ジョゼ・ジョバンニ『穴』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ1104)

 194*年。パリのサンテ監獄では、約六千人の囚人が熱烈な夢を外の世界に馳せて、じめじめした、いつ果てるとも知れぬ毎日に耐えていた。だが、サンテ監獄の厚いコンクリートの壁と厳重な監視は、そんな男たちの希望をたえずねじふせて、ただの白昼夢に変えてしまう。大部分の囚人はしばらくすると希望を現実にすることの不可能を思いしらされるのだ。しかし、中にはあえて巨大なサンテ監獄に挑む果敢な男たちもいる。A監11号棟6番の5人の囚人たちがそうだった。
 脱獄に異常な執念を燃やすローランという男が計画を練った。彼はすでに何回か脱出に失敗している。綿密な計画が立てられた。夜の間に、房の片隅に穴を掘る。穴を掘りつづけてサンテの地下道に入り込み、そこをとおってパリの市街に出るというのが大まかな略図だった。昼間は室内作業に精を出して、看守の注意をそらす。だが昼夜の激労、八買うの恐れ、仲間内の疑惑が男たちに与える苦痛は、想像をはるかに越えたものになるだろう。廃品利用の道具が作られた。スプーンが床板をはがし、むきだしの固いコンクリートにツルハシの一撃が加えられる。その瞬間、男たちの心を後悔が走った。が、計画は生き物のように進行する。もはや、あと戻りは許されなかった!……元ギャングの作者が、出獄後、自らの体験にもとづき、全精力を投入して描いた迫真の脱獄記!(粗筋紹介より引用)
 1958年、発表。1970年2月、邦訳刊行。

 作家・脚本家・映画監督であるジョゼ・ジョバンニの処女作。1947年にあった実際の事件を描いた作品である。当時ジョバンニはギャングに加わって死刑判決を受けてサンテ刑務所に居り、この事件の実行犯の一人だったということだ。実父による苦闘の末、11年の服役後、恩赦によって釈放。最後の事件の弁護士だったステファン・エッケに薦められて執筆したものが本書であり、献辞に宛てられている。訳者あとがきでは、重要人物のひとりであるマニュ・ボレリがジョバンニのモデルだと見当をつけている。1960年には同タイトルで映画化されており、ジャック・ベッケル監督の遺作ともなっている。
 当然舞台は監獄に限られており、中身も脱獄できるかどうかの一点にかかっているのだが、自由を求める男たちの迫力が作品の緊迫感につながり、読む者の手に汗を握らせる。当時の監獄の描写も秀逸で、こればかりは実体験でもないと書くことができなかっただろう。邦訳当時の流行だったのか、登場人物たちの喋り方がヤクザ映画のようにやや古臭いのはご愛嬌だが。
 マニュ・ボレリ、ローラン・ダルバン、大司教ことローラン・ボスラン、モーリス・ウィルマン、ジョルジュ・カシド。A監(重監視)11号棟6番の5人の囚人は、脱獄できるだろうか。それは読者がサンテ監獄平面図を見比べながら確かめてみればよい。脱獄物の傑作である。



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