綾辻行人『奇面館の殺人』(講談社ノベルス)

 奇面館主人・影山逸史に招かれた六人の男たち。館に伝わる奇妙な仮面で全員が"顔"を隠すなか、妖しく揺らめく"もう一人の自分"の影…。季節外れの吹雪で館が孤立したとき、"奇面の間"に転がった凄惨な死体は何を語る? 前代未聞の異様な状況下、名探偵・鹿谷門実が圧巻の推理を展開する。名手・綾辻行人が技巧の限りを尽くして放つ「館」シリーズ、直球勝負の書き下ろし最新作。(粗筋紹介より引用)
 新本格ブームを引き起こすきっかけとなった、綾辻行人の「館」シリーズ第9作。

 前作『びっくり館の殺人』以来5年ぶりとなる「館」シリーズ。やっぱりタイトルは、江戸川乱歩『奇面城の秘密』より来ているのだろうなあ、なんて考える。
 そっくりな風貌をしている作家の日向京助から依頼を受け、鹿谷門美が名を借りたまま奇面館を訪れるところから物語は始まる。招待された客は、いずれも館の仮面で顔を隠した状態。主人との奇妙な会話。そして夜中に起きた殺人事件。殺害された影山逸史は、首のない死体として発見された。
 綾辻らしい怪奇幻想風味は残っているものの、どちらかといえば丁寧な筆致で描かれた本格ミステリ。舞台、登場人物、背景、殺人事件、「雪の山荘」設定、捜査、推理、解決までが、スタンダードな形で提供される。丁寧に描きすぎて、一つの殺人事件としては長くなりすぎたという欠点はあるものの、今までの館シリーズが肌に合わないという人でも、また今まで館シリーズを読んだことがないという人でも無難に読める。
 とはいえ、出来がいいかと聞かれるとちょっと微妙。途中の展開は中だるみがあるし、推理部分もどちらかと言えばくどい。それに最後が、はっきり言って私の好みではないし、成功しているとも思えない。ただ本作品は、10作で完結させると言っている館シリーズの今までや、作者の描きたかった本格ミステリ像を改めて思い起こそうとしているように見受けられる。所々で触れられる過去作品への言及も、その一つなのだろう。
 まあ、年末のベストではランキングを賑わすことになるのだろう。読んでおいて、損はない一冊ではある。




栗本薫『絃の聖域』上下(講談社文庫)

 人間国宝の長唄の家元・安東喜左衛門の邸内で一人の女弟子が殺された。現場の状況からみると犯人は内部のものだ。二代にわたって妾を邸内に住まわせているこの旧家には、夫婦・親子が互いを犯人と名指し合う異様な憎悪が渦巻いていた……。奔放華麗な物語手法で、芸に生きる人間の悲劇を描いた本格推理長編!(上巻粗筋より引用)
 第二の犠牲者となった番頭横田が握りしめていた譜本の切れ端。周辺の人物ばかりが殺され、犯行の動機すら不明のまま捜査は暗礁に乗りあげる。そして、禍々しい惨劇の予感を孕んで安東流大ざらえの日が近づく――。名探偵伊集院大介が初登場して颯爽と謎を解く解決編。第二回吉川英治文学新人賞受賞の傑作。(下巻粗筋より引用)
 『幻影城』1978年9月号~1979年5月号まで連載。1980年8月、講談社より刊行。1981年、第2回吉川英治文学新人賞受賞。1982年12月、文庫化。

 後に栗本薫の重要なシリーズキャラクターとなる、伊集院大介初登場作品。とはいえ、本作における伊集院の影は薄く、主眼となっているのは、長唄の家元である安東家における愛憎劇と、芸に対する妄執、そして安東家そのものに対する束縛の世界。
 それにしても安東家の人間関係が酷すぎ。家元喜左衛門は妻と別れて妾と同居している。娘の八重は、喜左衛門の命令で結婚させられた婿養子の喜之介を嫌い、弥之介という愛人がいる。喜之介は女遊びに繰り、さらに友子という妾を邸内に囲っている。八重の娘である多恵子は弥之介に惚れており、息子である由起夫は、友子の息子である智と同性愛の関係。どことなく横溝正史を思わせるような、愛憎劇渦巻く屋敷内での連続殺人事件なのだが、筆致がどことなくドライに感じるのは、書いた時代の差だろうか。
 名探偵として登場する伊集院大介も、上巻では全くといっていいほど動きを見せず、下巻になってようやく動き出すのだが、金田一耕助ほどの人間的魅力は感じられず、警察がさっさと追い出さないのが不思議なくらい。
 栗本薫が、横溝正史と本格探偵小説の世界に浸ることなく、溺れないようにしてその世界を描ききろうとして、かえって醒めたものとなってしまった感がある。舞台の描写は巧いところが、さらに拍車をかけている。謎解きそのものは悪くないのだから、かえって大時代的に構えて書いた方が、面白く仕上がったのではないだろうか。
 今更ながらこの作品を読んでみたのだが、どうも肌に合わない。止めておくべきだったか。



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