松田美智子『真夜中の侵入者 市会議員連続わいせつ事件』(幻冬舎アウトロー文庫)

 十二年間にわたって女姓の部屋に侵入し続け、二百件以上のイタズラを繰り返したわいせつ犯は、何と現職の市会議員――美人妻を持ち、金銭的にも恵まれた地元の名士は、酒も煙草もやらない真面目な男のはずであった。家族や周囲の信頼を裏切ってまで信じがたい愚かな行為を犯したのは、いったいなぜか? 人間心理の闇を暴く衝撃のドキュメント!(粗筋紹介より引用)
 1996年1月、恒友出版より『真夜中の侵入者 若手市会議員・連続わいせつ事件』のタイトルで刊行。1998年2月、改題して文庫化。

 1991年4月に当選した現職の市会議員、前畑秀男(当然仮名)がわいせつで逮捕された事件のノンフィクション。1991年8月に逮捕され、1992年2月、地裁で懲役3年(求刑懲役5年)の実刑判決。過去12年間に亘ったわいせつ事件にしては軽い刑だと思う人も多いのではないか。しかし、実際に起訴されたのは強姦1件、4件の強制わいせつと住居侵入のみ。自供した81件中24件はすでに時効が成立していた。控訴を取り下げて刑が確定し、2年半後には仮出所している。
 舞台美術会社や貸しスタジオ会社を創業し、地元の名士として活躍。美人妻がいながらも長身痩躯の容貌から女性にもて、愛人関係にあった女姓もいたという。そして本人の目論見通り、市会議員にも当選。大物議員がバックにおり、将来的には県会議員から国会議員になることを目指していたという。そんな人物が32歳の時からなぜ12年間もわいせつを繰り返していたのか。本書はそんな人物の心理に迫ろう、として取材を始めたのだが、作者本人がどう思っているかはともかく、あまり芳しい結果は得られていない。
 逮捕前日、前畑はこうつぶやいている。
「(前略)心のどこかが満たされないままに、すごしてきたように感じる。どこか乾いていて、潤してくれる対象を懸命に求めていたようにも思う。そのための行為が女の部屋に侵入することだったのかと問われれば返答のしようがない。強いて言えば夜の闇が俺を誘うのだ」
 単なる言い訳に過ぎない。さらに前畑はこうつぶやく。
「(前略)できることならば、前畑秀男という存在をバラバラに分解して、分かりやすくきれいに並べ替えてみたかった」
 作者である松田は、前畑に心を割って話せる男性の友人がほとんどいなかった。男同士のワイ談も嫌い、表面上はいかにも潔癖そうな人格を装っていた、と述べている。どんな人物にも表と裏があると言いたいのだろうか。
 事件をなぞることには成功しただろうが、事件の、そして犯人の本質には迫ることができなかったノンフィクションだったと思う。

 追記にもあるが、前畑は出所後、自分が創業した会社の重役として復帰した。ところが、1996年5月26日、アパート1階のベランダから部屋を覗いているところを発見されて住人に取り押さえられ、住居侵入未遂容疑で現行犯逮捕されている。こちらは起訴猶予となったと思われる。さらに1997年12月4日、6月に女子高生へ暴行したとしてわいせつ目的誘拐などの容疑で逮捕された。その後は不明だが、こちらはおそらく実刑判決を受けたであろう。




石沢英太郎『羊歯行・乱蝶ほか』(講談社文庫)

 友・三原哲郎が、天草にありえぬはずのサツマシダを採集に出かけ墜落死したと聞いて、嬉野は疑念をもつ。三原を天草へかり立てたのは、何者かのけい奸策によるのでは? 友情のため、愛好するシダへの冒涜をふり払うため、嬉野が究明に動くと…。「羊歯行」。(粗筋紹介より引用)
 不倫による心中未遂で東京の新聞社を辞めた黒川を、九州の有力紙N新聞社が中途採用した。半年後、部長の企画の一つで、黒川は博多刑務所で受刑者による雑誌「筑紫路」を取材することになる。黒川はその中でも、「乱蝶」というエッセイとその作者結城信也に興味を惹かれた。「乱蝶」。
 電機メーカーのテレビ検査部次長が、旅館の火事に巻き込まれて死亡した。そのメーカーをお得意様とするベッド販売店福岡支店長の私は、次長もまた秘めた情事の最中ではなかったと疑う。数日後、私のもとに消防局員が現れ、次長の血液から多量の生産が検出されたこと、その原因を追及するためにマットレスの成分を教えてほしいと言ってきた。私は消防局員から消えた女が居たことを知り、事件の謎を追う。「カラーテレビ殺人事件」。
 キタタキ生息特別調査団に自ら志願した甲田春雄デスクが、対馬の山中で遭難に遭い死亡した。甲田からその仕事を奪われた室永は、会社の命令で甲田の後を引き継いで記事を書くこととなった。「キタタキ絶滅」。
 経済調査で宮崎県に出張したぼくは、付き合ってくれた市の職員に、勤王の志士の殉難の碑が小さな島に残っていると聞かされる。その名前が田中河内介と知らされ、20年前に興味を持ったことを思い出したぼくは、そのことに詳しい課長と夕食の席で話し込む。「鬼哭」。
 推理作家のぼくは、スナックで見掛けた写真の素人カメラマン渥美に興味を持ち、自らの短編にフォトがほしいため、玄界灘の孤島「相の島」へ一緒に行く。1か月後、渥美の撮った写真が国際コンテストのグランプリとカメラ誌のコンテスト金賞に入選した。「傍観者」。
 1978年8月、講談社文庫より刊行。

 表題作の「羊歯行」は1966年、第1回双葉推理賞を受賞したデビュー作である。プロバビリティーの犯罪を扱った作品だが、その瑞々しさは今でも十分に通用する。
「乱蝶」は、受刑囚の手記を伏線に、主人公の隠された秘密が浮かび上がってくる構成が素晴らしい。刑務所の描写が詳細だが、作者は自ら取材を行っている。
「カラーテレビ殺人事件」は、焼死事件に隠された意外な人間の行動という点が興味深い。なるほど、確かにこういうことが起きれば、この人物はこういう行動を取るはずだ。それを読者に納得させるのも、作者の腕一つで決まるのである。
「キタタキ絶滅」は自然によって人間の愚かさを浮かび上がらせた作品。「鬼哭」は寺田屋事件の後日譚を扱った異色の作品。
「傍観者」は、実際に起きた「船に乗っていた客が、船が沈んで溺れかけた海面の人間にシャッターを切った」事件を題材としている。周囲が議論するのは簡単だが、その当事者がどう思っただろうか。重い問いかけを投げた作品でもある。
 いずれも綿密な取材による描写と、事件にいたるまでの人の心を描いた傑作がそろった短編集である。




別冊宝島編集部『プロレス 暗黒街』(別冊宝島 1954)

 NOAH叩きは相変わらず。とはいえ、集団離脱劇や小橋引退騒動については『週刊プロレス』よりもこっちの方を信じたくなるぐらいどろどろしたことが書かれている。外国人練習生に頼るしかない状況だが、やっていけるのか、本当に。新日本も選手を貸し出している状況だが、これは単に選手への箔付けか、それとも余剰気味の選手のリストラ対策か。まあ、かつての全日本への選手貸出から逆に移籍してしまった、などというような失敗を繰り返さないことを祈るばかりだが。まあ、それはないか。
それ以上に全日プロ計画倒産疑惑の方が興味深い。2月になってそのことが発表され、オーナーが表で色々なことを喋りまくって業界内からブーイングを浴びている現状。まあ、どことなく出来レースが気はしているが。うん、先見性があったぞ、宝島。
 宝島には、ゼロワンの女子プロレス練習生死亡事故を追い続けてほしいなあ。Hikaruについては元夫が非難しまくりだったが、やっぱりこの件が絡んでいるんだろうねえ。
 大仁田へのインタビューはナイス。自分を鍛えるばかりでなく、自分をアピールする方法をもっと身につけてほしいね、今のプロレスラーには。
 最後のターザン山本はいりません。需要がどこにあるんだ、いったい。




連城三紀彦『夜よ鼠たちのために―連城三紀彦傑作推理コレクション』(ハルキ文庫)

 画家の真木祐介のところへ、別居中の妻契子が新宿のホテルで殺害されたとの電話が警察から入った。しかし、そんなはずはない。ついさっき、寝室で契子を殺し、自らの手で死骸を裏庭に埋めたばかりだったのだ。「二つの顔」。
 若い刑事が警察を辞めて1年。たった2年で辞めた本当の理由は、辞職直前に起きたある誘拐事件が理由であった。今、その本当の理由を、可愛がってくれた先輩刑事に手紙で送る。「過去からの声」。
 交通事故による下半身麻痺の少女・千鶴がネクタイで首を絞められていた。管理人の息子によって一命は取り留めたが、いったい誰が犯人なのか。犯行可能時刻に誰も入ることができなかったことに、管理人かつ世話係のサワは気付いた。「化石の鍵」。
 興信所の調査員・品田は、土屋正治という銀行の重役から、妻の不貞を調べてほしいと頼まれた。ところが妻は金を散財するだけの奇妙な行動しか取らず、おまけに尾行に気付いて逆に接触してきた。「奇妙な依頼」。
 総合病院の院長であり、白血病の権威でもある横住と、その娘婿で内科部長の石津純一が相次いで殺害された。横住のところへは、数日前から脅迫電話が掛かってきており、殺害方法からも警察は怨恨の線で捜査を進めた。容疑者として浮かび上がったのは、1か月前に白血病で亡くなった女性の夫であった。「夜よ鼠たちのために」。
 46歳の冴えない男・香取修平は荻窪に屋敷を持つ財産家だった。そして6年前にクラブで知り合い、今も店に勤めている牧子のマンションも修平が買ったものだった。しかし30歳の牧子には、週に2,3度訪れ、1,2時間過ごすだけの修平を待つ生活を暮らしは耐えられなかった。ましてや屋敷には静子という母親ほど歳が離れた女姓がいるのだから。牧子は古橋鉄男という銀行員と関係を持つようなり、逆に牧子を憎む静子は復讐から古橋と関係を持つようになる。「二重生活」。
 人気俳優・支倉竣は、妻を殺害するためにこっそりと東京へ戻っていた。大阪では、半月前に現れた、支倉そっくりの男が代役を務めているはずだった。そう、この男が半月前に現れてから、支倉の生活は何もかもが変わってしまったのだ。「代役」。
 正当防衛のはずが、偽証で殺人事件として実刑判決を受けた元暴力団組員の男。仮出所後、偽証で男を裏切った元愛人と弟分を追い、この町までやって来た。「ベイ・シティに死す」。
 落ちこぼれ高校の音楽教師、水木麻沙のところへ、先月退学させられた宮本典子から電話が掛かってきた。慌てて彼女たちがいるという山奥の別荘は駆けつけると、同じく退学した暴走族仲間のリーダー格が殺されていた。残り4人の中に犯人がいるのか。そして、一昨日に起きた体育教師殺害事件との関連があるのか。「ひらかれた闇」。
 1981~1983年に『週刊小説』に掲載され、1983年に実業之日本社Joy novelsでまとめられた短編集(後に新潮文庫化)に、『小説推理』『小説現代』『ルパン』に1981年に掲載された3編を加えて再編集され、1998年11月に刊行。

 連城三紀彦は、何となく手を出していなかった作家の一人。花葬シリーズは一応読んでいたが、他を読もうとしなかったのは、単なる巡り合わせだろう。今回、文春のオールベストに選ばれていたことから、ダンボールの底から購入だけしていた本書を引っ張り出した。
 読んでみると、いかにも連城らしい技巧溢れた作品で有り、どこかに仕掛けがあるのだろうと思っていながらも、読み進めるうちに作品世界にのめり込んでしまい、気がついたら作者に背負い投げを食らわされている結果となってしまう。単純な叙述トリックと異なった反転劇は、さすが連城マジックと言いたくなってしまった。
 オリジナルに入っていた最初の6編は、いずれも唸るものばかり。特に「二つの顔」の不可能状況と、「二重生活」の鮮やかなラストは拍手もの。表題作の「夜よ鼠たちのために」は逆に社会派要素の方が恐ろしかった。「過去からの声」「化石の鍵」は本格ミステリらしい仕掛けを加味している点でも満足。「奇妙な依頼」は、探偵が行ったり来たりするとこが少々くどかったんじゃないかと思うが。
 加えられた三編のうち、「代役」はすごい作品。ここまでやるのか、と作者に叫びたくなってしまった。「ベイ・シティに死す」は反転劇がそれほど面白いものではなく、「ひらかれた闇」は前8作と雰囲気が異なる作品で、説明を聞いても納得できるものではなかった。
 解説にあるとおり、「ミステリーを好む者ならば、必ず満足できる希有な短編集」という評価に間違いは無い。



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