紙城境介『僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない』(星海社FICTIONS)

 生徒相談室(カウンセリングルーム)の引きこもり少女・明神(あけがみ)凛音(りんね)真実しか解らない(・・・・・・・・)。どんな事件の犯人でも神様の啓示を受けたかのように解ってしまう彼女は、無意識化で推理を行うため、真実に至ることができた論理がわからないのだった。伊呂波(いろは)透矢(とうや)は凛音を教室に復帰させるため、「彼女の推理」を推理する――。本格ラブコメ×本格ミステリ、開幕――!(粗筋紹介より引用)
 2021年2月、書下ろし刊行。

 後楽瀬楽先輩(二年三組・女子バレー部所属)が彼氏の空科沖人(三年四組・男子バスケ部)からサプライズでもらった指輪が、部活中に女子更衣室のロッカーのバッグの中か盗まれたという。瀬楽先輩の話の途中で、凛音は「あなたの指輪を盗んだ人は、いま仰った、親友の澄ちゃんとやらです」と告げる。「第1話 澄ちゃんさんと女子の証明」。
 4月27日、登校すると机が落書きだらけになっていた明神凛音は、いきなり紅ヶ峰亜衣の頭に拳骨を叩きこみ、「あなたが犯人です」と告げた。しかし証拠はない。続けて蹴りを飛ばした凛音と亜衣の間に入った伊呂波透矢は亜衣を庇う。一か月後、生徒相談室に引きこもった凛音を教室に連れ戻してほしいと、スクールカウンセラーかつ凛音の実姉である明神芙蓉に、内申点を報酬に頼まれた透矢は、なぜ亜衣が犯人と分かったのかを推理する。凛音と透矢のファーストコンタクトを描いた「第2話 チビギャルさんと乙女の逆鱗」。
 体育倉庫に人魂が出るという噂を亜衣から聞いた透矢。さらに吹奏楽部三年生ピアノ担当の松田模子先輩からは、二年前にいじめられた男子が倉庫に閉じ込められ、扉は外から鍵が掛けられ、窓には鉄格子があるのに翌朝になったら跡形もなくいなくなった神隠しの話が人魂の元ネタかもと聞かされる。しかもその男子はそのまま学校に姿を見せず転校したという。生徒相談室に戻ったら、陸上部所属三年生の金宮沙夜より、人魂の正体を突き止めてほしいと頼まれた。実は沙夜は、二年前に男子をいじめて閉じ込めたグループのリーダーだった。「第3話 カマトト先輩と囚われた体育倉庫」。

 作者は2014年、「ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件」にて第1回集英社ライトノベル新人賞優秀賞を受賞し、2015年、同作でデビュー。2018年、「継母の連れ子が元カノだった 昔の恋が終わってくれない」にて第3回カクヨムWeb小説コンテストラブコメ部門大賞を受賞。ということですが、名前を聞くのは初めての作家です。それ以上に、星海社という出版社も初めて知りました。勉強不足で申し訳ない。
 某氏に本格ミステリとして面白いと聞かされて購入。名探偵役が犯人を指摘した後、他人がその過程を推理するという、というのはどこか最近似たようなのを読んだな、と思ったら、意味合いが違うけれど『medium 霊媒探偵城塚翡翠』に似ているんだと気付いた。だが本作は、凛音は推理によって犯人を指摘するが、凛音自身がどのように推理したかがわからず、代わりに透矢が推理の過程を見つける、という趣向になっていて面白い。凛音は神社の娘、透矢は父親が殺され、母親が容疑者として捕まったが無実とわかり、その過程で弁護士に憧れ、推定無罪を貫くという設定になっている。無茶苦茶キャラ立ちしているやん、と思ってしまう。その行動が青臭いところは、やはり高校生なんだなと思わせる。
 趣向の方は面白く、透矢の詳細すぎる日記付けなどの無理矢理感が否めない部分はあるものの、推理する過程は本格ミステリとして楽しい。一方、ラブコメとしては王道路線なのか、二人が一つのロッカーに隠れる、別の娘が聞き耳を立てていたら二人がそれらしき行為に及んでいるかのような声を上げているなど、テンプレートな展開が続き、さすがにこの年になると読んでいて少々気恥しい。
 これは続編があるかのような引きだが、ぜひとも続きを書いてほしいものだ。いっそのこと、『本格ミステリ・ベスト10』に入らないかな。




青山文平『白樫の樹の下で』(文春文庫)

 賄賂まみれだった田沼意次の時代から、清廉潔白な松平定信の時代に移り始めたころの江戸。幕府が開かれてから百八十年余りたった天明の時代に、貧乏御家人の村上登は、道場仲間と希望のない鬱屈した日々を過ごしていたが、ある時、一振りの名刀を手にしたことから物語が動き出します。第18回松本清張賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2011年、第18回松本清張賞受賞。2011年6月、単行本刊行。2013年12月、文庫化。

 のちに大藪春彦賞、直木賞を受賞する青山文平のデビュー作。とはいえ、経済関係の出版社に18年勤務し、その後はフリーライターとして活躍。1992年には影山雄作名義の「俺たちの水晶宮」で第18回中央公論新人賞を受賞し、1994年には単行本となっている。
 村上登の視点で話は進むが、物語は伝説の剣豪である佐和山正則の道場の門下生三人の若者を描いたものである。村上登、青木昇平、仁志兵輔。作者の名前を投影しているこの三人は、天下泰平の時代に流され、運命が少しずつ狂っていく。何から抜け出そうとしたのか、そして抜け出せなかったのか。蝋燭問屋、藤木屋の次男である巳乃介、時々助太刀をしている錬尚館当主寺島隆光、兵輔の妹である佳絵などが三人に絡み、そして物語は動いていく。天下泰平の世の武士とは一体何なんか。何とも哀しい物語であった。
 なんか、もがいてももがいてもどうにもならない現代を見せられたような気がする。救いの見えない結末は、混沌としてくる時代の象徴なのだろうか。




市川憂人『ボーンヤードは語らない』(東京創元社)

 U国A州の空軍基地にある『飛行機の墓場(ボーンヤード)』で、兵士の変死体が発見された。謎めいた死の状況、浮かび上がる軍用機部品の横流し疑惑。空軍少佐のジョンは、士官候補生時代のある心残りから、フラッグスタッフ署の刑事・マリアと漣へ非公式に事件解決への協力を依頼する。実は引き受けたマリアたちの胸中にも、それぞれの過去――若き日に対峙した事件への、苦い後悔があった。高校生の漣が遭遇した、雪密室の殺人。ハイスクール時代のマリアが挑んだ、雨の夜の墜落事件の謎。そして、過去の後悔から刑事となったマリアと漣がバディを組んだ、“始まりの事件”とは? 大人気シリーズ第四弾は、主要キャラクターたちの過去を描いた初の短編集!(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』に2018年~2020年に掲載された短編に、書き下ろしを加え、2021年6月刊行。

 〈マリア&漣〉シリーズ最新作。3年ぶりの単行本は、U国A州F署刑事課所属のマリア・ソールズベリー警部と九条漣刑事、シリーズキャラクターであるU国第十二空軍のジョン・ニッセン少佐の過去がそれぞれの短編で描かれている。
 表題作「ボーンヤードは語らない」は、空軍基地の『飛行機の墓場(ボーンヤード)』で夜更けに発生した飛行機からの不審な墜落事件。ジョン少佐が対峙した過去の事件を思い出しつつ、マリアや漣に助言をもらいながら事件を解決する。現場で見ている人間より、外で見ている人間の方が不審点が見えてくるという謎の解決は面白い。
 足を怪我した母を連れて病院からの帰り道。偶然新聞部の後輩、九条漣と会った元新聞部部長の河野茉莉は荷物を持ってもらい、そのまま家でお茶を飲んでもらうことになった。茉莉の父親、河野忠波留は、一部のマニアに受ける陰鬱な写真でそこそこ知られた写真家であった。夕方5時、父に呼ばれたという茉莉の嫌いな叔父夫婦がやってきた。大雪だからと漣に泊まってもらう茉莉。明け方、外にあり写真が飾ってある小屋で、忠波留がゴルフクラブで殺されていた。勝手口から小屋までは行きの足跡が二つ、帰りの足跡が一つ。しかし雪が降っているときに停電となっていた。電卓を使った小屋の扉は空けられるはずがなかった。「赤鉛筆は要らない」。雪密室の殺人事件だが、謎そのものはそれほど難しいものではない。むしろ犯行の哀しみと、そこに立ち会ってしまった九条漣の苦悩の方が物語の主軸となっている。どうでもいい話だが、いくら1970年代でも、裁判が10年も続くかな……。あと、足跡トリックって謎の割に解決時の快感が少ないね。
 ハイスクールで『赤毛の悪魔(レッドデビル)』と呼ばれているマリア・ソールズベリーは日曜日、唯一の親友であるハズナ・アナンとピクニックを予定していたが、土曜日の夕方は雨が降っている。ようやくハズナから電話がかかってきたが、様子が変なまま途中で切れてしまう。慌ててハズナのアパートへ行くが、4階の彼女の部屋は鍵がかかって開かない。アパートの裏に回ったマリアの耳にガラスの砕ける音と鈍い衝突音が聞こえた。裏にあるトタン屋根のの建屋の中に、ハズナが裸のまま倒れていた。マリアは中に入ろうとしたが鍵がかかっていたので、窓を割って入ろうとしたら、誰かに頭を殴られ、気を失った。病院で目を覚ますと、伯父であるフレデリック警視の姿が。警察が駆け付けた時、マリアとハズナと、そして資産家の息子である同級生のヴィンセントにいつも従者のように付き添っているジャック・タイが倒れていた。「レッドデビルは知らない」。ハイスクール時代のマリアの苦い思い出。墜落死体の謎とアリバイトリックがあるのだが、どちらかといえばU国の白人至上主義なところにスポットが置かれた作品。確かに“苦い”一編である。
 1982年8月、九条漣はU国A州フラッグスタッフ署に配属され、ゾールズベリー警部の下に就くこととなった。「口うるさそうな奴」「派手でだらしない人だ」というのが互いの第一印象だった。そして二日目、緊急通信指令室に子供からの助けてとの電話が。マリアは電話の録音を聞いただけで、おおよその位置を特定する。早速手分けして捜査が始まり、二人はそれらしい家を見つけるが、家族は否定。しかし二日後、その家族の娘が殴打され、母親が飛び降りた。「スケープシープは笑わない」。マリアと漣の最初の事件。どちらも高校時代の苦い思い出を背負いつつ、事件に立ち向かう。あっという間に分かり合えた、かどうかはわからないが、互いを認めあう二人の過程は面白い。そしてこちらも、人種にまつわる問題が絡む点では、ちょっとした社会派の側面があるといえる。

 四編を読んでみると、どれもが登場人物を深堀するような作品となっている。マリア、漣、ジョンの傷口を振り返り、そしてまだ残ったままの傷跡を見ながら前を見る姿が浮かび上がってくる。登場人物たちを深く知ることができる好短編集。ただキャラクターの心情が中心となっている分、独立した短編として読むのは、ちょっと厳しいかな。そろそろシリーズの長編を読みたいものだ。それと、漣のあの性格と口調になった理由って、どこかで書かれるのだろうか。中学校時代の恋愛話とかあったら面白そうだ。




連城三紀彦『敗北への凱旋』(創元推理文庫)

 終戦から間もない降誕祭(クリスマス)前夜、焼け跡の残る横浜・中華街の片隅で、隻腕の男が他殺体となって見つかる。犯人と思しき女性は更に娼婦を殺したのちに自らも崖に身を投げて、事件は終結したかに見えた。しかし、二十年以上の時を経て、奇妙な縁からひとりの小説家は、殺された隻腕の男が陸軍大尉で、才能あるピアニストでもあった事実を知る。戦争に音楽の道を絶たれた男は、如何にして右腕を失い、名前を捨て、哀しき末路を辿ったのか。そして、遺された楽譜に仕組まれたメッセージとは――美しき暗号が戦時下の壮大な犯罪を浮かびあがらせる推理長編。(粗筋紹介より引用)
 初回のみ『臨時増刊小説現代』1981年6月、発表。1983年11月、講談社ノベルスより書下ろし刊行。1986年8月、講談社文庫化。1999年3月、ハルキ文庫より発売。2007年8月、講談社ノベルスより復刊。2021年2月、創元推理文庫より発売。

 作者の第二長編。出版当時の記憶は全くありません。出ていたことすら知りませんでした。
 太平洋戦争時の事件を背景に、人気作家となった柚木桂作が次作の題材に選んだ、元軍人の寺田武史が遺した楽譜の謎を追う作品。とにかく暗号がわからない。最高難度というのもわかる。何でこれが淡々と解かれるんだろうというストーリーの無理は気になったが。そして暗号そのものを理解できなくても、暗号を遺した寺田武史自身の謎、そして戦争で右腕を失くした寺田が戦後に殺害された事件の謎を追う過程も楽しい。
 ただね、最後の展開は唖然とした。海外の有名短編の例があるとはいえ、いくら何でも、という気持ちが強い。これ以上書くとネタバレになってしまうけれど、世界情勢も絡めたならやはり無理があるかな。何もここまでしなくても、もっとやりようがあったはず。
 後半で評価がガタ落ちでした、私には。はっきり言って力を入れすぎてしまい、筆が滑りすぎてしまった印象です。テーマに溺れたとしか思えませんね。




D・M・ディヴァイン『運命の証人』(創元推理文庫)

 法廷では、いままさに審理が始まった刑事裁判をひとりの男が他人事のように眺めていた。弁護士である男がこの場所にいるのは、六年前と数ヶ月前に起きた二件の殺人の、ほぼ有罪が確定した被告人としてであるにもかかわらず。六年前、駆け出しの事務弁護士だった男――ジョン・ブレスコットは、友人ピーターの屋敷である女性を紹介される。ノラ・ブラウン。ひと目で虜となったその美女との出会いから、彼の運命は狂っていった。四部構成の四部すべてに驚きが待つ、迫真の法廷戦と精妙な謎解きが合わさった、ディヴァイン中期の傑作本格ミステリ!(粗筋紹介より引用)
 1968年、ドミニック・ディヴァイン名義で発表。2021年5月、邦訳文庫化。

 著者の第七長編。時期的にいえば、一番脂の乗り切ったころになるのだろうか。ちなみに原題は"The Sleeping Tiger"。「眠れる虎」は、ピーターがブレスコットを指した言葉である。他にも意味はあるが、それは本編を読めばわかるだろう。
 第一部は、主人公であるジョン・ブレスコットが裁判を受けるところ。そして話は6年前にさかのぼる。そして最後に事件が起きる。
 第二部は、裁判の続きが書かれ、そして話は半年前にさかのぼる。そして最後に第二の事件が発生する。
 第三部は、ブレスコットの裁判が続き、運命の証人が現れ、そして裁判が終わる。
 第四部は、裁判後の話となる。
 読んでいて面白かったけれど、本格ミステリというよりは、ラブロマンス・サスペンスが色濃い作品である。一応最後に「驚きの結末」があるし、ちゃんと伏線が張られていることもわかるけれど、それでも本格ミステリ要素は薄い。詳しくは知らないけれど、作者名義を変えたのはそんなドラマチックな要素をより強くしたからじゃないか、なんてお思ってしまう。
 物語としては面白かったけれど、本格ミステリとしては物足りなかった。そういうしかないよな、これ。




芦沢央『神の悪手』(新潮社)

 26歳までにプロになれなければ退会――苛烈な競争が繰り広げられる棋士の養成機関・奨励会。 リーグ戦最終日前夜、岩城啓一の元に対局相手が訪ねてきて……。追い詰められた男が 将棋人生を賭けたアリバイ作りに挑む表題作ほか、運命に翻弄されながらも前に進もうとする人々の葛藤を、驚きの着想でミステリに昇華させた傑作短編集。(帯より引用)
 『小説新潮』『週刊新潮』に2020~2021年に掲載された5短編をまとめ、加筆修正のうえ、2021年5月、単行本刊行。

 2011年。石埜女流二段と一緒に、震災後の避難所で行われた将棋大会に参加した北村八段。優勝した11、12歳ぐらいの少年と二枚落ちの記念対局を行った。少年は駒の持ち方や挨拶こそできていないが定跡を知っており、北村八段は緩めずに進めるも終盤、上手である北村八段の王に七手詰めの局面を迎えた。しかし少年は別の手を刺し、局面は長引く。「弱い者」。これは傑作。全然想像もつかなかった展開。舞台や心理描写、そして将棋の使い方がうまい。
 2004年。17歳で三段になった岩城啓一だが、三段リーグはこの九期目もすでに昇段の眼はない。最終日は1局目に、リーグ1期目なのにトップで最終局を迎える17歳の宮内冬馬。2局目は暫定二位タイ、順位差で三番手の村尾康生だった。最終日の前日、岩城のところに村尾が訪れてきた。村尾は特例で奨励会に残ってきたが既に29歳、後がなかった。「神の悪手」。自らが意図しないアリバイを背景にした作品ではあるが、さすがに無理があると思う。それに、正直言って将棋を知らない人にはわかりにくい描写ではないだろうか。
 1998年。『詰将棋世界』に投稿されてきた14歳の園田光晴の作品は、単純な五手詰めで余詰めだらけであった。しかも作意は七手詰めとなっているが、まったく詰んでいない。投稿作の検討担当である常坂は、作意では詰まないこと、余詰めの手順を書いて送り返した。しかし園田少年は、基本ルールを無視した意味不明な手順の反論を送ってきた。その後、編集長の金城からある事を聞かされる。園田少年は、4年前に起きた大量の死体遺棄及び殺人事件が起きた「希望の村事件」の唯一の生存者だった。「ミイラ」。これは将棋を知らないと浮かばない発想ですね。何とも奇妙な、そして何とも哀しい作品。こんなのを、どうやって考え付くことができるのだろう。
 2018年。亀梅要は18年前の8歳の時、家族でドライブ中にトラックの横転事故に巻き込まれ、両親を亡くした。そして要は、目にしたものを正しく認識することができなくなった。祖父母に育てられ、18歳で祖父に続いてプロ棋士となった。そして数年が過ぎて迎えたタイトル戦。向島久幸は要の指し手の意味を必死に考える。「盤上の糸」。これはやや独りよがりな作品。アイディアにおぼれたかな。
 2019年。棋将戦七番勝負第二局。タイトル保持者の国芳は対局前日の検分で兼春、雅号春峯が作った駒を選んだ。喜ぶ兼春に、師匠の白峯は微笑みながら「恩返しだな」と声をかける。ところがその数分後、国芳は駒を戻し、改めて検分後、白峯の駒を選んだ。国芳はなぜ駒を選びなおしたのか。兼春は苦悩する。「恩返し」。

 将棋にまつわる5短編をまとめた一冊。「ミイラ」のインスピレーション、詰将棋作成は、詰将棋作家の若島正が、「弱い者」「神の悪手」「盤上の糸」は飯塚祐紀七段が監修と棋譜考案、「恩返し」は駒氏の掬水氏から助言、という風にそれぞれ専門家が関与している。他にも全編監修が朝日新聞の村瀬信也(将棋の担当記者)氏、また報知新聞の北野新太(将棋の担当記者)氏、AIについては安野貴博氏からも話を伺っている。
 よくぞこれだけ将棋を題材に、それぞれ毛色の違う作品を書くことができたものだという点については感心した。その分思い入れが強かったのか、わかりにくい表現、独りよがりな表現があるのは残念。題材の都合上、一人称視点で書くしかなかったのだろうが、それが感情の先走った書き方になった原因だと思う。出来不出来、というと言い過ぎなんだが、まとまり具合の善し悪しが見られた。個人的には「弱い者」が傑作、「ミイラ」が次点。「恩返し」はまあまあ、「盤上の糸」はやや独りよがり、「神の悪手」は無理筋。
 面白かったけれど、もう少し結末まで丁寧に描いてほしかったかな、と思う。前のめり過ぎ、先走り過ぎ。将棋で言うなら、指しすぎな作品集。ところどころで他の作品にも出てきた登場人物が出てくるなどの遊び心がもう少しあれば、なんて思ってしまう。直線的過ぎたかな。もう少し含みがあった方がよかった。




米澤穂信『黒牢城』(角川書店)

 本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。(帯より引用)
 『文芸カドカワ』『カドブンノベル』に2019年、2020年に章ごとに集中連載。加筆修正後、2021年6月、単行本刊行。

 織田方の使者として有岡城に現れた小寺官兵衛、元の名を黒田官兵衛は、荒木村重に「この戦は勝てない」と告げる。村重は官兵衛を返さず、しかし殺さず土牢に閉じ込める。それは武門の定めに反することであった。「序章 囚」。
 大和田城を任していた安部兄弟の息子、二右衛門が、戦いもせず織田に下り開城した。人質として取っていた息子の自念を殺すべきところを、村重は軍議で牢につなぐと告げる。刃物はすべて奪い、竹牢ができるまで奥の納戸に閉じ込めるも、翌日の朝、自念は殺害された。矢傷はあったが弓矢はない。納戸の外の庭は雪に覆われて足跡はなく、納戸につながる廊下は村重が信頼する部下が複数で見張っていた。「第一章 雪夜灯篭」。
 有岡城の東の沼地に、柵地で囲われた陣があった。布陣したのは」織田信長の馬廻のひとりである大津伝十郎。抜け駆けと判断した村重は御前衆を率い、外様の高槻衆と、大坂本願寺の指図に従って有岡城に入った雑賀衆を連れ、大津陣に夜討ちをかけた。見事に成功し、村重は勝鬨を上げた。雑賀衆と高槻衆はそれぞれ若武者と老武者の兜首を取っていた。そこへもたらされた「御大将お討ち死に」の情報。若武者の首のどちらかが大将首と思われたが、それがわからない。しかも夜が明けると、片方の首が憎しみに満ちた形相の首に入れ替わっていた。「第二章 花影手柄」。
 夏になって籠城が半年過ぎ、城内も気が緩みがちとなっていた頃、廻国の僧である無辺が村重のもとへ帰ってきた。明智光秀に降伏の口利きを頼む書状を持って行ったものの、家老の斎藤利三に門前払いされた。しかし言伝として、人質の代わりに世に広く知られた茶壷の名物「寅申」を寄こすようにとのことだった。村重は了承し、新たな書状と「寅申」を無辺に渡す。その夜、無辺が殺害され、さらに宿っていた庵を警護していた御前衆の一人、秋岡四郎介が後ろから斬られて死んでいた。しかし草野のただ中で遣い手である秋岡の刀を抜かせず後ろから斬ることなどありえない。誰がどうやって二人を殺したのか。「第三章 遠雷念仏」。
 実りの秋となり、籠城も一年を迎え膠着状態となり、城内も気の緩みが目立つようになった。村重の言葉は諸将に届かず、村重自身も焦りが出ていた。先の事件に疑問を抱いた村重は、またも牢の中にいる官兵衛と話を交わすこととする。「第四章 落日孤影」。
 村重が城を出てからの後日譚。「終章 果」。

 織田信長の重臣であった荒木村重が、いきなり謀反を起こした理由はいまだに謎のままである。そして、官兵衛が殺されずに幽閉された理由も明らかになっていない。作者はそんな歴史の謎に一つの解決を与えるべく、有岡城で起きた不可解な事件の謎解きを通しながら、二人の戦いを描いてゆく。
 なんといっても、歴史的に確定した事実の裏側を紐解くその発想にただ脱帽。しかも当時ならではの不可能犯罪と謎解きを絡める本格ミステリとしての面白さ。さらに当時の戦国武将ならではの心根や戦を描き切っているのだから、もはや言うことなし。本当にすごい。歴史上の謎と本格ミステリならではの謎をここまで密接に絡め、そして人物描写や背景描写に優れた作品はないだろう。傑作の一言。作者の代表作になるだろう。
 この作品の発想の元ネタは、『真田丸』のあのエピソードだろうか。どこから発想を得たのか、聞いてみたい。




榊林銘『あと十五秒で死ぬ』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 死神から与えられた余命十五秒をどう使えば、「私」は自分を撃った犯人を告発し、かつ反撃ができるのか? 被害者と犯人の一風変わった攻防を描く、第12回ミステリーズ! 新人賞佳作入選「十五秒」。犯人当てドラマの最終回、エンディング間際で登場人物が前触れもなく急死した。もう展開はわかりきっているとテレビの前を離れていた十五秒の間に、いったい何が起こったのか? 過去のエピソードを手がかりに当ててみろと、姉から挑まれた弟の推理を描く「このあと衝撃の結末が」。〈十五秒後に死ぬ〉というトリッキーな状況設定で起きる四つの事件の真相を、あなたは見破れるか? 期待の新鋭が贈る、デビュー作品集。(粗筋紹介より引用)
 2021年1月、刊行。

 主人公の目の前に死神が現れた。自分はピストルで撃たれ、あと十五秒で死ぬところだという。いわゆる走馬灯の時間をサービスするという死神にお願いし、主人公は犯人への反撃を始める。わずか十五秒で何ができるのか。2015年、第12回ミステリーズ! 新人賞佳作入選作「十五秒」。考える時間はあるが、動ける時間はわずか十五秒。被害者が犯人へ反撃するというアイディアは面白い。『死神くん』の方向に行かなくてよかった。ワンアイディアと言ってしまえばそれまでだが、タイムリミテッドサスペンスの究極の形の一つだろう。
 姉が大ファンである連続テレビドラマの最終回を一緒に見ていた中学生の弟。弟はエンディング寸前でテレビから離れて席を立ったが、用を済ませて帰ってくると重要登場人物がなぜか死んでいた。テレビから離れたわずか十五秒で、どんなドラマがあったのか。答えを教えない姉の挑発に乗った弟は、過去のストーリーから推理を始める。「このあと衝撃の結末が」。ドラマ自体がタイムスリップを扱った推理ものになっているせいか、推理クイズみたいな落ちの作品。まあ、確かにテレビでこれをやれば、twitterなどで話題にはなるだろうと思う。
 母と二人暮らしの娘が毎日見る、車の助手席で目覚め、母が何かを伝えた後に大型トラックが突っ込んでくる悪夢。この十五秒の悪夢の正体は何か。そして少しずつ二人の暮らしが変わっていく。書下ろしの「不眠症」。前二作とは全くムードの違う、幻想的な作品。十五秒の設定としては一番弱いが、その趣向を考えない短編として読むと、これは結構いいぞ。
 赤兎島の住民は、首と胴体を切り離されても、十五秒以内にくっつければ死なない特異体質を持っている。自分の胴体ではなく、他人の胴体でも大丈夫。そして大祭の翌日、一人の若者の焼け焦げた首無し死体が発見される。島に住む三人の高校一年生の一人と思われたが、事件後に三人とも目撃された証言が現れる。そして時は戻り、被害者と思われた三人の一人による、事件の状況が語られる。書下ろしの「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」。すごいバカバカしい設定ではあるが、そういうものだと思って読むと、結構ブラックユーモア的な面白さがある。最後に一気呵成の犯人当てが待ち受けており、意外な本格推理ものになりつつ、最後のドタバタ劇が笑える。

 「あと十五秒で死ぬ」という設定を用いた四作の短編集。多分最初の作品を書いた時はそんなことを考えていなかったと思うけれど、そんな設定を、しかも作風を変えて四作そろえるというのはなかなかの腕。ちょいと設定の説明がだらだらしているな、というところはあるけれど、結末に至る流れは面白い。「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」のバカバカしさは、特殊設定状況下本格ミステリ短編として語られてもいいものと思うし、「不眠症」のムードもなかなか。ただこの作者、次作を書くのが非常に難しそう。毎回毎回この傾向の短編集を書くわけにはいかないだろうし。
 面白かったけれど、なんとなく一発屋の雰囲気が漂う作品集。次作があることを希望したい。



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