伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 慶応元年、坂本龍馬の仲介により薩摩藩と長州藩は協約を結ばんとしていた。長きに亘った徳川の世から新たな日本の夜明けを迎えるのだ。しかし、一件の凶事が協約の締結を阻む。上洛していた薩摩藩士が稲荷神社の境内で長州藩士を斬り付けたというのだ。更に下手人は目撃者の眼前で、逃げ場のない鳥居道から忽然と姿を眩ませた。このままでは協約協議の決裂は必定、倒幕の志も水泡と帰す。憂慮した龍馬の依頼を受けて、若き尾張藩士・鹿野師光は単身捜査に乗り出す。歴史の大きな転換点の裏で起きた、不可能犯罪の真実とは。破格の評価を受けた『刀と傘 明治京洛推理帖』の前日譚にして、著者初となる時代本格推理長編。
 2021年2月、書下ろし刊行。

 2019年、第19回本格ミステリ大賞受賞を『刀と傘 明治京洛推理帖』で受賞した作者の受賞後第1作となる書下ろし長編。前作の探偵役であった尾張藩士・鹿野師光の前日譚で、薩長同盟前夜の話である。
 仇敵同士だった薩長がまさかの手を結ぶという前夜であり、殺人事件を前にした両者の緊迫した関係や、仲介に駆けずり回った坂本龍馬の焦る気持ちなどはよく描かれている。ただ薩長同盟については色々な角度で書かれているから、たとえ歴史の裏話みたいな設定でも、どこかで見たことがあるような、という気分になってしまうのはちょっと残念。
 さらにいえば、不可能犯罪のトリックや殺人事件の動機が分からなくても、犯人などは割と簡単にわかってしまうところも勿体ない。犯人が分かっても楽しめるミステリも当然あるのだが、本作の場合はやはりマイナスに働いているのではないか。そのせいもあるだろうが、長編としては短めの話で収まっており、豪華すぎる登場人物と比較すると、あまりにも小粒な印象を与えている。
 丁寧に書かれていて作品としてはまとまっているし、面白いといえば面白いのだが、物足りない印象を与える一冊。次作に期待したい。




ウォルター・S・マスターマン『誤配書簡』(扶桑社)

 スコットランド・ヤードのアーサー・シンクレア警視のもとへかかってきた1本の電話。それは、内務大臣、ジェームズ・ワトスン男爵の殺害を告げるものだった。同じく謎の電話でシンクレアを訪れてきた元法廷弁護士の私立探偵、シルヴェスター・コリンズとともに大臣の自宅へおもむくと、施錠された書斎の内部に、頭部を撃たれた死体が。死亡推定時刻は、わずか30分。いったい誰が、どうやって密室殺人におよんだのか、そして犯行予告の主は? そんななか警視の部下、ルイスが謎の失踪を遂げ、いっぽう探偵は大臣の令嬢、メーベルの複雑な悲しみを知る……(粗筋紹介より引用、一部付記)
 1926年、イギリスで発表。2021年1月、邦訳刊行。

 ウォルター・シドニー・マスターマンは1920-1940年代に活躍したイギリスの大衆小説家。探偵、怪奇、幻想、SFと広いジャンルの作品を書いていたとのこと。と訳者付記に書いているが、まったく知らなかった作家。所々で話題になっていたようで、目について興味を持ったので購入してみた。元々は訳者の夏来健次が2018年にKindle私家版として刊行していたものの改訂版。
 序文がG・K・チェスタートンで、冒頭から「わたしは己が真正な心情のすべてにかけて、のみならず厳正な責任のすべてにかけても、この探偵小説にはみごとに欺かれたと公言することができる」と書かれていて、正直言って期待値がガクッと下がったのだが、読んでいくうちにこれは結構面白いなと期待値がどんどん上がっていった。ちょっと時代がかったところのある表現や言葉遣いは、100年近く前の作品だから仕方がないか。もっともそれが、黄金時代の探偵小説を読んでいる気分になったのは事実。懐かしさも込みで、楽しめた。
 密室トリックや犯人の正体については前例のあるものだったが、それを考慮しても十分面白い。これだけのページ(153ページ)で謎解きだけでなくロマンスやホラー要素も加味し、ドラマティックな展開のラストまで読者の目を離さないのは見事。ちょっとだけ乱歩の通俗物を思い出した。
 なんで今まで訳されてこなかったのだろう。もっと話題になってもよかった作品。意外な拾い物だった。




トム・ロブ・スミス『偽りの楽園』上下(新潮文庫)

 両親はスウェーデンで幸せな老後を送っていると思っていたダニエルに、父から電話がはいる。「お母さんは病気だ。精神病院に入院したが脱走した」。その直後、今度は母からの電話。「私は狂ってなんかいない。お父さんは悪事に手を染めているの。警察に連絡しないと」。両親のどちらを信じればいいのか途方に暮れるダニエル。そんな彼の前に、やがて様々な秘密、犯罪、陰謀が明らかに。(上巻粗筋紹介より引用)
 母と対面したダニエルは、スウェーデンの片田舎で蔓延る狂乱の宴、閉鎖された農場で起きた数々の悪事を聞かされる。しかも、母は持ってきたショルダーバッグの中から、それぞれの事件の証拠品を次々と提示していく。手帳、写真、新聞の切り抜き……。ダニエルは、その真相を確かめるべく、自身がスウェーデンへと向かった。そこで彼を待ち受けていたのは、驚愕の事実だった――。(下巻粗筋紹介より引用)
 2014年、発表。2015年8月、邦訳刊行。

 レオ・デミドフ三部作から4年後の作者の新刊。三部作はスケールが大きかったけれど、本作はスウェーデンの片田舎での出来事。かなり意外だったけれど、これはこれで何か面白い話になるのかなと期待していたんだけど……。
 ダニエルのところに精神病院から逃げ出した母親が来て、自分が遭遇した悪事について述べるのだが、これがなんと下巻の半分くらいまで続く。なんだかまとまりがないというか、長いというか。読んでいてイライラしてくる。下巻の後半になってようやくダニエルがスウェーデンに行き、あっさりと真相がわかってしまう。なんだ、この呂律の回らない物語は。
 うーん、つまらなかった、の一言に尽きるかな。題材自体は悪くないから、もっとちゃんと小説を書いてくれれば、滋味のあふれる佳作ぐらいにはなったような気がする。




田中芳樹『創竜伝14<月への門>』(講談社ノベルス)

 京都の空には異形の怪物や新型兵器、地上には機動隊員やトカゲ兵……京都幕府を誕生させた小早川奈津子と手を組む竜堂四兄弟に襲いかかる無数の敵。蹴散らせども蹴散らせども奴らは次々やってくる。四兄弟は身を隠そうとある人物を頼って名古屋へ向かうが、そこで目にしたのは「閣下」と呼ばれる黒幕が引き起こした惨劇だった。怒りの四兄弟vs.傲岸不遜な黒幕、苛烈な戦いへ!(粗筋紹介より引用)
 2019年10月、書下ろし刊行。

 第13巻が2003年6月。もう出ないだろうと思っていたので、本屋で見かけたときはびっくりした。ただ完結していないし、次で完結すると書いてあるので、数年後にでも出たらまとめて買おうと思っていたら、1年後に出たのであらびっくり。とりあえずまとめて買ってみた。
 ただ、もう細かい設定、忘れているよ。なぜか時代は現代だし、スマホは出てくるし。登場人物はみんな行き当たりばったりで行動しているし。警察なんてトップはともかく、現場に出てくるのは普通の人なのに、ここまでバッタバッタやられちゃっていいのかい。
 四兄弟ももたもたしているし、何をしたいんだか。本当に次で終わるのか、非常に不安になった一冊であった。




田中芳樹『創竜伝15<旅立つ日まで>』(講談社ノベルス)

 富士山は大噴火、日本政府は機能不全。京都幕府を開いた怪女・小早川奈津子は新たな野望を抱き猛進する! 未曾有の大混乱の中、異形の者たちは人間を無慈悲に襲い続けた。人類の未来を背負った竜堂四兄弟は、牛種との決戦の地・月の内部へ。ついに正体を現す最兇の主君。その口から語られた「五〇億人抹殺計画」究極の狙いとは? 恐るべき強敵を迎え、始・続・終・余、四人の竜王の死力を尽くした戦いが始まる! 『創竜伝』完結篇!!(粗筋紹介より引用)
 2020年12月、書下ろし刊行。

 前巻から1年2か月後に出た最終巻。まさかこんな早くに出るとは思わなかった。色んなところで突っ込まれているけれど、出版は33年かかったけれど、作中期間はわずか8か月。いやあ、時の流れって早い。それ以上に、作中の科学の進歩がとても早い(笑)。
 まあ広げるだけ広げすぎた風呂敷をどう畳むんだろうと思ったけれど、色んな事を放りっぱなしにしている気がしつつも、一応は終わったとは思った。風呂敷に穴が開きまくっているような気がするけれど、どこに穴があるのだか、もう覚えていない。なんか、「完」の文字をみるため“だけ”に読んでいた気がする。
 それ以上の感想はないな(苦笑)。まあ、完結まで読めてよかった。




若木未生『ハイスクール・オーラバスター・リファインド 白月の挽歌』(徳間書店 TOKUMA NOVELS)

 術力を失ってしまった里見十九郎が、幻将・皓と手を組み、妖者方に寝返った……!? 中空に築かれた『鏡』によって、〈天〉による空者方への恩恵がとぎれつづけているなか、伽羅王・斎伽忍は、和泉希沙良は、崎谷亮介は、水沢諒は……、この抜き差しならない若者達は、何を思い、どう行動に移すのか!? そして鏡の空間に姿を現した無前王とは、いったい何者!? 圧倒的なテンションで贈る、シリーズ復活第二弾! 里見十九郎は、どうなる!?(粗筋紹介より引用)
 2015年9月、書下ろし刊行。

 1990年代に大人気を誇った「ハイスクール・オーラバスター」シリーズの復活シリーズ第二弾。シリーズ第一弾『天の聖痕』が出版されたのは2011年5月。そこから4年後の新刊。しかも私は今頃読むから、前巻から10年前。内容なんて、ほとんど忘れていましたよ。出版されていたのは知っていたけれど、今更なあ、という気持ちが強かった。
 やはり昔の雰囲気のほうが好きだったね。“ハイスクール”の要素がどんどんなくなっていき、本巻なんてないに等しいレベル。神原亜衣なんて全く出てこないし。まあ当初からどんどん面倒くさい方向に流れているなとは思っていたけれど、本巻はもう救いがないぐらい、作者が迷走している。戦うところなんて、ほとんどないし。観念と感情ばかり溢れた文章が続き、気が付いたら場面が転換している。作者は読者にこれをどう処理しろというのだろう。
 とはいえ、そんなことはわかっているんだよな。わかったうえで、やはり続編を読もうという気になったんだから。とりあえず里見十九郎と幻将・皓の因縁に決着が着いてよかった。
 それにしてもあとがきは生々しいな。朝日ノベルズから出版されていた『ハイスクール・オーラバスター完全版』は二巻で打ち切り。売れ行きが芳しくなかったとはっきり書いている。うーん、やっぱり時代がもうずれていた、ということだろうか。




若木未生『ハイスクール・オーラバスター・リファインド 千夜一夜の魔術師』(徳間書店 TOKUMA NOVELS)

 人の心の闇に憑き歴史の暗部に蠢く〈妖の者〉と〈神〉の識格をもってそれを退治する〈空の者〉。生身の人間では見届けられぬ、太古より続く両者の戦いに終止符が打たれる時が近づく。鏡の世界からひきもどされるも、三週間にわたって眠り続ける里見十九郎を巡るそれぞれの想いが交差する「緋色の糸の研究」、路地裏の隠れ家レストラン〈シェヘラザード〉を舞台とする不可思議な“契約"にまつわる物語「千夜一夜の魔術師」の中篇二篇を収録。大河シリーズ、完結へのカウントダウン、いよいよ佳境に!(粗筋紹介より引用)
 2019年10月、書下ろし刊行。

 前作から4年ぶりの新刊。シリーズ物がこのペースだと、本当に誰も読まなくなるんじゃないかと思ってしまう。前作から引き続き読んでみた。
 「緋色の糸の研究」は里見十九郎の同級生で友人である西城敦が主人公。「千夜一夜の魔術師」は、水沢諒、和泉希沙良、崎谷亮介、里見十九郎の思いが交錯するストーリー。西城が主人公ということもあってか、「緋色の糸の研究」は久しぶりにライトな部分に光が当てられた作品に仕上がっている。やっぱりこの雰囲気だよ、求めていたのは。そのペースで書かれたからか、「千夜一夜の魔術師」もそこまで重めになっておらず、読んでいても面白い。
 そんな雰囲気で書かれた作品ではあるが、前作の補完にもなっており、そして次作へのつなぎの役割も果たしている。短いながらも、割と重要な位置づけの作品集として、満足だった。ただ、女性陣が全く出てこなかったのには大いに不満であるが。
 作者のあとがきによると、次作がいよいよ完結編となるらしい。ようやくか。とはいえ、ナンバリングが当てられる可能性もあるし、簡単には終わらないだろうなあ。本作品集が2019年だから、次は早くても2023年かな。2年後か。



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