エイモス・アーリチァ、イーライ・ランドウ『暗殺名はフェニックス』(ワニの本 海外ベストセラーズ)

 1977年、リビアの若き指導者カダフィ大佐は、イスラエルとエジプトの中東和平工作を阻止するため、黒幕とみなされるイスラエル外相ダヤンの暗殺を命ずる。そこでリビア情報部は3人の国際的殺し屋を調達した。
 パリ・モード界の女王で毒殺の専門家シャーロット夫人。もう1人はジャーナリストで爆発物専門のギブスコッフ。最後の1人は暗号名フェニックス――だが、仲介者さえ本名も素顔も知らないこの謎の人物は、各地に秘密のアジトを持ち、複数のパスポートを使いわける変装の名人で、ラムのコーク割りしか飲まない冷酷な暗殺者である。
 このトップクラスの殺し屋は、契約料として50万ドル、成功報酬としてなんと、250万ドルを要求。一方、リビア側も、もし暗殺の前に標的が死んだ時は、1セントも支払わないという条件をつける。この条件に不信を抱いたフェニックスは、自分の他にライバルが2人いることをつきとめたのだった。
 ライバルを倒す、と同時に、標的ダヤンを撃つ――この二重の使命を負ったフェニックスと秘密情報部との息詰まる攻防戦が始まった……。
 イスラエル秘密警察の元高官と、ジャーナリスト(共に、ダヤンの配下として働いた経験をもつ)が、精通した知識と経験をもとに描いたスパイ・スリラー久びさの話題作!(粗筋紹介より引用)
 1979年6月、アメリカで発表。1979年11月、邦訳刊行。

 訳者のあとがきによると、エイモス・アーリチァは最近までイスラエル警察機構のなかで警視正に相当する要職で活躍していた。イーライ・ランドウはイスラエル情報部のめあましい大成功といわれる「ウラニウム船作戦」の実録をシグネット・ブックに共著の形で発表した作家のひとり。二人はモシエ・ダヤンが「ハイヨム・ハゼー」紙の編集主幹をやっていたとき、ともに副編集長として仕事をしたことがあるという。
 40年前の作品だから、カダフィ大佐も若い。本編では出てこないけれど。エジプトとイスラエルが1979年に平和条約を結ぶ直前の話。条約の黒幕であるイスラエルのダヤン外相の暗殺計画に動くリビアと、それを阻止するイスラエル情報部との裏の争いを描いた一冊。実際にあったかどうかはわからないが、秘密警察の元高官とジャーナリストが描いた作品なので、リアリティは十分。当時の情勢を知るのにもいいかな。
 なんといっても目玉は、失敗をしたことがないという暗号名フェニックスが、どのようにして殺人計画を立てるか。また、ライバルとなるほかの殺人者たちをどう倒するのか。逆にイスラエル情報部がどのようにしてフェニックスを追い詰めるのか。ただ、最後の殺人方法がちょっと拍子抜けかな。やっぱり重要人物の暗殺って、ライフルを使った狙撃、というイメージが強い。もちろんそんなことをしたら、たとえ狙撃に成功しても捕まるだろうから、そんな手段はとらないだろうけれど。ただ、慎重な暗殺者にしては、接触する人物が多い計画だな、という印象である。できるだけ接触する人物を減らし、足取りを捕まらせないようにしそうなものだが。
 ちょっと古いけれど、当時の緊迫した情勢を勉強しながら、楽しく読むことができた。まあ、作家だったらもう少し派手なシーンを入れそうな気はするが。




鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)

 なぜ 語らないのか。なぜ 俯いて歩くのか。なぜ いつも独りなのか。そしてなぜ 嫌われるのか――。
 中日ドラゴンズで監督を務めた8年間、ペナントレースですべてAクラスに入り、日本シリーズには5度進出、2007年には日本一にも輝いた。それでもなぜ、落合博満はフロントや野球ファン、マスコミから厳しい目線を浴び続けたのか。秘密主義的な取材ルールを設け、マスコミには黙して語らず、そして日本シリーズで完全試合達成目前の投手を替える非情な采配……。そこに込められた深謀遠慮に影響を受け、真のプロフェッショナルへと変貌を遂げていった12人の男たちの証言から、異端の名将の実像に迫る。「週刊文春」連載時より大反響の傑作ノンフィクション、遂に書籍化!(粗筋紹介より引用)
 『週刊文春』2020年8月13・20日号~2021年3月4日号まで連載。大幅な加筆修正のうえ、2021年9月、単行本刊行。

 落合博満の2004年から2011年までの8年間の中日ドラゴンズ監督時代を、当時日刊スポーツのプロ野球担当記者として番記者を務めていた筆者が描き切った一冊。
 落合の中日監督時代の成績はすごいの一言。8年間で優勝4回、日本一1回。そして8年間すべてAクラス。本の中ではCSについてはほとんど触れられないけれど(それも落合本らしいという気がする)、CSではファイナルステージには必ず出ている。これだけの成績を残しながら、フロントや地元企業、マスコミからは嫌われまくった。不思議といえば不思議だし、当然といえば当然という気もする。馴れ合いとコミュニケーションをはき違えた面々からしたら、落合の態度には腹を立てたのだろう。それを情が無いだの、ファン無視などと自らを正当化し、徒党を組んで批判ばかりしているのだから、呆れるしかない。マスコミの適当さは、新人王などマスコミが投票して決定するタイトルを見ればわかる。いつだったか、新人王の投票で、1年間を通して活躍していた選手に投票せず、わずかしか登場していない選手に投票していた記者が複数いた。これを馴れ合いと言わずしてなんと言うのだろう。
 落合はどんな相手にも、プロとしての考えを徹底して求めていた。そしてプロとしての基準に満たないものに対して、何を話しても無駄だと悟っていたのだろう。鈴木忠平というこの本の作者がこれだけのことを書けたのは、そんな落合の姿勢と考え方を学び取った結果ではないか。だからこそ、本書は読んでいて面白い。プロの選手の思考・動き・言動を、ただの伝書鳩のように、伝言ゲームのように、太鼓持ちのように書くのではなく、プロ以上の思考をもって書けるプロの記者が一体どれぐらいいるのだろうか。
 本書に出てくるのは川崎憲次郎、森野将彦、福留孝介、宇野勝、岡本真也、中田宗男、吉見一起、和田一浩、小林正人、井出峻、トニ・ブランコ、荒木雅博の視点を通しながら、2004年から2011年の落合博満と中日ドラゴンズの表と裏をあぶり出している。プロという人たちはいかにしてその地位を作り出すか、その地位を奪うか、その地位を維持するか。そしていかにして新たな地位を見つけ出すか。落合や当時の中日ファンだけでなく、あらゆるプロ野球ファンに読んでもらいたい。当時の中日ドラゴンズを知っている人なら、その舞台裏に驚くだろうし、知らない人でもプロというものの本来の恐ろしさやレベルの高さを知ることができるはずだ。そして、ビジネスマンにも読んでもらいたい。組織論としても、そして上司と部下の関係という点でも面白く読むことができるはずだ。まさに傑作ノンフィクションである。




門井慶喜『家康、江戸を建てる』(祥伝社文庫)

「北条家の関東二百四十万石を差し上げよう」天正十八年、落ちゆく小田原城を眺めつつ、関白豊臣秀吉は徳川家康に囁いた。その真意は、湿地ばかりが広がる土地と、豊穣な駿河、遠江、三河、甲斐、信濃との交換であった。家臣団が激怒する中、なぜか家康は要求を受け入れる―ピンチをチャンスに変えた究極の天下人の、日本史上最大のプロジェクトが始まった!(粗筋紹介より引用)
 2016年2月、祥伝社より単行本刊行。同年、第155回直木賞候補作。2018年11月、文庫化。

 豊臣秀吉の要請(命令)により、江戸へ国替えすることとなった徳川家康。江戸を大坂にしたいという家康はまず、江戸の地ならしを始めることとする。その差配の役目を仰せつかったのは、伊奈忠次。忠次が考えていたのは、雨が降るたびに大洪水となって江戸を水浸しにする利根川を大きく東へ曲げて、河口を東へ移してしまおうというものだった。巻頭代官となった忠次の事業は、嫡男忠政、その弟忠治、さらにその息子忠克まで続く。「第一話 流れを変える」。
 秀吉のように大判を造りたいという家康の求めに応じ、秀吉の吹立御用役、後藤徳乗の弟である長乗が江戸にやってきた。京に帰りたい長乗は体が弱いので関東の寒さが堪えると訴え、段取りが付いた二年後、橋本庄三郎を残して京へ帰った。庄三郎は今まで隠していた野心を表に出し、数ヶ月で家康の前に出来上がった大判を差し出した。家康は庄三郎に、大判の代わりに新たに小判を造れと命令した。それは豊臣方に、貨幣戦争を仕掛けるものだった。「第二話 金貨を述べる」。
 家康は菓子作りが得意な大久保藤五郎に、江戸の民に飲ませる水を探すように命令する。藤五郎は赤坂の溜池と神田明神山岸の細流の良い水を見つけ、江戸へ流すようにした。それから十三年後、家康は武蔵野で源頼朝が最初に見つけたという「七井の池」を、名主である内田六次郎に案内され、その水の美味さに感激した家康は、六次郎にこの水を江戸まで引くように命じた。「第三話 飲み水を引く」。
 伊豆国の堀河に見えすき吾平と呼ばれる石切(採石業者)の親方がいた。吾平は石の節理を読む超能力を持っていた。その名声が代官頭、大久保長安の耳に入り、江戸城の石垣の石を切り出す役に着いた。三年後、吾平は役目を退き、新しい石切場を探す。二年後、天城山の北西部に良好な石切場を見つけた。吾平は七年かけ、その地を最良の石丁場に仕立て上げた。吾平は親方を退き、自らが切った石がどう扱われているかを知るために江戸に出る。「第四話 石垣を積む」。
 家康は藤堂高虎に江戸城を築けと縄張りを命じた。図面を引き、施工者も天守台が黒田長政、天守の作事が大工頭の中井正清と決まり、人も集まったところで、将軍を継いだ秀忠が天守はいらぬのではないかと家康に訴えた。しかし家康は天守の建設命令を出す。正清は天守の外壁を、通例の黒ではなく、白壁にしろと言われて困惑する。正清は、白壁にするに必要な石灰を探すこととなった。秀忠は、なぜ家康が白壁の天守を造れと命じたのか、その答えを探す。「第五話 天守を起こす」。

 後に世界一の大都市となる江戸は、家康が入るまでは湿地ばかりの小さな城下町でしかなかった。いかにして江戸は世界有数の都市に発展することとなったのか。その基礎となった工事に携わった人たちを主人公にした短編集。戦国の世ということもあり、どうしても戦う方の武人ばかりに目を取られがちであるが、平和を築くための世を作るのは文人である。世間的にはあまり大きく取り上げられることのない人たちの活躍を、それもエンタメとして書くのは、かなりの筆力が必要だろう。一人一人の、歴史にはなかなか表に出てこないドラマを浮き彫りにするその筆は、実に優しい。
 歴史小説の傑作の一つだよね、うん。




斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』(実業之日本社)

 プレオープン中に起きた銃乱射事件のため閉園に追い込まれたテーマパーク・イリュジオンランド。廃墟コレクターの資産家・十嶋庵はかつての夢の国を二十年ぶりに解き放つ。狭き門をくぐり抜け、廃遊園地へと招かれた廃墟マニアのコンビニ店員・眞上永太郎を待っていたのは、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』という十嶋からの伝言だった。それぞれに因縁を抱えた招待客たちは宝探しをはじめるが、翌朝串刺しになった血まみれの着ぐるみが見つかる。止まらない殺人、見つからない犯人、最後に真実を見つけ出すのは……(帯より引用)
 2021年9月、書下ろし刊行。

 『楽園とは探偵の不在なり』が変梃りんな設定だったので本作でも何かあるかと思ったら、20年前にプレオープンで廃墟となった遊園地での連続殺人で、現実では有り得ないような設定は特にない。もっとも、『月刊廃墟』という雑誌、どれだけ続けられるネタがあるんだろう、なんて思ってしまった。
 招待客9人+スタッフ1人が何らかの思惑で集められ、宝探しを始める。自分だったら怖くて来ないよなと思ってしまったりもするのだが、まあそれはいい。探偵役で廃墟マニアのフリーター、眞上永太郎がコンビニのアルバイトで養った観察眼を生かす展開は面白い。殺人事件が起きるまで結構長いのだが、それなりに楽しんで読むことができた。ところが殺人事件が起きてからが、なんですかそれ、という展開が多いので、興醒めしてしまった。
 第1の殺人事件は、鉄柵に着ぐるみ姿の被害者が外界と隔てられた12mの鉄柵に突き刺さり、地面まで串刺しになっているという状態。そもそも12mの高さの鉄柵って高すぎだろと思うし、横ビームのない柵なんて聞いたことがない。風が吹いたら揺れて大変だろうな……。それとネタばれじゃないだろうから書くけれど、観覧車のゴンドラが人が一人乗った程度で下がるわけがない。20年も野ざらしになっていたのだから錆びているだろうし、だいたい普通はブレーキをかけたままだろう。
 事件の検証のところでジェットコースターを手で動かすところがあるけれど、いくら小さいといっても四人乗りが五台も並んだら何百キロもあるでしょう。20年も野ざらしになっているのに錆びもせず軽く動くというのも有り得ないし、動かないようにブレーキぐらいつけていると思うのだが、そこは無視しても、傾斜をコースターで押せるはずがない。水平だったら1tでも動かせるよ、摩擦さえなければ。自分でもレール上の1tの台車を手で押したこともあるし。だけど傾斜を上げようとすると、コースター自体の重力がかかってくるんだよ。ましてやコースターなんだからそれなりの傾斜もあるし。
 過去の殺人事件だって、まず無理だろう。だいたいあれを回収できるとも思えないし、遠くと近くの区別ぐらい鑑識でわかると思うけれどね。リゾート施設を誘致することで、ここまで村内が対立するというのも信じられない。ダムで村が水底に沈むとか、産廃施設を作るとかなら話がわかるけれどね。リゾート施設誘致反対という反対運動は見たことがないけれど、これは私が世間知らずなだけかもしれない。登場人物の行動や動機にも首をひねるものが多い。殺人の動機はとくに納得がいかないな。いくらでも回避する方法はありそうだが。大体そんな状況、工事中ではならかった(杭とか打つんだよ)のに、工事後でなる確率は相当低い。
 読めば読むほどおかしな点が出てくるばかりで、せっかくのトリックや謎解きが全然面白くなかった。この探偵役の設定は面白かったから、いっそのこと、廃墟探偵とかいってシリーズ化してくれないかな。




ジョン・ガードナー『裏切りのノストラダムス』(創元推理文庫)

 ある日、ロンドン塔にやってきたドイツ国籍の女性が奇妙なことをいいたてた。新婚早々の夫が1941年にここでスパイとして処刑されたというのだ。その夫だという男の名は、当時仏独両国で遂行されたある諜報作戦に関するファイルに確かに記載されていた。しかし、ロンドン塔で処刑されたという事実はなかった。この話に興味をおぼえたハービー・クルーガーが記録をたどっていくうちに、ノストラダムスの大予言を利用してナチ親衛隊内部にもぐり込み、巧妙な心理戦略を展開しようという第二次大戦末期の《ノストラダムス作戦》なるものが、徐々にクローズアップされてきた……。意外な結末まで読者を飽きさせない畢生の大作。(粗筋紹介より引用)
 1979年、イギリスのHodder and Stoughton社とアメリカのDoubleday社で同時出版。1981年7月、邦訳刊行。

 ドイツ生まれのイギリス諜報員ビッグ・ハービー・クルーガーを主人公にした長編三部作の第一作。ヒルデガルデ・フェンダーマンというドイツ国籍の女性の訴えを耳にしたハービーが過去を探るうちに、第二次世界大戦でイギリスの諜報部隊が行った「ノストラダムス作戦」に辿り着く。ハービーは、当時作戦に参加したヨーロッパ援助計画部部長のジョージ・トーマスから話を聞き、報告書に載っていない細かい出来事まで話をしてもらうことにする。
 物語は作品世界の現代と、ジョージが語る戦争末期の話が交互に語られる。当時のナチスがノストラダムスの予言を自軍に都合の良い解釈をして配布していたのは史実。それを利用したノストラダムス作戦の全貌がジョージの語りによって徐々に明らかになっていくのが面白い。当時の話と、現代の話をつなぎ合わせ、ハービーが些細な出来事を集めて真相に辿り着く展開も面白い。まるでチェスの心理戦を見ているように、少しずつチェックメイトに近づく展開が巧い。結末に至るまでのストーリーと、その結末には素直に感心しました。大作と言われるだけあるわ。
 それと、ハービーが作る料理が実にうまそうなんだよな。手に汗握る展開の途中で、こういう息抜きを作るところも本当にうまいと思う。それにハービーが好きなマーラーが、小説を読む間、常に流れているような感じにさせる。
 ということで、ようやく読むことができました。スパイ小説の傑作です。




横溝正史『横溝正史少年小説コレクション4 青髪鬼』(柏書房)

 横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第4弾。
 秋の空よりも青い頭髪の怪人物による復讐劇『青髪鬼』、どくろ仮面の犯罪者との秘宝をめぐる争闘『真珠塔』、人体改造を受けた脱獄死刑囚を首領とする凶悪集団の暗躍『獣人魔島』――いずれ劣らぬ怪事件・怪人たちに敏腕記者・三津木俊助と探偵小僧・御子柴進が挑む! ほかに短篇5作と、初単行本化の未完成作品『皇帝の燭台』「黒衣の道化師」を収録。
 テキストはすべて、入手が困難な初出・初刊に準拠、横溝正史の真髄を伝えるとともに、資料的価値も十分満足させる、オリジナル決定版!(粗筋紹介より引用)
 2021年10月刊行。

 第4巻は新日報社の敏腕記者・三津木俊助と、探偵小僧・御子柴進のコンビが活躍する『青髪鬼』『真珠塔』『獣人魔島』の長編3作と、短編「ビーナスの星」「花びらの秘密」「『蛍の光』事件」「片耳の男」「謎のルビー」、中絶した「皇帝の燭台」「黒衣の道化師」が収録されている。「皇帝の燭台」は後に金田一ものの『黄金の指紋』として完結している。「黒衣の道化師」は三津木ものの『まぼろしの怪人』などに流用されている。短編は別人が探偵役を務めるが、似たような名前なのでここに収録したのだろう。
 ただ『青髪鬼』は『幽霊鉄仮面』などの作品を色々と流用し、つなぎ合わせたような展開。『真珠塔』は中編「深夜の魔術師」の改作。『獣人魔島』は『怪獣男爵』を短くしてアレンジしたような作品であり、新味はない。ただ、少年物なら三津木俊助と御子柴進のコンビが一番しっくりくる。金田一耕助や由利麟太郎に颯爽とした動きをされても、どうしてもピンと来ないのよね。少年誌で初めて読む分には、十分楽しめると思う。ただ、『真珠塔』で催眠術にかかった女優が罠にかかった自分の手首を切り落とすシーンは残っているのね……。これ、角川文庫版ではなかったような気がするんだけど、どうだっただろう。




紙城境介『僕が答える君の謎解き2 その肩を抱く覚悟』(星海社FICTIONS)

 明神さんの推理が間違ってるかもって、少しも思ってないでしょ?
 生徒相談室(カウンセリングルーム)の引きこもり少女・明神(あけがみ)凛音(りんね)真実しか解らない(・・・・・・・・)。どんな事件の犯人でも神様の啓示を受けたかのように解ってしまう彼女は、無意識下で推理を行うため、真実に至る論理が解らないのだった。臨海学校に参加する凛音の世話を焼く伊呂波(いろは)透矢(とうや)だったが、ふたりは深夜に密会していた疑惑をかけられてしまう。立ちはだかるのは35人の嘘つきたち(クラスメイト全員)。誰も信じてくれない凛音の推理を、透矢は証明することができるのか──。
 本格ラブコメ×本格ミステリ、恋も論理も大激突の第2弾!(粗筋紹介より引用)
 2021年9月、書下ろし刊行。

 期末試験で赤点を取りそうな紅ヶ峰亜衣に頼まれ、勉強を教えることになった伊呂波透矢。頭がよく、教え方もうまい透矢。明神凛音は透矢に乗せられ、教室で試験を受けることとなる。試験初日の三時限目、化学の試験が終わったと思ったら、教師が亜衣の椅子の下に落ちているノートの切れ端を見つける。そこにはアボガドロ定数が書かれていた。カンニングは全教科試験失格。当然亜衣には心当たりがない。ところが凛音は愛の友人が犯人であると指摘。しかし根拠がない。透矢は10分でその証拠を見つけることとなる。「第4話 地雷さんとドアの向こう」
 8月、三泊四日の臨海学校。引きこもり状態の凛音も無事に参加。透矢のことが好きな亜衣は、色々と凛音の世話をする。初日の夜、透矢は騙されて女子棟に入ることに。消灯時間が過ぎたが、何とか教師たちにばれることなく逃げ出すことができた。しかし次の日の朝、一年七組の生徒全員が教師に集められ、誰かが男子棟から女子棟に向かった、海岸に往復した足跡の証拠があると言われた。誰か名乗り出ろと言われたとき、凛音はある男子が犯人であると訴えた。「第5話 一年七組とたった一人の正直者」。

 『僕が答える君の謎解き』シリーズ第二弾。無意識化で推理を行うため、真実に至ることができた論理がわからない明神凛音。その推理を推理する伊呂波透矢。透矢への恋心に気づいた紅ヶ峰亜衣。今回は新たにクラスの学級委員でまとめ役の和歌暮(わかぐれ)諏由(すゆ)が重要人物として登場。まあありがちなライトノベル恋愛模様が面白くなってきたことは確か。ただ透矢たち、気まずくならないのか、色々と。
 それでもって推理の方は、前作よりもさらに面倒(苦笑)。特に第五話は、タイトルにあるとおり正直者が一人しかいない。事件そのものは学園ならではの小さな出来事だが、そこで繰り広げられる推理は本格ミステリの名にふさわしい。ただ、本当に推理が合っているのかどうか、検証する気になれないぐらい長いのだが(苦笑)。
 ということで、次の作品も楽しみになってきた。とはいえ、三年間この調子で書かれたら、やってられないな、と思うのも事実ではある。




アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』上下(創元推理文庫)

 『カササギ殺人事件』から2年。クレタ島でホテルを経営する元編集者のわたしを、英国から裕福な夫妻が訪ねてくる。彼らが所有するホテルで8年前に起きた殺人事件の真相をある本で見つけた──そう連絡してきた直後に娘が失踪したというのだ。その本とは名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの『愚行の代償』。かつてわたしが編集したミステリだった……。巨匠クリスティへの完璧なオマージュ作品×英国のホテルで起きた殺人事件! 『カササギ殺人事件』の続編にして、至高の犯人当てミステリ登場!(上巻粗筋紹介より引用)
 “すぐ目の前にあって──わたしをまっすぐ見つめかえしていたの” 名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの『愚行の代償』を読んだ女性は、ある殺人事件の真相についてそう言い残し、姿を消した。『愚行の代償』の舞台は1953年の英国の村、事件はホテルを経営するかつての人気女優の殺人。誰もが怪しい事件に挑むピュントが明かす、驚きの真実とは……。ピースが次々と組み合わさり、意外な真相が浮かびあがる──そんなミステリの醍醐味を二回も味わえる、ミステリ界のトップランナーによる傑作!(下巻粗筋紹介より引用)
 2020年、イギリスで発表。2021年9月、邦訳刊行。

 三年連続ミステリランキング四冠達成のホロヴィッツの新刊は、まさかの『カササギ殺人事件』の続編。しかも過去にさかのぼるのではなく、2年後の話である。
 8年前にイギリスの高級ホテル「ブランロウ・ホール」で、ホテルのオーナー、ローレンス・トレハーンの次女、センリーがエイデン・マクニールと結婚して式が開かれる前日、宿泊客のフランク・パリスが部屋で殺害され、式の後に死体が発見された。財布が盗まれ、それが従業員でルーマニア人のステファン・コドレスクの部屋から見つかったことから、ステファンが捕まり、無実を訴えるも、最低25年以上の終身刑の判決を受けた。しかし先日、センリーはアラン・コンウェイが書いた名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの第三作『愚行の代償』を読んで事件の真相がわかったと両親に連絡するも、その内容を告げる前に夫と子供を残したまま失踪した。『愚行の代償』はホテル「ヨルガオ館」を経営する人気女優の殺人事件を扱ったものだったが、ホテルや登場人物の一部のモデルは「ブランロウ・ホール」だった。当時編集者だったスーザン・ライランドに、事件の真相を探してほしいと、トレハーン夫婦は依頼する。クレタ島でアンドレアス・パタキスと経営するホテルが赤字だったことから、報酬に目がくらみ、スーザンはイギリスに渡る。
 本作では、まずスーザンが次女の失踪と当時の殺人事件についての捜査を始め、事件の概要や人間関係が分かったところで、スーザンが『愚行の代償』を読み始める。上巻の後半から下巻にかけ、『愚行の代償』が丸々収録されている、という展開だ。
 『カササギ殺人事件』は現在の時点の事件の方は面白かったが、作中作「カササギ殺人事件」の方が今一つで、ちょっと残念だったのだが、本作は作中作『愚行の代償』が面白い。クリスティのオマージュとなっており、フーダニットに酔わせてくれる作品に仕上がっている。さらに、現在の事件とどこにリンクするのかという謎解きも加わり、二つの謎解きを作中作で楽しめるのだ。それにどの人物がどの人物のモデルになっているかといった楽しみも加わる。現在の事件の構造がわかってから作中作を読むというのは、実に楽しい。前作と違う点はそこだろうか。
 現在の事件の方もフーダニットを楽しめる作品だ。ただそれ以上に楽しめるのは、アラン・コンウェイの意地悪さだろうか。どこに悪意が潜まれているのか、嫌な気分になりながらも楽しんでしまうのだから、作者の腕に脱帽してしまう。最後に訪れる一気呵成の謎解きばかりでなく、スーザンの周囲の人物などもきちんと描かれていてドラマがあるし、言うことなしである。
 個人的には今までのホロヴィッツで一番楽しめました。今年もトップを取るんじゃないかな。それにしてもアランって、全作に何らかの悪意を画しているのか? 残り七冊を楽しみに待ってしまうじゃないか。次のスーザンシリーズの作品は、アティカス・ピュントのテレビドラマが舞台なのかもしれない。



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