森雅裕『いつまでも折にふれて・さらば6弦の天使‐いつまでも折にふれて2』(ワニの本―森雅裕幻コレクション4)

 クリスタル細工のような瞳を持つボーカリスト錺泉深(かざり いずみ)のミステリアスな魅力で人気のロックバンド、HERGA(ヘルガ)。ニュー・アルバムの録音中、作曲家は不慮の死を遂げた。はたしてその死は転調していく運命のイントロなのか――。
 私家本ながら絶賛の『いつまでも折にふれて』、書き下ろし姉妹編『さらば6弦の天使』を併録。(粗筋紹介より引用)
 1994年に執筆され、1995年7月、私家本としてスターポスト音楽出版より出版。書下ろし続編を加え、1999年6月、発売。

 不遇のミステリ作家、森雅裕の長編作品。デビューの頃から巡り合せが悪すぎたのは有名だが、これほどの作品を私家本としてしか出版できなかったとは、あまりにも不遇すぎる。
 登場人物や舞台の造形がZARDなのは一目瞭然。もしかしたらそこらへんが日の目を見なかった理由かもしれないけれど。
 『いつまでも折にふれて』は、徹底的にマスコミへの露出を避け、ライブすら行わなかったHERGAがついに初のライブを行うのだが、作・編曲家が亡くなり、事故なのか殺人なのか疑心暗鬼になる話。『さらば6弦の天使』は伝説のライブから4年後、悉く相手を打ち負かしてきたバンド4 REALが対バンを申し出て、さらに事件が起きて脅迫状が続き、ついに承諾して再結成されるHERGAの話。4 REALはともかく、プロデューサも誰かを思い出すような設定。
 後味が悪いのに、予定調和な世界がなんとも物哀しいトーンを奏でている。演奏が始まると、指揮者の奏でるタクトどおりに弾かなければならない楽器演奏者のように。わかっていながらも運命に導かれ、そして堕ちていく登場人物たち。それでも輝きを失わないのが、選ばれた者の宿命か。
 殺人事件が起きながらも、事件の真相よりHERGAがどうなるのか、錺泉深はどこへ行くのかがとても気になってしまう。その時点ですでにモデル以上の魅力を持ってしまい、そして囚われてしまったことに気づいてしまった。
 先にも書いたが、これだけ書ける作家がどうして干されてしまうのか。それについては『推理小説常習犯』に詳しいのだが、そろそろ表舞台で再評価されないものだろうか。そんなことを言いながら、新刊で買って今頃読んでいる自分もどうかと思うが。




ポール・アルテ『死が招く』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 内側から錠がかかった密室状態の書斎で、ミステリ作家が煮えたぎる鍋に顔と両手を突っ込み銃を握りしめて死んでいた。傍らの料理は湯気が立っているのに、何故か遺体は死後二十四時間以上が経過していた! しかも、この現場の状況は、作家が構想中の小説『死が招く』の設定とそっくり同じだった……。エキセントリックな作家、追い詰められた夫人、奇術師、薄気味悪い娘、双子の兄弟、屍衣を纏った謎の老人――曰くありげな人物たちが織り成す奇怪な殺人ドラマ。犯罪学者アラン・ツイスト博士が快刀乱麻を断つ本格探偵小説! シリーズ第二作。(粗筋紹介より引用)
 1988年、発表。2003年6月、邦訳刊行。

 フランスのディクスン・カーことポール・アルテのツイスト博士シリーズ第二作。新刊で買いながら、今まで放っておいた一冊。なんで手に取らなかったのか、記憶がない。
 ミステリ作家が構想中の作品通りに密室で殺害されるという、本格ミステリファンならドキドキする展開。確かに冒頭はドキドキしたのだが、正直言ってごちゃごちゃしていて、細かい部分が頭に入ってこない。これだけの設定ならもっとページを費やしてもいいだろうに、あまりにも薄すぎて仕掛けが見えやすい。特に犯人の行動、怪しすぎ。これだけやって怪しまれない方がおかしい。謎解きも仕掛けのわりに今一つで、本当に実行可能なのと聞きたくなる部分もある。
 それでも読んでいて楽しめたので、雰囲気作りとプロットは非常に巧いなあと感心した次第。




小酒井不木『犯罪文学研究』(国書刊行会 クライム・ブックス)

 江戸時代にも推理と観察によって難事件に挑んだ名探偵たちがいた。西鶴「桜陰比事」をはじめとする、「鎌倉比事」「藤陰比事」などの裁判物、北条団水の詐欺騙盗譚 「昼夜用心記」、名判官の推理が冴える馬琴「青砥藤綱模稜案」など、探偵小説の先駆ともいえる犯罪・推理を主題とした作品を紹介、さらに秋成、了意の怪異小説、近松とシェークスピアにおける殺人比較論、黙阿弥の悪人像考察まで、古今の文献をひもとき、古典・科学・民俗学のペダントリーをおりまぜながら、日本犯罪文学の系譜を辿った名著「犯罪文学研究」に、「探偵小説管見」「江戸川氏と私」他の探偵小説エッセイ、『マクベス』に登場する魔女の鍋の中身を考証した「妖婆の鍋」、西欧近世で猛威を奮ったペストの恐怖を綴った歴史奇譚などを収録。驚くべき博識と抜群の面白さで、探偵小説の鬼たちを魅了した不木随筆のエッセンスを集大成。(粗筋紹介より引用)
 1991年9月、刊行。

【目次】
 犯罪文学研究
 犯罪者のジェーキール・ハイド性
 モリアーチー教授
 探偵の元祖ヴィドック
 科学的研究と探偵小説
 探偵小説管見
 探偵小説の将来
 江戸川氏と私
 妖婆の鍋
 怪物の出産
 「ペスト」小史
 デ・フォーの「倫敦疫病日誌」
 エーンズウォースの「旧セント・ポールス寺院」
 サムエル・ピープスの日誌その他
 小酒井不木-横断する知性 長山靖生

 「犯罪文学研究」は、『新青年』大正14年6月号~15年9月号に連載された随筆。江戸時代の裁判小説集ともいえる『本朝桜陰比事』『鎌倉比事』『本朝藤陰比事』をはじめとして様々な文学作品を紹介し、探偵小説の視点から作品の魅力に迫る。日本人は裁判物が好きらしく、いや、日本人に限らないのかな……、とにかくさまざまな裁判小説があるのは事実。犯罪物が好きなのか、勧善懲悪ものが好きなのかはわからないが、裁判機構がある程度確立された江戸時代には数多くの作品がある。そんな作品をひとつひとつ分析しながらその魅力に迫るというのは、今でもほんとどない研究テーマではないだろうか。『御伽草子』や『雨月物語』といった怪談物も触れられているし、シェイクスピアなどにもあたっているところがすごい。最後の方が尻切れトンボに終わっており、研究の結末らしきものがないのは非常に残念なことであるが、古来から人は謎解きや犯罪物が好きなんだということがわかる研究書、いや随筆集である。
 ほかにも犯罪文学を取り上げた随筆、エッセイなどを収録。医学的な知識が今とは異なる部分があるとはいえ、犯罪文学としての取り上げ方は秀逸。思わず原文にもあたってしまいたくなる一冊である。
 『殺人論』は今一つだったが、これは傑作。もっといろいろな随筆があるのならまとめて欲しい。




津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』(原書房 ミステリー・リーグ)

 「そうだ、検視の結果なんだけど」と姉(警察官)は言い、「いい。聞きたくない。いま食べてるし」と私(女高生)はかえすのだが、「じゃあ聞かないで。勝手に喋るから」そうして事件に巻き込まれ(押しつけられ)てゆく私たち。どうして殺人を犯した直後に被害者の残したピザなんかを食べていったのだろうか、どうして血文字のダイイング・メッセージ(らしい)はわざわざ鏡文字になっていたのか、そしてどうして死体から腕だけを無理して盗んだのか―。才人津原泰水が本格ミステリーの粋を凝らした傑作。(粗筋紹介より引用)
 津原やすみ名義で出版した『うふふ ルピナス探偵団』(講談社X文庫ティーンズハート,1994)、『ようこそ雪の館へ』(講談社X文庫ティーンズハート,1995)をそれぞれ「第一話 冷えたピザはいかが」「第二話 ようこそ雪の館へ」に改稿。さらに「第三話 大女優の右手」を書き下ろし、2004年3月刊行。

 私立ルピナス学園高等部の吾魚彩子、桐江泉、京野摩耶、祀島龍彦の4人が、彩子の10歳年上の姉である吾魚不二子やその後輩でキャリアの庚午宗一郎警部補が持ちこんだ事件を解くシリーズ。
 元々は講談社X文庫というジュニア小説なのだが、読んでみて全然そうとは思えない内容。こいつら、本当に高校生か、というぐらい高校生らしさが希薄。そもそも人物像が全然浮かんでこない。主人公の吾魚彩子は祀島龍彦にベタ惚れという設定だが、どこに惚れたんだかさっぱりわからない。これで当時の中高生は受け容れてくれたんだろうか。それともイラストが付いていたはずだから、問題なかったのかな。だったらイラストも復活してほしかったところだが。それと傲慢な姉の性格、もう少しどうにかならなかったのか。
 事件の謎解きは結構難しい、というか、龍彦がわざとと思うくらい小難しく語っており、もっと簡潔に話せないのかよ、と言いたくなったぐらい。本格ミステリファンの興味を惹きやすい題材なのに、何とももったいない。
 結局イライラしながら読み終えました。肌が合わなかったとしか言いようがない。




E・C・R・ロラック『ジョン・ブラウンの死体』(国書刊行会 世界探偵小説全集18)

 ある冬の夜、人気のない崖地で野宿していた浮浪者ジョン・ブラウンは、大きな袋を運ぶ怪しい男に出会った。そして翌朝、120マイル離れた街道で、重傷を負い、意識を失ったブラウンが発見された。瀕死の浮浪者の遺した奇妙な話に興味を持ったマクドナルド主任警部が、休暇を利用して調査に乗り出すや、事件はたちまち複雑な様相を見せ始めた。作家の失踪、事故に見せかけた殺人未遂、袋詰めの死体……イングランド西部の荒涼たる自然を背景に展開される奇怪な事件。英国ミステリの醍醐味を満喫させる本格派の巨匠ロラックの代表作。(粗筋紹介より引用)
 1938年発表。1997年2月、邦訳刊行。

 作者はイギリスの女流作家で、英国本格ミステリを代表する巨匠のひとり。70冊以上の長編を発表し、デビュー作から登場するロバート・マクドナルド警部がほとんどの作品で探偵役を務めている。読むのは初めて。
 田舎で事件が起きて休暇中の警部が謎を解くというのは英国本格ミステリのパターンの一つ。冒頭の奇妙な話は興味深いものの、その後の地元の人への捜査は何とも緩いというか、のんびりしているというか。この英国風がどうも苦手なのだが、我慢して読み進めると、盗作疑惑を絡めるとある程度予想できたとは言え、なるほどと思われる本格ミステリを楽しむことができた。情景描写に定評があるというのは納得。これで邦訳がほとんどなかったのは不思議。
 なお"John Brown's Body"はアメリカ南北戦争当時の愛唱歌。John Brownは実在の人物で、アメリカの奴隷廃止運動家である。後にこのメロディに別の詩が付けられ、「リパブリック賛歌」として有名となる。それにジョン・ブラウンという登場人物も掛けている。巧いタイトルの付け方だ。



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