辻真先『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』(創元推理文庫)

 昭和12年(1937年)5月、銀座で似顔絵描きをしながら漫画家になる夢を追いかける那珂一兵のもとを、帝国新報(のちの夕刊サン)の女性記者が訪ねてくる。開催中の名古屋汎太平洋平和博覧会の取材に同行して挿絵を描いてほしいというのだ。超特急燕号で名古屋へ向かい、華やかな博覧会を楽しむ最中。一方がもたらされた殺人事件。名古屋にいた女性の足だけが東京で発見された!? 同時に被害者の妹も何者かに誘拐され――。名古屋と東京にまたがる不可解な謎に、一兵はどんな推理を巡らせて解くのか? 空襲で失われてしまった戦前の名古屋の町並みを、総天然色風に描く長編ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2018年8月、東京創元社より書下ろし単行本刊行。2021年1月、文庫化。

 "昭和ミステリ"シリーズ第一弾。まさかシリーズになるとは夢にも思わず、単行本刊行時は全くスルーしていた。『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』が面白かったので、今回の文庫化に合わせて購入し、一気読みした。
 まず「名古屋汎太平洋平和博覧会」というイベントがあったこと自体、まったく知らなかった。辻の筆により、当時の様子が目に浮かんできて、とても面白そうな博覧会であったんじゃないかと思う。いっそのこと、当時の展示物の一部だけでも再現してみてはどうなんだろう。当時はこんな技術が新技術として紹介されていたんだ、なんていう記録になると思う。全部でなくてもいいから、見てみたい。
 同時代の記憶があるから、ということがあるからかもしれないが、昭和12年の銀座や名古屋の雰囲気が伝わってくるのはさすが。当時の社会状況も含め、背景がしっかり描かれていると読みごたえがある。そして那珂一兵という作者にとって思い入れのあるキャラクターが主人公ということもあるだろうが、登場人物たちの描写が、活字から飛び出てくるかのように生き生きとしている。
 そして肝心の事件のほうだが、これがまた通俗物時代の乱歩を思い出させるような派手なもので、懐かしさと興奮を感じさせるものであることがうれしい。様々なトリックも舞台背景を生かしたものとなっているし、最後の一気の謎解きは読者のカタルシスを得るものだ。
 そして辻が書きたかったであろう、平和への思いが全編にあふれている。当時の日本の、国内で宣伝されている、そして知らされている内容とは全く違う、世界からの実態を知らされる一兵の驚きは、今の日本人が忘れてはならないものだろう。
 最後の最後まで読者を飽きさせない構成も見事。当時なぜこれが話題にならなかったんだろう。年寄りの懐古趣味という先入観があったのかな。面白かった。そして、『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』を読む前に、先にこれを読んでおくのだったと、とても後悔している。昭和36年を舞台とした次作が非常に楽しみだ。



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