メアリ・ヒギンズ・クラーク『あなたに会いたくて』(新潮文庫)

 TV局記者のメガンは、取材先の病院で自分そっくりな女性と遭遇した。通り魔の被害者で間もなく死亡したが、その夜メガンは「あれは間違いだった」という不気味なファックスを受け取る……。体外受精で実績を誇るこの病院では不祥事が続き、胎芽を扱う医師の身分詐称も判明した。彼女の身元保証は、メガンの父の会社が行なっており、父は帰宅途中の事故で、行方不明のままだ――。
 1993年、アメリカで発表。1997年10月、邦訳文庫本刊行。

 サスペンスの女王と呼ばれたクラークの第十一長編。いくつもの事件が絡み合いながらも、ドラマのような展開でテンポよく流れるので、あっという間に読むことができる。ただ、あまり心に残らなかったな。なんでだろう。すんなり読めるからかも。テーマ自体は執筆当時の重いものなんだけど。
 とりあえずページをめくっていって、終わってしまった印象しかない、ごめん。




ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)

 ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女のもとを去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく……みずみずしい自然に抱かれて生きる少女の成長と不審死事件が絡み合い、思いもよらぬ結末へと物語が動き出す。全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー。(粗筋紹介より引用)
 2019年、アメリカで発表。2020年3月、邦訳刊行。

 作者はジョージア州出身の動物学者。現在はアイダホ州に住み、グリズリーやオオカミ、湿地の保全活動を行っている、とのことで、本作品は70歳で初めて書いた小説。
 1969年、バークリー・コーヴという架空の村で、アメフト選手として人気だったチェイスが湿地で死体となって発見される。展望台から墜落したものであったが、本人も含め、展望台の周りに足跡はなく、殺人事件として地元の捜査官が犯人を追う。そしてもう一つの物語は、6歳で家族に見捨てられたカイアが、湿地の小屋で一人で成長する姿が描かれる。
 うーん、これは何だ。いや、読んでいてすごい惹かれる。とても面白いし、胸に来るものがある。カイアの人生に圧倒された。一代記という点で見ると、すごい作品。自然描写もうまいし。ただ、ミステリとしてはどうなんだろう、とは思ってしまった。作者はそんなことを考えずに書いたんだろうとは思うのだが。
 正直言って、この湿地に住むことで蔑まれる状況が最後まで理解できなかったのだが、そこはもうちょっと調べてみよう。
 カイアが徐々に疑惑の目を向けられていくところは、本当に切ない。結局、読んでいくうちにカイアへの思い入れが強くなっていくんだよな、これ。いつも燃料を買いに行く店の主人とかがカイアに肩入れしているけれど、その気持ちわかってしまう。
 ミステリの部分、必要だったのかな、という思いと、これがあるからカイアという存在がより大きく浮かび上がったのかな、という思いがある。何とも形容し難い。難しいなあ、この作品の感想は。ただ、面白かったし、胸が締め付けられるし。そういう思いを語るだけで十分なのかもしれない。傑作だと思いました、はい。




彩坂美月『金木犀と彼女の時間』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 屋上で拓未に告白された直後、菜月の人生三度目のタイムリープが始まった。この状態に陥ると、菜月は同じ一時間を五回繰り返すことになる。つまり菜月は、このあと拓未に五回告白されるはずだった。しかし一回目、告白の場所に向かおうとした菜月の目の前で、拓未は屋上から墜死する。なぜ!? タイムリープ中の出来事が変更されるはずない。それなのにどうして拓未の死という、ありえない事態が発生することになったのか? チャンスはあと四回、それまでに彼の死を食い止める方法を、絶対に見つけなければ! 他人に心を開き切ることができない女子高生が文化祭中の校舎を駆け巡る、恋、友情、不安全てを詰め込んだ学園ミステリ。心境著しい俊英が放つ快作!(粗筋紹介より引用)
 2017年9月、書き下ろし刊行。

 いわゆるタイムリープ物で、遭遇した悲劇を書き換えようとする青春物語。言ってしまえばよくある話で、どこに新味を持たせるかということになるのだが、読み終わって初めてなるほど、と思いはした。まあ、ミステリとして驚くようなところはなかったかな、というのが正直なところ。
 作品を通して、主人公の上原菜月が成長していく過程は楽しめたかな。これまたありきたりなテーマだったが、逆にその分、ストレートには伝わってきた。
 ただ、作者の苦労に反比例するように、既視感の強い作品であることは否めない。ライトノベル向けにするには古いと言われそう。特に年取ったおじさんが読むと、こんな頃があったよね、って言いたくなるような作品であった。
 帯に担当編集者の言葉があるんだけど、高校の文化祭で見ず知らずの御婦人と『行きずりの街』について議論を戦わしたというのはちょっと笑っちゃった。




羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 寿永二年(一一八三年)。源氏の木曾義仲軍から逃れるため、平家一門は都を捨て西国に落ち延びた。しかし、異母兄・清盛に疎まれ、折り合いが悪かった平頼盛は一門と決別。義仲の監視を受けながらも、妻子やわずかな家人と共に都に留まっていた。そんな頼盛に、彼が一門きっての知恵者であると聞きつけた義仲は、意外な頼み事を申し入れてきた――「三月前の戦で落命した恩人・斎藤別当実盛の屍を、首がない五つの屍から特定してほしい」。恩人を弔えぬのは武将の恥、断れば頼盛を討ち、己も自害すると義仲に押し切られ、頼盛は難題に挑むことにするが……。『平家物語』や謡曲『実盛』にも取り上げられている実盛の最期を題材にした、第十五回ミステリーズ!新人賞受賞作「(かばね)実盛(さねもり)」ほか、全五編収録。
清盛が都に放った童子は、なぜ惨殺されたのか? 高倉天皇の庇護下にあったはずの寵姫は、どのようにして毒を盛られたのか? 平家の全盛期から源平の争乱へとなだれ込んでゆく時代に、推理力を武器に生き抜いた頼盛の生涯を描く、歴史ミステリ連作集。(粗筋紹介より引用)
 2018年、第十五回ミステリーズ!新人賞受賞作「屍実盛」を含む短編五編を収録。2021年4月、刊行。

 作者は本作でミステリデビューだが、2010年に齊藤飛鳥名義で『おコン草子』で児童文学作家としてデビューし、著書が数冊出版ある。またミステリーズ!新人賞応募時も齊藤名義であり、本作品集出版時において羽生飛鳥(はにゅうあすか)と改めている。同名のアイドルが乃木坂46にいるからその名前を借用したのかな、と思ったら、乃木坂46の方は2011年結成だから、こちらの方が早かった(Wikipediaを見ると子役で2007年にデビューしていたようだけど、有名だったとは思えないので、無関係と考えた方がよさそう)。
 平清盛が情報収集に放っていた禿髪の一人が野犬に食われて死んでいるのが見つかった。しかし駆けつけて死体を検分した平頼盛は、禿髪の首に絞殺された跡を見つける。前年に異母兄の清盛から解官されていた頼盛は、朝廷への復帰を目指すべく、犯人捜しに挑む。第十四回ミステリーズ!新人賞最終候補作「禿髪(かぶろ)殺し」。なぜ死体をすぐ近くの古井戸に捨てなかったのかという疑問から、犯人を探し当てるまで過程も面白いが、むしろ見事と思ったのはその後の展開。在りがちな話だけど、実在の人物たちをこれに絡めたのは巧い。
 治承三年の政変で平頼盛は、平家一門の重鎮で唯一解官されてしまった。池殿流平家の存続の危機に立たされていた頼盛はある日、高倉天皇の方違え先に香の講義をしてほしいと招かれる。しかし高倉天皇の真意は、寵愛していた葵前が毒殺された方法を、知恵者の頼盛に解いてほしいということであった。葵前が務めていた中宮(平徳子)、もしくは清盛の手によるものなのか、違うのか。書き下ろし、「葵前(あおいのまえ)哀れ」。前作から十年後の話。毒殺の真相自体は既存の作品にあるのだが、伏線を張りつつこの時代に移植したその腕はなかなかのもの。さらに解決後の流れは、連作短編集ならではのものでもあり、思わず唸ってしまった。
 表題作「(かばね)実盛(さねもり)」は、謡曲『実盛』の後日談みたいな遺体探しミステリ。史実、というかちゃんと『平家物語』の流れに沿っての話であり、かつ史実を使ったうまい解決方法となっている。単独短編としても面白いが、こうやって連作短編集の一辺として読むと、また違った面白さが浮かび上がってくる。
 かつて助けた源頼朝を頼り息子たちと鎌倉に入った頼盛は、頼朝に歓迎されて相模国府でのんびり過ごしていた。ある日、頼朝に呼ばれた頼盛は、源義仲の嫡男で人質でもあった十二歳の義高が逃亡を図ったため殺され、婚約者であり頼朝の長女である六歳の大姫は病床に付していたことを知る。そして頼朝が西侍で義高の話をしていると、御所を挟んだ小御所で寝ていたはずの大姫が頼朝のもとに現れて、義高の話をしていた頼朝を責めるようになったという。遠く離れた部屋にいるはずの大姫はどのようにして話を知ったのか。『ミステリーズ』vol.101掲載、「(とむらい)千手(せんじゅ)」。頼盛亡命時の事件である。一族でも争わなければならず、そして自らのような存在を無くすために敵方の一族を殺さざるを得ない頼朝の苦悩が浮かび上がる作品。本作品中では、ミステリ味が一番少ないか。
 頼朝と義経が対立し、義経に加担した後白河法皇と朝廷の責任を追及するため、北条義時は上洛した。しかし義時の使命はもう一つあった。平家の残党狩りである。密告が続き、関係があるかわからない子供も処刑された。そしてある日、義時は八条にある池殿流平家の本宅を訪れ、頼盛と対面する。次男の為盛は二十歳を超えているはずなのにどう見ても十二、三にしか見えない。しかも為盛は源義仲と平家が戦った倶利伽羅峠で討ち死にされており、さらに峠には為盛の塚もある。ここに居る為盛の正体は、清盛の直系の曾孫、六代君(平高清)である。しかし頼盛はそれを否定し、その証拠を準備するという。書き下ろし「六代(ろくだい)秘話」。ミステリとしてはちょっと弱いが、連作短編集の最後として読む分には面白い。
 いずれの作品も『平家物語』に沿った話となっており(参考文献の量がすごい)、その中に隠れた物語として、壇ノ浦で平家が滅亡後も、清盛の男兄弟で唯一生き残った平頼盛が、知恵者として自ら生き延びる姿を描いている。タイトルは、己が清盛の手の内で這う芋虫と自嘲しながら、いつかは蝶となって空に飛び立つと決意するところからきている。  正直、平頼盛といわれてもまったくわからず、読了後に思わずWikipediaで調べてしまいましたが、とても面白そうな人物。なんといってもあの猜疑心の塊みたいな源頼朝(まあ、権力者って権力を握ると大体こうなるけれど。劉邦みたいに)に厚遇されたという点で凄い。何度失脚しても、そのたびに立ち上がる姿は本当に見習いたくなる。
 『平家物語』=史実として話すけれど、史実を外さず、頼盛が知恵者として一族を残そうとする姿を描き切った点がすごい。そもそもまともな捜査などないような時代でミステリを成り立たせようとする発想がすごいし、それを完成させる筆力とアイディアが見事。既存のトリックが多いし、単純な謎解きもあるけれど、時代と設定を変えるだけでこんなに面白くなるものだと知り驚いた。
 そもそも『平家物語』が有名ということもあるだろうけれど、時代背景の説明もわかりやすいし、すんなりと頭に入ってくる。平家や源氏って似たような名前の人が多いが、そこもちゃんと交通整理されていて、読者を惑わせない。そして史実の角度をちょっとだけ変え、一つプラスするだけでこんな面白い物語が出来上がった。感嘆するしかない。これは色々な人にお勧めしたい。歴史ミステリが苦手な人でも、すんなりと面白く読めるはず。
 インタビューで密室物のプロットがありながらも断念していたと言っているが、本作品集に密室はなかったよなあ。これはぜひ読んでみたい。




赤塚不二夫『これでいいのだ 赤塚不二夫自叙伝』(文春文庫)

 「これでいいのだ!」の人生観で波乱万丈の生涯を楽しんだ不世出の漫画家・赤塚不二夫。そのスピリットは父親から受け継がれたものだった――。旧満州での少年時代、漫画との出会い、伝説のトキワ荘などを綴るこの自叙伝から、破天荒な赤塚ギャグの奥深くに息づく“家族”というテーマが見えてくるのだ!(粗筋紹介より引用)
 1993年8月、日本放送出版協会より単行本刊行。2002年12月、日本図書センターより再刊。2008年10月、文春文庫より刊行。

 『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』『レッツラゴン』『ギャグゲリラ』とヒット作を連発し、ギャグ漫画の王様と呼ばれた赤塚不二夫の自叙伝。小学館で担当記者だった武居俊樹が「解説にかえて」を執筆している。
 戦中及び終戦時の満州での話、そして戦後の大和郡山・新潟時代の話がほとんどであり、上京後に漫画家となってトキワ荘に住むようになり、石森章太郎のアシスタントみたいな位置からようやく連載を持つ下りは少ない。そして主に書かれているのが両親の話。粗筋紹介にもあるとおり、「家族」というのが本当のテーマである。赤塚ギャグとか「家族」の話は武居が巻末で少し書いているが、武居自身の著書でもっと書いているのだろうか。
 戦中、戦後の一般的な家族の話として読んでも面白い。やはり戦争って嫌。逆に漫画家時代前後の話が少ないのは残念だが、それは別の著書にあるのかな。




山内ジョージ『トキワ荘最後の住人の記録: 若きマンガ家たちの青春物語』(東京書籍)

 手塚治虫先生、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、『墨汁一滴』、新漫画党など今まで書かれなかったエピソードでおくるトキワ荘青春物語。(帯より引用)
 2011年6月、刊行。

 作者は昭和15年、大連生まれ。昭和35年秋、石森章太郎に誘われ、アシスタントとして宮城から上京してトキワ荘に入り、石森や赤塚不二夫のアシスタントを務め、昭和37年3月に独立して退去した。以後は赤塚のアシスタントを務めながら単独の仕事もこなし、赤塚設立の「七福神プロダクション」(赤塚不二夫、赤塚登茂子(最初の妻)、高井研一郎、よこたとくお、長谷邦夫、横山孝雄、山内ジョージ)に参加。昭和38年から高井研一郎と組んだ「太宰勉」のペンネームでギャグマンガを描き、昭和43年ごろまで連載を持つ。以後は児童漫画から離れ、動物で文字を仕立てる動物絵文字の方向に進み、絵本の発表や個展開催などの活動を行う。平成7年、中国引揚げ漫画家の会を結成(赤塚不二夫、ちばてつや、森田拳次、北見けんいち、古谷三敏、山内ジョージ、高井研一郎、横山孝雄、石子順)し、『ボクの満州―漫画家たちの敗戦体験』(亜紀書房)を出版。平成13年、山口太一、バロン吉本、林静一の3氏も加わり、中国引揚げ漫画家の会編『少年たちの記憶』(ミナトレナトス)を出版。平成14年、同作で文化庁メディア芸術祭マンガ部門特別賞受賞。同年、「「私の八月十五日」の会」に参加。平成16年、「私の八月十五日」の会『私の八月十五日―昭和二十年の絵手紙』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞受賞。平成17年、同作で第34回日本漫画家協会賞大賞受賞。平成22年、『徹子の部屋』出演。
 作者の『墨汁一滴』時代、トキワ荘入居から退居、石森や赤塚のアシスタント時代、合作ペンネーム「太宰勉」時代の話などを収録。巻末に「トキワ荘座談会」として高井研一郎、よこたとくおとの座談会を収録。
 トキワ荘最後の住人となった山内ジョージによる、トキワ荘本。トキワ荘は色々書かれているが、私はやはり藤子不二雄Aを中心とした新漫画党時代のころの本を中心に読んでいるので、トキワ荘時代晩年(って言い方変かな)の思い出話は結構貴重だった。
 この時代を生きた漫画家が少なくなってくるようになった今、色々な作家に証言してもらいたい。よこたとくおのトキワ荘時代なんて、一冊で読んでみたいけれどな。




桜庭一樹『小説 火の鳥 大地編』上下(朝日新聞出版)

 一九三八年、日本占領下の上海。若く野心的な關東軍将校の間久部緑郎は、中央アジアのシルクロード交易で栄えた楼蘭に生息するという、伝説の「火の鳥」の調査隊長に任命される。資金源は、妻・麗奈の父で、財閥総帥の三田村要造だという。困難な旅路を行く調査隊は、緑郎の弟で共産主義に共鳴する正人、その友で実は上海マフィアと通じるルイ、 清王朝の生き残りである川島芳子、西域出身の謎多きマリアと、全員いわく付き。そこに火の鳥の力を兵器に利用しようともくろむ猿田博士も加わる。苦労の末たどり着いた楼蘭で明らかになったのは、驚天動地の事実だった……。漫画『火の鳥』や手塚作品に数多く登場する猿田博士やロック、マサトたちと、東條英機、石原莞爾、山本五十六ら実在の人物たちが歴史を動かしていく!(上巻粗筋紹介より引用)
 間久部緑郎の義父で、三田村財閥の総帥でもある要造は、猿田博士が手にした強力な自白剤により、みずからの来歴を緑郎ら「火の鳥調査隊」に語り始める。そこで明かされたのは、火の鳥には現代の科学では考えられない特殊な力が存在しているという驚くべき事実だった! すでに日本国政府は、要造率いる秘密結社「鳳凰機関」の協力のもと、火の鳥の力を利用し、大東亞共栄圏に向けて突き進んでいるという……国家のためか、あるいはみずからの欲望のためか。戦争に邁進する近代日本の姿を描きながら、人間の生と死、愚かさと尊さを余すところなく描いた歴史SF巨編。朝日新聞「be」連載時から話題沸騰。大幅な加筆による完全版!(下巻粗筋紹介より引用)
 『朝日新聞』be 2019年4月6日~2020年9月26日連載。加筆修正のうえ、2021年3月、上下巻で単行本刊行。

 手塚治虫が1989年の舞台劇『火の鳥』のシナリオとして連載作品として準備しながらも、よりSF的にということでペンディングとなったアイディアで、シノプシス(下巻に収録されている)を基に桜庭一樹が小説化した。『野性時代』に「太陽編」の後に連載する予定だった「大地編」は幕末から明治時代が舞台の予定だったとのことなので、本作とは異なる。
 まずは、誰が書いても絶対「これは手塚の『火の鳥』じゃない」と絶対文句が来ることがわかっているのに、本書を執筆した作者に敬意を表したい。手塚の作風に近づけようとしている努力も認める。しかしそのうえで、あえて言う。「これは手塚の『火の鳥』じゃない」。
 まずはアイディアが古すぎる。「火の鳥」を使ってこれをやるというのは考えたな、とは思う。だけど正直言って、手垢のついたネタであるし、手塚自身も短編などで取り扱っている。少なくとも『火の鳥』でこんなネタを使わないだろう。しかも、似たようなやり取りが上巻終わりから下巻途中まで延々と続くので、読んでいてもやってられない。ただでさえ上巻の前半部分がだらだらした感じがあって読んでいて苦痛なのに、さらにこんなのが続くのかと思うと、やってられなくなった。自白剤で延々と告白するというのも、あまりにも陳腐である。
 ついでに言えば、さっさと火の中に入れてしまえばよかったんじゃないか。それで一件落着だろう。知らないはずがない。
 確かに愚かな戦争に突入する日本の描写は手塚っぽいのだが、それにしてももう少しうまく描いていただろう。『アドルフに告ぐ』を見ればわかるとおり、分かり切った歴史に新たな物語を挿入できるのが手塚の筆だ。残念ながら本作は、そこに到達していない。命というテーマを戦争に絡めようとした努力はわかるのだが。
 手塚なら、最後の火の鳥の復活シーンは絶対描かなかったはず……と思っていたのだが、これを書いているうちに「黎明編」でも戦中に復活していることを思い出した。だけど、やっぱり手塚なら描かなかっただろうな。火の鳥の「再生」にはふさわしくない。
 色々文句を書いているが、新しい火の鳥の一つを読んで懐かしくなったことは事実。だけど、手塚の「大地編」を読んでみたかった。



【元に戻る】