今野敏『転迷―隠蔽捜査4』(新潮社)
管轄外である東大井二丁目で、殺人事件が発生した。被害者は、中南米局南米課に勤めている外務省の職員だった。
管轄内である大森北三丁目で、ひき逃げ事件が発生し、65歳の元外務省キャリアの男性が死亡した。本庁の交通捜査課から、強行犯係も捜査に加わるよう要請が来、大森署に捜査本部が設置される。しかし、管内でごみの集積所から火災が起きた不審火が4件連続発生しており、放火犯を一刻も早く挙げなければならなかった。結局捜査本部に強行犯係から6人が割かれる。そのことに抗議した戸高善信の声を受け、本庁捜査一課から6人が助っ人に来る。
カザフスタンで飛行機が墜落し、その飛行機に娘の美紀と付き合っている三村忠典が乗っていたかもしれないと連絡が来る。竜崎は総務課長時代の知り合いである、第三国際情報官室の内山昭之に、その詳細を確認してもらう。日本人乗客がいなかったことは明らかになったが、三村の安否は不明のままだった。逆に内山は、殺人事件の状況を聞きたがる。
生活安全課が内偵を進め、覚醒剤の売買をしていた暴力団の売人を検挙したが、厚生労働省地方厚生局麻薬取締部の矢島滋より猛烈な抗議が来た。
大森署署長・竜崎新也に様々な難題が同時に降りかかる。次々と増えていく懸案事項に対し、竜崎はいつもの合理的思考に基づき、複雑に絡み合った事件を解き明かすことができるのか。
「小説新潮」2010年6月号~2011年5月号まで、『収斂 隠蔽捜査4』の名前で連載。2011年9月単行本化。
おなじみのシリーズ長編第4作。途中で短編集を挟んだため、実質的には第5作となる。それにしても、「隠蔽捜査」の名前は内容に全く合致しないため、今からでも変えることはできないのだろうか。別のシリーズ名を付けるべきだったと、作者は後悔しているかも知れない。
本作は複数の事件が同時進行となっているため、警察小説でよく見られるモジュラー型の色がより濃く出ている。そこへ妹の恋人が外国で飛行機事故に遭遇するという事件が重なり、そちらの対応も事件の解決に絡んでくるのは、家族小説の面もあるこのシリーズならではの設定をうまく活かしており面白い。その点はよくできていると思う。ただ、他の点でいえば、シリーズ設定を安易に流用している感が強い。別の事件を扱いながらも、気がついたら中心事件の核心に迫るヒントを持ち合わせている戸高や、いつものように竜崎に依存する伊丹俊太郎の立ち位置が過去作品と似通っているから、物語が進展しても何となくパターンが読めてしまうのは面白くない。予定調和の世界は大事だが、意外性も欲しかったというのは、読者として贅沢な要求だろうか。交通捜査課の土門課長などは、もっと動かしようがあったと思うのだが。それと、竜崎自身は悩んでいるが、結果を見ればスーパーマン化していくのは、シリーズがつまらなくなるので止めてほしいところ。
いつの間にか大森署という一国一城の主と化してしまった竜崎だが、この人の本領は、キャリアの渦巻く組織で原則を曲げずに戦うところじゃないだろうか。そういう意味では、大森署という舞台は、竜崎にとって狭すぎる。今のままだと、同じような事件のパターンが続き、やがて飽きられるだろう。
ジョン・グリシャム『法律事務所』(新潮社)
ハーバード大学ロースクールをトップクラスで卒業した、苦学生のミッチ・マクディーア。ウォール街の名門法律事務所をはじめ、数え切れない就職勧誘書が送られてきたが、ミッチが選んだのはメンフィスにある中堅の「ベンディニ・ランバート&ロック法律事務所」であった。そこは40人程度が働く程度の小さな規模であったが、全米でも最高級の初任給を与えてくれ、さらにBMWや超低金利住宅ローンまで貸与してくれるという、好待遇の法律事務所であった。税務部門に配属されたミッチは、裕福な依頼人の節税策や証券関係に関わる過酷な仕事をアソシエイトとして入社当初から続け、それに見合うだけの多額の給料を与えられた。家へ戻る時間が少なく、学生時代に結婚した妻アビーとの仲が冷えつつあるのは問題だったが、司法試験にも合格し、数年後のパートナーを目指してミッチは非常に満足していた。
しかしそんなミッチへ、FBIのウェイン・タランスが接触してくる。その事務所では、過去に5人の弁護士が不慮の事故死を遂げていた。そしてミッチは真実を知らされる。この事務所は、マフィアであるシカゴの犯罪組織、モロルト・ファミリーの脱税やマネーローンダリングを請け負うのが本当の仕事だったのだ。エージェントはミッチに捜査協力を要請される。ミッチはFBIを選択するのか、現在の高収入を得られる犯罪者への荷担を選択するのか。
1991年3月、出版と同時にベストセラーとなり、グリシャムを一躍人気作家に押し上げることとなった作品。年間41週にわたってベストセラーにランクインし、トム・クルーズ主演で映画化もされた。1992年7月、翻訳。
昔購入したまま、ダンボールの奥底に仕舞ってあった一冊。ベストセラーになっていたことは知っていたし、評判も聞いていたけれど、そうなるといつか読めばいいやと思ってしまう悪い癖が出てきて、今頃読むような結果となってしまった。
こうして読んでみると、弁護士を主人公としていながら法廷シーンは全くなく、マフィアとFBIの双方と対峙する若き弁護士とその妻たちの活躍を書いたサスペンスであり、その息詰まる展開とミッチの頭脳に感心してしまった。なるほど、これだったら全世界でベストセラーになるわけだ。登場人物それぞれの描写も悪くなく、双方の思惑も過不足なく描かれており、互いに相手の手を読み合うストーリー構成もお見事。最後の逃走劇に関しては、追う方にもっと巧い手配があったんじゃないかと思うのだ、些細な話だろう。
ただ読み終わると、後に残るものはほとんどない(ベストセラーってそんなものも多いが)。面白かったで終わり、1ヶ月も経つと忘れてしまうような作品かも知れない。
こういう作品を読むと、アメリカの弁護士に正義も何もあったもんじゃないと思ってしまいたくなるが、日本でもそれはそんなに変わらないのかも。まあ、収入は段違いだろうが。
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