乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)

 僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて……。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説――と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 2004年4月、原書房ミステリー・リーグより書き下ろしで刊行。2007年4月、文春文庫化。

 作者のタロットシリーズの1冊だそうだが、1冊も読んでいない私にとっては意味があまりない情報かも。一部で評判となった後、じわじわと人気が広がり、いつの間にか100万部を突破していた。2015年には映画化されている(どうやって映画化したかだけは興味がある)。
 評判になっていたのは知っていたが、作者のデビュー作『Jの神話』や『匣の中』がつまらなかったので、読む気が全く起きなかった。時間がたまたまできたので、手元にあった本を読んでみたのだが、ここまで評判になる理由が今一つわからなかった。
 Side-Aでは、大学四年生であるたっくんこと鈴木と、歯科衛生士のマユこと繭子の出会いから恋人になり、クリスマスイブを迎えるまでが書かれる。Side-Bでは、たっくんこと鈴木が就職して東京に出向し、恋人であるマユこと繭子とすれ違いが生じ、さらに東京で恋人ができたことと、マユが妊娠して中絶したことをきっかけに別れてしまうまでが書かれる。
 まあ、元々ドンデン返しがあることは聞いていたし、わざわざ背表紙の粗筋で「最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する」と書かれると、身構えてしまうのは確かなのだが、それを抜きにしても違和感ばりばりだったんじゃないか、と言いたい。普通に読んでいても、辻褄の合わないことだらけである。これみよがしに散りばめられたデータもすぐに見えてくる。結局最後まで読んでも全然びっくりしなかったし、あまり楽しめなかった。
 恋愛小説としては、ありきたりで退屈。まあ、わざとなんだろうけれど。それにしても、セックス描写をもっと上手く書いてほしいところだ(苦笑)。仕掛けに凝る暇があったら、物語にも凝れよとは言いたい。
 「読み終わった後は必ずもう一度読み返したくなる」という評は納得。といっても、どこにどんなデータがあったか、答え合わせみたいな感覚でしかない。  何がよかったかと聞かれると、大矢博子の解説かな。それ以外は特にない。まあ、この手のネタとしてはすでに某作品に触れていたから、すぐに気付いたのかも知れない。




戸板康二『小説・江戸歌舞伎秘話』(扶桑社文庫 昭和ミステリ秘宝)

 「車引」の場で、梅王丸、松王丸、桜丸の三兄弟は赤い襦袢を来て登場する習わしであったが、松王丸を演じた五代目団十郎はある時白い襦袢を着て皆を驚かせた。その理由は何か?(「座頭の襦袢」)。「忠臣蔵」の四段目、主人との別れの場面で大星力弥が悲しそうに首を振る型がある。これを工夫したのは誰か?(「美しい前髪」)。劇評家として一家を成しながら江戸川乱歩の勧めによって推理小説を書き始め、直木賞、推理作家協会賞を受賞した戸板康二。本書はその著者にして初めて書きえた、歌舞伎ミステリの傑作である。(粗筋紹介より引用)
 「振袖と刃物」「座頭の襦袢」「美しい前髪」「種と仕掛」「幼馴染」「お七の紋」「女形と胡弓」「夕立と浪人」「ふしぎな旅篭」「鉄の串」「お染の衣裳」「稲荷の霊験」「ところてん」「女形の大見得」の14編を収録。『別冊小説現代』に1972年から1976年まで掲載。1977年12月、講談社文庫より刊行。 2001年12月、扶桑社文庫にて復刊。

 歌舞伎評論の大物で、中村雅楽シリーズでも有名な作者による、歌舞伎を題材にした短編集。歌舞伎の演目で、現代の舞台では見ることができる事柄(演じ方や小道具など)が当初とは異なっている理由を想像で補い、ミステリっぽく仕上げた作品14編を収録。
 歌舞伎を知らない(私自身がそうだ)読者にもわかりやすく、読書の興を削がない書き方で説明してくれているので、誰が読んでも楽しめる作りになっている。とはいえ、歌舞伎を知っている人の方が、驚きが増すとは思う。
 単に変わった理由を書くのではなく、そこに纏わる人間ドラマをしっかりと描いてくれているので、読んでいて面白い。ただ、歌舞伎の都合上似たような名前が出てくるのにはちょっと戸惑った。また、各短編につながりがないのに似たような名前が出てくるので、もしかしたらなんて勘繰ってしまうのは悪い癖だろうか。
 一気に読むのもいいけれど、これは一つ一つをじっくりと時間を掛けて読んだ方がよい。良いワインを味わいながら飲むように、良質の短編をじっくりと読むのも、また乙なものである。



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