佳多山大地『新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』(星海社新書)

 本格ミステリの復興探究運動(ルネッサンス)――<新本格ミステリ>ムーブメントは、戦後日本における最長・最大の文学運動です。綺羅星の如き才能と作品群を輩出してきたその輝きは、令和に突入した今に至る本格ミステリシーンにまで影響を及ぼし続けています。本書では、<新本格>の嚆矢である綾辻行人『十角館の殺人』が刊行された1987年から2020年内までに刊行された日本の本格ミステリ作品より、その潮流を辿るべく100の傑作を厳選しご案内。さらにその100冊のみならず、本格ミステリ世界へ深く誘う<併読のススメ>も加え、総計200作品以上のミステリ作品をご紹介します。さあ、この冒険の書を手に、目眩く謎と論理が渦巻く本格ミステリ世界を探索しましょう!(作品紹介より引用)
 『ファウスト』2011年夏号(講談社)に掲載された「新本格を識るための100冊」を基に、100冊の約1/3を入れ替え、大幅に加筆して、2021年8月、書下ろし刊行。

 「第1章 第一世代の肖像」「第2章 今日もどこかで<日常の謎>」「第3章 ザッツ・アバンギャルド!」「第4章 この国の"畏怖すべき"かたち」「第5章 先覚者のプライド」「第6章 未来、あるいはこの世の外へ」「第7章 お隣のサイコ、お向かいのカルト」「第8章 一発当てて名を刻む」「第9章 オルタナティブな可能性」「第10章 新本格ムーブメント再起動!」に分けられた章で、合計100冊の作品を紹介している。
 作者には申し訳ないが、新本格ミステリムーブメントがまだ続いているとは全く思わない。UWFが結局プロレスに取り込まれたように、新本格ミステリもとっくの昔にミステリに取り込まれているからだ。今回選ばれている100冊も、あくまで「新本格ミステリを識るための100冊」であり、すべてが新本格ミステリというわけではない。一応最後に「新本格ミステリ年表」が記載され、『十角館の殺人』が発表された1987年からの年表となっているが、選ばれている100冊を見ると、結局本格ミステリもしくはそれに準ずるものの作品であり、新本格ミステリではない作品も多い。綾辻などに影響された作家もいるだろうが、全く関係ない人もいるだろう。綾辻以降に書かれた本格ミステリ作品が、何でもかんでも新本格ミステリではない。佳多山大地はそのことをわかっていながら、あえて100冊を選んでいる。嫌な言い方をすると、ミスリードだ。佳多山大地が本格ミステリに偏りながら100冊を選んだガイドブックといっていい。
 私個人の偏見的な意見だが、新本格ミステリムーブメントの最大の功績って、現実的に不自然もしくは有り得なかろうが、人物造形ができていなかろうが、名探偵のキャラクターや謎解きなどのごく一部が特化して面白ければ、そしてごく一部に受けるだろうと予想できれば、割とスムーズに出版されるようになった事だと思っている。
 既読は100冊中72冊。思ったより読んでいたなという印象。あとこのブックガイドの最大の落ち度は、はやみねかおるを選んでいないことである。




米澤穂信『真実の10メートル手前』(東京創元社)

 高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める……。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。 (粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』他掲載作品に書下ろしを加え、2015年12月、単行本刊行。

 高齢者にインターネットを介して日用品や医薬品を届けるサービスで急成長したフューチャーステア。しかし有機栽培の農畜産品を利用した会員配当システムが失敗し、4日前に経営破綻した。そして社長の早坂一太と超美人広報としてテレビに出ていた妹の真理が失踪した。二人の妹である弓美は、面識のあった太刀洗に酔った真理から電話があったことを話し、捜してほしいと依頼する。東洋新聞大垣支局に所属する太刀洗と、今年配属されたカメラマンの新人である藤沢吉成は特急に乗る。「真実の10メートル手前」。
 人身事故で電車がホームで止まっている。よくあることだと思っていたら、吐き気を催す光景を見つけた。笑みを浮かべた女記者が現場を見てメモを取り、携帯電話で撮影をしている。さらにボイスレコーダーで事件記録をメモしている。駅員から注意のアナウンスが入るが、気にせず取材を続けている。見苦しい。「正義感」。
 三重県の高校生、桑岡高伸と上條茉莉が遺書を残して心中した。二人が死んだ場所から「恋累(こいがさね)心中」とマスコミに名付けられた。『週刊深層』編集部の都留正毅は現地に取材に行くが、編集長は月刊の方で仕事をしているフリーライターがたまたま近くにいたので、取材コーディネーターを依頼したという。それが、太刀洗万智だった。二人は取材を行うが、都留は事件に違和感を覚えてきた。「恋累心中」。
 一人暮らしの無職の老人、田上良造が孤独死した。発見したのは、中学三年生の檜原京介。学校への往復でいつも見かける人物がいなかったことと、変な臭いがしたので、ブロックの風抜き穴から覗いて見つけたものだった。最初こそ取材攻勢を浴びたが、次のニュースが出ると誰も気にしなくなった。それから二十日後、フリーの記者である太刀洗万智が京介の元を訪れた。「名を刻む死」。
 イタリア系企業で働くヨヴァノヴィチは仕事で来日したが、妹の友達である太刀洗万智にどうしても会いたかった。取材中の彼女と約束が取れたのは一日だけ。ヨヴァノヴィチは太刀洗の取材に付き合う。6日前、16歳の少年が、姉の3歳の娘をナイフで殺害した事件を追っていた。「ナイフを失われた思い出の中に」。
 長野県南部を襲った水害で、三軒の民家が土砂崩れで孤立した。その場所は高台にあり、東から南は取り巻く川が濁流と化し、橋も流されていた。上空は高圧線が通っていて空から近づくことはできなかった。救助作業が土砂で崩れた西側からしかなかった。救助隊は進路を切り開き、4日目に老夫婦を助け出すことができた。そのシーンは、テレビで全国に流れた。テレビのインタビューで老夫婦は、三男一家が正月に来た時に残した非常食のコーンフレークで生き延びたという。次の日、消防団の一人、大庭の大学の先輩である太刀洗が訪ねてきた。「綱渡りの成功例」。
 『さよなら妖精』『王とサーカス』に出てくる太刀洗万智を主人公とした短編集。「真実の10メートル手前」は新聞社時代、残り5作はフリージャーナリスト時代に太刀洗万智が遭遇した事件である。あとがきにあるが、元々大刀洗を主役としたシリーズ短編を書くつもりはなかったという。色々な経緯を経て、シリーズ短編を書くようになったとのことだが、こうやってまとめて読んでみると、本格ミステリとして論理的に事件の真相に近づく謎解き者としての姿と、その真相にまつわる人々の心理と行動を表に出すジャーナリストとしての姿が絡み合った短編集となっている。
 これだったら、もう少し太刀洗万智を主人公とした短編集を読んでみたい。書くのは大変かもしれないけれど




小島和宏『W☆ING流れ星伝説 星屑たちのプロレス純情青春録』(双葉社)

 1991年8月7日、後楽園ホール。のちにプロレス史にその名を刻むインディー団体、「世界格闘技連合 W☆ING」がTAKE-OFF(離陸)した。だが、わずか3シリーズをもって団体は分裂。茨城清志は新たな団体、「W☆INGプロモーション」を設立へと動く。大半のスタッフ、選手と共に同年12月10日、「SKY HIGH AGAIN」を後楽園ホールで開催する。資金は持ち出し、リングは全日本女子プロレスから10万円で借りるなど、“ないない尽くし”の再旗揚げ戦。茨城は破格のギャラを払ってミル・マスカラスを招聘。満員にはならなかったものの、なんとか再スタートを切ることに成功した。
 W☆INGのリングに集まった男たちは、誰もが世間的には無名だった。メジャー団体の選手のようなめぐまれた体格や身体能力がはなかった。だが、プロレスに憧れ、愛する気持ちだけは誰にも負けていない。それは、団体の運営を担うフロントの男たちも同様だった。どうしたら、リングで輝けるのか。どうしたら、世間にW☆INGを知ってもらえるのか。その煩悶の中、男たちは汗と血と涙を流しながら、きらめきを求めて過激なデスマッチへと身を投じていく。夜空に一瞬、輝く流れ星のごとく――。
 齋藤彰俊、松永光弘、金村ゆきひろ、菊澤光信(元W☆ING練習生)、茨城清志元代表、大宝拓治元リングアナウンサー、畑山和寛元レフェリー、ロッシー小川(当時、全日本女子プロレス広報部長)他。当事者たちが語る、W☆INGの立ち上げから、崩壊に至るまでの2年7か月。給料さえほとんど出ない中、男たちはなぜ血を流し、その闘いに観客は熱狂したのか。当時、週刊プロレスの担当記者としてW☆INGを追い続けた小島和宏記者が描き出す、「世界で最も過激な団体」30年目の真実。(粗筋紹介より引用)
 2021年8月、書下ろし刊行。本当はW★INGと星は黒く塗られているのだが、本の中では頁が黒くなってしまうと、あえて☆を使っている。

 プロレス界から姿を消した元リングアナウンサー、スタッフの大宝拓治が25年ぶりくらいに小島和宏に電話をかけたところから本書は始まる。FMWから分かれたスタッフたちが1991年8月7日、後楽園ホールで旗揚げした世界格闘技連合W★ING。経営不振、路線対立などからわずか3シリーズで分裂。社長だった大迫和義(元FMW社長)は、茨城清志と大宝拓治を追放し、川並政嗣レフェリーと「世界格闘技連合WMA」を設立。しかしブッカーのビクター・キニョネスやレスラーのほとんどは茨城清志と大宝拓治が立ち上げたW★INGプロモーションに付いたため、WMAは旗揚げ戦すら行うことができず崩壊。W★INGプロモーションは12月10日に再旗揚げし、その後デスマッチ路線に進んで「世界で最も危険な団体」と言われるようになる。1994年3月13日を最後に、わずか2年3か月の寿命であった。それでも一部のプロレスファンにとっては、強い印象を与えた団体であることは間違いない。
 当事者たちの証言を読んでみて、ビクター・キニョネスや外国人レスラーを除くと、言い方は悪いが、プロレスも経営も素人集団の集まりだったんだなと思わせる。本当に行き当たりばったり。それがたまたまうまく回った頃はよかったが、一つ回らなくなると負の連鎖がどんどん重なっていく状態。売り興行で全然金をもらえないって、どういうやり取りをしていたのだろうかと思ってしまう。メインスタッフのほとんどが給料をもらっていないとか、いったいどういうことと聞きたい。それでも所属レスラーも含めて、好きだったからできたのだろうと思ってしまう。松永光弘が、『W★ING崩壊のA級戦犯は松永光弘だ! 』と自分で言っているけれど、松永が悪いとは思えないなあ。後楽園ホールのバルコニー席からのダイブとか、五寸釘デスマッチで本当に五寸釘に落ちてしまうとか、体を張ってW★INGを支えたのは松永だったんだし。
 ビクター・キニョネス、ミスター・ポーゴ、木村浩一郎、保坂秀樹などすでに亡くなった人もいるし、徳田光輝や非道など表に出なくなった人もいる。実は違うぞと言いたい人もいるだろう。だが、これだけの主要人物からの証言を集めた本書は、まさにW★INGの終焉にふさわしい一冊だと思う。




伊坂幸太郎『死神の浮力』(文春文庫)

 娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻と共に本城を追うが――。展開の読めないエンターテインメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編。(粗筋紹介より引用)
 2013年7月、単行本刊行。2016年7月、文庫化。

 2005年に発表された短編集『死神の精度』の死神、千葉が長編で登場。まさかこの設定が長編になるとは思わなかった。
 マスコミによる被害者への過剰な取材、被害者と加害者の関係、サイコパスな殺人者、裁判などの社会的な問題が散りばめられつつ、“死神”である千葉の言動がどこか頓珍漢ながらも、我々の“常識”へ一石を投じている形になっているのは面白い。作者にそんな意図はないだろうけれど。ただ、くどさを感じたところもあったので、ちょっと長すぎたかな。
 最後は怖い結末だったが、あえてこれも作者が一石を投じたのかな。




石持浅海『君が護りたい人は』(祥伝社 ノン・ノベル)

 成富歩夏が両親を亡くして十年、後見人だった二十も年上の奥津悠斗と婚約した。高校時代から関係を迫られていたらしい。歩夏に想いを寄せる三原一輝は、奥津を殺して彼女を救い出すことを決意。三原は自らの意思を、奥津の友人で弁護士の芳野友晴に明かす。犯行の舞台は皆で行くキャンプ場。毒草、崖、焚き火、暗闇……三原は周到な罠を仕掛けていく。しかし完璧に見えた彼の計画は、ゲストとして参加した碓氷優佳によって狂い始める。見届け人を依頼された芳野の前で、二人の戦いが繰り広げられる――。(粗筋紹介より引用)
 2021年8月、書下ろし刊行。

 碓氷優佳シリーズ最新刊。著者の言葉に「第5の事件」とあるし、ちらしにも「シリーズ第5弾」とあるのだが、高校時代の短編集はシリーズに入っていないのか、などと思ってしまった。
 殺人計画を、ある意味見守る立場による人物の視点で進む作品。珍しいといえば珍しいが、逆に描き方が難しい。変な意味で、神の視点に近い立場になっている。それがうまくいったかどうかと言われたら、残念ながら今一つだったといえるだろうか。
 碓氷優佳が完璧すぎて面白くない、ということもあるが、それ以上に犯人である三原一輝のあまりにも独善とした考え方が、作品を読んでも面白くないものになっている。いくら年齢差があるからといって、あれだけイチャイチャしているカップルを見て、自分の考え方が間違っているとは思わないのだろうか。まあ、恋に盲目な人は、自分の思う方向にしか考えられないのだろうが、逆に今まで何も手を出さなかったのも変な話。はっきり言ってバカじゃないか、と思ってしまうので、全然同調できないんだよな。そこらへんが書き込み不足なイメージを持たせて、損をしている。
 それにしても、結婚しているのに名前すら全然出てこない碓氷優佳の旦那。何か裏があるのじゃないかとずっと思っているのだが、数年に一度の長編ペースじゃ、細切れ過ぎるんだよな。もうちょっとペースを速めてほしい。それと、帯に「名探偵・碓氷優佳」とあるけれど、名探偵ではないよな。




ウィリアム・サファイア『大統領失明す』上下(文春文庫)

 失明した大統領に大統領職はつとまるのか? テロにより失明した第41代大統領エリクソンは、アメリカ政治史上例のない難問に直面させられた。不屈の闘志で留任を主張するエリクソンに、宿敵バナーマン財務長官は憲法修正第25条をかざして激しく退陣をせまる。ピュリッツァー賞受賞のコラムニストが描く迫真と感動の政治小説。(上巻粗筋紹介より引用)
 憲法修正第25条によれば不能となった大統領は引退しなければならない。が、失明は不能といえるのか? 両派の全力を傾倒した主張と工作が、閣議、議会に向けて続けられた――。当代一の人気政治記者サファイアが、持てる材料のすべてをつぎこんで、大統領と周辺の人々の愛と正義と欲望に揺れる姿を描いた一時代を画す傑作。(下巻粗筋紹介より引用)
 1977年、発表。1985年4月、邦訳、文春文庫で刊行。

 作者はニューヨーク・タイムズのオプ・エド(社説面の対向)ページにコラムを書き続けてる人気ジャーナリスト。ニクソン大統領時代は大統領草稿係秘書として演説原稿を書いていたとのこと。そのときの経験が本作品を書かせたのだろう。
 アメリカのエリクソン大統領と、ソ連のコルコフ書記長との頂上会談がソ連で行われていた。9日間の訪ソ日程の7日目、二人が同乗していたヘリがテロに襲われ、コルコフは死亡、そしてエリクソンは失明する。そして失明した大統領は、大統領として正しい判断を行うことができるのか。失明は、憲法修正第25条に書かれた「不能」にあたるのか。エリクソン側と政敵バナーマン側の激しい戦いが繰り広げられる。
 冒頭からの緊迫感のある魅力的な展開。そしてアメリカならではの政治劇。ホワイトハウスの知られざる内側(アメリカ人から見たら知られている内容なのかもしれないが)が面白いし、大統領やその後のポストをめぐる駆け引きも面白い。不測の事態を通し、表面に出てくる欲望と策謀が何ともリアル。憲法修正第25条をめぐるやり取りは、言葉という刀で切り合いをしているようである。追い詰める者と、追い詰められて反撃する者の、大統領という地位と権力を巡っての殴り合いに、愛情や友情、信頼などが絡み合うところが実にいい。手に汗握る政治ドラマとは、こういうものなのだろう。
 読み終わってどことなくからっとしているのは、アメリカならではのお国柄なのかな。日本だったらもっと陰陰滅滅な展開になりそうだ。
 実際の第41代大統領はジョージ・H・W・ブッシュ。本作品出版より12年後に就任している。




連城三紀彦『運命の八分休符』(創元推理文庫)

 困ったひとを見掛けると放ってはおけない心優しき落ちこぼれ青年・軍平は、お人好しな性格が災いしてか度々事件にまきこまれては素人探偵として奔走する羽目に。殺人容疑をかぶせられたモデルを救うため鉄壁のアリバイ崩しに挑む表題作をはじめとして、奇妙な誤認誘拐を発端に苦い結末を迎える「邪悪な羊」、数ある著者の短編のなかでもひときわ印象深い名品「観客はただ一人」など五人の女性をめぐる五つの事件を収める。軽やかな筆致で心情の機微を巧みにうかびあがらせ、隠れた傑作と名高い連作推理短編集。(粗筋紹介より引用)
 『オール讀物』(文藝春秋)へ1980~1983年に発表した4作品と、『小説推理』(双葉社)に1982年に発表した「紙の鳥は青ざめて」を加え、1983年3月、文藝春秋より単行本刊行。1986年5月、文春文庫化。2020年5月、創元推理文庫より刊行。

 大学を出て3年、定職にもつかずぶらぶらしていた田沢軍平が2か月前、紹介してもらったのがガードマンの仕事だった。相手は日本ファッション界の売れっ子モデル、波木装子。紹介されたときには、装子を悩ましていた脅迫電話は解決していたが、装子は軍平のことを気に入り、時々電話をかけてきて、食事や酒に二三時間付き合わされていた。しかし今日呼び出された用事は違った。三日前、装子のライバルであり、ファッション界の大御所マグ・カートンに引き抜かれたトップモデルの白都サリが殺害され、その容疑者のひとりに装子があがっていた。しかも前日、パーティで装子はサリをひっぱたいていた。本命の容疑者は、新進デザイナーでサリの元婚約者である井縫リョウジ。しかし事件当日、リョウジは大阪にいて、東京との飛行機の往復では2分間足りない、鉄壁のアリバイがあった。「運命の八分休符」。二分間のアリバイというのもすごいが、その謎解きも素晴らしい。そしてこの作品は、ラストがとてもきれい。映画みたい、というのがぴったりくる終わり方である。
 高校時代からの友人かつ憧れの存在でもあった歯科医の宮川祥子から、軍平に相談に乗ってほしいと頼まれた。患者である小学一年の曲木レイが誘拐された。一昨日、レイは同級生の剛原美代子と一緒に祥子の歯医者に来ていた。そこに電話がかかってきて、美代子の母親が事故を起こしたので返してほしいといわれたが、粗忽な祥子は間違えてレイを帰し、その途上で誘拐されたのだ。美代子の父親は有名スーパーチェーンの社長で、レイの父親はそのチェーン店の店長だったが、競馬でサラ金に手を出し、さらに店の金を使い込んで頸になったばかりだった。責任を感じた祥子は何とか二百万円をかき集め、曲木の家に行くので軍平についてきてほしいというのだ。美代子の代わりにレイがさらわれたので、身代金を貸してほしいとレイの父は美代子の父に頼むが、美代子の父ははねつける。「邪悪な羊」。誘拐物だが、連城が単純な誘拐物をやるわけがなく、これまた凝った仕掛けになっている。よくぞまあ、これだけのことを考え、惜しげもなく短編に投入するものだと感心する。
 ひょんなことから部屋に転がり込むようになった女優の卵、宵子に誘われ、軍平は宵子が研究生として所属する劇団「アクテーズ」を率いる新劇界の女王、青井蘭子のひとり芝居を見に行くことになった。その舞台は一度きり、自伝のような舞台で、しかも百人の客席にいるのは元婚約者の5名を含む、蘭子がかつて関係を持った男がほとんどであった。軍平は蘭子の一人芝居に胸を打たれたが、他の客は舞台にあまり関心を持たず、帰るものもいた。そして迎えたラスト、蘭子は取り出した拳銃で舞台中央のガラスの扉を撃つ。蘭子が拳銃を投げ捨て、舞台は終わるかに見えたが、謎の男が拳銃を拾い、蘭子の「胸を撃って」の台詞通りに拳銃を発射し、蘭子は倒れて芝居は終わった。演出の安田や宵子が舞台に出てきてカーテンコールとなるはずが、蘭子は本当に撃たれて死んでいた。拳銃は蘭子自身が不法所持していたものだったが、弾は元々一発しか入っていなかった。そして最後のシーンは蘭子自身が演出したものだった。衆人環視の中、誰が一体どうやって蘭子を撃ったのか。「観客はただ一人」。虚飾に飾られた大女優が演じるひとり芝居そのもののような作品である。本作品集の中でも、インパクトは一番強い。
 軍平が当てもなく歩いていると、一匹の犬が無理矢理屋敷まで引っ張られた。居間では織原晶子が左手首を切って倒れていた。慌てて応急処置をすると、軽い傷だったらしく、晶子は目を覚まし、夕食をふるまいながら身の上話をした。晶子は31歳、料亭で仲居をしている。五年前に結婚した旦那の一郎が一年前、芸能プロで働いていた妹の山下由美子と駆け落ちした。年末、離婚届の入った封筒の消印から金沢にいるとわかった晶子は、由美子の婚約者だった夏木明雄と金沢を探し、二月の初めに二人の住むアパートを見つけた。四人で話し合いをするも埒が明かず、次の日二人はアパートから逃げ出し、夏木も姿を消した。実は夏木は1000万円を使い込んで一月から逃げていたのだ。それから半年近くったのが今日だった。その翌日、軍平の部屋を訪れた晶子は、昨日の朝刊を見せる。群馬県白根山中腹の林の奥深くで、死後六か月は経った男女の腐乱死体が発見されたという。年齢や身長が一郎と由美子に似ているので話を聞きに行くが、軍平にも着いてきてほしいという。「紙の鳥は青ざめて」。心中事件を核に淡々と物語は進むが、男と女の繋がりの綾が鮮やかな反転図となって最後に完結する。
 大学時代の空手部の先輩で、今も可愛がっている医者の高藤に連れられ、軍平は銀座のクラブにやってきた。隣に座ったのは、入ってまだ半月という梢。時間が経ち、毬絵がいないというママの言葉に梢が探しに行ったが、毬絵は控室で腕を刺されて倒れていた。警察に知らせたくないというママの頼みで高藤が応急処置したが、毬絵は犯人を見つけてくれと騒ぎだした。客を横取りされた四人のホステス、そしてパトロンを誘惑されたママに動機があった。「濡れた衣装」。軍平が現場の状況で謎解きをする物語。他の作品と比べると、ちょっと毛色が異なるか。
 定職もない落ちこぼれでお人好しな青年の田沢軍平が女性と出会い、そして事件に巻き込まれ、謎解きを行う連作短編集。技巧を技巧と思わない筆致は素晴らしいし、お人好し過ぎて優しい軍平と傷を負った女性のすれ違いな触れ合いが物語を豊かにしている。今読んでも、まったく色褪せない作品集であることに驚き。「隠れた傑作」にふさわしいし、復刊が喜ばしい。




今村昌弘『兇人邸の殺人』(東京創元社)

 "廃墟テーマパーク"にそびえる「兇人邸」。班目機関の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その奇怪な屋敷に侵入した葉村譲と剣崎比留子を待ち構えていたのは、無慈悲な首切り殺人鬼だった。逃げ惑う狂乱の一夜が明け、同行者が次々と首のない死体となって発見されるなか、比留子が行方不明に。さまざまな思惑を抱えた生存者たちは、この迷路のような屋敷から脱出の道を選べない。さらに、別の殺人者がいる可能性が浮上し……。葉村は比留子を見つけ出し、ともに謎を解いて生き延びることができるのか!? 『屍人荘の殺人』の衝撃を凌駕するシリーズ第三弾。(粗筋紹介より引用)
 2021年7月、書き下ろし刊行。

 日本でも有数の医療製薬関連企業である成島グループの子会社の社長である成島陶次の依頼により、班目機関の研究資料を手に入れるために向かったのは、"生ける廃墟"として人気を博す地方テーマパークにそびえる「兇人邸」。運営会社の社長かつ兇人邸の主は、元班目機関の研究者。成果を手に入れるため、比留子たちは成島が雇った6人の傭兵とともに兇人邸に侵入する。途中、斑目機関の者たちの回想が差し込まれる。
 剣崎比留子シリーズ第三弾は、現役の"廃墟テーマパーク"にそびえる「兇人邸」。外に出られることも不可能ではないのに、クローズドサークル化してしまうという設定は面白い。ただ年寄りのせいか、イラストもあるのに兇人邸の構造が今ひとつわかりにくく、サスペンス味がそれほど感じられなかったのは少々残念。そういうもんなんだ、と思いながら読み進めていました。
 生き延びれるかどうかというサスペンスよりも、殺人事件の謎よりも、比留子と葉村の関係の方に目が行っちゃったな。どうもマンガを読み返していたせいか、本作の比留子が思ったより冷たく感じていたのだが、前作を思い返すと、比留子はこういう性格だったよな、と今さらながら思い出してしまった。ホームズとワトソンという二人の関係を、今さらながら認識させられたというか。個人的には比留子と葉村の何気ない会話が好きなんだが、今回はそれがほとんどなかったのが残念。
 殺人事件の謎の方は、途中まではそれほど盛り上がらなかったが、最後の一気呵成の謎解きはお見事。ただなあ、登場人物欄を見るだけでキーマンがだれかわかってしまうのはちょっとなあ。それと、最後の引きは卑怯! さっさと次作を出せと言いたくなる。
 前二作と比べると、ちょっとまどろっこしいところはあるけれど、十分楽しむことができた。なんだかんだ、今年のベストには入ってくるだろう。




山田宗樹『百年法』上下(角川文庫)

 不老化処置を受けた国民は処置後百年を以て死ななければならない――国力増大を目的とした「百年法」が成立した日本に、最初の百年目が訪れようとしていた。処置を施され、外見は若いままの母親は「強制の死」の前夜、最愛の息子との別れを惜しみ、官僚は葛藤を胸に責務をこなし、政治家は思惑のため暗躍し、テロリストは力で理想の世界を目指す……。来るべき時代と翻弄される人間を描く、衝撃のエンターテインメント!(上巻粗筋紹介より引用)
 不老化処置を受けた国民は処置後百年を以て死ななければならない――円滑な世代交代を目論んだ「百年法」を拒否する者が続出。「死の強制」から逃れる者や、不老化処置をあえて受けず、人間らしく人生を全うする人々は、独自のコミュニティを形成し活路を見いだす。しかし、それを焼き払うかのように、政府の追っ手が非情に迫る……世間が救世主を求める中、少しずつ歪み出す世界に、国民が下した日本の未来は!? 驚愕の結末!(下巻粗筋紹介より引用)
 2012年7月、角川書店より単行本刊行。2013年、第66回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。2015年3月、文庫化。

 勧められてようやく手に取ったのだが、面白くて一気読み。SFポリティカルサスペンス? どういうジャンルになるんだろう。
 戦後すぐに導入されたアメリカの新技術HAVI。不老となり、病気や事故、殺人などでなければ死ぬことがない。しかし血を入れ替えるために、HAVI処置後百年経ったら、生存権を始めとする基本的人権をすべて放棄する「生存制限法」、通称「百年法」。この設定がすごい。いや、確かに不老不死も、強制死去も、昔からあるネタではある。しかしこれらを日本社会に組み込み、それらにまつわる歴史を書き綴るというのはびっくりした。
 確かに死ぬのは嫌かもしれないが、しかし新陳代謝がなければ国力は衰退する。様々な矛盾と本能が交錯する社会の描写がうまい。特に日本人と日本社会ならではの曖昧さが絶妙。世の中を動かす政治家や官僚たちだけでなく、警察や一般市民、さらにテロリストなどの犯罪者なども含め、様々な考えを持つ者たちによる社会の変動と再生、歪みと苦悩と愛情が描かれており、壮大な歴史絵巻となっているところがすごい。生と死だけでなく、民主主義と独裁主義、権力、英雄、大衆、世論、願望、愛、親子、欲望と嫉妬、文化、生活、時の流れなど、様々な問題点が浮き彫りとなり、そして我々に問いを投げかける。一つの回答が、また新たなる歪みと疑問を生み出す。永遠に結論が出ない問題でありながらも、我々はそれに向かい合わなくてはならず、そして生き続けなければならない。
 人物の掘り下げが欲しいなと思うところもあるが、作者があえて触れないでいる部分も多そうだ。この作品はあくまで百年法を軸とした大河ドラマ。そんな作品なのだろう。傑作である。




知念実希人『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)

 雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!(粗筋紹介より引用)
 「アップルボックス」配信2021年6月~7月連載。加筆修正のうえ、2021年8月、刊行。

 知念実希人は名前だけ知っているが、読むのは初めて。作家デビュー10年、実業之日本社創業125年記念作品だそうだ。帯に島田荘司や綾辻行人が推薦文?を書いている時点で地雷臭がプンプンするのだが、帯の裏では有栖川有栖、法月綸太郎、我孫子武丸、大山誠一郎、竹本健治、芦沢央が言葉を寄せている時点で、手に取らないという選択肢は消えていた。もっとも、島田と大山以外は褒めているわけではないよな、これ。
 11階建ての硝子の塔という時点で何か仕掛けありますよと言っているようなものだし、登場人物も偏屈なミステリマニアの大富豪、刑事、料理人、医師、名探偵、メイド、霊能力者、小説家、編集者、執事、というところで何かやらかしますよと言っている。さらに自分のかかりつけの医師、住み込みのメイドと執事、贔屓の料理人以外はわざわざ大富豪が招待したもの。大富豪による重大発表の内容が、極めて有名でだれもが知るような作品を生み出している人物が書いた遺作で、ミステリの歴史が根底から覆されるという本格ミステリ。雪崩によるクローズドサークル。ハードルを上げるだけ上げて大丈夫なのかと思ったが、読んでいくうちにどんどん頭痛がしだした(苦笑)。かつての新本格の、趣味の悪いなぞり方だな、なんて思いつつ、回収されていない伏線もあるじゃないか、なんて考えていたら、絶対やるよな、と思っていたネタに入っていった。
 言ってしまえば、新本格ファンが好みのトリックを全部ぶちこんで小説にしたような作品。島田荘司の帯の言葉は間違っていなかったよ、悪い意味で。本格ミステリがそれなりに好きな私でもバカバカしいと思うのに、本格ミステリに特別な偏愛がない人が読んだら、馬鹿じゃないか、と言うだろうな。綾辻の帯の言葉も間違っちゃいない。確かに綾辻は驚くだろう。しかも読み終わっても回収しきれていないし。これ、ただのプレッシャーだろ。
 読み終わって思ったけれど、「本格愛」じゃなくて、「新本格偏愛」だよね、このこだわりっぷりは。神津恭介や土屋隆夫が出てこない時点で、「本格愛」なんて言えないよ(個人的偏見)。これを真面目な顔をして書くところがある意味すごいけれど、バカバカしくて笑えた作品ではあった。よくやるよ、と言いたい。




ホーカン・ネッセル『殺人者の手記』上下(創元推理文庫)

 「エリック・ベリマンの命を奪うつもりだ。お前に止められるかな?」バルバロッティ捜査官が休暇に出かける直前に届いた手紙に書かれていたのは、殺人予告ととれる内容だった。悪戯かとも思ったが、無視することもできず、休暇先から署に連絡して調べてもらう。だが同名の人物が五人もおり、警察は半信半疑でいるうちに、一人が遺体で発見されてしまう。予告は本物だったのだ。急いで休暇を切り上げたバルバロッティのもとに新たな予告場が届き……。スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀賞に輝く傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
 殺人の予告状は、三通目、四通目と続いた。いずれも宛先はバルバロッティ。彼にはまったく心当たりがなかったが、予告状の件をマスコミに嗅ぎつけられ、自宅に押しかけてきた記者に暴行の被害届を出され、捜査から外されてしまう。そんなバルバロッティを嘲笑うかのように、五通目の予告状には彼のファーストネームと同じ「グンナル」の名が……。さらにバルバロッティの元に送りつけられた手記には、驚愕の事件が記録されていた。二転三転する事実が読者を翻弄する、スウェーデン・ミステリの名手の代表作。(下巻粗筋紹介より引用)
 2007年、発表。同年、スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀賞受賞。2019年、インターナショナル・ダガー賞ノミネート。2021年4月、邦訳刊行。

 ええっと、まったく知らない作家ですが、スウェーデンを代表する推理作家とのこと。2003年に講談社文庫から『終止符(ピリオド)』、2019年に東京創元社から『悪意』が出版されている。架空の町マールダムを舞台にしたファン・フェーテレン刑事部長が主人公のシリーズが10作目まで刊行され、『終止符』もそのうちの一つ。本作はグンナル・バルバロッティ警部補シリーズの第2作目で、6作まで出版されている。作者は40作以上の作品を出版し、三十以上の言語に訳されているそうだ。
 本作はバルバロッティの元に殺人の予告状が届けられ、そこに書かれていた名前の人物が次々と殺害されていく。その合間に、犯人らしい男性が書いた、5年前に過ごしたブルターニュ地方でのバカンスの日々の手記が挟まれる。その手記に出てくる名前が、今回の事件の被害者という趣向だ。
 結構凝った趣向になっているのだが、バルバロッティは恋人であるマリアンネと再婚できるかという方に気がとられているようにしか見えないし、そもそも殺人者に振り回されるばかり。最初の展開は面白かったのだが、バルバロッティの不甲斐なさにじれったくなってくる。同僚であるエヴァ・パックマン警部補たちの方が魅力ないか。そんな風に言いたくなってしまう。確かに最後は物語が二転三転するのだが、事件が長すぎて今一つの感が強かった。
 これも人気シリーズらしいけれど、いったいどういうシリーズなんだろう。そちらの方がすごく気になった。バルバロッティの家族の話が主題なんじゃないか、そんな気がしてくる。



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