高田郁『残月 みおつくし料理帖』(ハルキ文庫)

 吉原の家事で又次が死んで1ヶ月後の三方よしの日。つる屋に摂津屋が尋ねてきた。あさひ太夫の無事を伝えるとともに二人の関係を問い質すが、澪は口を閉ざす。摂津屋が帰るところを清右衛門が偶然見掛けて問いただし、話を察して大笑いする。「残月――かのひとの面影膳」
 身請けされて幸せに暮らしているしのぶがつる屋にやって来た。しのぶが佐兵衛の行方を知っていると聞き、芳は動揺する。しのぶは澪に佐兵衛を説得すると約束したが、会えないという手紙が届いて芳はがっくりする。さらに佐兵衛は消えてしまった。「彼岸まで――慰め海苔巻」。
 登竜楼の采女が澪を呼び出し、自分のところへ来るように迫る。澪は4千両を用意しろと言い放ったが、逆に采女は料理で納得させてみろと迫ってきた。料理に悩む澪はある日、源斉の手ほどきであさひ太夫(野江)と一瞬の再会を果たす。「みくじは吉――麗し鼈甲珠」。
 芳に付きまとっていた房八が再婚するため、祝いの宴に出す料理を出してほしいと坂村堂が澪に依頼した。宴の当日、仲違いしたままの坂村堂と父親の柳吾も出席したが、結局喧嘩となり、激怒した柳吾が倒れてしまう。坂村堂は、妻を亡くして独り身の父を案じ、芳に看病を依頼する。「寒中の麦――心ゆるす葛湯」。
 2013年6月、書き下ろし刊行。

 1年ぶりの「みおつくし料理帖」新刊。吉原の大火事で又次が死ぬというショッキングなラストからようやく物語が動き出した……と思ったら急展開な出来事が続く。行方不明だった佐兵衛が見つかるは、種市はつる屋を閉めることを決意するは、芳が柳吾と再婚するは。1年かけて考えていたんだろうなあ、作者は。料理も今回は凝ったものが多く、満足満足。いよいよ澪が動き出すだろうが、それより前に、源斉との関係はどうなるんだろうか。これもまた気になるところ。次が楽しみだなあ。問題は、次がいつ出るか全く書かれていなかったことなんだが。




ミステリー文学資料館編『悪魔黙示録 「新青年」一九三八―探偵小説暗黒の時代へ』(光文社文庫)

 昭和十三年、軍靴の響きが高まり、文化や娯楽が規制され、探偵小説界には戦争が暗い影を落としていた。そんな時代に雑誌「新青年」に発表された赤沼三郎の傑作長編『悪魔黙示録』をはじめ、横溝正史、渡辺啓助など往時の人気作家の秀作短編と評論を厳選。世相や風俗を敏感に作品に映し出す探偵小説、その変遷をたどっていく画期的ミステリー・クロニクル第一弾。(粗筋紹介より引用)
 2011年8月刊行。収録作品は以下。
・城昌幸「猟奇商人」
・渡辺啓助「薔薇悪魔の話」
・大阪圭吉「唄わぬ時計」
・妹尾アキ夫「オースチンを襲う」(随筆)
・井上良夫「懐かしい人々」(評論)
・大下宇陀児「悪魔黙示録について」(随筆)
・赤沼三郎「悪魔黙示録」
・横溝正史「一週間」
・木々高太郎「永遠の女囚」
・蘭郁二郎「蝶と処方箋」

 新刊で買ったのだが、なぜ買ったのか記憶にない。多分赤沼三郎に興味があったからだと思ったのだが、なぜこの名前を覚えていたのだろう、と解説を読むと、鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて』(晶文社)に名前が載っていたことが書いてあり、ああ、そうだった、それで興味を持ったんだと思い出した次第。たった2年前のことすら忘れている自分に脱帽(違う)。
 1938年というセレクトには興味深いものを感じていたのだが、戦争の影を感じさせたのは「蝶と処方箋」ぐらい(結末に使われているものも他にある)。標題や紹介文で煽るほど、「探偵小説暗黒時代」という雰囲気は感じられない。退廃的なムードが漂っている気がするのは間違いないが。探偵小説暗黒時代を検討するのならば、翌年分のアンソロジーを編んで比較してほしいところなのだが、今のところそのような動きが無いのは残念。防諜小説や時代小説が中心になるからだろうか。
 さて、注目作であり、九大の先輩だという大下宇陀児の推薦文の後に収録されている短めの長編『悪魔黙示録』だが、評価となると微妙。元々500枚はあったという内容を、宇陀児の勧めによって約半分に縮めたとのこと。そのせいか、展開は非常にスピーディー。特に主人公が新聞記者ということもあってか、動きが早い、早い。早すぎて落ち着きがないぐらい。じっくり考えたりする暇も無く舞台が動くものだから、連続殺人のサスペンスすら感じられないぐらい。やっぱり削りすぎじゃないのかねえ。新聞記者が捜査陣に平気で加わっているのは目をつぶろう。トリックもあるし、フーダニットとして悪くはない作品だが、印象に残る作品ではない。埋もれるのも仕方が無いところかも。  この手のアンソロジーらしく、珍し目の作品がセレクトされているのは嬉しいところ。特に「蝶と処方箋」は埋もれているのが勿体ないくらい。これはおススメである。
 できればこれからも珍し目のアンソロジーを編んでほしい。



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