平石貴樹『松谷警部と目黒の雨』(創元推理文庫)

 目黒本町のマンションで殺害された小西のぞみの身辺を調べていくと、武蔵学院大学アメフト部「ボアーズ」との関連が浮上、さらにはボアーズの仲間内でこの五年に複数の変死者が出ていると判明した。これらは繋がっているのか。松谷警部は白石巡査らと捜査に当たるが、のぞみの事件についてボアーズ関係者のアリバイはほぼ成立し、動機らしきものも見当たらない。過去の事件は不可解な点を残しながらも既決事項となっている。白石巡査は「動機は後回し」と地道に捜査を進め、ついに犯人がわかったと宣言。松谷の自宅で清酒「浦霞」を傾けながら、白石の謎解きが始まる。果たして真相は?(粗筋紹介より引用)
 2013年9月、文庫書下ろし刊行。

 『笑ってジグソー、殺してパズル』などの更科丹希(ニッキ)シリーズなどで知られる作者が、東大教授を退官して作家専業となった第一作。捜査中に俳句をひねるためマッタリさんと呼ばれる松谷健介警部が登場。どこにも書いていないけれど、所属はやはり本庁か? 探偵役は目黒本町署刑事課の白石以愛巡査。松谷警部は、20年ほど前にいっしょに仕事をした女の子を思い出すそうだ。
 ということで久しぶりに平石作品を読んでみたのだが、何とも地味。殺人事件が起き、関係者にはアリバイがあるものの不審な過去の事件が浮かび上がってきて、という展開なのだが、登場人物が多く出て来るのに整理できておらず、造形があまり描かれていないこともあり、誰が誰なんだがわかりにくい。またこれらの登場人物が全然感情移入できないのにも困ったものだ。誰が犯人でもいいやと思わせるのは、本格ミステリとしてもあまり好ましいものではない。
 過去を洗って不審な点を洗い出し、動機が見つからないけれど捜査を進め、やっと犯人を見つけ出す。一応ロジックには面白い点があるものの、ただあっ、そう、という程度のものでしかない。最近、こういうものにゾクゾクしなくなったね。惰性で読んでしまう。動機についても、最後でこんなことを言われても理解しがたい、としか言いようがない。
 とりあえず本格ミステリを読めればいい、という読者にはいいかもしれない。ただ盛り上がりもなく、淡々と進んで終わってしまう。もうちょっとドラマとカタルシスが欲しかった。




鮎川哲也『沈黙の函』(光文社文庫)

 函館で珍しい蝋管レコードが発見された。中古レコード店の経営者が引き取りに出かけるが、彼はレコードを函館駅から発送したまま行方不明に。上野駅に到着した梱包を開いてみると、中からレコード店主の生首が……! ご存じ鬼貫警部は、難事件をどうさばく? 代表作『黒いトランク』に勝るとも劣らない本格推理問題作!(粗筋紹介より引用)
 『小説宝石』1978年新年号~五月号まで『蝋の鶯』のタイトルで連載。加筆改題の上、 1979年3月、カッパ・ノベルスより刊行。1984年12月、光文社文庫化。

 鮎川哲也の読み残しの一冊。読み終わってみて、はっきり言ってつまらなかった。本当に当時、受け容れられたのだろうか。
 トリックとしては、函館駅から荷物を発送したまま行方不明になったレコード店主の生首が、上野駅に到着した荷物の中から出てきた、というもの。ある程度は予想できるものであり、面白さに欠ける。小説としては、レコードや音楽に対する薀蓄こそちょっとだけ楽しめたもの(とはいえ、かなりくどい)の、事件の謎や犯人当てといった点では非常につまらない。
 そもそも、警察の捜査に疑問が残る。なぜ動機をもつものを捜査しないのか。そもそも事件関係者をまず洗い出すだろう。あまりにもセオリー無視の捜査が、小説をつまらなくしている。容疑者のアリバイを探しあてるのが一介の探偵というのも、すっきりしない。警察はそこまでバカなのか。最後に鬼貫が出てきて、あっという間に事件を解いてしまう。だったら最初から出せよ、警部なんだから。
 私が鮎川哲也を嫌うのは、こういった点。トリックさえよければ、後はどうでもいいと言ったところが嫌なのだ。つまらない作品である。トリックを知りたい人以外は、読まない方がいい。時間の無駄である。




樋口有介『捨て猫という名前の猫』(創元推理文庫)

 「秋川瑠璃は自殺じゃない。そのことを柚木草平に調べさせろ」月刊EYES編集部の小高直海が受けた一本の電話。その事件とは、女子中学生が三軒茶屋の雑居ビルから飛び降りたものだった。街を歩けば芸能スカウトが群がるような、人も羨む絶世の美少女は、なぜ場末の雑居ビルの屋上へ向かったのか? 柚木草平は鋭い推理を巡らせる。柚木を事件調査へと導く“野良猫”の存在。そして亡くなった少女の母親、彼女の通っていたアクセサリーショップの経営者……柚木が訪ねる事件関係者は美女ばかり。“永遠の38歳”の青春を描く長編ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2009年3月、東京創元社、創元クライム・クラブより書き下ろし刊行。柚木草平シリーズ第9作、長編第6作。2012年3月、文庫化。

 なぜか美女ばかりに囲まれる私立探偵、“柚木草平”シリーズの(当時)最新作。作者によると、正統柚木ものは1997年の『誰もわたしを愛さない』以来12年ぶりとのこと。2000年に番外編『刺青白書』は出たが、注文は無くて執筆されなかったとのこと。それが創元推理文庫にシリーズ旧作が収録され、そこそこの売れ行きを見せたことから、気を良くして書いたと作者は書いている。確かに間に他作品を柚木シリーズに書き直した作品や短編集が入っているものの、正統なシリーズとしては久しぶりだから、力の入った一作となったのだろう。娘の加奈子、担当編集者の小高直海、不倫相手の吉島冴子、荒木町のバーのママ貴子、オカマバーのマスター武藤健太郎、警視庁の山川六助刑事といったレギュラーが総出演。別居中の妻・知子が電話だけで出てくるのはいつものことである。
 小説の構成はいつもと同様で、美女が多い事件関係者に話を聞いていくうちに、柚木の頭の中で少しずつ事件全体の概要が見えてくるといったもの。柚木の言動にやや軟派なものがあるとはいえ、実際の行動は正調ハードボイルドと変わらない。事件の全体が見えてくる後半まで読者の興味を引っ張るし、事件そのものにはいつも悲哀が隠されているし、それを静かに表に浮かび上がらせる柚木の言葉が読者の胸に染み入ってくる。今回はいつもよりやや長いが、久しぶりの長編ということでかなり肩の力が入ったのかもしれない。そのせいか、被害者となった二人に救いがあまり見られなかったことが少々残念である。だが、面白さは天下一品。本作だけでも十分面白し、本作で柚木シリーズに興味をもったのなら、第一作から読み返してもらいたい。
 それにしても、シリーズの依頼がしばらくなかった、というのは編集者も見る目がない。東京創元社も、よく復刊してくれたものだ。それにしても樋口有介は、デビュー当初は直木賞に最も近い位置にいる作家と言われながらも、今一つブレイクしないままここまで来てしまったのは、なぜなのだろうか。本シリーズ以外にもいい作品はいっぱいある。なぜ売れないのか、ミステリ界七不思議の一つといったら大袈裟だろうか。




丸山天寿『琅邪の鬼』(講談社ノベルス)

 始皇帝時代の中国、商家の家宝盗難をきっかけに、港町・琅邪で奇妙な事件が続発する! 「甦って走る死体」、「美少女の怪死」、「連続する不可解な自死」、「一夜にして消失する屋敷」、「棺の中で成長する美女」―琅邪に跳梁する正体不明の鬼たち!治安を取り戻すべく、伝説の方士・徐福の弟子たちが、医術、易占、剣術、推理……各々の能力を駆使して真相に迫る。多彩な登場人物、手に汗握る攻防、緻密な謎解き、そして情報力! 面白さ極めた、圧倒的興奮の痛快歴史ミステリー! 第44回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより引用)
 2010年、第44回メフィスト賞受賞。同年6月、講談社ノベルスより刊行。

 著者は陸上自衛隊勤務を経て、古書店を経営。ライフワークである邪馬台国研究を進めるうち、本書を着想し、執筆。56歳の受賞は、同賞最高齢である。田中芳樹が推薦文を書いている。
 舞台はなんと始皇帝時代の中国。琅邪は、中国大陸の東端・山東半島にある「あやかしの町」と呼ばれた小さな港町である。琅邪のはるかな海上には、煌びやかな高楼や屋敷が立ち並ぶ「浮島」が時に出現し、誰も辿り着くことができない。人々は仙薬を飲む「神仙」たちが住む島であると信じていた。主人公の希人は、琅邪の求盗(警察官)である。
 新興商家・西王家の家宝・壁の盗難。古くからの商家である東王家で、美人姉妹の妹が婚儀直前で失踪。姉の部屋の長持ちから出てきた妹の死体。さらに葬儀中に妹が甦って失踪。連続自死に謎の死体。有り得ない懐妊。西王家の人間・財産・家財道具が一夜で消滅。成長する死体。
 いやはや、事件が起きるにしても多すぎるだろう、と言いたくなる。秦を舞台にした伝奇ミステリかと思わせたら、なぜか剣の戦いが挟まれ、徐福の弟子、無心が最後に一気呵成に謎を解く。ここで初めて、本書が本格ミステリであることに気づかされた。
 それにしてもサービス旺盛な作品。これだけ謎と活劇がてんこ盛りになった作品も珍しい。それでいて、この重みの無さは何だろう。この軽さは読みやすさにつながっているとは思うが、それにしても時代性があるとはいえ、大事なことがどんどんスルーされて物語が進むというのもどうかと思わせるが、活劇なら仕方のないことか。
 謎解き自体は一応整合性が取れていると思われるが、正直そこまで吟味する気力は無い。事件の数が多すぎて、そこまで見切れないというのが本音。しかも解決が最後の方でやや強引に行われるものだから、一気呵成に流されてしまった感がある。正直言って、かなり苦しい感もあるが。
 最後に無心の正体が暴かれ、読者はアッということになるのだが、これは少々見え見えだった。
 作者が言うようにサービス旺盛な作品。旺盛すぎて、逆に軽くなってしまった感があるが、娯楽と徹して読む分にはこの軽さも悪くない。秦時代の中国の描き方も悪くないし(もうちょっと圧政だったイメージがあるのに、そこが書かれていないのはやや不満だが)、この時代の作品が好きな人にはお勧めできるかも。




宮部みゆき『小暮写眞館』(講談社)

 三雲高校1年の花菱英一の両親、秀夫・京子夫妻は、結婚に十周年を機にマイホームを購入した。ところがその家は、築33年の木造二階建て、一部タイル張り。そこはかつて「小暮写真館」という写真館だった。八歳年下の弟・光、小学校からの友人・店子力、家を紹介したST不動産の須藤社長や女性事務員の垣本順子などとの付き合いの中、不思議な事件を解く。
 英一が心霊写真の謎を解く「第一話 小暮写真館」。
 バレー部OGの家の一枚の写真で、一方では笑ったOG、両親、後輩が、その後ろではOGと両親が泣いていた。写真の謎の解決を依頼される英一。「第二話 世界の縁側」。
 不登校状態の子供たちが学ぶフリースクール「三つ葉会」の7人の写真で、1人が持っていた謎のぬいぐるみを、本人はカモメといった。「第三話 カモメの名前」。
 祖父の危篤から端を発した花菱夫妻の離婚騒動。6年前に4歳で亡くなった妹・風子。光が会いたがっている相手は。そして英一と順子の関係は。「第四話 鉄路の春」。
 2010年5月、書き下ろし刊行。

 執筆1年半、3年ぶりの現代作品となった本作。すでに潰れた「小暮写真館」を舞台に、英一たちの苦しみや悩み、そして成長を描いた作品となった。
 それにしても宮部みゆきは、少年を主人公とした作品を描くのが、本当に巧い。ショタコンじゃないのか、などと余計なツッコミをしたくなるのは置いておき、どうしてこの人は少年の心情をこれだけうまく描けるのだろうと、不思議になってくる。
 一応日常の謎はあるものの、主題はあくまで英一たちの心情と成長。第一話の伏線が最終話でしっかりと回収され、物語の主題であることがわかり、読者の感動を巻き起こす。
 正直言って700頁は長い。当代一の人気作家がよくぞここまで書下ろしで書けるな、と不思議に思ったが、読み終わってみると納得。登場人物の心情を丁寧に描くと、どうしてもこれぐらいになってしまうなと思わせる内容だった。まあ、途中、読んでいて苦しい部分があったのも事実だが。第二話あたりは、もうちょっと何とかならなかったか。
 久しぶりに宮部みゆきを読んだが、やっぱり何を読んでも面白い作家だと思った。ここの所ご無沙汰だったが、また手に取ってみようと思う。大作もいろいろあることだし。




笹本稜平『危険領域 所轄魂』(徳間書店)

 マンションで転落死と思われる男性の死体が発見された。死亡した男は、大物政治家が絡む贈収賄事件の重要参考人であるという。さらには政治家の公設第一秘書、私設秘書も変死。自殺として処理するように圧力がかかる中、葛木が極秘裏に捜査を開始すると、とある黒幕が浮かび上がってきて……。葛木父子の所轄魂が真実を炙り出す!(帯より引用)
 『読楽』2015年6月号~2016年6月号連載。加筆修正後、2017年6月、単行本刊行。

 城東署刑事組織犯罪対策課の父・葛木邦彦と、キャリア警察官である息子・俊史が事件に挑む「所轄魂」シリーズ第4作。本作では、俊史が警視庁刑事部捜査第二課理事官に着任し、大物政治家が絡む贈収賄事件を追う。
 互いを信頼し合っている二人が頼もしい所轄魂シリーズだが、本作品では贈収賄事件が絡むということもあり、事故や自殺に見せかけた連続殺人事件が起きても捜査本部を開けず、城東署は極秘の捜査を強いられる。毎度おなじみ勝沼刑事局長の要請とはいえ、ここまで権限があるのか、正直疑問なところもある。そのため、捜査が進まず、しかも報告が主体の内容となっており、物語のテンポはだいぶ悪い。その後、捜査一課や福井県警も捜査に加わるものの、県警のやる気のなさが露骨。いくら地元の政治家や企業が絡むとはいえ、ここまで態度に出していいのか、不思議に思えてくる。気骨のある刑事が2人いたからよかったものの、逆にもう少し保身のために警視庁の面々に従うような刑事がいてもおかしくはないと思うのだが。
 大物政治家どころか、総理大臣まで手が届くかも、という事件のわりに、携わる人たちが少なすぎる。もちろん二課も捜査しているのだろうが、こちらは全然役に立たない状況。所轄の数人でどんどん事件の真相に迫っていくというというのは、あまりにも都合がよすぎる。もう少し事件の規模を考えてほしいところである。
 「所轄魂」という言葉が出てくるが、別に「刑事魂」と置き換えても何の問題がないような内容では、タイトルが泣く。もっと所轄ならでは、という事件にすべきではないか、本シリーズは。




ノーマン・ベロウ『魔王の足跡』(国書刊行会 世界探偵小説全集43)

 1855年2月8日、悪魔が英国に降り立った。デヴィン州各地で不思議な蹄の足跡が多数目撃されたのである。それから約一世紀後のある雪の朝、田舎町ウィンチャムに再び悪魔の足跡が出現した。まっさらな新雪に覆われた道の中央に突如現れた蹄の足跡は、あちこち彷徨い歩きながら丘を越え、野原の真ん中にたつオークの木へと続いていた。謎の足跡を辿る一行は、そこで大枝からぶら下がった男の死体を発見する。蹄の足跡は木の傍らで忽然と途切れ、まるで足跡の主が虚空へ消え失せたとしか思えない状況だった。しかも、問題の木には、昔魔女が縛り首になった伝説があるという。怪奇趣味満点、幻の不可能犯罪派ノーマン・ベロウ、本邦初紹介。(粗筋紹介より引用)
 1950年、発表。2006年1月、邦訳刊行。

 ノーマン・ベロウと言われても全く知らない作家だった。1902年生まれで、人生のほとんどをオーストラリアやニュージーランドで過ごしたらしい。1934年、The Smokers of Hashishでデビュー。1957年までに長編20作を発表。版元は貸本系出版社だったとのこと。本書に出てくるランスロット・カロラス・スミス警部は作者の過去4作の名探偵役として登場する。
 雪に覆われた道の中央にある蹄の足跡を、みんなで呑気に追いかける姿は呑気というか、のどかというか。伝説がある木に男の死体がぶら下がっており、足跡は消えているという、不可能趣味が好きな人にはたまらない設定。だが、これが全然面白くならない。不可能趣味というのはあくまで周囲がドタバタするユーモアとか、恐怖する怪奇要素とかがないと、これだけつまらないものなのだと改めて知ってしまった。せめて名探偵役がエキセントリックならよかったのに、これがまた淡々と事件を解くだけ。これじゃ、せっかくの不可能犯罪も魅力半減である。
 ましてや、蹄なんてだれかがスタンプのように型を押したなんてわかりそうなものなのに、登場人物が怪奇現象だって騒いでも興醒めするというか。  こういう作品を発掘したことには素直に感心するけれど、本国で売れなかったというのもわかる気がする。例え黄金時代に出版されていたとしても、うけなかっただろう。本格ミステリは謎だけがあっても、通用しないものなのだ。




笹沢左保『セブン殺人事件』(双葉文庫)

 新宿淀橋署の宮本刑事部長と、本庁から来た佐々木警部補。年齢も容姿も経歴も好対照の2人は、その名前から「宮本武蔵と佐々木小次郎」にたとえられるライバル同士だ。そんな異色の凸凹コンビが7つの難事件に挑む。どんなときも、2人の推理は真っ向から対立、はたして正しいのはどちらか? 息もつかせぬ展開、綿密なトリック、思いもよらない結末と、推理小説の神髄が味わえる7編を収録。(粗筋紹介より引用)
 1980年5月、実業之日本社より刊行。2016年6月、双葉文庫化。

 タイトルの通り、7つの短編が収録されている。
 一代で一流企業に匹敵する実力を得た通信機器企業社長の秘書が殺害された。凶器は、社長の家から盗まれた日本刀。社長の妻は交通死亡事故を起こし、昨年自殺。息子も家を出て行っていた。そして交通事故で死んだ夫婦の娘は、息子の車に日本刀があったと証言。ただし、息子にはアリバイがあった。「日本刀殺人事件」。
 芸能誌の敏腕女性記者の夫が日曜日昼間、マンションの部屋にて包丁で殺害された。隣では4歳の息子が何も知らず遊んでいた。夫はかつての人気歌手にそっくりという以外取り柄のない主夫であった。女性記者は取り調べで、ドライブを勧めた浮気相手のホステスが三重衝突事故を起こしたことにショックを受けていたこと、事件当時は常連の喫茶店で仲の良い弁護士にそのことを相談していたと話し、他殺だとは思わなかったと話した。「日曜日殺人事件」。
 都内で三軒の店を切り盛りする人気美容師が自室マンションのベランダで昼間、鈍器により撲殺された。倒れている彼女を発見したのは、駐車場を挟んだ隣のマンションに住む美容師の恋人とその友人。恋人はかつての甲子園優勝投手で、今は二軍投手であり、友人は捕手だった。死亡したのは発見から30分前だったが、二人は朝からずっと一緒だった。しかも美容師は、恋人と別の男性と性関係を持った痕があった。「美容師殺人事件」。
 ホテルの結婚式に参加していた警部補一家。そこへ名古屋での強盗殺人事件の容疑者が逃走の末、ホテルに逃げ込んだ。警察から席を立たないようにとの指示があったが、娘がトイレに席を外していたこともあり、警部補は席を立って式場を出た。警官たちは容疑者を追いつめたが、四階の廊下の途中で見失った。四階から三回に降りる階段の踊り場にいた警部補は、誰も見かけなかったと追っ手の係長に答えた。四階のどの部屋にも容疑者はいないため、係長はもう一度話を聞こうと思ったが、警部補は階段のそばにある控室で殺害されていた。さらに三階のトイレでは、警部補の娘も殺害されていた。凶器はいずれも短刀で、容疑者の指紋が付いていた。「結婚式殺人事件」。
 侠気があって周囲から頼られている電機会社社員の男は、常務から頼まれ5年前に行き遅れの娘と結婚したが、妻は容姿が醜く性格は悪くプライドだけ高く、しかもセックスも子供も嫌い。仲は当に冷え切っていた。そんな妻が土曜日の夜、殺害された。死体のそばには、萎れた山百合が置かれていた。当然夫が疑われたが、夫には土曜の夜から日曜に掛けて大学時代の友人と軽井沢の別荘にいたアリバイがあった。「山百合殺人事件」。
 売れっ子俳優夫婦の一人娘にも関わらず地味で目立たなかった19歳の娘が、前科三犯で指名手配中の強盗を捕まえたと大きなニュースになった。それから1か月後、仲の良い従妹とドライブ中、彼女は別の車にずっと追跡された。警察に届け出たときたまたま記者と遭遇し、こちらも大きなニュースとなった。さらに1か月後、夫婦の家に用心棒として住み込んでいる青年が絞殺された。「用心棒殺人事件」。
 同一犯による放火が相次いだ。しかも、放火された家の近くで現金も必ず盗まれていた。未だ犯人が捕まらない状況で、警察に若い女性から紺屋放火するという予告電話が来るようになり、しかもその通りに放火が続いた。放火現場に落ちていた病院の薬袋から、一人の男が容疑者として浮かび上がるが、男の周囲には女性の影は無かった。「放火魔殺人事件」。

 警視庁捜査一課の佐々木冬彦警部補32歳と、淀橋署捜査一係の宮本清四郎部長刑事40歳は仲が良いが、事件となると意見が対立することが多く、周囲は名字から武蔵と小次郎などと揶揄していた。
 殺人事件が起き、容疑者が浮かび上がるも、アリバイなどがあるため、誰が犯人か、佐々木と宮本が対立するというパターンになっている。対立といっても、単なる意見の違いでしかなく、けんか腰になるわけでもなく、事件によっては相手の意見を聞いて自分の主張を補完している場面もあるぐらいなので、ライバルの対決というほどの迫力はない。
 7つのうち4つがアリバイもの。とはいえ凝ったトリックがあるわけでなく、容疑者の周囲を調べていたら解決した、なんてものも多いため、本格ミステリとしての醍醐味はほとんどない。「結婚式殺人事件」は消失トリックだが、これも登場人物の少なさから容易にストーリーが読めてしまう。「用心棒殺人事件」に至っては、推理すらない。「放火魔殺人事件」もただ捜査していたら犯人がわかりました、というだけの作品である。
 いずれも淡々と書かれており、一応は読者を飽きさせない程度の書き込みこそあるが、心に残るかといわれると、読み終わったらほとんど忘れてしまいそうな作品ばかりとしか言いようがない。プロの作者が仕事で埋めた、そんな作品集である。どれか1つと言われると、動機が異様な「美容師殺人事件」だろうか。
 帯には「書店員が選んだもう一度読みたい文庫ミステリー部門第1位」とある。“書店員が選んだ”という惹句も今では当てにならないことがあるが、それを証明するような一冊だった。



【元に戻る】