乾くるみ『セカンド・ラブ』(文春文庫)

 1983年元旦、僕は、会社の先輩から誘われたスキー旅行で、春香と出会った。やがて付き合い始めた僕たちはとても幸せだった。春香とそっくりな女、美奈子が現れるまでは……。清楚な春香と大胆な美奈子、対照的な二人の間で揺れる心。『イニシエーション・ラブ』に続く二度読み必至、驚愕の「恋愛ミステリー」。(粗筋紹介より引用)
 『別冊文藝春秋』2009年11月号~2010年9月号連載。2010年9月、文藝春秋より単行本年刊行。2012年5月、文庫化。

 『イニシエーション・ラブ』がヒットしたから似たようなものを書いてくれと出版社から頼まれたのか、それとも元々構想があったのかは知らないが、それを念頭に書かれた作品。これも作者のタロット・シリーズの1作とのこと。タイトルが中森明菜からだろうというのはすぐにわかり、章のタイトルも中森明菜の歌をモチーフにしていることはわかったが、それがわかるということはいい年ということか(苦笑)。宇多田ヒカルの方はよくわからなかったが。ヒロインである内田春香は宇多田ヒカル、半井美奈子は中森明菜の、それぞれローマ字表記のアナグラムとのこと。本作の舞台は1983年である。
 美奈子と春香が一人二役かどうかという謎は冒頭から出ており、ストーリーもそこを軸にして進む。とはいえ、語り手で主人公の里見が何とも痛すぎるため、読むのがかなり苦痛。男と女で受け取り方は大部異なってきそう。
 今回も最後の方でアッと言わせる(正確には言わせようとする)仕掛けを入れているが、本当に読者が驚くかどうか微妙。今回は伏線らしい伏線が無いので、悪い意味で騙された感が強い。そして多くの読者が不快になる結末だった。
 結局解かれていない謎も多いし、この登場人物は何だったんだというのもある。そもそも動機も語られていない。消化不良の読後感だった。小説の構成ではなく、ストーリーであっと言わせる作品を作ってほしいものだ。それと作者には関係ないが、この手の作品をミステリというのはやめてほしい。
 それにしても作者は、女性関係でよっぽど酷い目に遭ったことでもあるのだろうか。




吉田司雄編『探偵小説と日本近代』(青弓社)

 科学的な言説と大衆的な不安とが交差するなかから誕生した探偵小説は、時代をどのように表象してきたのか。近代文学の探偵小説的なるものの系譜を追いながら、魔的で奇怪な物語空間を縦横無尽に論じ尽くす論考集。(表紙より引用)
 収録論考は以下。
 序章・吉田司雄「探偵小説という問題系――江戸川乱歩『幻影城』再読」、第1章・原仁司「前衛としての「探偵小説」――あるいは太宰治と表現主義芸術」、第2章・高橋修「近代日本文学の出発期と「探偵小説」――坪内逍遙・黒岩涙香・内田魯庵」、第3章・一柳廣孝「さまよえるドッペルゲンガー――芥川龍之介「二つの手紙」と探偵小説」、第4章・森岡卓司「探偵小説と変形する身体――谷崎潤一郎「白昼鬼語」と江戸川乱歩「鏡地獄」」、第5章・永野宏志「砕け散る暗い部屋(カメラ・オブスキュラ)――小栗虫太郎『黒死館殺人事件』と電気メディア時代」、第6章・小松史生子「 戦後文学としての本格推理――横溝正史『本陣殺人事件』再考」、第7章・紅野謙介「「五○年問題」と探偵小説――戦後文学におけるジャンルの交錯」、吉田司雄「あとがき」。
 2004年3月刊行。

 編者は工学院大学助教、日本近代文学専攻(刊行当時)。
 明治以後の日本近代文学と探偵小説との関わりについて書かれた論考集。これを新刊で買った頃は、まだミステリの評論に興味があったのだが、今は全然興味がない。買った頃に読めばもう少し違ったのだろうが、あーそうなんだ程度の感想しかなかった。決定的なのは、自分が純文学を全然読んでいないところだろうな。読んでいて面白かったのは第6章と第7章くらいか。これも趣味が少し合ったからにすぎないのだが。




ヘンリー・ウエイド『塩沢地の霧』(国書刊行会 世界探偵小説全集37)

 海辺の村ブライド・バイ・ザ・シーで貧しいながら静かな生活を送っていた画家パンセル夫妻は、ロンドンの喧騒を離れて執筆に専念するためにやってきた小説家ファインズと知り合いになる。人気作家のファインズは名うての女たらしとしてもならしていた。単調で平和な村の暮らしに次第に広がる様々な波紋。そしてある深い霧の夜、塩沢地へ姿を消した小説家は、数日後、泥の穴の中で死体となって発見された。北海沿岸の荒涼たる自然を背景に深く静かに進行する悲劇と、警察のリアルな捜査活動を描き、探偵小説の可能性を追求した英国ミステリ界の実力派ウエイドの力作長篇。(粗筋紹介より引用)
 1933年、発表。2003年2月、翻訳。

 ヘンリー・ウエイドは名前を知っていたけれど、読むのは初めて。中盤過ぎまで事件は全く起こらない。貧しくも平穏な生活を送っていた画家のジョン・パンセルとその妻ヒラリーが、人気小説家ダラス・ファインズと知り合いになり、ファインズがヒラリーに手を出そうとして、ジョンが嫉妬する。ここまで読むと、ただのメロドラマ。丁寧に描かれているけれど、こういうものはあまり好みじゃないので、少し苛々しながら読んでいた。
 後半になってやっと事件が起き、小説家が死体で発見され、そこから先は警察の捜査が主体となる。これも丁寧だけど、面白いかと聞かれると好み次第と答えるしかない。解説にもあるとおり「半倒叙」もので、ジョンが本当に犯行を実行したのかどうかという点が曖昧なまま警察の捜査が進むだけで、結末まで進んでも意外性が何もない。なんでこの形式にしたのかわからない。倒叙ものにすると既存の作品と変わらないから、構成を変えてみたのだろうか。
 うーん、結局ただのメロドラマでしかなかった。巻末にある小林晉が「ヘンリー・ウエイド補説」の中で本作品の特徴について語っているが、それを読んでもこの作品の面白さは伝わらなかった。作者がこの作品をどう思っているが、どこかに書いていないだろうか。




E-Pin企画『ミステリーナイト Mission Book』(スモール出版)

 話題の本格推理イベント『ミステリーナイト』を書籍で再現!! 『ミステリーナイト』とは、参加者自身が探偵となって、目の前で起きた事件の状況、容疑者の行動、証拠品や証言をもとに、犯人とトリックを解明していく参加型本格推理イベントです。(帯より引用)
 2015年8月刊行。

【収録作品】
 Mission 1 連続放火殺人事件の謎を解明せよ!
 (『ミステリーナイト2007 LOST ROOM~燃え尽きた部屋~』より)
 Mission 2 ミステリー作家殺人事件のトリックを暴け!
 Mission 3 消えた犯人のトリックを暴け!
 Mission 4 ふたつの事件の全貌を解明せよ!
 (『探偵ミステリーツアー2005 蘇る魔物の殺人』より)
 Mission 5 謎の集団「エパイン」の秘密パーティーに潜入せよ!
 (『ミステリー・ザ・サード2011 Closed Room Game ~館II~』より)

 1987年に始まった“観客参加型演劇”“参加型謎解きイベント”『ミステリーナイト』のMission Book。最初は大阪ホテルプラザのプロデュースだったが、1989年より東京乾電池がプロデュースを行い、2000年からは本書の著者であるE-Pin企画がプロデュースを行っている。
 本書はイベントを書籍で再現し、証拠品や捜査資料18点が同封されている。Missionは5つあるが、2~4は同じイベントを分割したものであるし、5に至ってはイベントの冒頭のみを収録したもので物足りない。もう少し何とかならなかったのか。
 謎解きイベントだから、推理クイズの要素があるかなと思って購入したが、ちょっと違っていた。やはりこの手のものは実際に参加した人でないと面白みに欠ける。実際に参加した人にとってはそのことを思い出して感慨に浸れるのかもしれないが。
 ということで、今一つの仕上がりだった一冊。もう少しゲームブックっぽく仕立ててくれればよかったのだが。




大沢在昌『絆回廊 新宿鮫X』(カッパ・ノベルス)

 巨?。恐るべき暴力性と存在感――。やくざすら恐れる伝説の一匹狼が「家族を引き裂いた警官を殺す」という恨みを胸に、22年もの長期刑から解き放たれ、新宿に帰ってきた。事件を未然に防ぐべく捜査を開始する新宿署刑事・鮫島。しかし次々とおぞましい殺人事件が発生、鮫島自身も謎の集団の襲撃を受ける。大男の標的は、誰だ? 絡み合う人々の絆が迎える結末とは? シリーズ最高の緊張感と衝撃! 待望のノベルス化! (粗筋紹介より引用)
 2011年6月、ハードカバーで刊行。2012年、日本冒険小説協会大賞受賞。2013年8月、ノベルス化。

 鮫島がベテランの売人、露崎と接触するところから物語は始まる。警官を殺すと、拳銃を探す男。男が持ち出した暴力団は、15年も前に潰れたところだった。そして週刊誌の記者が鮫島へ、晶にクスリ絡みの内定が入っていることを知らせる。鮫島の捜査は徐々に核心に迫り、男の標的は鮫島の上司である新宿署安全衛生課課長の桃井であった。
 真壁、間野や香田との関係にけりがつき、本作では鮫島の最大の理解者である晶と桃井との関係に一つの終止符が訪れる。それにしても、「絆回廊」とは絶妙なネーミングだ。
 「絆」と言えば、新宿に帰ってきた樫原茂と、バー「松毬」の笠置との関係も、奇妙なものだ。薄いつながりでありながらも、ここまで深く相手を想う関係という描写が実にうまい。本作品は色々な「絆」が絡み合い、最後の感動までつながっていく。
 大沢在昌ってやっぱりうまいなあと思わせる傑作。さて、次の作品はどうなるのだろう。




法月綸太郎『キングを探せ』(講談社)

 奇妙なニックネームで呼び合う4人の男たち。なんの縁もなかった彼らの共通項は"殺意"。どうしても殺したい相手がいる、それだけで結託した彼らは、交換殺人を目論む。誰が誰のターゲットを殺すのか。それを決めるのはたった4枚のカード。粛々と進められる計画に、法月警視と綸太郎のコンビが挑む。(「BOOK」データベースより引用)
 2011年12月、書き下ろし刊行。

 『生首に聞いてみろ』以来7年ぶりとなる法月シリーズの長編もの。本格ベスト1位、文春ベスト5位、このミス8位とランクインしている。
 冒頭から4人の「犯人」が登場し、交換殺人の順番と担当をトランプで決める。そして予定どおり犯行は続いていくのだが、途中でひとりの男がミスを犯すところから歯車は狂い出す。
 法月警視と綸太郎は2番目の事件から登場。思わぬ事故と犯人側のミスから交換殺人が行われていたことにはすぐに辿り着くのだが、そこからの犯人側との攻防が見物。よく考えて作られている。ただ、サプライズ感は全くない。交換殺人であることが露呈したとき、犯人側がどう誤魔化すか、それを探偵はどう見破るか。倒叙ものに近い仕上がりで、最後にいかにして犯人は逃れようとしたかという謎解きに変わるのだが、それが逆に長編の倒叙ものがもつサスペンス、すなわち逃れられるか逃れられないかという興味を失ってしまう結果となっている。犯人が誰かという面白さは元々無いし、楽しむのは端正な仕掛けと伏線の張り方の妙といったところ。そこを楽しめるかどうかは、読者によって変わってくるだろう。私は上手くできているなと感心はしたし、読んでいてまあまあ面白いのだが、本格ミステリを読み終わった後の満足感はなかった。
 最近の長編にしては短い枚数だが、これぐらいシンプルな作りの方が作者の狙いを前面に出しやすく、それ自体は成功している。精巧なミステリではあるのだが、何なんだろうね、この呆気なさは。もう少しぐらいタメを作っておけば、もうちょっと違ったんじゃないだろうか。小説としての面白さが欠けている感は否めない。



【元に戻る】