スティーヴン・ハンター『極大射程』(新潮文庫)
ボブはヴェトナム戦争で87人の命を奪った伝説の名スナイパー。今はライフルだけを友に隠遁生活を送る彼のもとに、ある依頼が舞い込んだ。精密加工を施した新開発の308口径弾を試射してもらいたいというのだ。弾薬への興味からボブはそれを引受け、1400ヤードという長距離狙撃を成功させた。だが、すべては謎の組織が周到に企て、ボブにある汚名を着せるための陰謀だった……。(上巻粗筋より引用)
自分のミスでボブを逃がしたFBI捜査官のニックは、真犯人は別にいると考え、独力で捜査を続けた。やがて真実を嗅ぎつけたニックの前に"アメリカで最も危険な男"ボブが姿を現わす。ふたりは各々の名誉と愛する人を守るため、特殊部隊の兵士120名を相手に壮絶な銃撃戦に乗り出した……。『ダーティホワイトボーイズ』『ブラックライト』のボブが、死闘を繰り広げるアクション大作。(下巻粗筋より引用)
1993年、発表。1999年1月、翻訳、新潮文庫より刊行。
ベトナム戦争で活躍したアメリカ海兵隊退役軍人の狙撃手ボブ・リー・スワガーを主人公とした、スワガー・サーガ第1作。日本では扶桑社文庫から、第2作かつ番外編とされる『ダーティホワイトボーイズ』が1997年2月に、第3作『ブラックライト』が1998年5月に刊行されており、それからようやく第1作が翻訳されたという逆転現象が起きている。第1作の直接の続編となる第4作『狩りのとき』も1999年1月に扶桑社文庫から刊行されており、当初予定されていた三部作の第1作を除く3作が出そろっていた可能性もあったらしい。何とも怖い話だ。ちなみ本作、2006年に『ザ・シューター/極大射程』のタイトルでアメリカ映画化されている。
評判の良かった作品だったので、前から気になっていたが、ようやく読むことができた。
ベトナム戦争の名スナイパーで今は隠遁生活を送るボブ・リー・スワガーを謎の組織が誘い出し、試射のはずが、大統領狙撃未遂犯、大司教殺害犯としてFBIに追われることに。さらにミスでボブを逃がしたFBI捜査官のニック・メンフィスと手を組み、汚名をそそぐために組織と戦い、銃撃戦に挑む。
いかにもアメリカ人が好みそうな、冒険エンターテインメント。組織の罠に落ちた元軍人のヒーローが、自らの力を頼りに復習に挑む。主人公が何でもやってしまうスーパーマンなのは当然。途中、友情物語やロマンスを挟むのは当たり前。あれだけ綿密な計画を立てた敵側が、攻められるとここまでもろいのかと言いたくなるぐらい、主人公に都合の良い展開が進むのもアメリカらしさか。それでも緻密な描写と展開の巧みさで、読み手をぐいぐい引きつけてしまうから、売れるのも納得である。
途中、銃に対する描写が細かすぎるところもあるが、その辺は大藪春彦で慣れているので、私は全然気にならなかった。
娯楽アクション小説として超一級の作品。善悪が単純明快でわかりやすい。スカッとしたいときに読むのが最適である。
米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』(創元推理文庫)
小市民たるもの、日々を平穏に過ごす生活態度を獲得せんと希求し、それを妨げる事々に対しては断固として回避の立場を取るべし。さかしらに探偵役を務めるなどもってのほか。諦念と儀礼的無関心を心の中で育んで、そしていつか掴むんだ、あの小市民の星を! 恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある小鳩君と小山内さんは、今日も二人で清く慎ましい小市民を目指す。そんな彼らの、この夏の運命を左右するのは〈小佐内スイーツセレクション・夏〉――? 大好評『春期限定いちごタルト事件』に続く待望のシリーズ第二弾、いよいよ登場!(粗筋紹介より引用)
『ミステリーズ! 』vol.13,14に掲載された短編2本を組み込み、新たに書き下ろしを加え、2006年4月、創元推理文庫より刊行。
『春期限定いちごタルト事件』に続く「小市民」シリーズ第2作。前作より1年後の話。「序章 まるで綿菓子のよう」「第一章 シャルロットだけはぼくのもの」「第二章 シェイク・ハーフ」「第三章 激辛大盛」「第四章 おいで、キャンディーをあげる」「終章 スイート・メモリー」を収録した連作短編集。
高校2年になった小鳩常悟朗が夏休み、互恵関係にある小佐内ゆきに誘われ、「小山内スイーツセレクション・夏」を制覇しながら、遭遇した謎(と言えるかどうか不明なものもある)をとき、最後に誘われた理由の謎を解き明かすというお話し。
最後にブラックな展開がある点は前作よりよかったかもしれないが、謎と推理という部分では証拠らしい証拠もないまま推理が流れ去っていくだけなので、はっきり言ってつまらない。
頭でっかちな子供たちの青春物語として読む分にはまあまあ読めるけれど、ミステリとしては面白さが足りない。それ以上、言いようがないなあ。次作を読んだら、少しは感想が変わるかもしれない。
藤田宜永『ダブル・スチール』(光文社文庫)
八百長で球界を追われた名投手・本多陽一郎は、パリで地味な生活を営む。とはいえ世話になった組織とのしがらみで、町の裏側に精通し、闇の仕事を踏むこともある。……そんなある日、一人の少年と出会った。アマ・チームの剛腕投手。本多の内に潜む、野球への熱き思いが燃えた。彼をプロ投手に育て、日本へと導く。――「男」たちがいる、「気分のいい」物語。(粗筋紹介より引用)
1988年、角川文庫より書下ろし刊行。1995年6月、光文社文庫化。
犯罪小説や私立探偵小説を書きまくっていたころの作品で、藤田のこの手の作品では代表作の一つといってよいと思われる。それにしても、光文社文庫のこの粗筋紹介、だいぶ印象が違うなあ。
本多はパリでギャング組織に入り幹部にまでなったが、6年前に組織を抜け、ボスの情婦が名義となっている日本料理店を営む。とはいえ、組織の隠れ家として今も使われており、関係が切れているわけではない。ある日、自分が組織に誘った若者、ジャン・イヴと、元組織の一兵だった年寄り、ルイジが宝石店を襲い強奪、さらに主人と愛人を殺害し、警察に追われて本多の店に逃げてきた。本多はかくまうが、その仕事は組織のボス、コロンボには内緒の仕事だった。コロンボにそのことを報告すると、縄張り相手である組織のボス、アルフォンジーの義弟だったことが判明。事態を解決するために、本多は組織の幹部に復帰する。アルフォンジーとの交渉前にルイジは匿った先で、家の夫婦とともに殺害された。アルフォンジーとの交渉結果、日本企業JCEフランス工場の工員の給料を積んだ現金輸送車を襲う計画を宝石とともにアルフォンジーに引き渡し、ジャン・イヴの命は助けてもらう。
簡単に見えた現金輸送車強奪だったが、奪ったケース事態は自体なのに、中身の札束はいずれも粉々か燃えているか、赤いインクがべったりついていた。JCEが開発したケースだった。コロンボたちはその結果を見て、再度強奪を行うことを企てる。
とまあ、主人公の本多はどっぷりと犯罪に携わることとなる。一方、その途中で知り合ったフランスとのハーフの若者と偶然出会い、トレーニングを行う。またJCEのタイピストをしている若者の姉と深い関係になる。その後、八百長事件で唯一庇ってくれた当時のキャッチャーで今は別チームの監督に若者を紹介する。
パリに10年住んでいた作者なので、パリの情景が浮かんでくるような描写は見事。流されるままに生きている本多が、野球への情熱が少しずつ湧き上がるところは、読者の心をも燃え上がらせる。パリの二つの組織の争いに巻き込まれる本多、情報漏えい、探り合い、出し抜き。謎を抱えたままの輸送車強奪への流れも見事。そして若者をフランスから日本へ連れてきてからの急展開も、読者の目を引き付けて離さない。やはりこの作品は傑作である。
当時それほど騒がれなかったようだが、それでもこのミスでは9位だった。大作・傑作が多数出版されていた時期だから仕方がないが、埋もれるには惜しい。いや、それらの大作にも引けを取らない傑作である。30年近く前の作品だが、傑作は色褪せない。
東川篤哉『殺意は必ず三度ある』(実業之日本社 ジョイ・ノベルス)
敗退を続ける鯉ヶ窪学園野球部グラウンドから、なぜかベースだけが盗まれた。オレ(=赤坂通)が在籍するお気楽探偵部員の総力を結集しても謎は解けない。後日、野球部とライバル校との練習試合終盤に事件は起きた。衆人環視の球場で発見された野球部監督の死体――。動機は不明、球場ではアリバイ実験も行われるなど混迷を極める事件に、オレたち探偵三人が首を突っ込んだ。しょうもない推理合戦の先に待つものは……?(粗筋紹介より引用)
2006年5月、書き下ろし刊行。
『学ばない探偵たちの学園』に続くシリーズ。前作は一応読んでいたが、あまり感心する出来ではなかった。いくらユーモアミステリとはいえ、高校生がホイホイと殺人事件に絡むというのがどうもダメだったのだが、その印象は本作でも一緒。練習試合見学中にバックグラウンドで見つかった死体。明らかに他殺。さらに二番目、三番目の事件も発生。内容としてはかなり深刻なのに、登場人物たちは警察も含めあっけらかんとしたもの。緊迫感も悲愴感も全くないというのは、さすがに受け容れ難いな。事件のトリックも、もともとの球場の設定が頭に入りきらないから、いざ解かれても大した感動も驚きもない。ベースを盗むという設定は確かに活かせたが、感心したかと聞かれるとこれも微妙。とりあえず、そういう結末なのね、という終わり方でしかなかった。
とりあえず手に取ってみたけれど、この作者、ユーモアにとらわれ過ぎな気がしないでもない。
真保裕一『誘拐の果実』上下(集英社文庫)
病院長の孫娘が誘拐された。犯人からは、人質の黒髪と、前代未聞の要求が突きつけられる。身代金代わりに、入院中の患者を殺せ、というのだ。しかもその人物は、病院のスポンサーでもあり、政財界を巻き込んだ疑獄事件で裁判を待つ被告人だった。悩む家族、後手に回る警察。人質救出の極秘作戦が病院内で幕を開ける。そこに第二の事件が――。(上巻粗筋より引用)
身代金の代わりに「殺人」を求める異常な事件に続いて起こった第二の誘拐。今度の人質は19歳の大学生だった。犯人の周到な計画に翻弄される警察。試練を受け、新たな歩みを始める家族。謎は深まり、やがて恐るべき秘密が浮かびあがる……。スリリングな展開、迫真の描写。そして感動のラストへ! 最後に誘拐の果実を手にする者は誰なのか。(下巻粗筋より引用)
2002年11月、集英社より書き下ろし刊行。2005年11月、文庫化。
元々は1990年、第36回江戸川乱歩賞に応募して最終候補作に残った『代償』を書き直した作品。乱歩賞が上限550枚、本作が1200枚だから、相当量書き足している勘定になる。作者自身、『代償』は一発ネタで最終候補作に残ったと言っているから、この「前代未聞の要求」がその一発ネタだったのだろう。
「第一章 十七歳の誘拐」では17歳である病院長の孫娘が誘拐され、身代金の代わりに、病院のスポンサーで、株譲渡事件で起訴されて入院中の会社会長を殺害しろと要求。「第二章 十九歳の誘拐」では、駅前にある本屋の孫息子である19歳の青年が誘拐され、7000万円分の株券を身代金として要求。「第三章 誘拐の接点」で、二つの誘拐の接点が明かされる。そして「第四章 誘拐の果実」ですべてが明らかになる。
身代金の代わりに特定人物の殺人を要求する、というのは変わった設定のように見えるが、実際のところ、人質を取って代わりに殺人を犯させたり物を盗ませるなどはサスペンスでよくある話なので、それほど珍しいというわけでもない。とはいえ、二つの誘拐を結びつけたアイディアは面白いものだし、その真相も意外なところに落ち着いて心地よい読後感を与えてくれる。確かにこのストーリーを550枚にまとめるのは、難しい。
ただ、警察の捜査の部分がやや冗長な感があった。尋問のやり取りなどを減らし、もうちょっと浮かび上がった事実だけを書き連ねた方が、テーマがより明確になったんじゃないかと思う。
書下ろしということもあり、作者が書きたいと思ったことをとにかく書き連ねたのだろう。第一部の誘拐を通して、家族が関係を見直すところもなかなかだと思うが、テーマを盛りすぎた気もしないではない。第三章と四章は、一つにまとめられただろうし、第二章ももっと短くできた気がする。面白いけれど、ちょっとくどさが残った仕上がりだった。
伊坂幸太郎『死神の精度』(文春文庫)
①CDショップに入りびたり②苗字が町や市の名前であり③受け答えが微妙にずれていて④素手で他人に触ろうとしない――そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。一週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌八日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う六つの人生。(粗筋紹介より引用)
2003年~2005年、『オール讀物』他に掲載。2005年6月、文藝春秋より単行本刊行。2008年2月、文庫化。
一週間前に対象者と接触し、二、三度話を聞き、報告が「可」なら対象者は八日目に死が実行され、「見送り」ならそのまま生き続ける。それが死神。なんかこう書いていると、あまり読んでいないがえんどコイチの『死神くん』を思い出すなあ……。もっとも名前だけは決まっているが、姿や年齢は毎回変わるところは全然違う。ちなみに素手で他人に触ろうとしないのは、素手で触った人間の寿命が一年縮むからとのこと。雨男という設定もあるが、こちらはあまり生かされていなかった様子。
大手電機メーカーの本社で苦情処理係をしている藤木一恵は、最近名前を指名して苦情を言ってくる客に悩まされていた。「死神の精度」。
任侠を重んじるヤクザの藤田は、兄貴分を殺害した別の組を率いる栗田を殺害しようとしていた。死神の千葉は、栗田の隠れ場所を知っていると近付く。「死神と藤田」。
山奥の洋館で宿泊客が吹雪で閉じ込められた。その洋館で、殺人事件が発生する。「吹雪に死神」。
ブティックに勤める荻原は、バーゲンに来た古川朝美に一目惚れし、引っ越し先で向かいのマンションに朝美が住んでいることを知り、熱い視線を投げている。一方、朝美はストーカーに悩まされていた。「恋愛で死神」。
渋谷で喧嘩をして殺害した森岡耕介は、千葉が運転する車に乗り込み、十和田湖へ向かうように命令した。「旅路を死神」。
太平洋に面した高台で美容院を経営する七十過ぎの老女は、客として髪を切った千葉に「人間じゃないでしょ」と言い当てた。老女は千葉に、「一生のお願い」をする。「死神対老女」。
死神の千葉を狂言回しにした連作短編集。突飛な設定の多い伊坂にしては、今更手垢が付いた題材を取り上げなくても、と思って読み始めた。第一話は普通に過ぎたのだが、第二話で首をひねり、第三話でびっくり。まさか話毎に趣向を変えて来るとは思わなかった。特に第三話の「吹雪に死神」は雪の山荘もの。その意外な真相は、本作でしか使えないものであり、まさにしてやられたと言ってしまった。正直言ってここがピークだったので、以後はややトーンダウンしてしまったが、ここまで趣向を変えながらも、「死神」ものらしさを残しているところはさすがとしか言いようがない。
やっぱりこの作者はうまいなあ、と唸らせる短編集。次は長編らしいが、読んでみようと思う。
ピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(文春文庫)
カミーユ警部の恋人が強盗に襲われ、瀕死の重傷を負った。一命をとりとめた彼女を執拗に狙う犯人。もう二度と愛するものを失いたくない。カミーユは彼女との関係を隠し、残忍な強盗の正体を追う。『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』の三部作完結編。イギリス推理作家協会賞受賞、痛みと悲しみの傑作ミステリ。(粗筋紹介より引用)
2012年、発表。2015年、英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー賞受賞。2016年10月、邦訳刊行。
『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続くカミーユ警部シリーズ最終作。時系列的には、『悲しみのイレーヌ』で愛妻イレーヌを亡くしてから5年後、『その女アレックス』直後となる。
あのカミーユに恋人ができたということでよかったねと思っていたら、強盗事件に巻き込まれる。しかも犯人に付け狙われるという展開。事件はわずか3日間だが、衝撃的な展開が続く。何もここまでカミーユをいじめなくても、と作者を批判したくなった。
今回はデッドリミットのサスペンス要素が強く、事件の背景は過去の作品と比べるとわかりやすい。それでもシリーズで読んでいるせいか、あっと言わされてしまうのは、作者の筆の巧さだろう。
本作はカミーユの暴走ぶりがひどく、ルネの活躍が今ひとつだったのが残念。アルマンは既に癌で亡くなっているし。過去の登場人物が密接に絡む点も有り、本作品については前作、前々作を読んでいないと、面白さが半減してしまう。本作を書くために、『悲しみのイレーヌ』を書いたんじゃないだろうかと思うぐらいである。その点を除いたら、十分に楽しむことができた。シリーズ最終作にふさわしい力作。それにしても最後は泣けるなあ。
恩田陸『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)
鮫島巧一は趣味が読書という理由で、会社の会長の別宅に二泊三日の招待を受けた。彼を待ち受けていた好事家たちから聞かされたのは、その屋敷内にあるはずだが、十年以上探しても見つからない稀覯本『三月は深き紅の淵を』の話。たった一人にたった一晩だけ貸すことが許された本をめぐる珠玉のミステリー。(粗筋紹介より引用)
1996~1997年、『メフィスト』掲載。1997年7月、講談社より単行本刊行。2001年7月、文庫化。
「第一章 待っている人々」「第二章 出雲夜想曲」「第三章 虹と雲と鳥と」「第四章 回転木馬」の四章で構成。
第一章は、会社の会長宅に招かれた若い社員が、幻の本『三月は深き紅の淵を』を探そうとする話。これは面白かった。読書好きならではの仕掛けが実にいい。これで長編一本が成り立つと思っていたんだけどねえ。
第二章は、女性編集者二人が夜行列車の中、酒を飲みながら『三月は深き紅の淵を』の話を始め、その作者へ会いに出雲へ向かう話。いきなりストーリーが変わるし、『三月は深き紅の淵を』の設定もどっと変わるし、とここでかなり戸惑う。
第三章は、女子高生2人が転落した謎を追う、2人の知人たちの話。正直言って、このあたりから退屈になってくる。『三月は深き紅の淵を』は今から書かれることになっている。
第四章は、辺境の地にある学校に、二月になって転校してきた女子高生を巡る話。本章では『三月は深き紅の淵を』をこれから書く話だが、作中作のように別の物語の断片が途中で織り込まれている。
幻の本と言われている『三月は深き紅の淵を』は、「第一部 黒と茶の幻想」「第二部 冬の湖」「第三部 アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「第四部 鳩笛」の四章からなる小説。これが作品と対になっているのであればいいのだろうが、今ひとつピンと来なかった。
そもそも恩田陸の作品はあまり読んでいないが、はっきり言って読む気が起きない作家の一人。珍しく手に取ってみたが、第一章の面白い設定をどんどんぶち壊しているとしか思えなかった。
作者には申し訳ないが、作者がどのような意図で、なぜこのような面白くない設定で小説を仕上げたのか、さっぱりわからなかった。はっきり言って、それだけ。世間からは評価されているから、単に私が読み手として未熟なのだろう。
赤星香一郎『虫とりのうた』(講談社ノベルス)
小説家を目指す赤井は、ある日河川敷で必死に助けを求める少女と出会う。知らない男に追いかけられていると訴える少女。だが、男は少女の父親だと言いはる。助けようとする赤井だったが、居合わせた大人たちに少女を男に返せと言い含められ、その場をやり過ごしてしまう。そして後日、少女がその男性に殺害されたということを知って罪の意識に苛まれ、彼女の葬儀に参列。そこで「虫とりのうた」という奇妙な唄にまつわる都市伝説を耳にした……。(粗筋紹介より引用)
2009年、第41回メフィスト賞受賞。同年8月、刊行。
作者名を見て「怪物ランド」かよ、って突っ込んだこと(赤星昇一郎ですな。そろそろ再結成しないかな……)はさておき、折り返しで「この小説には、作中で解明されていない秘密が隠されています。その秘密に気づいたあなたは、なぜ事件が起こったのか、本当の理由を知ることでしょう」と書かれていたので、気になった。まあ、作者が広言する内容はだいたいが外れなのだが、今回は「解明されていない秘密」がなんだかわからなかったので、どう評価すればよいか微妙である。そもそも、解明されていない点が多すぎることが問題である。
「虫とりのうた」通りに次々に人が死んでいく。死んだ人物はいずれも、少女が赤井に助けを求めた時に居合わせた面々だった。その面々のいずれもが「虫とりのうた」に絡んでいるというのも奇妙な偶然だが、これが単なる偶然なのかどうかがわからない。そもそも、なぜ彼らが「少女を男に返せ」と言ったのかも不明。途中で出てくる大予言者の予言歌があまりにもしょぼい。「かしでえんまなおえましん」という呪文には、アナグラムが見え見えで苦笑するしか無かった。赤井がずっと家に居るのに何も気づいていない点もおかしい。赤井の妻がカップを二つ出した理由がわからない。犯人は見え見えだが、なぜ今の時点で殺人を犯す動機がわからない。平仮名で名前を書くと似通っている点も、結局何を言いたいのかがわからない。何もかもひっくるめて、それが「ホラー」だと作者が言いたいのなら、あまりにも都合が良すぎる。登場人物のいずれもが自分勝手すぎるし、全く共感できないというのもどうかと思う。
ホラーならメフィスト賞ではなくホラー大賞に送ればいいのにと最初は思ったが、これでは最終候補作に残ることは無理。駄作とまで言うつもりはないが、編集者がこれを推した理由はさっぱりわからなかった。
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