ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』(文春文庫)

 スーパーモデルが選んだ究極のストーカー撃退法、オタク少年の逆襲譚、未亡人と詐欺師の騙しあい、釣り好きのエリートの秘密の釣果、有閑マダム相手の精神分析医の野望など、ディーヴァー度が凝縮されたミステリ16作品。リンカーン・ライムとアメリア・サックスが登場する「クリスマス・プレゼント」は書き下ろし。(粗筋紹介より引用)
「ジョナサンがいない」「ウィークエンダー」「サービス料として」「ビューティフル」「身代わり」「見解」「三角関係」「この世はすべてひとつの舞台」「釣り日和」「ノクターン」「被包含犯罪」「宛名のないカード」「クリスマス・プレゼント」「超越した愛」「パインクリートの未亡人」「ひざまずく兵士」の十六編を収録。
 2003年12月、Simon & Schusterより刊行。2005年12月、邦訳刊行。

 パターンは大体一緒なんだよな。事件が起き、意外な事実が出てきて解決したと見せかけて、最後にもうひとひねりあって読者をあっと言わせる。長編と一緒じゃないか、なんて思ってしまったり。それでも最後まで読んで驚いてしまうのだから、我ながら単純なのか、作者が巧いのか。やっぱり作者が巧いのだろうなあ。むしろ短編のほうが切れ味鋭くないか。いや、長編の迷走ぶりも楽しいけれど。
 「三角関係」の最後は思わず膝をたたいてしまった。「釣り日和」「ひざまずく兵士」はちょっと怖くなったな。「被包含犯罪」は法律のことを知らないけれど、それでも見事などんでん返し。どんでん返しと書いても全然ネタバレにならないのだから、作者はすごい。「パインクリートの未亡人」も駆け引きが見事。ちょっとだけ長い「クリスマス・プレゼント」は本当にプレゼント。ライム武士がさえる一編。
 ディーヴァーは長編作家のイメージが強いけれど、短編もうまいのだなと思った次第。




野村胡堂『櫛の文字 銭形平次ミステリ傑作選』(創元推理文庫)

 神田明神下に住む、凄腕の岡っ引・銭形平次。投げ銭と卓越した推理力を武器にして、子分のガラッ八と共に、江戸で起こる様々な事件に立ち向かっていく! 見せ物小屋にて、水槽で泳ぐ美女ふたりのうちひとりが殺された謎を解く「人魚の死」。暗号が彫られた櫛をきっかけに殺人が起こる「櫛の文字」。評判の良い美人の妾が奉公した材木屋で、店を脅かす事態が発生する「小便組貞女」。世間を騒がす怪盗の意外な正体を暴く「鼬小僧の正体」。383編にも及ぶ捕物帳のスーパーヒーローの活躍譚から、ミステリに特化した傑作17編を収録した決定版。(粗筋紹介より引用)
 「振袖源太」「人肌地蔵」「人魚の死」「平次女難」「花見の仇討」「がらッ八手柄話」「女の足跡」「雪の夜」「槍の折れ」「生き葬い」「櫛の文字」「小便組貞女」「罠に落ちた女」「風呂場の 秘密」「鼬小僧の正体」「三つの菓子」「猫の首環」の17編を収録。2019年1月、刊行。

 私は昭和の人なので、銭形平次といったら大川橋蔵、大川橋蔵といったら銭形平次なのである。とはいえ、再放送で少し見た程度だけど。半七や人形佐七は光文社や春陽文庫で読んでいるが、銭形平次はほとんど読んでいない。捕物帳の傑作選で読んだことがある程度。なんか平次とお静、八五郎によるホームドラマ混じりの人情物のイメージしかなかったけれど、思ったよりトリッキーな作品もあるのだなと思った次第。それ以上に、失敗した(と世間に見せかける)話もあるのだね。「雪の夜」なんか、そのまま雪の密室ものだし。それに銭を投げて犯人を捕まえるイメージしかなかったけれど、実際にはほとんどないというのも驚き(本作品集には三編あるけれど)。藤原宰太郎に騙されたか、これは(苦笑)。それともテレビのイメージが強すぎたか。
 本作品集はあえて“ミステリ傑作選”の名の通り、ミステリを集めたのだろうけれど、他にもミステリっぽい作品はあるのだろうか。ちょっと興味がわいてきたが、さすがに手を出すのはしんどそう。




宮内悠介『盤上の夜』(東京創元社 創元日本SF叢書2)

 相田と由宇は、出会わないほうがいい二人だったのではないか。彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった――若き女流棋士の栄光をつづり、第一回創元SF短編賞で山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全六編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊戯をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋……対局の果てに、人知を超えたものが現出する。二〇一〇年代を牽引する新しい波。(折り返しより引用)
 第1回創元SF短編賞 山田正紀賞受賞作で囲碁を扱った「盤上の夜」、チェッカーを扱った「人間の王」、麻雀を扱った「清められた卓」、チャトランガを扱った「象を飛ばした王子」、将棋を扱った「千年の虚空」、「盤上の夜」の続編となる「原爆の局」の六編を収録。2012年3月、ソフトカバーで刊行。

 5つのボードゲームを扱った短編集。表題作も悪くないが、個人的には「清められた卓」が一番面白かった。歴史から消されたタイトル戦、それは顔ぶれにあった。牌が見えるという若き女教祖、確率統計の天才である9歳の少年、女教祖のかつての婚約者である医者、そして唯一のプロ。なぜ歴史から消されたのか。息詰まる攻防戦と人間模様が面白い。ゲームにまつわるエピソードも面白いが、やはりゲーム展開の面白さも読ませてほしいと思ったのは贅沢だろうか。そしてそれを満たした作品が「清められた卓」だった。まあ、私は将棋ファンで、囲碁やチェッカーはほとんど知らない、というのもあるかもしれないけれど。やはり知っているゲームの作品を読むほうが面白い。
 それにしても、これだけ緊迫した作品を賭ける才能はどうなっているのだろうか。とても面白かった。




東野圭吾『希望の糸』(講談社)

「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。
 閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。(内容紹介より引用)
 2019年7月、書き下ろし刊行。

 加賀恭一郎が出てくるけれど、動くのは従弟の松宮脩平がほとんどなので、番外編になるのかな。
 殺人事件自体は特に捻りがないまま終わってしまうが、その動機、というか背景の方が本筋。それと松宮の過去の話も同時進行で進んでいく。うーん、はっきり言っちゃうと、東野らしいあざとさがここにある。東野がテーマに選ぶ家族とは何か、みたいな部分が前面に出てきてあまり好きになれない。いや、本当に東野が読者を感動させよう、という作り方そのもの。もうね、作りすぎなんだよな。もう少し自然に書けないのだろうかと思ってしまう。
 これ以上はありません。




ロス・トーマス『五百万ドルの迷宮』(ハヤカワ・ミステリアス文庫)

 フィリピン新人民軍の指導者を五百万ドルで買収し、香港へ亡命させろ――テロリズムの専門家ストーリングズのもとに大仕事がまいこんできた。彼は工作を手伝ってもらうため、中国人ウーとそのパートナー、デュラントら、海千山千のプロを極東に集結させる。それぞれの思惑が交錯するなか、五百万ドルをめぐる虚々実々のゲームが開始された! 巨匠の代表作。(粗筋紹介より引用)
 1987年発表。1988年9月、ミステリアス・プレス・ブックスより邦訳単行本刊行。1999年5月、文庫化。

 サスペンス小説の巨匠であるロス・トーマスの後期の作品。『大博打』に続くウー&デュラントシリーズ。
 いわゆるコン・ゲームものだが、登場人物が一癖も二癖もある者ばかりで、虚々実々な駆け引きが楽しい。自称中国皇帝位継承権主張者のアーサー・ケイス・ウー、傭兵のクインシイ・デュラント、詐欺師のモーリス(アサガイ)・オヴァビイ、テロリズム専門家のブース・ストーリングズ、元シークレット・サーヴィスのジョージア・ブルー。よくぞまあこれだけの人物を集めたものだ。
 もっと波乱万丈な展開になるかと思いきや、話は意外と淡々と進む。それでいて読者の目を引き付ける筆のうまさはさすがだ。登場人物たちが醸し出すユーモアは、そのまま作者の余裕を表しているのだろう。
 名人芸、とはこのことなんだろうなあと思う。素直に心地よさを楽しむ一作。




D・M・ディヴァイン『五番目のコード』(創元推理文庫)

 八人がわたしの手にかかって死ぬだろう――スコットランドの地方都市ケンバラで、女性教師が何者かに襲われた。この件を皮切りに連続殺人の恐怖が街を覆う。現場に残された、八つの取っ手(コード)がついた棺の絵のカードは何を意味するのか? 弱者ばかりを標的にしたこの一連の事件を取材する新聞記者ビールドは、複数の犠牲者と関わりを持っていたため警察に疑われながらも、自身の人生とキャリアを立て直すために事件を追う。謎の絞殺魔の恐るべき真意とは。読者を驚きの真相へと導く巧者ディヴァインによる傑作。(粗筋紹介より引用)
 1967年発表。1994年9月、現代教養文庫より邦訳刊行。2011年1月、創元推理文庫より刊行。

 現代教養文庫で『兄の殺人者』とか出たころ、結構評価されていたけれど、出版社が倒産してそれっきりになっていた。久しぶりにディヴァインを読んでみたけれど、結構面白い。
 本作はかつて大手新聞社の記者で小説も書いていたが、今は田舎の新聞記者が主人公。酒浸り、女好きでどことなく破滅的な人物だが、それでいてどことなく母性本能をくすぐるようなところがちょっとうらやましい。それでいて行動力もあり、本作でも(時には尻を叩かれながらも)事件解決に奔走する。
 主人公だけ見るとハードボイルドっぽいが、謎のほうは本格ミステリ。連続殺人犯はだれか。小さな地方都市での人間ドラマを繰り広げながらも、ジェレミー・ビールドの活躍で意外な犯人が捕まり事件は解決する。さらに、ビールドとヘレン・ローズとの大人のロマンスがなんとももどかしい。謎解きとラブロマンスの両方が楽しめる。
 かつて現代教養から出ていた作品は復刻され、未訳だった作品もどんどん訳される。作者も発表してから50年経って、遠く離れた日本で高評価を得ているとは思いもしなかっただろう。




横溝正史『雪割草』(戎光祥出版)

 舞台は、信州諏訪。地元の実力者緒方順造の一人娘有爲子は、旅館鶴屋の一人息子雄司との婚約を突然取り消されてしまう。それは、有爲子が順造の実の娘ではないことが問題とされたためであった。順造は、婚約破棄の怒りから脳出血に倒れ、そのまま還らぬ人となる。出生の秘密を知らされた驚きと順造を喪った悲しみとで呆然とする有爲子であったが、順造の遺した手紙を頼りに、順造の友人賀川俊六を尋ねて上京する。
 東京行きの記者の中で有爲子は、偶然五味美奈子の率いるスキー帰りの一行に遭遇し、その中で一人賀川俊六の息子仁吾の姿を印象に留める。仁吾は、日本画家の大家五味楓香の弟子で将来が有望視されている若手である。
 上京した有爲子は、賀川俊六がすでに亡くなっているのを知り、落胆する。順造の知人恩田勝五郎夫婦を頼った有爲子は、順造が残した財産に目を付けられ、雄司と無理やり引き合わせられそうになる。難を逃れようとして路上に飛び出した有爲子は、自動車にはねられ、病院に運ばれる。やがて意識を回復した有爲子の前にいたのは、あの仁吾であった……。(粗筋紹介より引用)
 『新潟毎日新聞』・『新潟日日新聞』(他紙との統合で紙名変更)1941年6月12日から12月29日まで199回連載。横溝正史の草稿から発見され、調査で掲載紙が判明。2018年3月、単行本刊行。横溝正史の次女で児童文学作家の野本瑠美さんによる特別寄稿「独り言の謎」も収録。

 横溝正史幻の長編。存在さえ知られていなかった。走行発見、単行本刊行はニュースにもなった。亡くなって36年も経つのにニュースになるぐらいだから、やはり横溝正史は偉大な作家である。横溝正史はいろいろな作品を書いているが、まさかこんな家庭小説を書いているとは思わなかった。戦時中で探偵小説が書けず、捕物帳にも一部制限がかかるぐらいの状況下だったので、仕方がなかったとは思う。それでも横溝らしい波乱の展開が散りばめられており、稀代のストーリーテラーらしい面白さがやはりあった。
 戦時下らしい表現、言動があるのは仕方がない。今読むと、あまりにも古い考え方も多いだろう。それでも有爲子を始めとする女性登場人物の力強さが十分伝わってくる。戦時下で男性は出征しているから女性が国内を支えろ、みたいなところはあるのだろうけれど、それを除いても女性の強さという点にスポットを当てているのは、なんとなく横溝らしいと思うのは私だけだろうか。
 話題になったのが、賀川仁吾の容姿が金田一耕助に似ていること。それもまた、横溝研究には興味深い内容だろう。
 横溝異色の作品だが、それでも横溝らしさがうかがえる一冊。なぜ今まで横溝がこの作品に触れなかったのか不思議だが、面白い作品だった。




笠井潔『熾天使の夏』(創元推理文庫)

 学生運動に伴うリンチ事件の首謀者として三年間の刑務所生活を終え、男はひっそりと暮らしていた。ある日彼は、自分が尾行されていることに気づく。待ち伏せてみるとそれは昔の仲間であったのだが……。完璧な自殺それが問題だ――頭蓋の奥で響く小さな呟きを意識しながら、植民地都市へ向かい、飛翔を試みた、かつて革命の時を生きた男は何を思い、何を求めるのか? 矢吹駆の罪と罰を書いた、シリーズ第ゼロ作にして、笠井潔の原点! 幻の処女長編テロリズム小説。(粗筋紹介より引用)
 1999年7月、講談社より単行本刊行。2000年12月、講談社文庫化。2008年9月、創元推理文庫化。

 矢吹駆シリーズ第ゼロ作。1979年に執筆した『夏の凶器』が元になっている。
 はっきり言うが、矢吹駆シリーズを面白いと思ったことはない。そんな私がなぜこの本を買ったのか、まったく記憶にない。一応読んでみたが、はっきり言ってつまらない。肌に合わない。そもそも当時の学生運動というのが、連合赤軍などのせいだと思うが、どうしても独りよがりで幼稚なものにしか見えてこない点でまず偏見を持っているのだと思う。
 そもそもミステリですらないし、だから何、というのが正直なところ。矢吹の思考に、全くついていけない。それだけ。




米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)

 「わたしたちはこれから、新しくオープンしたお店、パティスリー・コギ・アネックス・ルリコに行って新作マカロンを食べます」その店のティー&マカロンセットで注文できるマカロンは三種類。しかし小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っていた。誰がなぜ四つめのマカロンを置いたのか。それ以前に、四種の中で増えたマカロンはどれか。「ぼくが思うに、これは観察力が鍵になる」小鳩君は早速思考を巡らし始める……。心穏やかで無害で易きに流れる、誰にも迷惑をかけない小市民になるべく互恵関係を結んだあの二人が帰ってきました! お待ちかねシリーズ十一年ぶりの新刊、四編収録の作品集登場。(粗筋紹介より引用)
 2016~2019年に『ミステリーズ!』に掲載された「巴里マカロンの謎」「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」に書き下ろし「花府シュークリームの謎」を収録。2020年1月、創元推理文庫より刊行。

 『秋季限定栗きんとん事件』依頼11年ぶりの小市民シリーズ最新作。とはいえ、今回の四作品はいずれも小鳩君と小佐内さんが高校一年生であり、シリーズ番外編と言える。
 二人が抱える重いテーマが出てこない分、ストレートに二人のシリーズを楽しむことはできる。謎自体はいずれも小粒であるし、推理にもそれほど飛躍があるわけではなく、シリーズファンだったら楽しめればいいでしょう、みたいな雰囲気は否めない。もちろん、単独で読んでもわかるような内容にはなっているが。
 とりあえず、出たことを素直に喜べばいいんじゃないかな、これは。作者がシリーズの感覚を取り戻そうとしている作品集でしょう。個人的には、オチがほとんど見えていても笑ってしまった「伯林あげぱんの謎」が好き。




タイガー服部『古今東西プロレスラー伝説』(ベースボール・マガジン社)

 業界キャリア50年を誇り、新日本プロレス、ジャパン・プロレス、全日本プロレスなどメジャー団体の歴史的試合を数多く裁いたレジェンド・レフェリーの著者は、外国人選手を発掘・招聘する渉外担当しても名高い。ハルク・ホーガン、アンドレ・ザ・ジャイアント、ザ・ロード・ウォリアーズ、長州力、オカダ・カズチカ…日本のプロレス界に名を遺した新旧の名外国人選手から交流の深い日本人選手まで。古今東西のプロレスラーたちの知られざる素顔、リング外の仰天エピソードを明かす!(折り返しより引用)
 2013年5月より約4年間、『週刊プロレス』に連載された「タイガー服部のYOUなに聞きたい!?」を2020年2月、単行本化。オカダ・カズチカとの特別対談を収録。

 2020年2月19日の後楽園ホール大会で、惜しまれつつもレフェリーを引退したタイガー服部による、名プロレスラーたちの数々のエピソードを記した一冊。連載当時、聞き取りに近かった内容をそのまままとめてしまっているものだから、前ぺページに出てきただろう、なんて突っ込みたくなるくらい同じ内容が再び出てくるなんてこともあるが、本人の話し方も含めてそれもまた一興なんだろう。
 内容的にも十分面白いのだが、有名レスラーがほとんどで、どうしても他の著書でも似たようなエピソードが見受けられる。それならいっそ、ご本人の人生をそのまま一冊にしてくれた方がいいけれどなあ。当時のフロリダのプロレスとか、馬場と猪木の違いとか、ジャパンやWJ崩壊の裏側なんてところはぜひとも読んでみたい。所々では書かれているんだけど、まだまだ隠されたエピソードはあるはずなんだから。まあ服部本人からしたら、あくまで主役はプロレスラーで、レフェリーは見えなくていい存在だなんて思っているだろうけれど。
 ということで今のうちにもう一冊、まとめてほしいなあ。孫ぐらい年が離れているオカダとの緩い対談は必見です。




海渡英祐『影の座標』(講談社)

 中堅だが技術水準の高い光和化学の平取締役・研究所次長であり、社長関根俊吾の長女光子の婿でもある岸田博が土曜日の夜から行方不明となった。岸田は堅物で酒や女にも興味がない。しかも工業薬品の新製品開発の中心人物あった。関根は調査課の雨宮敏行と社史編纂担当の稲垣に、岸田を探してほしいと依頼する。雨宮は父親が元警視庁の名警部で、自らも高校時代から父親に協力して鋭い推理力を発揮しており、仲間内からはエラリイ・レーンというニックネームが与えられていた。しかし法律の勉強が性に合わず、平凡な会社員になっていた。雨宮の大学時代の同窓で、営業部係長の佐伯達也が関根の次女和子と交際しており、話を聞いた和子が関根に推薦した結果であった。そして雨宮は中高時代の同窓生である稲垣に協力を依頼したのだ。
 調査を進める二人だが、手がかりが少なく難航。社長秘書の北山卓治は、三年前に使い込みで首になった荒木進の存在を思い出す。また関根の元養子で現在は公認会計士の河村久信を訪ねても心当たりがない。しかし岸田の部下である小林幹夫が給料以上の遊びをしていることを突き止め、小林の家を訪ねるも、小林は殺されていた。
 1968年9月、講談社より刊行。

 海渡英祐は1967年に『伯林―一八八八年』で第13回江戸川乱歩賞を受賞しているので、本作は受賞後第一長編になるのかな。
 ワトソン役となった稲垣の視点で物語が進む。昭和40年代でレーンだとのワトソンだのちょっと時代錯誤かなと思いながら読み進めた。最初の事件が殺人ではなく失踪というところがうまい。殺人ではすぐ警察が出てくるので、あえて失踪とすることで素人の人物が捜査に乗り出す点を自然にしている。素人探偵の雨宮自身が「今日では、名探偵なんてものは、存在価値がないんだよ」と言うのも、書かれた時代を考えるとものすごくリアリティがあるし、だからこそ雨宮の立ち位置が絶妙と言える。
 事件の背景はどちらかと言えば当時の社会派推理小説に寄せていながらも、内容は骨のある本格推理小説で、アリバイのない人物、動機のある人物を探していくうちに意外な犯人像が浮かんでくる。謎の出し方が小出しでタイミングが良く、そして一つの事実が発見されると新しい謎が浮かぶという王道の展開で全く飽きが来ない。
 作者にしても乱歩賞後なのでかなり力を入れただろうが、それにふさわしい力作。細部まで考え抜かれており、面白かった。きめ細やかな作品、と言っていいだろう。



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