リチャード・ニーリィ『心ひき裂かれて』(角川文庫)

 精神病院を退院したばかりの妻がレイプされた。夫のハリーは犯人逮捕に執念を燃やすショー警部補に協力する。そんなハリーを嘲笑し、陥れようとするかのように、その身辺で続発するレイプ事件。心病める者の犯行か……。だが、ハリーも、かつての恋人との間に決して妻には知られてはならない秘密をつくろうとしていた――。二転三転する展開と濃密な心理描写。サイコ・スリラーの元祖、ニーリィの最高傑作。
 1976年、発表。1980年11月、角川書店より単行本刊行。1998年9月、角川文庫化。
 ニーリィの代表作。文庫化された瞬間、すぐに購入するも、読むのは今頃。まあ、よくある話だ。
 主人公は作家志望のハリー。妻・ケイトの財産で悠々と暮らしている駄目男である。それでも精神病院を退院したばかりのケイトがレイプされ、犯人探しに協力するも、学生時代の恋人グロリアと再会し、関係してしまうという、色々な意味で情けない男である。まあ、読んでいてイライラする。
 それでも事件は解決するかに見えたが、そこから怒涛の展開が待っていた。うん、これがニーリィの真骨頂なのだろう。全く予想だにしない結末は、見事としか言いようがない。今の時代に読んでもすごいと思えるのだから、当時これを読んだ読者はどう思ったのだろう。まさに早すぎた作品である。
 角川文庫の50周年記念の海外エンタテインメントフェアで出たとき、迷わず購入。その面白さに嘘偽りはなかった。濃すぎる描写にはちょっと辟易する部分があったことも事実だが。




市川憂人『ブルーローズは眠らない』(東京創元社)

 両親の虐待に耐えかね逃亡した少年エリックは、遺伝子研究を行うテニエル博士の一家に保護される。彼は助手として暮らし始めるが、屋敷内に潜む「実験体七十二号」の不気味な影に怯えていた。
 一方、〈ジェリーフィッシュ〉事件後、閑職に回されたマリアと漣は、不可能と言われた青いバラを同時期に作出した、テニエル博士とクリーヴランド牧師を捜査してほしいという依頼を受ける。ところが両者との面談の後、旋錠された温室内で切断された首が発見される。扉には血文字が書かれ、バラの蔓が壁と窓を覆った堅固な密室状態の温室には、縛られた生存者が残されていた。
 各種年末ミステリベストにランクインした、『ジェリーフィッシュは凍らない』に続くシリーズ第二弾!(粗筋紹介より引用)
 2017年9月、書き下ろし刊行。

 鮎川賞受賞作が面白かったので、第二作も買ってみた。U国P署のマリア・ソールズベリー警部と九条漣も引続き登場。連続殺人事件の上、密室も出てくるのだが、本格ミステリというよりも、昔懐かしの因縁ドラマと言った方が正しい作品だった。
 「プロトタイプ」の章では、テニエル博士の一家に保護されたエリックの物語。実はエリックは秘密を抱えていて、というよくある展開から、怪物という実験体七十二号が暴れ回るというちょっと意外な展開へ。一方の「ブルーローズ」の章では、完全な青バラを作出したテニエル博士とクリーヴランド牧師の話であり、密室状態の温室でテニエル博士の生首が発見され、しかもアイリーンという13歳の少女が縛られて残されていた、という展開。さらに連続殺人事件が発生する。
 勘のいい人なら、大まかな事件の構図は分かってしまうだろう。密室トリックや連続殺人はあくまで添え物でしかない。本作品は、青いバラをめぐる因縁ドラマである。しかし、最後の最後であっと言わされた。まさかと思わせる犯人ではあったが、説得力に欠けていることも事実。確かに青いバラは“幻”の存在だったが、もう少し囚われるような描写があってもよかったのではないだろうか。
 マリアと漣のやり取りも楽しいし、登場人物のキャラクターも立っている。エリックとアイリスのやり取りをもう少し見たかったというのは、おっさんの反応だろうか。読んでいて楽しかったことは間違いない。ただ、本格ミステリの面白さとは別の部分で。




広川純『一応の推定』(文春文庫)

 膳所(ぜぜ)駅で轢死した老人は事故死だったのか、それとも愛しい孫娘のための覚悟の自殺だったのか。ベテラン保険調査員・村越の執念の調査行が、二転三転の末にたどり着いた真実とは? 保険業界の裏側、臓器移植など、現代社会の問題点を見事に描き切った滋味溢れる長篇ミステリー。第13回松本清張賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2006年、第13回松本清張賞受賞。同年6月、単行本刊行。2009年6月、文庫化。

 轢死した老人には、難病を抱えた孫娘がいた。老人が駅から落ちて轢死したのは事故死なのか、それとも孫娘の海外での手術のために保険金を渡そうとしたのか。老人が3000万円の保険に入り、わずか3ヶ月しか経っていない。保険会社からの依頼で、保険調査事務所の定年間際の調査員・村越努が、保険会社の新入社員・竹内善之主査と組んで、事故か自殺かを捜査する。
 作者は元保険調査会社の職員。ということで、保険調査業界のことについてはお手の物だろう。"一応の推定"という法律用語は、通常では生じ得ない事実の発生が認められるときに、因果の連鎖に関する具体的事実の主張・立証がなくとも裁判所が因果関係の充足を認め、損害賠償請求権の発生を認めても差し支えないとする考え方(「弁護士ドットコム」より引用)。
 保険調査員が主人公で事件の謎を解くミステリは過去にもあるし、事故か自殺かを見極めるために周囲の人々に聞き取りを続けていく展開は、はっきり言って地味。ベテランと新人とのやり取りは、保険調査員としては珍しいかもしれないが、刑事に置き換えるとよくある設定。ましてや元保険調査員が各保険業界の裏側、となるとお勉強ミステリの風が吹いてくる。お涙ちょうだいの展開は、これもまたよくある設定。
 とまあ、これでもかとばかり書いてみたが、読んでみると結構引き込まれる。新人が書いたとは思えない重厚な描きぶりはなかなかのものだし、人情味あふれる主人公と周りの人たちとのやり取りは、読んでいて心が温かくなってくる。過去に体験したことを脚色しつつ書いたものと思われるが、そういった生々しさはなく、それでいてリアリティにあふれている。派手さは全くないが、読んでいて面白かった。
 意外な拾い物の一冊。満場一致で選ばれたのも頷ける。




斎藤栄『徒然草殺人事件』(徳間文庫)

 横浜の浄水場に水道局員・早島敏男の死体が浮かんだ。早島は以前、公害問題が絡んだ岐阜の水道事業を担当していたため、怨恨による殺人の線が浮上する。が、間もなく新婚だった早島の仲人役を務めた老学者・酒井省三も、三重県・種生で死体となって発見される。酒井は兼好の研究旅行の途中で、その手にオセロの石を握りしめていた。彼を敬愛する鎌倉の郷土誌編集者、石神明子の必死の推理行が始まった……。(粗筋紹介より引用)
 1975年2月、カッパ・ノベルスより書下ろし刊行。1999年10月、徳間文庫化。

 歴史上の新説と現代の殺人事件を絡めた力作(ここの場合、作者が力を入れているという意味合い)を何冊か書いている作者の代表作の一つ。お見合いで結婚して1週間で夫が殺される妻・ひとみの立ち位置が、今と比べると何とも古風。40年以上も経ってから読むと、やはり違和感があるかな。これが乱歩とかだと古すぎて納得してしまうし、清張あたりだと描き方が上手いからそれほど違和感が生じない。人物の書き方がややステロタイプになっていて、描写が不足しているから、違和感という結果になっているような気がする。また、オセロがどういうゲームかを説明するあたりも、今読むと信じられない気分になる。
 トリックの方は、写真のアリバイこそチープだが、電波から撮影位置を探し出すのはちょっと感心した。オセロのダイイング・メッセージは、強引としか言いようがない。犯人の正体も強引さが残るものの、これはまだ許容範囲か。石上が犯人を追いかける理由はかなり弱い。もうちょっと詳しい心理描写が必要である。
 確かに力を入れて書いていることはわかるのだが、時代が経つと古くなるタイプの作品であり、読んでいてもちょっと苦痛。水道事業の公害問題という社会派要素が中途半端にしか入っておらず、公害問題が結果としてどうなったんだろうか、という方が気になって仕方が無かった。吉田兼好が南朝側のスパイだったという説は、むしろもっと掘り下げてほしかった。面白くなる要素が途中で放り出されているところが、今ひとつと感じた原因だろう。




西村京太郎『消えたタンカー』(光文社文庫)

 インド洋上で、原油を満載した50万トン・タンカーが炎上、沈没した。宮本船長以下6名だけは沈没寸前、無事脱出。が、残り26名の生死はもとより、炎上、沈没の原因も不明のまま、捜査は打ち切られた。ところが、宮本船長が朝の散歩中に変死。その死に不信を抱き、背後を探ろうとした十津川警部のもとに、一通の脅迫状が。雄大なスケールで描く海洋ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1975年4月、カッパ・ノベルスより刊行。1985年5月、光文社文庫化。

 トラベルミステリーの第一人者、西村京太郎も、当時は海洋ミステリーを多く書いていた。そして十津川警部は、海洋ミステリーを中心とした謎に立ち向かう第一人者だった。西村京太郎はこの後、『消えた○○○』というタイトルの作品を数冊執筆する。
 インド洋上で50万トン・タンカーが炎上、沈没するという派手な話の後、生き残った船長以下が立て続けに殺されるというショッキングな話。十津川警部が事件の謎を追ううちに、いつしかタンカー消失の謎を追うこととなる。
 西村京太郎らしい派手で大掛かりなトリックを駆使した作品。凄いとは思うのだが、本当にこんな動機が成立するのか、ライフルで連続殺人が可能なのかなど、首をひねるところも満載。それをも強引に押し通す力が、当時の作者にはあったのだろうなと思ってしまう。
 そういえば西村のこのあたりを読んでいないな、と思って手に取ってみたが、確かに作者の力を感じる作品ではあった。ただ同時に、大掛かりすぎる荒唐無稽さが一般受けしそうもない作品だよなという気もした。




白河三兎『プールの底に眠る』(講談社文庫)

 13年前の夏休み最終日、僕は「裏山」でロープを首に巻いた美少女を見つける。自殺を思いとどまった少女は、私の命をあなたに預けると一方的に告げた。それから7日間、ばらばらに存在する人や思いや過去が繋がりはじめた。結末は何処に? 切なさと驚きに満ちた鮮烈デビュー作。第42回メフィスト賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2009年、第42回メフィスト賞受賞。同年12月、講談社ノベルスより刊行。改稿の上、2013年4月、文庫化。

 1995年夏が舞台。高校三年生の主人公は、周囲からは「マザ」、自殺を思いとどまらせた少女「セミ」からは「イルカ」と呼ばれている。物語は主人公の一人称で進むのだが、この主人公による自己陶酔に浸っている感情が鬱陶しい。読んでいてイライラしたのは私だけではないはずだ。
 結局そんな気持ちのまま、最後まで読み進めてしまった。メフィスト賞らしく、一応殺人未遂事件も起きるのだが、はっきり言って本筋ではない。セミとイルカの、真夏の7日間だけの恋愛、だけでよかったんじゃないだろうか。変な要素はいらなかったと思う。
 本作品で面白かったのは、主人公と由利の関係かな。恋愛感情のない、ざっくばらんに(それこそ性関係まで)話せる男女の友人関係というのは、結構憧れるものだ。確かに周囲からは理解され難いだろうが。
 初刊時は過去と現在のパートが交互に書かれていたが、文庫化に関して現在のパートは巻末にまとめて書かれた。交互に書かれたら、余計に物語の内容がわかりにくいものになっただろう。この改稿は正解である。もっとも逆にそのせいで、終わりが冗長になったのも事実。もう少し改稿して、一部の内容を削ってもよかったのではないだろうか。
 何とも評価しにくい一冊だったが、自分の趣味には合わないことだけはよくわかった。




魔夜峰央『スピリチュアル漫画家!』(PHP研究所)

 『パタリロ!』などでおなじみ、近年は『翔んで埼玉』が評判になった魔夜峰央の自伝的エッセイ。生まれから、漫画家デビュー前、デビュー後、『パタリロ!』ヒット、低迷した「冬の時代」、『翔んで埼玉』復刻、大ヒットまでの作者の裏側には、不思議な力があった?
 魔夜峰央といえば『パタリロ!』に尽きるのだが、ギャグ路線に代わる前の怪奇漫画も味わい深い。そしてこの頃の絵は、非常に緻密かつ繊細で、耽美だった。どうやったらこんな絵を描くことができたのだろうと不思議だった。さらに、こんな怪奇派がなぜギャグ路線に代わったのかも不思議だった。もっとも本書では、その辺はさらっと描かれているだけなのは残念。ただ、作者がいう通り、巡り合せだったということなのだろう。
 作者の絵がどんどん崩れているのが残念なのだが、その理由も本書では書かれている。一つ一つの絵を描くだけでも相当な体力がいるということがわかった。それでも、せめてストーリーに力を入れてほしいなあ。
 作品数が減っているなあ、と思っていたが、作者は本当に苦しかったらしく、若いころ趣味で集めていた宝石を次々に売って生活費に充てていた、というのはかなりショックな話であった(色々なインタビューでも語っているが)。
 昔の作品が一部復刻されているようだが、やはり新作に力を入れてほしい。娘がマネージャーをやっている、とのことなので、まだまだ頑張らないといけないだろう。




柳広司『ダブル・ジョーカー』(角川文庫)

 結城中佐率いる異能のスパイ組織“D機関”の暗躍の陰で、もう一つの諜報組織“風機関”が設立された。その戒律は「躊躇なく殺せ。潔く死ね」。D機関の追い落としを謀る風機関に対し、結城中佐が放った驚愕の一手とは? 表題作「ダブル・ジョーカー」ほか、“魔術師”のコードネームで伝説となったスパイ時代の結城を描く「柩」など5篇に加え、単行本未収録作「眠る男」を特別収録。超話題「ジョーカー・ゲーム」シリーズ第2弾!(粗筋紹介より引用)
 『野性時代』掲載作品に書下ろしを加え、2009年8月、角川書店より単行本刊行。「眠る男」を加え、2012年6月、文庫化。

 風戸哲正陸軍中佐は陸軍参謀本部に独自の諜報員養成所、用法機関を設立すべきと報告書を提出し、陸軍ナンバー2の阿久津泰政陸軍中将の後押しもあって、新たな機関“風機関”を設立する。「天保銭は使えない」と、陸軍大出を否定する結城中佐と対抗するため、陸軍士官学校や憲兵学校の成績優秀者の中から人材を選び出した。そして「死ぬな、殺すな」というD機関の原理原則に対抗し、「殺せ、死ね」と叩き込んだ。風機関は強引な手法で着々と実績を上げてきた。ある日、風戸中佐は阿久津中将より、元英国大使で親英米派の白幡樹一郎が陸軍最高機密であり、陸軍戦略思想及び戦術思想をまとめた『統帥綱領』を盗読した疑いがあると告げられた。風戸は調査を命じられたが、同時にD機関にも同様の情報が流されたことを告げられた。どちらの諜報機関が優秀かを競うことになった風戸は、白幡家の書生である森島邦雄が朝鮮人とのハーフであることを突き止め、内通者に仕立て上げた。「ダブル・ジョーカー」。なるほど、諜報機関が自分の手を離れている状況なら、自分の意のままに従う諜報機関を作ろうとするのは当然のこと。それにしても、あまりにも差がありすぎるのはどうか。「天保銭」をめぐるやりとりは、エリートの間抜け面という点で実に面白かった。
 北支前線の隊付軍医である脇坂衛は、治安維持法違反で逮捕された後肺結核にかかって死亡した兄・格の影響を受け、高校時代から共産主義に傾倒し、モスクワのスパイになっていた。脇坂はモスクワの指示で2年前から前線に来ており、今では隊内の信頼を得ていたが、同時に得た情報をワキサカ式と呼ばれる方法で情報をモスクワに渡していた。しかし1か月前、ベルゼブルと呼ばれ恐れられている人物がD機関を率いてスパイ狩りをやっているので注意せよという忠告を受けた。さらに、慰問団の「わらわし隊」に何らかの関連があること、スパイハンターは「笑わぬ男」の暗号名が用いられることも告げられた。そして今、「わらわし隊」が慰問に訪れていた。「蠅の王」。誰がスパイハンターかを探し当てる話だが、残念ながら推理では見つからない。「ワキサカ式」も聞いてみると危なっかしいもの。もうちょっと優秀な男にしてほしかったな、主人公を。
 中央無線電信所に勤める高林正人は、陸軍から電信係が欲しいという命により、仏印、フランス領インドシナへ出張となった。具体的には陸軍の仏印への視察団の一員に交じり、団長である土屋陸軍少将が描いた通信文を基に暗号電文を作成し、ハノイ中心部にある仏印の郵便電信局で仏印側の施設を使って東京に打電するというものだった。視察団にいた海軍が持っている小型無線機を使わないことを知り、高林は陸軍と海軍の意思疎通の無さを間近で知ることとなった。ハノイへ来て一か月後、高林はダンスホールからの帰り道に襲われ、意識を失った。「仏印作戦」。いくらなんでも相手国の設備で暗号文を打つなんて、素人でもやらないと思うのだが。D機関の関わり方も含め、さすがにネタ切れなのか、と思わせるような出来の悪い作品。
 ベルリン郊外で列車同士が正面衝突し、48人が死亡、120人以上が負傷するという大事故が起きた。たまたまそばにいたヒトラー・ユーゲントが駆けつけて救助に当たるとともに、不審な動きをしていた人物を片っ端から拘束して、国防軍情報部に引き渡した。対外防諜活動担当の情報部第三課課長ヘルマン・ヴォルフ大佐が、一人の男に目を付けた。男が持っていたマッチの軸頭から、存在するはずのないキニーネ成分が検出された。それは、スパイが使う秘密の筆記具だった。その男は、事故で死んだアジア人から盗んだものだと告げる。ヴォルフ大佐は、死んだ日本人、カツヒコ・マキが日本のスパイだとにらんだが、いくら調査してもそのような証拠は出てこなかった。「柩」。回想で結城中佐のスパイ時代が出てくるが、売りはそれだけ。特に面白いところはない。
 仲根晋吾は趣味のバード・ウォッチングを通じ、ロサンゼルス郊外にある大規模石油プラント工場のオーナーであるマイケル・クーパーの娘、メアリーと1年前に結婚した。時にはそのバード・ウォッチングのせいで、日本のスパイと誤解されることもあった。ところが、仲根は本当にスパイ、それもD機関の一員だった。ただし今回の任務は奇妙なもので、外務省の担当官と情報を交換することだった。初めて会った時、仲根は驚いた。相手の担当官・蓮水は、仲根の腹違いの兄だった。しかしどちらも、そんなそぶりは一つもみせなかった。ある日、蓮水は暗号の極秘情報が漏れ、それは仲根が組織したロサンゼルスの日系人協力者網の中にモグラと呼ばれる敵の二重スパイが紛れこんでいるというのだ。「ブラックバード」。意外な結末が待っている作品だが、日本の真珠湾攻撃直前ということもあり、異様な緊迫感が物語を支配している。
 「ロビンソン」の舞台裏を語った掌編「眠る男」。ボーナストラックだが、スリーパーの仕込み方みたいな一編。

 ジョーカーシリーズ第二弾だが、よくぞここまで話が続くものと感心してしまう。特に第1作「ダブル・ジョーカー」は長編にしてもおかしくない設定。逆にこれで退陣してしまう風機関がちょっと残念。ただ残りの作品は、ややネタ切れ感が付きまとっている。もちろんどれもパターンが違っているのだが、ある意味優秀すぎるD機関の連中に、少々ドン引きなところもあり。優秀な忍者がそろっているのに、なぜか敵方の大将は暗殺しようとしない戦国物を見ている違和感と同じと言っていいだろうか。
 そうは言っても、読んでいる分には楽しいし、当時の状勢を調べよくここまで書けるなというものも多い。ただ、「ブラックバード」みたいに違ったパターンの作品も読んでみたいと思う。もう少し幅を広げた方がいいのではないか。



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