福岡隆『新版 人間・松本清張』(本郷出版社)
速記者として昭和43年から49年まで松本清張の専属となっていた作者による、松本清張の人間像を書き記したもの。1968年に大光社から出版した『人間・松本清張』の一部を削除し、新たに約百枚の原稿を書き加えて復刻。1977年3月、刊行。
副題として「影武者が語る巨匠の内幕」とあるが、「まえがき」にある通り、清張の口述を速記していたというもの。とはいえ、当時は超売れっ子の清張なので、9年間で原稿用紙約7万枚、単行本で約80冊という驚異的な数量である。読んでいると、初めのうちは講演旅行や取材旅行まで付き合って速記をしていたというのだから凄まじい。
作家の裏側というものにはあまり興味はないほうなのだが、これを読むと松本清張という人物が意外と人間味あふれる人物だったということが分かる。まあ「意外と」と書くのは失礼だが、これだけの売れっ子なら相当我儘な部分があるかと思っていたのだが、結構相手のことを見ているし、優しいところも多い。我慢すべきところは我慢しているし。もちろん作品については妥協していないのだから、色々衝突があったのだろうが、その辺は割とさらっと流されている。
とはいえ、清張作品はあまり読んでいないので(せいぜい20冊ぐらい)、ここに書かれている作品の多くは読んでいなかったことがちょっと残念。もし読んでいれば、もうちょっと違った感想を抱いたかもしれない。
清張とは別に面白かったのは、「第十七話 トリックの分類表」。作者の姪でミステリー専門の某出版社(ハヤカワか創元かな)で校正係をしている女性に、清張がトリックの分類を依頼したものである。乱歩の分類法を基にしているが、特に動機の面白いものを描いてくれという清張の注文に応えている。書き出そうかと思ったけれど、面倒なので止めた(苦笑)。
アントニイ・バークリー『第二の銃声』(国書刊行会 世界探偵小説全集2)
探偵作家ジョン・ヒルヤードの邸で作家たちを集めて行われた殺人劇の最中、被害者役の人物が本物の死体となって発見された。殺されたのは放蕩な生活で知られる名うてのプレイボーイ、パーティには彼の死を願う人物がそろっていた。事件の状況から窮地に立たされたピンカートン氏は、その嫌疑をはらすため友人の探偵シェリンガムに助けを求めた。錯綜する証言と二発の銃声の謎、二転三転する論証の末にシェリンガムがたどりついた驚くべき真相とは? 緻密な論理性、巧みな人物描写とブロットの妙。本格ミステリの可能性を追求しつづけたバークリーの黄金時代を代表する傑作。(粗筋紹介より引用)
1930年、発表。1994年11月、翻訳、発売。
プロローグで新聞記事と、デヴォンシャー警察のハンコック警視の報告書が書かれ、シリル・ピンカートンがシェリンガムを呼んだ旨が書かれている。その同封書類として、ピンカートンの草稿の写しが送られていたことが分かる。そして「ピンカートン氏の草稿」が挟まれ、最後にエピローグとなる構成になっている。
事件自体は地味だし、会話が中心でサスペンス要素があるわけでもなし。それでもシェリンガムが到着してからの展開は、シェリンガムならではの引っ掻き回しがいい意味で事件と小説そのものを動かしている。まあ、それでも退屈に思う人がいるかもしれない。それは否定しない。個人的にはピンカートンと、殺害されたエリック・スコット-デイヴィスの従妹であるアーモレルとの恋愛模様が結構楽しめたが。
本書のすごいところはエピローグにある。ここにきて、初めてバークリーが某作品(タイトルを書くとバレバレなので……)に挑戦したことが分かるのだ。色々な意味で、これはすごい。よくぞこんなことを考えた、と思うとともに、さすが皮肉屋のバークリー、とも思ってしまった。某作品の最大の不満点を、見事に解消している。
ただなあ、本格ミステリに興味のない人から見たら、何ナノこれ、と思う人が居そう。いや、間違いなく居るはず。ある意味、バカバカしい。しかしこれが本格ミステリの面白さだろう。こういうバカバカしさにまじめに取り組み、小説を仕上げてしまうのが本格ミステリの書き手なのだ。
本格ミステリファンならぜひ読んでほしい作品。とはいえ、大抵のファンならもう手に取っているだろうが。
【元に戻る】