られておらず、普段何をやっているのか、どういう関わり方をしているかなどが全く書かれていない。登場人物の親たちは何をやっているのか、毎年集まることに異議はないのか、などと突っ込みたくなるような要素も多い。そういう俗世間的な描写を排除して作品を仕上げているのだから、文句をつけるところではないのだが。好きな人は好きなんだろううが、駄目な人には全く駄目な、読者を選ぶ作品。登場するのが10年は早かったんだろうね。こういう読者を選別するような作品が受け入れられる土壌がまた少なかったころに書かれた作品だから。



【元に戻る】