岡田秀文『伊藤博文邸の怪事件』(光文社)
大日本帝国憲法発布前夜、明治17年(1884年)の高輪、伊藤博文邸。書生としてその洋館に住み込むことになった杉山潤之助の手記を、偶然古書店で手に入れた小説家の私。そこには伊藤博文邸で起きた怪事件の様子が、ミステリー小説さながらに描かれていた。密室で行われた殺人、庭園に残った不審な足跡、邸のまわりをかぎまわる怪しい新聞屋、伊藤公の書斎から聞こえる物音、そして第二の死体天…相部屋の書生、月輪龍太郎と推理合戦を繰り返し、伊藤公の娘・生子お嬢様とその教育係・津田うめにふりまわされながら潤之助が見た事件の真相とは――。(帯より引用)
2013年10月、書き下ろし刊行。
今まで時代ミステリを書いてきた作者が、明治を舞台とした本格ミステリを書いてきた。舞台は伊藤博文邸で、当然のことながら歴史上の人物も続々登場。まさかの密室殺人で、館ミステリである。
舞台が舞台なので、当時の明治の状況や風景が詳しく書かれている。どうしてもそちらの方に目を捕らわれがちで、肝心の殺人事件の方の謎については今一つ、盛り上がらない。解決を聞かされてもトリックの方はつまらないもので、むしろ動機の方が明治時代らしく面白い。作者は本格ミステリを書きたかったのか、明治という舞台を書きたかったのかは今一つだが、前者だったら残念ながら失敗だったと言えよう。もっと謎にインパクトがあるものが欲しかった。
時代ミステリだとアッと言わせるものを書いているのに、なぜここまでつまらなく終わってしまったか。そこに明治時代を書く難しさがあると思う。奔放さがかき消される時代が、明治時代なのだろう。
原尞『それまでの明日』(早川書房)
11月初旬のある日、渡辺探偵事務所の沢崎のもとを望月皓一と名乗る紳士が訪れた。消費者金融で支店長を務める彼は、融資が内定している赤坂の料亭の女将の身辺調査を依頼し、内々のことなのでけっして会社や自宅へは連絡しないようにと言い残し去っていった。沢崎が調べると女将は六月に癌で亡くなっていた。顔立ちのよく似た妹が跡を継いでいるというが、調査の対象は女将なのか、それとも妹か? しかし、当の依頼人が忽然と姿を消し、いつしか沢崎は金融絡みの事件の渦中に。切れのいい文章と機知にとんだ会話。時代がどれだけ変わろうと、この男だけは変わらない。14年もの歳月を費やして遂に完成した、チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作。(粗筋紹介より引用)
2018年3月、書き下ろし刊行。
『愚か者死すべし』以来14年ぶりとなる新作長編。まさか原尞の新作長編が読めるとは思わなかった。
単なる身辺調査依頼かと思ったら当の人物は既に死んでいるし、そのことを依頼人に伝えようと思ったら銀行強盗に巻き込まれる。しかもその消費者金融の金庫には予想以上のお金が詰まっている。こうして沢崎は事件に巻き込まれていくのだが、テンポが実に快調。はっきり言ってテンポが良すぎ。沢崎歩けば事件に遭遇するし、沢崎待っていれば関係者がやってくる。ここまで順調だと、逆に何らかの罠があるのではないかと思ってしまうぐらいだ。
レギュラー登場人物がほぼ登場、両切りピースは健在。沢崎の行動パターンや会話なども含め、原が今まで作り上げてきた世界観から一歩も外を出ずにすべてが構成されていることがわかる。それが良いことか悪いことかはわからないが、一気読みさせる力も変わっていないのは良いことである。長年待たせているのだから、スタイルを変えない頑固さもまた魅力の一つなのだろう。ただ、これだったらもう少し早く出せたんじゃないかと思ってしまうのも事実だが。ラストで沢崎は東日本大震災に遭遇する。次作は何か新しいことが起こるかもしれない。
はっきり言ってしまうと、読めれば満足、という気持ちが強いことも事実。読者が期待していた世界観が裏切られなかったことに満足していることも事実。まあ、筆力がなかったら、いくら世界観が同じでも退屈して受け付けられない。大絶賛するほどではないけれど、待っていて良かった、といえる読み応えがある作品になっている。
どうでもいいけれど、『愚か者死すべし』の感想がどこにもない。読んでいるはずなのに、感想を書いていないなんて……。この頃、忙しかったからかな。どうせならもう1回読んでみようと思う。いっそのこと、全作読み返してみてもいいかも。
志水辰夫『深夜ふたたび』(徳間文庫)
かつてベトナムの逃亡米兵を国外脱出させた川久保は、極秘依頼を受けた。新型レーダーの機密データを持つ元自衛官を、潜伏先の京都から根室を経て、ソ連に渡してほしいというのだ。警察と謎の一団による追撃を振り切って、一路、北上をつづけた川久保と男だったが、函館到着と同時に、逃亡計画は中止された。なぜだ!?
二転三転する敵と味方。罠と裏切りの荒野に、男の孤絶の闘いがつづく。圧倒の冒険長篇。(粗筋紹介より引用)
1989年5月、徳間書店より単行本刊行。1993年6月、文庫化。
タイトルから内容まで、冒険小説の傑作、ギャビン・ライアル『深夜プラス1』のオマージュ。日本に移植したらこうなりますよ、といった作品である。広いアメリカと、狭い日本を比べるまでもなく、スケールが小さくなるのはわかりきったこと。それでもやはり、今一つ感があるのは拭えない。
逃走ルートを車で走ったことがある人には、色々と思いださせるものがあるのかもしれないけれど、それ以外の人にとっては、あまりリアリティが感じられない。いや、描写が優れているのは分かるのだが、どこか想像上の出来事にしか見えず(いや、想像なんだけど)、それほど緊迫感も伝わってこない。
何も無理してオマージュしなくても、と思わせる一冊。逆に『深夜プラス1』を呼んでいない人の方が、面白がるかもしれない。
早坂吝『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』(講談社ノベルス)
上木らいちは様々な客と援交している高校生で、名探偵でもある。殺人現場に残された12枚の遺体のカラーコピー、密室内で腕を切断され殺された教祖、隣人のストーカーによる盲点をつく手口――数々の難事件を自由奔放に解決するらいち。その驚くべき秘密が明かされる時、本格ミステリはまた新たな扉を開く! さらに過激で、さらに斬新な、傑作誕生!!(粗筋紹介より引用)
2015年2月、書き下ろし刊行。
上木らいちは高級マンション707号室に住む高校生で、援交探偵。洗面所には虹の色一色ずつ揃った歯ブラシがあり、らいちと固定客専用である。
日本有数の大企業の社長である村崎社長の秘書が殺害された。遺体の上半身が裸のままコピー機に載せられ、下半身は机の上に載っていた。そして女性の胸部のカラーコピーが12枚、散らばっていた。村崎のアリバイの証明は、援交相手であるらいち。村崎は月曜日の客だった。「紫は移ろいゆくものの色」。
火曜日の客であり、警視庁捜査一課殺人犯捜査第七係の藍川警部補は、ラブホテルでの殺人事件で捜査中、別の部屋にいたらいちと初めて出会った。「藍は世界中のジーンズを染めている色」。
水曜日の客であり、キャバレーの料理人である青野のところに、らいちからメールが送られてきた。らいちが偶然助けた少女が後日、青色のフードを着た男と一緒に隣県の漁村に行くところを目撃する。少女の母親が少女を探していることを知り、漁村まで行くと、海のパワーを分け与えるという「青の館」があった。中に入ったらいちは、密室での教祖の死に遭遇する。「青は海とマニキュアの色」。
木曜日の客である緑川に、らいちは相談する。覗かれているかもしれない、と。「緑は推理小説御用達の色」。
イケメンの俺は、よくモテる。しかし三年の時に転校してきた上木らいちは、俺に全く見向きもしない。落とそうと思ったおれはらいちに告白するが、らいちは一発五万円と返事した。「黄はお金の匂いの色」。
客がいないのに、橙の歯ブラシは何のために用意されているのか。藍川の質問に、らいちはとても大切な存在のためと答えた。「橙は???の色」。
上木らいちとはいったい何者か。「赤は上木らいち自身の色」。
上木らいちの部屋にある7本の歯ブラシになぞらえた7本の短編。最初は現場状況がエロで事件自体は普通の本格ミステリかと思わせたら、水曜日はとんでもない事件だし、木・金が掌編の短さとなり、土で全く想像せぬ方向に行き、日でとんでもない展開となる。まあ、色々仕掛ける方法はあるものだと感心はしてしまうが、本格ミステリを茶化す方向性があまり感心できない。しかもその効果が今一つというか、読みにくいというのが非常に残念である。
探偵が探偵であるため、性描写があるのは仕方がないが、読者を限定させる方向になっているのは確か。万人向けではない作品だが、トリック等についてはもう少しストレートにしてもいいのではないかと思ってしまう。最後の二編はひねりすぎで、読者を戸惑わせるだけに終わっている。
意欲は買うが、今一つ、といったところか。
蘇部健一『小説X あなたをずっと、さがしてた』(小学館)
奈子は、大学の通学路でいつもすれちがう男性がとても素敵で、ずっと気になっていた。話しかけることもできず日々は過ぎ、いつのまにか彼に逢えなくなってしまう。彼に再会する日を夢見る奈子。だが、親友の葵とともに彼をさがすも、いつもあと一歩のところですれちがってしまう。衝撃の結末が待ち受ける恋愛ミステリー。(粗筋紹介より引用)
小学館文芸サイト・小説丸に掲載。2018年1月、刊行。
「小説X あなたのつけたタイトルが本になる」としてWEBで期間限定全文無料公開し、タイトルを募集した作品。総閲覧数14000人、タイトルには1261本の応募があったという。本書の表紙の帯に「ラスト一行に、命を懸けました!!」と作者の言葉があるとおり、最後の一行で驚愕の結末が待っている。もっとも、最後にイラスト1枚持ってきてオチをつけるなどの手法は蘇部健一の得意技であり、それをあえてラスト1行に集約した、といったところか。中編程度の枚数だが、作者の特質を考えると、長編には向いていないから仕方の無いところ。1時間で読めるとの看板に嘘偽りはない。
ストーリーは、すれ違った相手通しを互いに良いなと思いつつ、結局すれ違ってなかなか先に進めない、という王道の展開。もっとも普通の恋愛譚に見えて、途中からかなり強引であり、特に結末に至ってはかなりの力業である。まあ蘇部健一だからいいかな、というところがあるのも事実。個人的にはその後どうなったかの方に興味があるけれどね。
短編小説「四谷三丁目の幽霊」も男女のすれ違いを書いた短編。こちらはよくあるラブコメ。最初からたくあんやちくわぶを折りたたみ傘と勘違いするというあり得ないエピソードから始まり、冗談のような勘違いが続く。あの名字はさすがにないだろう。まあ、幸せになってねと言うだけのお話。
久しぶりに蘇部健一を読んだ。本屋へ行く回数が激減しているし、行ったとしても近所の小さな本屋が中心で、いわゆる大型書店に入っていないから、人気作家でないとほとんど見かけることがない。残念ながら作者の新刊は、近所の本屋には全然入っていないようだ。今回はたまたま遠方への買い物の帰りに大型書店へ寄ってみて見つけた一冊。WEBを見ると、時給1,000円の牛丼屋で働きながら、執筆活動を続けているとのこと。いろいろ大変だろうが、がんばってほしい。
今野敏『棲月 隠蔽捜査7』(新潮社)
私鉄と銀行のシステムが次々にダウン。不審に思った竜崎はいち早く署員を向かわせるが、警視庁生安部長から横槍が入る。さらに、管内で殺人事件が発生。だが、伊丹から異動の噂があると聞かされた竜崎はこれまでになく動揺していた――。(帯より引用)
『小説新潮』2016年10月号~2017年8月号連載。2018年1月、単行本刊行。
「隠蔽捜査」シリーズ長編第7作。帯にもあるとおり、竜崎伸也、大森署最後の事件である。「!?」と書いているからただの煽りじゃないかと思わせながらも、今回は本当である。本作は言ってしまえば、竜崎のやり方を完全にくみ取った署員が、竜崎とともに難事件に立ち向かう話。私鉄と銀行のシステムがダウンしたからといって、本社が管轄内にあるわけでもないのに署員を派遣させるなんてどれだけ先読みがすごいんだ、とあきれるスタート。警視庁の生安部長から横槍が入るのも当然だろう。まあ、いつものパターン。それから不良少年グループのリーダーだった男がリンチにあって殺される。殺人事件ということで大森署に捜査本部が置かれ、警視庁から伊丹たちが登場。少年事件が絡むので、前作活躍した根岸と毎度お馴染み戸高が活躍。ただ、聞き込みを続けるうちにあっという間に真相に迫ってしまうというのはつまらない。犯行を犯す側も、そして捜査をする側も、こんな都合良く行くわけ無いでしょう。ご都合主義、ここに極まる。シリーズ物だからそれなりに読むことができたが、もしこれが第一作だったら一刀両断されていただろう、というぐらい大雑把なストーリーである。
本作のメインは、異動があるかもと聞いて動揺する竜崎の姿。国家公務員である以上、数年での転勤は当然のこと。原理原則主義ばかりだった人間に感情が交じるようになったかと、竜崎の人間的成長を見てしまった。肝の据わっている妻の冴子や、ポーランドに留学する息子の邦彦も含め、家族も皆次のステージに進もうという姿が楽しめる。こんな堅物な融通の利かない男に、どうしてこんなできた妻や子供がいるのか、不思議で仕方が無い(苦笑)。
本作は新展開へ進むためのステップとなった。ラストシーンが、まさにそれを表しているだろう。今までの作品と比べると面白味に欠けるところはあるものの、次作への溜めと思うことにしよう。個人的なこと言うと、戸高と逢えなくなるのは残念だが。
北重人『汐のなごり』(徳間文庫)
北前船が着き、米相場が開かれていた北の湊。銭と汗の匂いのする町を舞台に、運命に翻弄されながらも、しなやかに生き抜く人々。想い人を待ち続ける元遊女や、敵討ちのため30年間、漂泊した果てに、故郷に戻ってきた絵師、飢餓で逃散以来、行方不明の兄と邂逅する古手問屋、米相場の修羅に生きる男など、心を打つ傑作6篇を収録。(粗筋紹介より引用)
2008年9月、徳間書店より刊行。2009年、第140回直木賞候補。2010年2月、文庫化。
元遊女で、住吉屋与四郎に身請けされ、遺言で譲られた汐浦の女将である志津。ただ一人恋い焦がれた男、吉蔵が自らの船の船頭となり、水潟へ帰ってくる。八年ぶりの文に、志津の心は躍る。「海上神火」。
天明の大飢饉で土地を捨て、山野から町へ彷徨う間に両親は死に、兄とは生き別れ、水潟に辿り着いた辰吉。古着問屋の木津屋に引き取られて目を掛けられ、商才を認めてくれて娘婿となり、名を継いで喜三郎となった。次男に店を引き継ぎ、孫に恵まれた喜三郎。そんなとき、取引先から、海羽山の山伏に、同じ津軽から逃散したものがいると聞かされ、愛に行くと、それは生き別れた兄だった。「海羽山」。
7年前に廻船問屋出羽屋の三男に嫁いだ笙は、1年前、子供を出羽屋に預け夫とともに敦賀に店を構えたが、立ち上げが思わしくなく、そのまま敦賀に残ってしまった。それがようやく帰ってくる。母親で、河岸問屋北嶋屋の隠居である千世は、よく遊びに来る笙の長男弥一を見て、小さいころに亡くなった弟の菊三をいつも思い出す。「木洩陽の雪」。
兄の箕輪与一郎が斬られ、政権争いから敵討ちがなかなか認められないまま脱藩した伝四郎が30年ぶりに酒出藩水潟へ帰ってきた。しかし、敵討ちの當麻桑次郎はすでに殺されていた。町奉行の喜田十太夫の元へ、絵師となった伝四郎が現れる。「歳月の舟」。
湯治場から二か月ぶりに帰ってきた薪炭問屋の大おかみ、お以登は、娘のお勢がいないことを不審がる。お勢の顔には陰があり、塞道も間もないのに人の手配は何も手を付けていなかった。店の者に聞くと、実はお勢は男に狂っていた。心配したお以登は、かつて夫の先代吉右衛門が恋に狂った相手であり、今は尼の妙慶尼に相談に行く。「塞道の神」。
水潟の米会所で建つ米市場で、米の値がどんどん上がっていった。その裏には、米会所を牛耳ろうとする河北屋寅造の目論見があった。砂越屋芳五郎はそんな河北屋に反発するが。「合百の藤次」。
舞台は日本海沿いの北の湊町、水潟。名前から新潟かと思ったが、実は作者が生まれ育った山形県酒田とのこと。寒さの厳しい湊町で生きる男と女の姿を描いた短編6編が収録されている。湊町の描写が素晴らしく、目に浮かぶかのようである。そして繰り広げられる人と人との触れ合い。生きる厳しさと美しさがそこに展開される。
最近追いかけている作者だが、どれを読んでもジンとくるものがある。アッというような展開があるわけでもないが、人が生きるたくましさとしなやかさ、そして美しさがそこにある。どのような寒い場所でも、灯を点せば暖かい。そんな生きる喜びを与えてくれる暖かさがここにある。
個人的に好きなのは「合百の藤次」。米市場で生きる男たちの闘いがさり気なく、そして強かに書かれている。その次は「海羽山」。子を想う親の心を書いた傑作である。
多分これからも、この作者の本を読み続けるだろう。すでに亡くなっていることが、非常に残念である。
汀こるもの『パラダイス・クローズド THANATOS』(講談社文庫)
周囲の人間に不審な死をもたらす「死神体質」の兄・美樹と、発生した事件を解決する「探偵体質」の弟・真樹。変わり者のミステリー作家が孤島に建てた館・水鱗館に向かった二人は、案の定、不可解な密室殺人事件に遭遇する。双子の少年と新米刑事が活躍する人気シリーズの第一作。第37回メフィスト賞受賞。(粗筋紹介より引用)
2007年、第37回メフィスト賞受賞。2008年1月、講談社ノベルスより刊行。2011年2月、文庫化。
メフィスト賞受賞作で、後に続くTHANATOSシリーズの第1作。THANATOSとはギリシア神話に出てくる死を司る神のこと。
登場人物の細かい背景があまり語られないまま物語が進むのには参った。そのくせ、主人公たちのキャラクターが濃くて、アンバランス。どう考えても不要と思われる魚の蘊蓄が長すぎ。ネットスラングの多用はどうでもいい。本格ミステリのセオリーを逆手にとった展開。動機もトリックも無視した解決。作者いったい何をやりたかったんだろう。本格ミステリのお約束を打ち破りたかったのだろうか。今時ノックスの十戒とか出てくる時点で萎えるけれど。まあ、今までにない解決方法という気がするけれど、インパクトに欠けているのは残念。キャラクターに頼りすぎて、迫力のある文章が書けていないせいだろう。
感想をいくつか見てみると、人を選ぶ作品であるということ。そして、二作目以降に繋がる伏線もあるので、二作目以降を読んでから判断してほしいとのこと。悪いけれど、二作目以降を読もうという気力が沸かない。
山村美紗『花の棺』(光文社文庫)
華道・東流の小川麻衣子が毒殺された! 京流の久条麗子とともに、華道界をになうホープだった彼女こそ、名探偵・キャサリンが華道を習うはずの人であった。真相を探るうち第2の殺人が……。巨大な女の帝国の、裏面に渦巻く、醜さ、欲望、そして殺意! 舞台は京都。大胆なトリックが冴えわたる、傑作推理小説。(粗筋紹介より引用)
1975年9月、光文社、カッパ・ノベルスより書き下ろし刊行。1986年11月、光文社文庫化。
後に人気作家となる作者の第二長編であり、作者の代表作ともいえるキャサリンシリーズ第1作である。
アメリカ副大統領の娘であるキャサリンが、後に恋人となる浜口一郎とともに、華道の舞台における権力争いにまつわる連続殺人事件に挑む。トリックの女王と呼ばれる作者らしく、二番目の殺人は茶室における密室殺人事件である。事件の真相はなかなか凝ったものであり、読みごたえがある。とはいえ、副大統領令嬢という地位の高さを使った安易な立ち回りがあったのはちょっと残念。ある意味、都合よすぎる部分がある。それに、メロドラマっぽい仕上がりが見られるのは、女性作家ならではかもしれない。別に悪いわけではないのだが。
後にシリーズ化されて味は薄まってしまうものの、本作はまだまだ一作ごとに力を入れていた時期であり、この魅力的な名探偵を生み出したことと相まって、作者の代表作に相応しい仕上がりである。舞台となっている京都の描写も悪くない。多作家だからといってミステリファンからは毛嫌いされている感があるものの、初期の頃には力作も多く、読まないのは勿体ない。
斎藤栄『方丈記殺人事件』(光文社文庫)
『方丈記』は、鴨長明が将軍・実朝に当てた密書だった!?――横浜郊南大の宇賀神助教授は、『方丈記』の謎について触れた一通の手紙を残して失踪する。一方、常楽寺三重塔内の密室でサラ金の女社長が、他殺体で発見される。まさに“方丈”(四畳半)での殺人! 二つの事件の関係は……? 「歴史の謎」シリーズ、堂々の第三弾!(粗筋紹介より引用)
1979年8月、カッパ・ノベルスより書き下ろし刊行。1986年6月、光文社文庫化。
『奥の細道殺人事件』『徒然草殺人事件』に続く歴史の謎シリーズ第三弾。「歴史の謎」と謳っており、古典作品の裏に隠された真実と現代に起きた殺人事件を融合させたシリーズである。ただ、「裏に隠された真実」については、世間でよく広まっている説を取り上げているだけであり、実際に立証しているわけではない。メインはあくまで、現代の殺人事件の方である。
本書も『徒然草』に隠された暗号を解く展開があるものの、現代の殺人事件とかかわりがあるわけではない点が辛い。歴史の謎が小説への色付け程度の飾り付けにしかなっていない点が残念。現代の殺人事件の方は密室殺人だが、こちらの方はあまりにも大掛かりで、面白みに欠ける。結末のサプライズはあるものの、その点は警察だったら最初に調べるんじゃないかと疑問に思った。
力は入っているものの、肩透かしに終わった感が強い作品。もっとも斎藤栄の代表作の一つだよな、これ。
B・M・ギル『十二人目の陪審員』(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)
人気TVキャスターのエドワード・カーンが妻殺しの容疑で告発された。彼は強く犯行を否定したものの、数々の不利な情況証拠を前に、なぜかいっさいの証言を拒否していた。その心中にあるものとは? そして、彼を裁く立場に立った陪審員たちの揺れ動く心が下した評決とは……英国推理作家協会賞ゴールド・ダガーを受賞した緊迫感溢れる法延ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)
1984年発表。1985年、英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞。1985年12月、邦訳単行本刊行。1991年4月、文庫化。
英国の女流作家、B・M・ギルの法廷もの。法廷ものは嫌いではないので、結構期待して読んだのだが、ちょっと当てが外れた。
主役は被告のエドワード・カーン……ではなく、陪審員の一人、ロバート・クイン。元ザ・タイムズの記者で、今は失職中。4人の旅回り芸人に部屋を貸しているが、彼らが酔いつぶれた女性を介抱しようと連れてきたところ、それがカーンの娘、フランシス。フランシスは頑なに証言を拒否し、法廷に出ようとしない。
察しのいい人なら、ある程度予測できるだろう。なぜフランシスが証言を拒否しているのか。エドワードがなぜ証言を拒否しているのか。まあ、さすがに結末は予想できなかったが。
法廷を舞台にしているし、陪審員が議論を繰り広げるから法廷ミステリといっても不思議ではないけれど、結局は脇に置かれてしまっているのが不満。そもそも、こんな熱弁で、こんな結末を迎えるのか。うーん、陪審制度はやはり怖い。
法廷ミステリならではの緊迫感もないし、検事や弁護士が脇に置かれているのも不満。うーん、今一つだった。
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