アントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』(国書刊行会 世界探偵小説全集31)
小説家ロナルド・ストラットンの屋敷で開かれた参加者が史上有名な殺人者か犠牲者に扮装する趣向のパーティの席上、ヒステリックな言動で周囲の顰蹙をかっていた女性に、ロジャー・シェリンガムは興味を抱いた。常に自分が注目を集めていないと気がすまないロナルドの義妹イーナ・ストラットンは、どうやらみんなの嫌われ者らしい。やがて夜を徹したパーティも終りに近づいた頃、余興として屋上に建てられた絞首台にぶら下がったイーナの死体が発見される。『第二の銃声』『殺意』『犯行以前』など、傑作が集中するバークリー/アイルズ中期の代表作。(粗筋紹介より引用)
1933年発表。2001年7月、邦訳刊行。
ロジャー・シェリンガム9作目の長編。アンチ・ミステリの大家ともいえるバークリーらしい作品である。ちなみに“ジャンピング・ジェニイ”とは、R.L.スティーブンスンの歴史小説『カトリアナ』で縛り首の死体をジャンピング・ジャック(手足や胴についている紐を引っ張ると飛んだり跳ねたりする人形)と呼んでいたことにちなみ、女性なのでジェニイと呼んでいる。
殺人者や犠牲者に扮する仮装パーティーで、嫌われ者の女性イーナが本当に首吊り死体となって発見されるという展開だが、そこに至るまでがちと長い。これでもかとばかりにイーナの悪いところが出てきて、殺されても仕方がないよな、と言わんばかりの内容である。ある意味ここまで露骨に描くのも、多分作者の計算何だろう。そして何はなくとも言いたいのが、ロジャー・シェリンガムの迷走ぶり。三人称視点だが、ほぼロジャーの視点で物語は進み、実際の首吊り死体を目の当たりにして右往左往する姿は、冒頭のロジャー・シェリンガムの紹介文も合わせ、ここまで書いていいのか、と言いたくなるぐらいである。まあ、このドタバタぶりが作者の意図する部分だから当然と言えば当然なんだが、一応シリーズ主人公なのになあとため息をつきたくなってくる。
このドタバタぶりはあまり楽しめなかったな、というのが本音。まあ、やりすぎ、というか、仕掛け過ぎ、というか。ひねくれている作品、嫌いじゃないはずなんだけどな。
ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死』上下(創元推理文庫)
ニューヨーク州、1830年10月。引退した名警官ガス・ランダーは、ウエストポイント陸軍士官学校のセアー校長に呼び出される。同校の士官候補生がひとり、首を吊って死んだのだが、その遺体が何者かによって動かされ、心臓がくり抜かれていたというのだ。この事件を内々に処理したい学校から依頼を受けたランダーは、捜査の過程でひとりの年若い協力者を得る。彼は軍人の卵らしからぬ、青白い顔の夢想家で、名前をエドガー・アラン・ポオといった――青年時代の文豪ポオを探偵役に迎え、優れた時代描写と詩情に溢れた歴史ミステリの傑作登場。(上巻粗筋紹介より引用)
才気煥発な若き日のポオを協力者に、士官学校候補生の遺体損傷事件を調べる元辣腕警官のランダー。だが、そんな彼らを嘲弄するかのように、第二の死体が発見される。今度は明らかな他殺体として……。そのうえ、内偵先のマークウィス家の令嬢リーへの愛に全霊を捧げるポオとランダーの関係にも、暗雲が立ちこめてきていた。内なる孤独を抱えて生きるふたりの男が、陸軍士官学校を震撼させた殺人事件の捜査の果てに見出した、哀しき真実の姿とは――。19世紀のアメリカを舞台に、詩と、妖美なるものへの憧れに彩られた、圧巻の歴史ミステリ大作。(下巻粗筋紹介より引用)
2006年、発表。作者の第4長編。2010年7月、邦訳刊行。
作者は本作品でベストセラー作家になったとのこと。前作は、『クリスマス・キャロル』の登場人物ティモシー・クラチットを主人公にした歴史ミステリ、次作もヴィドックが主人公の歴史ミステリである。
ポオがウエストポイント陸軍士官学校に入ったのは史実であり、セアー校長も実在の人物である。内々に捜査を依頼する理由は、1826年に「エッグノッグの乱」と呼ばれる暴動事件が起きて、約20人が除籍処分となる不祥事があったためとのことである。
ランダーの手記によって物語が進み、所々でポオの報告書が挟まれる。ちなみにこの報告書、ポオの文体を真似ているらしいが、正直言って分からない。ただ、所々でポオの詩は出てくるし、ポオの作品を思い起こすようなエピソードも出てきて、読者の心をくすぐる仕掛けが巧い。
最初の手記は「ガス・ランダーの遺書」。ちょっとわかりやすい仕掛けがあるんじゃない、と思ってしまうが、さすがにそこまで甘くはなかったか。中盤ちょっと中だるみしているとは思ったが、それでも心臓がくり抜かれるというショッキングなスタートから、殺人事件、そして甘美な世界や驚きな展開が待ち構えていて面白い。歴史ミステリにしては展開が派手で、読みやすい。
ポオが出てくる時点でもっと薄暗い展開があるかと思ったが、ポオ自身が意外と活動的。傑作でした、ハイ。
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