若竹七海『静かな炎天』(文春文庫)

 ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。 (粗筋紹介より引用)
 バスとダンプカーの衝突事故を目撃した晶は、事故で死んだ女性の母から娘のバッグがなくなっているという相談を受ける。晶は現場から立ち去った女の存在を思い出す……「青い影 7月」
 かつて息子をひき逃げで重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。晶に持ち込まれる依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く……「静かな炎天 8月」
 35年前、熱海で行方不明になった作家・設楽創。その失踪の謎を特集したいという編集者から依頼を受けた晶は失踪直前の日記に頻繁に登場する5人の名前を渡される。……「熱海ブライトン・ロック 9月」
 元同僚の村木から突然電話がかかってきた。星野という女性について調べろという。星野は殺されており、容疑者と目される男が村木の入院する病院にたてこもっていた。……「副島さんは言っている 10月」
 ハードボイルド作家・角田港大の戸籍抄本を使っていた男がアパートの火事で死んだ。いったいこの男は何者なのか?……「血の凶作 11月」
 クリスマスイブのオークション・イベントの目玉になる『深夜プラス1』初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日を描く「聖夜プラス1 12月」。(以上、「BOOK」データベースより引用)
 『別冊文藝春秋』2015年に掲載された短編に書き下ろし「血の凶作」と「富山店長のミステリ紹介ふたたび」を含み、2016年8月、文春文庫オリジナルとして発売。

 タフだが不運続きのフリーの探偵、葉村晶シリーズ第四作。とはいえ、これには最初に出てくる『プレゼント』が入っていない勘定になっているんだな。古本屋でバイトをするようになってからは初めて読むけれど、別に前作を読んでいなくても全然問題なく作品世界に入り込める。
 ユーモアに隠されたほろ苦さ、相も変わらずの若竹節。タフさや行動力、シニカルな視点など、海外で流行った女探偵ものとの接点も多いけれど、自身の恋愛ネタが一切ないのは読んでいて逆にほっとする。
 とはいえ、なんとなく読んだら終わり、という感もあるんだよね。葉村という探偵の本領発揮は、短編よりも長編のほうが似合っている気がする。面白かったけれどね。




中川右介『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)

 手塚治虫という革命家が始めた「ストーリーマンガ」は、トキワ荘グループによって拡大し、ひとつの体制として確立した――戦後マンガ史を一行で書けばこういうことになる。こういう歴史の見方を「手塚・トキワ荘史観」というが、全ての「史観」がそうであるように、絶対的に正しいわけがない。手塚・トキワ荘史観に対しても批判がある。それは手塚の神格化に対する批判でもある。そういう批判や反論があることっ分かったうえで、この本は、あえて手塚・トキワ荘神話を再構築する。(帯より引用)
 東京都豊島区椎名町にあった木造二階建てのアパート、トキワ荘。1950年代、ここに住んだ手塚治虫の後を追うように、藤子不二雄A、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫らが居住したことで、このアパートはマンガ史に残る「聖地」となった。戦後、日本のマンガ雑誌が、月刊誌から週刊誌へと変貌していく過程で、トキワ荘に集ったマンガ家たちがたどった運命、そして、今もトキワ荘が伝説となって語り継がれるのはなぜか。膨大な資料をもとに、手塚治虫とトキワ荘グループの業績を再構築し、日本マンガ史を解読する「群像評伝」。(「BOOK」データベースより)
 2019年5月、刊行。

 1953年1月に手塚治虫がトキワ荘に入る。12月に寺田ヒロオが、1954年に手塚と入れ替わる形で藤子不二雄A、藤子・F・不二雄が入る。1955年に鈴木伸一が、さらにその部屋に森安なおやが一緒に住む。1956年には石ノ森章太郎、赤塚不二夫が入る。1957年には寺田ヒロオが出る。1958年に短期間で水野英子が、さらによこたとくおも入る。1961年には皆が出る。通い組には初期の永田竹丸、つのだじろうなどがいる。
 もはや伝説となったトキワ荘。『COM』に掲載された漫画を集めた『トキワ荘物語』、石森章太郎『章説・トキワ荘・春』、藤子不二雄『トキワ荘青春日記』、丸山昭『まんがのカンヅメ―手塚治虫とトキワ荘の仲間たち』、梶井純『トキワ荘の時代―寺田ヒロオのまんが道』、伊吹隼人『「トキワ荘」無頼派-漫画家・森安なおや伝』など、トキワ荘に関する著書は数多い。NHK特集『わが青春のトキワ荘~現代マンガ家立志伝~』、アニメ『ぼくらマンガ家 トキワ荘物語』や映画『トキワ荘の青春』もある。藤子不二雄A『まんが道』は著者のライフワークとなり、この作品を読んで漫画家となった者も多い。
 トキワ荘ものはかなり好き。最初はやはり『まんが道』から入り、その後いろいろな本を買うようになった。本書を読んでアッと思ったのは、今までの作品は個人を中心としたものばかりだったこと。こうやってすべての事象を最初から最後まで時系列に並べて書かれたのは、初めてじゃないだろうか。そうか、こういう視点があったのかと感心してしまった。
 こうして読んでみると、上京は寺田が1953年、藤子が1954年、赤塚が1954年、石森が1955年。トキワ荘に入った年でつい考えてしまうから、赤塚や石森はかなり遅いイメージがあったのだが、実際はほとんど同時。勝手な思い込みだけど、こうやって各人のエピソードを並べて読んでみて、初めてその事実に気づいた。
 ほかにも劇画の話、ちばてつやなど他の漫画家などについても触れられている。既知の内容も多いが、数々の資料を基に、個人の記憶にたどらない歴史の記録としてまとめたことは特筆すべきだろう。惜しむべきなのは、「トキワ荘」という舞台を通して、どのような作風の漫画が描かれていったのかについても考察が欲しかったところ。特に寺田ヒロオが求めていた『漫画少年』の漫画と、その世界観から離れていく各人の漫画との乖離を突き詰めてほしかった。寺田ヒロオは、『ドラえもん』など藤子Fの児童漫画も認めていなかったのだろうか。
 トキワ荘を舞台にした一代歴史書として記憶に残る一冊であった。




麻耶雄嵩『さよなら神様』(文藝春秋)

 隣の小学校の先生が殺された。容疑者のひとりが担任の美旗先生と知った俺、桑町淳は、クラスメイトの鈴木太郎に真犯人は誰かと尋ねてみた。殺人犯の名前を小学生に聞くなんてと思うかもしれないが、鈴木の情報は絶対に正しい。鈴木は神様なのだから――(「少年探偵団と神様」)。衝撃的な展開と後味の悪さでミステリ界を震撼させた神様探偵が帰ってきた。他の追随を許さぬ超絶推理の頂点がここに。(「BOOK」データベースより引用)
 「少年探偵団と神様」「アリバイくずし」「ダムからの遠い道」「バレンタイン昔語り」「比土との対決」「さよなら、神様」を収録。
 『オール讀物』『オール推理』等に2010年~2013年掲載。2014年8月、単行本刊行。

 『神様ゲーム』の神様こと鈴木太郎が再登場。どの短編でも冒頭で犯人の名前を言うのだが、強固なアリバイがあったり、犯行が不可能だったり、挙句の果てに聞いたことのない人物だったり。桑町淳は本当にその人物が犯人なのか、試行錯誤する羽目になる。
 なんとも麻耶雄嵩らしいと言っていいのだろうか。普通の本格ミステリを書く気はないのだろう。感想の書きづらい作品だが、これだけひねくりまくった作品も珍しい。所々でおっと言わせる推理もあるのだが、それ以上に結末がねじくれている。後味の悪い結末も多く、とても小学生の思考とは思えないものも多い。それも含めて、「これが麻耶雄嵩だ」と言ってしまえば、それですべてが通用しそうなところが恐ろしいのだが。読んでいて、おもしろかったのも事実だし。何はともあれ、最後にやられました。色々と怖いわ。
 なんとも形容しがたい作品だが、これ以上のパターンを作ることができるのか、聞いてみたいところ。



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