大谷昭宏『事件記者3―不完全仏殺人事件』(幻冬舎アウトロー文庫)

 真冬の大阪湾に浮かび上がった女の細い腕一本。バラバラ殺人発生―警察が極秘捜査本部を設置し、地道な捜査で容疑者のアリバイを崩そうとしていた時、やり手の社会部記者・谷が事件の匂いを嗅ぎつけようとしていた。報道されれば犯人が逃げる……。警察と記者の息詰まる騙し合いが始まった! 犯罪ドキュメント「事件記者」シリーズ第三弾。 (粗筋紹介より引用)
 1988年12月、情報センター出版局より『不完全仏殺人事件』のタイトルで刊行。1998年12月、幻冬舎アウトロー文庫より文庫化。

 新聞記者と刑事たちの丁々発止を書いたシリーズ第三弾。今回は、昭和5x年1月12日に安治川で発見された女性の片腕から端を発したバラバラ殺人事件を題材としている。記者たちにばれないよう、西成警察署にこっそり捜査本部を設置し、地道に捜査を続ける警察と、事件を嗅ぎ付け特ダネを掴もうと捜査本部を捜す社会部記者・谷の丁々発止。特ダネを捜そうとするのは新聞記者の本能というべきものだが、こうやって読むと捜査の邪魔をしているようにしか見えないのは気のせいか。もちろん新聞記者だって捜査を邪魔する気がないのは分かるし、警察から発表されたことだけを粛々と記事にするだけではどうしようもないダメダメだということはわかるのだが、自分勝手だよなと思ってしまうのも事実ではある。
 この事件では捜査そのものも起伏に富んでおり、谷をも巻き込んだその後の展開は結構意外性のあるもの。そういう意味では非常に面白いのだが、新聞記者のエゴも描き出した作品と言える気がする。もっとも、ここまで新聞記者という職業にのめりこんだ記者が今もいるのかどうか、疑問ではあるが。




別冊宝島編集部『プロレス 偽装のリング』(宝島社)

 特集「八百長の呪縛」と書かれているが、ようするに全日本プロレスの新オーナー、白石伸生が「ガチンコプロレス」を表明したことによる反応の記事が中心。白石オーナーインタビュー他全日特集、タニマチ哀史、アラフォー女性ファンによるノア選手の「夜のレスリング」大暴露、ミスター高橋vsターザン山本対談など。
 いつものスキャンダル記事満載ではあるが、ターゲットは詐欺事件とノアの関係から、分裂寸前(当時)の全日本プロレスに移っていた。まあ、スキャンダルを追う方からしたら、格好のネタだわな。ただいろいろ読んでみると、一番悪いのは白石オーナーじゃなく、武藤敬司と内田雅之元社長じゃないの、という気がしなくもない。金は出してくれ、口は出すな、ということを続けて赤字ばかり垂れ流していれば、金を出す方だって怒るのも当然。白石オーナーがフェイスブックで余計なことを連発して言い出さなければ、全日本プロレスも合議制に移行して終わっていたんじゃないかと思うと、かなり残念。武藤自身はマッチメイクは天才などと嘯いているけれど、ベイダーやノートンなどを単発で来日させたって、客が来るはずもない。バーニングの面々が全日本に来なかったら、もっと早く潰れていたんじゃないかと思うけれどね。
 少ないとはいえノア叩きも相変わらず。ただ、女性ファンによる夜の生活大暴露は、ファイトと一緒でねつ造っぽい気もする。内容の真偽はさておき(大笑)。
 一方、新日本はほとんど叩かれていない。好調な成績を見て叩くのを控えているのか、単にネタがないのか、力で抑えつけられているのか。どうでもいいけれど。
 最後のインタビューはそこそこ面白かったかな。ただ、ターザン山本じゃなく、もっとまともなインタビューアにしてほしかったが。




今野敏『宰領 隠蔽捜査5』(新潮社)

 羽田空港から衆議院議員牛丸真造が行方不明となったので内密で捜してほしいと、元警察キャリアで秘書の田切勇作から伊丹俊太郎刑事部長を通し、大森署の竜崎伸也署長へ依頼が入る。捜査を始めると、牛丸の運転手である平井進の遺体が車とともに発見された。誘拐事件と判明し、大森署に指揮本部が置かれる。本部へ掛かってくる、犯人からの脅迫電話。逆探知により横須賀から掛かってきたことを突き止めた指揮本部は、神奈川県警との合同捜査を行うことを決め、横須賀に置かれた前線本部の指揮を竜崎が行うこととなった。しかし、警視庁と神奈川県警は古くからの犬猿の仲。前線本部に入った板橋武県警捜査一課長は、竜崎への反感を露骨に表し続けた。
『小説新潮』2012年3月号~2013年2月号連載。隠蔽捜査シリーズ長編5作目。

 警視庁と神奈川県警の確執は有名で、これを題材とした警察小説も多く見られるが、隠蔽捜査シリーズでこれを使うとは思わなかった。あるいみ手垢の付いた題材を今野敏がどう料理するのか楽しみであったのだが、竜崎の過去の行動や性格から考えるとなんとなく結末の方向性も予想できるわけであり。その方向性が全く変わらなかった、というのが本作品の欠点かな。いわゆる、想定の範囲内の仕上がり。
 前半で、竜崎の事が嫌いな野間崎が意外な冴えを見せたり、シリーズで活躍する戸高が核心を突く発言をしたりと、これはと思わせる展開が見られるかと思ったのに、彼らが途中から全く出てこなくなったのは残念。個人的には、竜崎が野間崎か戸高、もしくはSITの下平を連れて神奈川県警に行く展開を妄想していたのだが、叶わず残念だった。
 時間との闘いである誘拐事件がテーマと言うこともあり、展開はスピーディー。事件の意外な真相も含め、題材としてはなかなかだったので、過去のシリーズの焼き直しみたいな流れは避けてほしかったというのが本音である。シリーズとして面白かったことは間違いないが。ただ、帯にある「家庭でも予期せぬトラブル」はあまり期待しない方がいい。



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