東野圭吾『マスカレード・イブ』(集英社文庫)

 ホテル・コルテシア大阪で働く山岸尚美は、ある客たちの仮面に気づく。一方、東京で発生した殺人事件の捜査に当たる新田浩介は、一人の男に目をつけた。事件の夜、男は大阪にいたと主張するが、なぜかホテル名を言わない。殺人の疑いをかけられてでも守りたい秘密とは何なのか。お客さまの仮面を守り抜くのが彼女の仕事なら、犯人の仮面を暴くのが彼の職務。二人が出会う前の、それぞれの物語。(粗筋紹介より引用)
『小説すばる』に掲載された「それぞれの仮面」「ルーキー登場」「仮面と覆面」に書下ろし「マスカレード・イブ」を加え、2014年8月、集英社文庫より発売。

 好評だった長編『マスカレード・ホテル』の前日譚に当たる作品集。山岸尚美の学生時代の恋人が難題を持ちかける「それぞれの仮面」、アメリカから帰って捜査一課に配属されたばかりの新田浩介が、ジョギング中に男性実業家が殺害された事件の裏を暴く「ルーキー登場」、美人だが一切表に出ない謎の女性小説家と彼女を追うオタクたちとのやりとりを描いた「仮面と覆面」の3本は、単独の登場。そして大学教授が殺害された事件の容疑者である准教授のアリバイを追う「マスカレード・イブ」になって、初めて二人がクロスする。時系列としては『マスカレード・ホテル』よりも前になるが、二人が会うことはないため、あくまで前日端である。
 読んでいる途中は特に退屈することが無いのだが、読み終わってみても残念ながら残るものはない。途中で使われるトリック等はありふれたものであり、それに東野らしく手際よい脚色がされて読める作品に仕上がっている。プロの小説家とはこういうものだ、という巧さは感じるが、読み捨てと言ってしまえばそれだけ。『マスカレード・ホテル』がなかったら、特に注目されることは無かっただろう(それ以前に、こんな話は書かないだろうが)。ただ新田はまだしも、山岸の観察眼って凄すぎないか。ホテルマンってここまで記憶力がいいものなのかね。
 最も東野からしたら、ファンサービスなのかも知れない。文庫書き下ろしというお得感もつけ、楽しんでくださいという一冊だろう。発売1か月半で発行部数100万部突破したと言うから、狙いは成功か。逆に言うと、前日譚だからといってこちらから読まないように。あくまで『マスカレード・ホテル』が先にあっての短編集。そうでないと、登場人物たちや構成に違和感を抱くだろうから。




住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社)

 4月、盲腸の抜糸のために病院に来た僕は、病院で1冊の文庫本を拾った。本屋のカバーを外すと、マジックで「共病文庫」と書かれている。最初のページには、膵臓の病気で数年後に死んでしまうという手書きの文章だった。その文章を書いたのは、クラスメイトである山内桜良だった。「共病文庫」は彼女の日記帳。あっけらかんと、病気でもうすぐ死んでしまうと僕に告白する。そして【名前のない僕】と【日常のない彼女】の二人による関係は始まった。
 2015年6月、ソフトカバーで刊行。

 元々は小説投稿サイト「小説家になろう」に掲載されていたらしい。作者のデビュー作だが、色々なところで評判がよかったことと、タイトルに惹かれ、なんとなく手に取ってみた。
 冒頭から山内桜良の葬式が描かれているので、二人の結末はすでに分かっている。そこまでどう辿り着くのか。読者は二人の出会いに引き戻され、正反対の性格である二人の関係を読み進めることとなる。本好きで存在感の薄い僕と、はつらつとした人気者である桜良。周囲は戸惑い、桜良の親友は敵意を向けるほどの噂になった二人だが、当の二人にそんなことは関係ない。とはいえ、二人が恋仲になるわけでなく、「生きる」ことに積極的な桜良と引きこもり気味の僕との、他の人の日常と変わらない高校生活が繰り広げられていく。
 いわゆるボーイ・ミーツ・ガールの青春小説で、主要登場人物の一人の寿命がごくわずかだという、ある意味王道路線の一つと言えるような展開。安易に二人が恋愛関係にならなかったのはよしとしたい。それにしてもテンプレートな展開が並びつつ、最後の怒涛な展開には素直に感心。ああいう風になるのも、露骨な伏線からバレバレだったけれど、それでも素直に読むことができた。タイトルの意味も考えられたものだったので、満足。病名が明かされないなどの不満はあったけれど。旅行先なども実名は出てこないし、細かいところのディティールを突っ込まれたくなくて、名前を出さずにごまかした部分が見え隠れしたのは勿体なかった。
 とはいえ、年を取った身からすると、「涙する」とまではいかなかったな。何というか、若いなーと苦笑してしまうところがある。人が死ぬ作品で、そんなことを言っちゃダメなんだけどね。読み終わって面白かったとは思ったけれど、それ以上の感慨は無かった。若いころに読めば、もっと別だったのかもしれない。
 ブログによると、作者は男性らしい。どことなく男性の願望らしきものが見え隠れしたのはそのせいか。すでに10万部を超えたらしい。まあ間違いなく、来年あたりに映画化されそう、どこかの若手アイドルが主役で。そして今回の本屋大賞にノミネートされそうだ。



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