加藤元浩『捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書』(講談社ノベルス)
念願叶って捜査一課の刑事に抜擢された七夕菊乃。しかし元アイドルという経歴のせいでお飾り扱いされてしまい、おまけに、驚異的な洞察力を持つ天才心理学者・草辻蓮蔵と、FBI出身で報告書の書き方に異様な執念を燃やす鬼才、「アンコウ」こと深海安公が繰り広げる頭脳戦に巻き込まれることに! 初めて挑む密室殺人の捜査は、一体どうなってしまうのか!? 「小説でしかできないことをやりました」と著者自ら語る、傑作長編ミステリ!(粗筋紹介より引用)
2016年10月、書き下ろし刊行。
『Q.E.D』『C.M.B』など、良質なミステリ漫画を書き続けている作者の初長編ミステリ小説。なぜイラストを本人に欠かせなかったのは課は疑問だが、まあそれは置いといて。
元ご当地アイドルで、「黒い奴」を見ることのできる、運動神経抜群の七夕菊乃が主人公。前半は彼女の生い立ちから、アイドル時代に起きたデビュー曲の作詞を担当した歌人の死亡の謎に迫る。解散後、国立大学から国家公務員試験に受かり、見事警察庁勤務に。ところが警察学校での逮捕術の授業中、教官をキックで倒してしまったことから、あだ名は「キック」となる。しかも卒配でいきなり警視庁捜査一課に配属される。
主人公のキャラ自体は悪くないのだが、本書で重要な位置を占める草辻蓮蔵と深海安公のキャラ設定が今一つというか、イメージが湧いてこないのには困った。はっきり言ってしまえば描写不足。濃いキャラクターなのだから、もっと人物像が浮かび上がるぐらい書きこんでほしい。反則だけど、もっとイラストを入れてもよかったと思うのだが。「黒い奴」の設定は、小説内でも有効に機能していたとはいえず、はっきり言ってしまえばなくてもよかった。これがなかったら、もう少しすっきりしていたと思う。
事件やトリックは『Q.E.D』なのでお手の物なのだが、漫画と違って小説だと物足りなく思えてくるのだから不思議だ。こちらはもうちょっと推理の過程を入れてほしかったと思う。
結構期待していたのだが、残念ながら微妙。最初の作品だから、ちょっと色々と詰め込み過ぎたか。主人公のキャラが濃すぎるから、無理にトリックを入れずに、もっとハチャメチャしてもよかったと思う。多分続くのだろうから、続編には期待してみたい。
エリザベス・フェラーズ『私が見たと蝿は言う』(ハヤカワ・ポケットミステリ)
ロンドンはリツル・カーベリイ街の下宿屋「十号館」から、フランスへ行くといって去っていった作家志望の少女ナオミ・スミス――そのナオミが、郊外のハンブステッド・ヒースで、顔じゅうに傷を負った見るも無残な他殺死体となって発見された。そして、彼女が住んでいた「十号館」の部屋の床下からは、塵はたきに包まれた凶器と思われるピストルが見つかった。
かくして「十号館」の住人は、ひとり残らず容疑者になってしまった。その住人とは、新進女流画家のケイ、ナオミのいた部屋に引っ越してきた娘パメラ、ジャーナリストのテッド、その愛人メリッサ、建築家チャーリー、いかがわしい商売に部屋を貸しているフラワー夫人、強欲な家主リンガード、不気味な管理人トヴィ。彼らは口口に、「犯人を知っている」と言いだした。ケイと別居中の夫パトリックは妻を疑い、テッドは家主を、チャーリーはパメラを……という具合に。
私が見たと蠅は言う――マザー・グースの童謡のようにこの中には事件について何かを知る“蠅”がいる。そして真犯人も……? その蠅は、そして犯人は誰か?
下町の安下宿を舞台に、そこに生活する様々な人間を生き生きと描きながら、物語は息づまるサスペンスに充ちたクライマックスへ……心理描写に長けた独特の作風で知られる英ミステリ界のベテラン女流作家の代表作!(粗筋紹介より引用)
1945年、発表。1955年、翻訳刊行。
英国ミステリ界の重鎮、エリザベス・フェラーズの代表作……と言われている。フェラーズが最初に邦訳された作品でもあるが、本作が心理サスペンスであったため、作者の評価が今一つだったような気がする。個人的にはフェラーズの初期本格ミステリの方が面白いと感じたので、本作が代表作と呼ばれているのは、読み終わってみて少々疑問だった。
拳銃が見つかったら、実は前の住人を殺害した凶器だったという展開。そこから先は、コリイ警部を含む住人同士のやり取りが続くのだが、読んでいてそれほど緊迫感が無く、なんとなくダラダラした展開が続くので、今一つ作品に没頭することができなかった。感情に任せた発言が続くので、誰が犯人なのかを推理することもできない。
結末まで読むと、作者のやりたかったことが見えてくるのだが、そこまで我慢して読むことができるかどうか。やっぱり英国ミステリにはユーモアがないと、退屈するのだろうか、と英国本格ミステリのユーモアが好きでもないのに、こんなことを考えてしまった。
ちなみにタイトルは、マザー・グースの「コックロビン」の一節。タイトルが作品にちゃんと意味をもってくるところは、流石と言える。
フェラーズは本国での作品数のわりに、『猿来たりなば』が紹介されるまではほとんど紹介されず、邦訳はごくわずかだった。それもこれも全て、本作が日本の読者に受けなかったからに違いない。そういう意味では、罪作りな作品だったようだ。
加藤廣『信長の棺』上下(文春文庫)
「惟任(光秀)ご謀反」――。安土城で知らせを聞いた太田牛一は、生前の信長の密命に従うべく、5つの木箱とともに西へ向かう。が、佐久間軍に捕えられ能登の小屋に幽閉されてしまう。10か月後、天下統一を目前に控えた秀吉から伝記執筆を条件に解放された牛一は、天満に小さな隠居所を構え、信長暗殺の謎を追うのだった。(上巻粗筋より引用)
なぜ信長の遺骸はいつまでたっても見つからないのか。光秀はなぜ戦勝祈願の連歌を詠んだのか。秀吉の「中国大返し」はなぜ可能だったのか。丹波を訪れた太田牛一は、謎の美女、多志に導かれ阿弥陀寺、本能寺、丹波を結ぶ“闇物語”のとば口へと足を踏み入れる。驚天動地の歴史ミステリーいよいよクライマックスへ。(下巻粗筋より引用)
2005年5月、日本経済新聞社より書き下ろし刊行。2008年9月、文庫化。
作者は1930年生まれなので、出版時は75歳。金融、証券界、ベンチャー企業育成などに携わり、ビジネス書の執筆は多数だが、小説は本書が処女作。小泉純一郎が愛読書として挙げたことからベストセラーになった……らしいが、全然記憶にない。
本能寺の変という日本史でも有名な謎のひとつに取り組んだ作品。『信長公記』の著者として有名な太田牛一が主人公というのは、なかなか斬新的なアイディア。なるほど、秀吉の時代になっても信長にこだわる人物といったら、一族を除いたらこの人を置いて他にはいない。
信長はなぜわずかな供しか連れていなかったのか。光秀はなぜ謀反をしたのか。信長の遺体はなぜ見つからなかったのか。秀吉はなぜ中国大返しを成功させることができたのか。特に信長の遺体が見つからなかった所に重点を置き、そこから物語を組み立てていったのは見事としか言いようがない。
主人公の太田牛一が成り上がり者の秀吉に反感を抱くところ、謎の美女に導かれて真相に近づくところも読んでいて面白い。また信長贔屓の太田牛一に対し、別の視点から見ると歴史がガラッと変わることを教えられるところは、歴史というものの多面性を示すものである。
もちろん歴史上の謎だから、よほどの新しい証拠がない限り、あくまでフィクションでしかない。それでももしかしたらこれが真実ではないか、と読者に思わせることができれば、作者としては大満足であろう。そして本書は、こういう視点もあったのかと思わせる、楽しい一冊であった。なるほど、歴史ミステリの傑作と言って間違いない。
クレイトン・ロースン『天井の足跡』(国書刊行会 世界探偵小説全集9)
求む貸家、幽霊屋敷――奇怪な広告にハートは目をみはった。どうやら背後には友人グレイト・マーリニがいるらしい。マーリニの誘いで、交霊会調査のためニューヨーク沖に浮かぶスケルトン島へと向かった二人は、無人のはずの屋敷で女の死体を発見する。現場の天井には謎の足跡が残されていた……。孤立した状況下で次々に起こる怪事件、おりしも島には、冷媒、心霊学者、元ブローカー、発明家など、いずれも一癖ありそうな人物が揃っていた。幽霊屋敷、交霊会、毒殺、謎の放火、密室の死体、沈没船の宝探しと、めまぐるしい展開の難事件に挑む奇術師探偵グレイト・マーリニの名推理。(粗筋紹介より引用)
1939年、発表。奇術師探偵グレイト・マーリニの長編2作目。1995年8月、邦訳発売。
これだけお膳立てしておきながら、どうしてこれだけドタバタして、まとまりの悪い作品になってしまうのだろう。まとめるだけの力がない、ということは、作家としての力が不足していたのだろう。宝探しは地図だけにとどめておくとか、できなかったのかね。おかげで、推理する楽しみがないまま、結末に辿り着いてしまう。謎の不可解さに比べてトリックがあまりにも呆気なさ過ぎて、がっかり感が一塩である。タイトルにまでなっている「天井の足跡」なんて、この程度の理由だったらいらないよ、と言いたい。あまりにも舞台が加飾で、裏から見るとみすぼらしいのがとても残念。マジックと違って拍手喝采とはいかないのは、やはり解決がしょぼい点である。
心霊学の権威であるワトラス大佐と、霊媒のマダム・ラプールは、前作『帽子から飛び出した死』に引き続いての登場。といっても、全然覚えていないのだが。
どうもこの作者とは肌が合わない。代表作である『首のない女』がまだ未読なので、気が向いたらチャレンジしたい。
阿川佐和子『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)
頑固オヤジから普通の小学生まで、つい本音を語ってしまうのはなぜか。インタビューが苦手だったアガワが、1000人ちかい出会い、30回以上のお見合いでつかんだコミュニケーション術を初めて披露する――。(粗筋紹介より引用)
2012年1月刊行。
ベストセラーになった一冊。なんとなく読んでみたけれど、結局阿川インタビューの裏話といった感が強い。いやまあ、読んでみて面白かったのは事実なんだが、ヒントになったかどうかはわからない。それだけ。
逢坂剛『墓標なき街』(集英社)
私立探偵・大杉良太は、新聞社で編集委員をしている残間龍之輔から、商社の違法な武器の輸出について電話で告発してきた男の尾行を依頼された。同じ頃、残間は元上司で現在はオピニオン誌「ザ・マン」編集長の田丸に呼び出され、かつて百舌と呼ばれた殺し屋に関する事件を雑誌に書いてほしいと頼まれる。大杉と残間がそれぞれ調査を続けていたある日、警察庁特別監察官の倉木美希が自宅に戻る途中何者に襲われた。運よく大杉が駆けつけ軽傷で済んだが、美希のコートから百舌の羽が出てくる。トップシークレットである過去の百舌事件と、ある商社の不正武器輸出。全く関係ないと思われた二つの事象が交差する時、巨悪の存在が明らかになる……。(粗筋紹介より引用)
『小説すばる』2014年3月号~2015年10月号連載。加筆修正のうえ、2015年11月、刊行。
2002年の『ノスリの巣』以来、13年ぶりの百舌シリーズ新作(個人的には公安官シリーズと呼びたいのだが)。テレビや映画の『MOZU』の影響だろうと思うのだが、百舌シリーズは『よみがえる百舌』で終わらせておくべきだったと思っているので、この新刊はかなり複雑な気分。
再び「百舌」が登場するのだが、当然別人。倉木美希、大杉、残間といったレギュラーキャラクターに、過去に出てきた(んだっけ、覚えていない)政治家などが再び登場。どうしても過去作品の使いまわしとしか思えず、出版社からの要請なんだろうが、読み終わって残念な気分になる。
さすがに逢坂の筆なので、読んでいて退屈ということは無いが、だからといって素直に楽しめるかと言われたらかなり複雑。そもそも、なぜ最初っから手にかけないのか、お前、と「百舌」に言いたくなるのだが。時々思うのだが、なぜ美希や大杉を生かしておくのだ、彼らは。いくらでも抹殺可能だったろうにと思ってしまう。
不正武器輸出に絡み、警視庁生活安全部生活経済特捜隊にいる東坊めぐみが新たに登場。めぐみは大杉の娘で、『百舌の叫ぶ夜』にも出てくるのだが、巡査部長として登場するのは初めて。同じく捜査員の車田聖士郎といっしょに、今後話が続くようだったレギュラー化するつもりだろうか。
13年ぶりに書かれるせいか、過去の事件や因縁などはていねいに描かれているため、久しぶりに読んでも割と早く当時のことを思い出しながら読むことができた。だからといって、書く必要があったかどうかはかなり疑問。しかも“次”がある終わり方になっているし。そのせいか、盛り上がりに欠けたまま終わっている。いや、もういいでしょう、本当に。
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