伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』(河出書房新社)

 19世紀末――かのヴィクター・フランケンシュタインによるクリーチャー創造から約100年、その技術は全欧に拡散し、いまや「屍者」たちは労働用から軍事用まで幅広く活用されていた。英国諜報員ジョン・ワトソンは密命を受け軍医としてボンベイに渡り、アフガニスタン奥地へ向かう。目指すは、「屍者の王国」――日本SF大賞作家×芥川賞作家が挑む渾身の書き下ろしエンタテインメント長編。早逝の天才・伊藤計劃の未完の絶筆が、盟友・円城塔に引き継がれ遂に完成。(BOOKデータサービスより引用)。
 プロローグを書いて早逝した伊藤計劃の遺志を継ぎ、円城塔が書き継いだ書下ろし。2012年8月、単行本刊行。

 本屋に並ぶまで、伊藤計劃という人を知りませんでした。タイトルにひかれて買ってそのままになっていた一冊。
 フランケンシュタインとかワトソンとかよく知っている登場人物が出てきてにやにやしながら読んでいたのだが、途中からだんだん読みづらくなって……。世界観がごちゃごちゃしてだんだん把握できなくなり、途中から何を言いたいのかさっぱりわからなくなったというのが正直なところ。ザ・ワンを追いかけるあたりが特にわからなかったなあ。ストーリーとして理解しようとしても、なぜか頭の中からどんどん抜けていってしまうような。うーん、文体が個人的についていけなかったのかも。
 生と死の理論とか、理解力不測のため把握しきれない。あと、冒険小説の形もありながら、戦う場面が他人事なのもちょっと。肌が合わなかったとしか言いようがない。




マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(創元推理文庫)

 時は一九四三年七月、イタリアの第一二七捕虜収容所では、英国陸軍将校の手で脱走用のトンネルがひそかに掘り進められていた。ところが貫通まで六週間ほどとなった朝、その天井の一部が落ちてスパイ疑惑の渦中にあった捕虜の死骸が土砂の下から発見される。入口を開閉するには四人がかりの作業が必要、どうやって侵入したのか理解不能だった。ともあれ脱走手段を秘匿すべく、別のトンネルに遺体を移し、崩落事故を偽装する案が実行されるが……。第二次世界大戦下、連合軍の侵攻が迫るイタリア。捕虜による探偵活動、そして大脱走劇の行方は? 二重三重の趣向を鏤めて英国の雄が贈る、スリル溢れるユニークな謎解き小説!(粗筋紹介より引用)
 1952年、イギリスで発表。2003年5月、邦訳刊行。

 序盤の出だしは侵入不可能な場所での死体という不可能事件なのだが、途中からどうやってよりもだれが、なぜ、の部分のほうに重点が置かれ、さらに収容所からの脱走と敵国スパイが誰かという大きなテーマが重なってくるから、どこに主眼を置くのだろうと思いながら読んでいた。意外とすっきりした仕上がりだし、よくぞこれだけのテーマをまとめたなと感心。ただ、最初の事件の真相はかなりがっくり来たけれど。逃走劇というサスペンスと本格ミステリが融合した部分は面白かったけれど、逃走劇のところはもう少しページがあってもなんて思ったりもした。
 こういう作品が50年以上訳されていなかったのだな、と思うと不思議な感じ。




D・M・ディヴァイン『ウォリス家の殺人』(創元推理文庫)

 歴史学者モーリスは、幼馴染の人気作家ジョフリーに招待されて、彼の邸宅(ガーストン館)に滞在することになった。実際は彼の妻ジュリアから、夫の様子がおかしいと訴えられての来訪だった。ジョフリーは兄ライオネルから半年にわたって脅迫を受けて悩んでおり、また、時を同じくして進む日記の出版計画が、館の複雑な人間関係にさらなる緊張をもたらしていた。そしてある晩、ジョフリーは行方不明になり、ライオネルもまた姿を消した。才能と頭脳、行動力全般に秀でたジョフリーに対して、少年時代から複雑な思いを抱くモーリスが見出した彼の意外な秘密とは。パズラーの好手がいかんなく腕を振るう、英国探偵小説の王道。(粗筋紹介より引用)
 1981年、英国で発表。2008年8月、邦訳刊行。

 ディヴァインを色々読もうと思って、買ったままになっていた本を取り出す。本作はディヴァインの最後の長編で、出版される前年に亡くなっている。
 田舎町の屋敷で繰り広げられる人間模様。英国本格らしいユーモアがまったくなく、ドロドロした人間関係はむしろ日本の作品に近い印象を与える。殺人事件の展開があまりにもゆっくりとしているのは、英国らしいと言えるか。スコットランドヤードのカズウェル警視の言動があまりにもちんたらしているので、読んでいて鬱陶しい。わかっているのなら少しは対策しろよと言いたくなる。
 被害者を取り巻くどろどろの人間模様が明らかになり、さらに探偵役のモーリス自身も巻き込まれ、犯人が誰だかわからないまま終盤の事件をきっかけに謎が解き明かされる。大したトリックがあるわけでもないが伏線の張り方が巧く、最後に解き明かされる解決にはちょっと驚いてしまった。ただ、犯人の明かし方をこういう形にしなくてもという気がしなくもないが。
 読みごたえはある作品。確かに面白い。ただ、本格ミステリとして読むと謎が少なく、ちょっと物足りなさがあるかも。




小暮俊作『帰らざる日々』(幻冬舎)

 元ヤクザの道上謙介は九年間の服役後、出所し、いまは足を洗って、町工場で平凡だが幸福な毎日を送っていた。ある日かつて属していた組織の組長・畑中が襲撃され、謙介は妙な胸騒ぎを覚える。襲ったのは、昔の恋人・麗子ではないのか――。悪い予感は当たり、同時に麗子が余命幾許もない身体であることを知る。組織のアジトに監禁され、凌辱の限りを尽くされる麗子をすぐに救い出さねばならない。そこには当然、「死」以外の選択肢はない。が、麗子との「約束」を守るため謙介は単身、乗り込んだ――。幻冬舎アウトロー大賞小説、初受賞! 短くも美しく燃え尽きるアウトローたちの世界を、スピード感あふれる筆致で活写した衝撃のデビュー作。(BOOKデータサービスより引用)
 2005年、第3回幻冬舎アウトロー大賞(小説部門)受賞。応募時タイトル「契り」。応募時名義樹真理。2005年12月、単行本刊行。

 はっきり書きます。聞いたことがない賞でした。調べてみると、9回までやっています。受賞者のラインナップを見ても、知らない人ばかり。巻末の募集要項を見ると、ノンフィクション・ドキュメンタリー部門、小説部門、漫画部門の3つがあるが、漫画部門はだれも受賞していない。締め切りを見たら、毎月末ってなっているし、作者紹介を見ても“第3回”って書いていない。どこまで本気だったんだろう。
 小説部門初めての受賞とあるが、どこがよかったのかはさっぱりわからない。道上謙介は侠進会黒崎組組員だったが、10年前に黒崎組長を襲撃された仕返しとして若頭畑中の命を受け、河北一家の頭目を拳銃で殺害し、懲役12年の刑を受けた。しかしこの抗争は、畑中と、河北一家の若頭が仕組んだものだった。当時17歳で謙介の恋人でもあった麗子は、畑中に財産を奪われ、水商売に流れる。9年で仮出所した謙介は偶然の出来事から町工場で働いていたが、黒崎の墓参りで麗子と再会。その時はそのまま別れたが、麗子は癌に侵され余命半年の命だった。麗子は拳銃で畑中の命を取ろうとしたが失敗。捕らわれ、畑中の子飼いである色事師二人に凌辱される。謙介はかつての約束を思い出し、助けに向かう。
 なんとまあ古臭い筋立て。あまりにも古臭い任侠精神。25歳で直系組長って、どんな冗談。新しいところは何一つなし。無駄に長い凌辱シーンは読んでいて不愉快なだけ。少しぐらい、目新しいアイディアは入れられなかったのだろうか。これで文章に力があればまだ読める作品になっていたのだろうが、描写不足・説明不足が目立ち、いいところがない。最後の襲撃シーンなんて、あまりにも雑すぎる展開。仮にも組長でしょう、あなた。
 誉めるところなし。よくぞ出版したものだと言いたいぐらい。作者は会社員、飲食店従業員、コピーライターを経て、応募時はバーテンダー。本作受賞後の執筆は見られない。



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