C・デイリー・キング『タラント氏の事件簿』(新樹社 エラリー・クイーンのライヴァルたち2)
不可思議な謎に心惹かれる素人探偵トレヴィス・タラントが、遭遇する不可思議な犯罪の謎を解き明かす連作短編集。オベリストシリーズで有名なキングの唯一の短編集であり、「クイーンの定員」にも選ばれている。1935年、イギリスで刊行。2002年、翻訳。
レギュラーキャラクターは、探偵役のタラント、執事兼従僕でスパイでジュージツの達人でもある日本人のカトー、タラントの友人であり語り手のジェリー、恋人で後に妻となるヴァレリー、ジェリーの妹であるメアリ。
タラントとジェリーの出会いから、タラントが去るところまでの流れとなっており、話が進むにつれて、登場人物たちの関係が進展する点は、キャラクター小説に近い。ただ、出てくる犯罪は密室からの消失、幽霊等の怪奇現象、密室殺人など、不可能犯罪趣味を満足させる内容とはなっている。しかし、肩すかしを食らうような解決も多いし、スマートというより見え見えのストレートな解決がある点も目立つ。それほど評価する短編集とも思えないのだが、「クイーンの定員」にも選ばれているのだから、本格ミステリファンには響く物があるのだろう。もしかしたら、タラントの退場シーンが受けているのかも知れない。確かにこれはすごかった。短編毎に登場人物紹介が付けられていて、タラントの紹介文が「怪奇な事件に心惹かれる者」「ミステリに心惹かれる者」「密室に心惹かれる者」などと作品毎に違うのは面白かった。
約700年前に書かれた古写本を持つ古美術商は、呪いによって今日の夜に本が消えると告げる。ジェリーは100ドルを賭け、博物館の鍵のかかった部屋で本を見張るが、突然の停電が回復したとき、本は消えていた。そのとき現れたのはタラント氏だった。「古写本の呪い」。謎と解決よりも、タラントの登場シーンの方が面白い。
ジェリーは恋人のヴァレリーにプロポーズするが、ヴァレリーはその申し出をいつも断っていた。ヴァレリーは自宅に幽霊が出てくるため、ノイローゼになりかけていた。幽霊を信じないジェリーは、ヴァレリーの家に泊まるが、不思議な足音や影が現れ、ヴァレリーが階段から突き落とされる。「現れる幽霊」。勘の良い人なら、幽霊の正体は大体想像つくのではないか。
タラントが住むアパートの屋上にあるペントハウスから、鎮魂曲が流れてきた。駆けつけた人たちは、密室の中で刺殺された画家の死体。しかし犯人はどこにもいなかった。絵に突き刺された釘だけを残し。「釘と鎮魂曲」。密室殺人だが、解決は陳腐。手掛かりもストレートすぎか。
バカンスでタラントがマリー・セレスト号事件の話をすると、友人は同じような事件があったことを話す。モーターボート「第四の拷問」号が座礁し、乗っていたはずの親子三人はいなかった。後に両親が溺死体で発見される。ボートには異常がないのに、両親は何故湖に飛び込んだのか。この話をした直後、このボートを買った親子が同様に湖に飛び込んで溺死した。「「第四の拷問」」。途中であんな物が出てきたら、答えはすぐにわかってしまう。まあ、マリー・セレスト号事件もちょっと近いような解決が提示されていたことだし、それに合わせたのか。
国道48号線で、首のない死体が連続して発見される。被害者の関連性が見受けられず、捜査は難航。タラントは謎を解き明かすべく、警察の捜査に加わる。「首なしの恐怖」。どちらかというとホラーテイスト。謎の解決よりも、その動機の方が恐ろしい。
デイブン家に代々伝わる竪琴が、密室状態の書斎から消失した。調査を依頼されたタラントが駆けつけると、竪琴は元の書庫に戻ったと主人であるドナッテリが言う。しかし再び、しかもタラントがいるところで竪琴は再び消失した。その書斎は、ドナッテリしか入り方を知らない特殊な鍵がかかっているのに。古い予言は実行されるのか。「消えた竪琴」。ええっと、これで本当にごまかせるんですかね。解決を聞かされても、どこかピンと来ない。
タラント、ジェリー、ヴァレリーが訪れたロシア料理のレストランで、外出中のカトーが見知らぬ女性と話し合っているのを見掛ける。その瞬間、店内の照明が落ちて悲鳴が響く。カトーが話していた女性が殺害された。逃げだそうとしたカトーが警察に捕まってしまう。「三ツ目が通る」。事件の謎よりも、脇役だったカトーに視点を当てた作品。そして唐突に、「驚くべき人物」ムッシュウ・オールが登場する。
タラントと恋仲になったメアリは、車でタラントを送る途中、突然重体となった。著名な脳外科医も原因がさっぱりわからず、メアリは少しずつ衰弱して死を待つばかり。そこへ現れたムッシュウ・オールは、メアリを救うべくタラントへある取り引きを持ちかける。「最後の取引」。いやー、最後はいきなりのファンタジー。超自然的な力でメアリを救う引き換えに、タラントは7年間放浪することとなるのだ。何なんですか、この結末は。確かに『カリブ諸島の手がかり』に匹敵する、衝撃的な名探偵退場シーン。これは一読の価値があると思うが、この衝撃度は前の7編を読んで初めて到達する物。
別冊宝島編集部『プロレス大暗室』(別冊宝島1914)
例によってNOAHを巻き込んだ巨額詐欺事件の続報と、NOAH崩壊の序曲を描き続けている。詐欺事件については目新しい内容がなかったが、給料遅配はともかく、M役員の退社には少々驚いた。それにしても、NOAH解散を言い続けているのは宝島ぐらいだが、宝島の記事を読むと本当に解散するのではないかと思ってしまうぐらいだから、文章の魔力ってすごい。とはいえ、今のNOAHで商品価値があるのは一握りだから、NOAHが解散するとは思わないが。
今回はNOAHの話題ばかりではなく、「ブシロード・タブー」やK-1債権についても切り込んでいるが、前者については悪口程度の内容でしかなく、後者についてはもっと裏話を載せろと言いたい程度。まあ、NOAHばかりでなく他の団体を扱っているのはネタ切れだからだろうが、ドラゲーやDDTなどを扱わないのは、スキャンダルがないということではなく、単に売れないからだろうなあ。あ、今のターザン山本はどうでもいいです。原田久仁信の劇画については、やはりリング上に動きのあるものを描いてほしい。
栗本薫『猫目石』上下(講談社文庫)
SF作家にして名探偵の栗本薫クンは逗留先の軽井沢で、女流作家藤波武子女史からアイドル歌手朝吹麻衣子を紹介され、すっかり心を奪われてしまう。その夜から藤波女史の別荘に泊ることになった薫クンは、奇妙な連続殺人事件に巻き込まれる。ご存知伊集院大介と栗本薫の豪華二大スター夢の競演!(上巻粗筋より引用)
夏の軽井沢、藤波武子女史の別荘内外で起こった連続殺人事件に巻き込まれた栗本薫クン。事件の背景にアイドル歌手朝吹麻衣子一家の暗い過去があるとにらんで、真相究明に乗り出す。ポワロVSミス・マープルにも匹敵する夢の対決、伊集院大介VS栗本薫がくりひろげるはじめての推理合戦の結果は? (下巻粗筋より引用)
1984年11月、講談社ノベルスより書き下ろし刊行。1987年7月文庫化。
栗本薫が生み出した二大スター、名探偵伊集院大介と小説家栗本薫が夢の競演。とはいえ、伊集院の活躍はあまりなく、もう一人の栗本薫(♂)は、16歳の人気アイドル朝吹麻衣子に一目惚れして、恋愛関係の方が忙しい。薫の方は事件に巻き込まれているのだが、解決しようという意欲があまり見えず、伊集院は脇役状態。それなのに、気がついたら二人とも事件の真相を見破っているというのだから、ミステリとしてはさっぱり面白くない。言っちゃえばこの作品、サスペンス・ラブストーリーでしかない。伊集院や薫は当然のこと、ヒロイン麻衣子をはじめ、登場人物のキャラ設定が良くできているから、作者のファンにとってはたまらないだろうけれど、どっちのキャラクターにも思い入れがない私には退屈でしかなかった。
名探偵の競演というのならば、やはり推理合戦を見たいもの。一人でも解けるような謎など見たくもない。
ジョン・グリシャム『依頼人』(新潮社)
11歳の少年マーク・スウェイと弟のリッキーは、マフィアのお抱え弁護士、ジェローム・クリフォードが排ガス自殺しようとする現場に遭遇する。マークはホースを抜き取ったがクリフォードに見つかり、車の中に連れ込まれる。クリフォードはピストル自殺をしたが、マークは逃げる直前に、ニューオリンズ・マフィアのバリー・マルダーノが殺害したボイド・ボイエット上院議員の死体の隠し場所を打ち明けられてしまう。リッキーはショックで言葉を失い、そのまま入院。野心家のロイ・フォルトリッグ検事は上院議員殺害事件の犯人がマルダーノであることを立証するために死体を見つけようと、FBIを動かしてマークの口を割らせようとする。さらにマフィアもマークに脅しをかけてきた。マークはたまたま立ち入った法律事務所の女性弁護士、レジー・ラブを1ドルで雇い、助けを求める。
1993年3月、アメリカで刊行されると同時にベストセラーの1位に。1993年12月、翻訳。
ベストセラーとなった作品で、相当昔に買っていたものを今頃読む。まあ、よくある話だ。
11歳の依頼人と女性弁護士がFBIやマフィアを相手に立ち回るというのは、帯に書いているとおりのグリシャム的世界。場面の切り替えとテンポが速く、読者に考える間を与えず、自らの世界に読者を引きずり込むのは、他の作品と変わらない。よくよく考えるととんでもない話なのだが、こんな展開と結末が成立してしまうのもアメリカならではか。「証人保護プログラム」や「アメリカ合衆国憲法修正第五条」などをよく把握しないと、この作品の行動原理が今一つつかみ難いところがある(そもそも遺体が無い段階で裁判に入ってしまうのも恐ろしい)のだが、荒唐無稽な個所すらも置いてけぼりにしてノンストップで読める作品でもある。
面白いといえば面白いし、下手に考える間もなく読めるからベストセラーになるのもわからないではないが、釈然としないものが残ることも確か。ぶっちゃけて言ってしまえば、ガキにいい大人が振り回されすぎ。物語だと割り切って読むから、別にいいけれど。
R・D・ウィングフィールド『夜のフロスト』(創元推理文庫)
流感警報発令中。続出する病気欠勤に、ここデントン署も壊滅状態。それを見透かしたように、町には中傷の手紙がばらまかれ、連続老女切り裂き犯が闇に踊る。記録破りの死体の山が築かれるなか、流感ウィルスにも見放された名物警部のフロストに、打つ手はあるのか? 日勤夜勤なんでもござれ、下品なジョークを心の糧に、フロスト警部はわが道をゆく。大好評シリーズ第三弾!(粗筋紹介より引用)
1992年刊行。2001年翻訳。文春ベスト1位、このミス2位など。
これも今頃読むか、私は。『クリスマスのフロスト』『フロスト日和』に続くおなじみフロストシリーズの3作目。過去作品と同様、モジュラー型であるのだが、今回は流感によって敵役とも言えるアレン警部が出てこないこともあり、フロストの活躍(迷走?)がいつもより激しい。それに付き合わされるのは、新任部長刑事フランク・ギルモア。結婚したばかりなのに、ワーカーホリックの警部に振り回されてひどい目に。しかも家では奥さんに振り回される羽目に。しかし、他の署はここまで忙しくないのかね。
輻輳する事件を勘とはったりと決めつけと偶然で少しずつ解決していく手法はいつもと変わらないし、下品なジョークも相変わらず。マレット署長が右往左往するだけで何の役にも立たないところも相変わらず。パターンはそれほど変わらないのに、毎回面白く読めてしまうのは、キャラクターが立っていることもあるが、やはり物語が綿密に構成されているからだろう。本作ではさらに結末直前で、フロストが犯人と対峙する奮闘ぶりも楽しめる。
毎回楽しみではあるのだが、どんどん厚くなってくるので、時間が思いっきり取れるときに一気に読まないと、この作品の面白さは半減してしまう。だからなかなか手に取ることができない。困ったものだ。
有栖川有栖『江神二郎の洞察』(東京創元社 創元クライム・クラブ)
その人の落とした『虚無への供物』が、英都大学推理小説研究会(EMC)入部のきっかけだった――。大学に入学した一九八八年四月、アリスは江神二郎との偶然の出会いからEMCに入部する。著者デビュー短編「やけた線路の上の死体」から、アリスと江神の大晦日の一夜を活写する書き下ろし「除夜を歩く」など、全九編収録。昭和から平成への転換期を背景に、アリスの入学からマリアのEMC入部までの一年を瑞々しく描いた、ファン必携の江神シリーズ初短編集。(粗筋紹介より引用)
「瑠璃荘事件」「ハードロック・ラバーズ・オンリー」「やけた線路の上の死体」「桜川のオフィーリア」「四分間では短すぎる」「開かずの間の怪」「二十世紀的誘拐」「除夜を歩く」「蕩尽に関する一考察」を収録。
ようやくまとまったのかい、と言いたくなる短編集。短編デビュー作「やけた線路の上の死体」が『無人踏切―鉄道ミステリー傑作選』(光文社文庫)に載ったのが27年前の1986年。その頃に読んでいるはずだが、全くと言っていいほど覚えていない。その後、『月光ゲーム』でデビューするなんて夢にも思わなかった。他の作品もいくつか読んでいると思うのだが、あまり印象にない。4人が出ているから満足、という気分になっていたのだろう。読み返してみても、ミステリとしての面白さはあまりない。『月光ゲーム』の痛手を負ったままのアリスとか、キャラクターとしての江神などの方にしか興味がわかない作品群である。「九マイルは遠すぎる」に挑戦したかのような「四分間では短すぎる」も、もともとの作品をそれほど評価していない自分から見たら、単なる推理遊びにしか見えてこない。結局キャラクター小説としか読めない。江神やアリスが出ているからいいや、的な面白さは認めるけれど。
こうしてまとめて読んでみると、作品の舞台が昭和時代というのが信じられない気分に陥った。よく考えてみると、アリスと自分はほぼ同世代。今頃彼らの学生時代の作品を読んでも違和感があるというか。彼らが学生のまま時代だけ進んで、平成時代を舞台とした彼らを読んでいると勝手に思い込みそうになった。作品にしつこいぐらい昭和天皇話が出てくるところや、携帯電話が出てこないことなどを除くと、舞台が今でもそれほど違和感のない描き方をしているからかもしれない。
今年最初に読んだのはこの本。正月休みは珍しく結構本を読んでいた。テレビをほとんど見なくなったからかもしれないが。
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