若林正恭『ナナメの夕暮れ』(文春文庫)

 恥ずかしくてスタバで「グランデ」を頼めない。ゴルフに興じるおっさんはクソだ!――そんな風に世の中を常に"ナナメ"に見てきた著者にも、四十を前にしてついに変化が。体力の衰えを自覚し、没頭できる趣味や気の合う仲間との出会いを経て、いかにして世界を肯定できるようになったか。「人見知り芸人」の集大成エッセイ。解説・朝井リョウ(粗筋紹介より引用)
 『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)2015年8月号~2018年4月号連載の第一章、単行本書下ろしの第二章で2018年8月、文藝春秋より単行本刊行。文庫本書下ろしのエッセイ「明日のナナメの夕暮れ」を加え、2021年12月、文春文庫より刊行。

 オードリー若林正恭の三冊目のエッセイ。世の中を斜めに見てきた若林がおじさんになり、どう変わったか。そんな著者の成長、というか変化を確認できる一冊。面倒くさいなと思う性格は変わっていないようだが、世間と社会を見る視点が少しずつ変化し、自分が変わっていく姿が一編ごとに伝わってくる姿は美しい。試行錯誤を繰り返しながら成長し続ける姿を文章で読むことができる我々も、また一つ成長していくのだろう。生き方に悩むとき、自分という存在が嫌になった時、ぜひ手に取ってほしい一冊である。自分という存在がどういう存在なのか、そして変わっていく自分に戸惑いながらもそれを肯定する姿に心打たれるだろう。
 おじさんになり、結婚し、子供が生まれた著者は何をどう思うのか。また一冊の本で読みたいと思うのは私だけではないだろう。




平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社文庫)

 タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさを湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。(粗筋紹介より引用)
 2006年8月、単行本刊行。2006年、短編「独白するユニバーサル横メルカトル」が第59回日本推理作家協会賞短編部門受賞。2009年1月、文庫化。

 「C10H14N2(ニコチン)と少年――乞食と老婆」「Ωの聖餐」「無垢の祈り」「オペラントの肖像」「卵男(エッグマン)」「すまじき熱帯」「独白するユニバーサル横メルカトル」「怪物のような顔(フェース)の女と溶けた時計のような頭(おつむ)の男」の8編を収録。
 表題作が協会賞を受賞していなければ、間違いなく手に取らなかったと思うのだが、協会賞は全部読むという目標を自分に立てているので、読んでみることにした。結論としては、読まない方がよかった……。
 頑張って読み取ろうとしたんだけど、もう気持ち悪くて、気持ち悪くて。残酷だし、グロだし。自己完結すぎる世界の中の出来事が多すぎるし。肌に合わないの一言。うーん、なんとか全部読んだのだけれども、振り返りたくもないぐらいギブアップ。よく最後まで目を通した、と自分を褒めたい。
 好きな人は好きなんだろうなあ、とは思う。それぐらい強烈な世界感が文中どころか頁の余白からですら迫ってくるし。




フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』(東京創元社)

 ふるさと祭りの最中に突発する、ブラスバンドの男たちによる集団暴行事件。秘密結社イルミナティにかぶれる男子寄宿学校生らの、“生け贄”の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。猟奇殺人をもくろむ男を襲う突然の不運。何不自由ない暮らしを送る主婦が続ける窃盗事件。麻薬密売容疑で逮捕された孤独な老人が隠す真犯人。――弁護士の「私」は、さまざまな罪のかたちを静かに語り出す。
 刑事事件専門の弁護士が、現実の事件に材を得て描きあげた十五の異様な物語。世界各国を驚嘆せしめた傑作『犯罪』の著者による、至高の連作短篇集!(粗筋紹介より引用)
 「ふるさと祭り」「遺伝子」「イルミナティ」「子どもたち」「解剖学」「間男」「アタッシュケース」「欲求」「雪」「鍵」「寂しさ」「司法当局」「清算」「家族」「秘密」の計15編を収録。2010年、ドイツで発表。同年、ドイツCDブック賞ベスト朗読賞受賞。2012年2月邦訳、単行本刊行。

 刑事弁護士である作者が現実の事件を題材にした作品を集めて発表し、ベストセラーになった『犯罪』に続く第二弾。今回も実際の事件をもとに書かれている。
 掌編から短編まで15編そろっており、どれも客観的な事実をそのまま作品に投影しており、そこに登場人物や弁護士の「私」の感情が徹底的に削ぎ落されている。まるで裁判における長所を読み上げているかのようであるが、逆にそれが登場人物の内面と感情を浮かび上がらせているのだから、大したものである。
 個人的には一番長い「鍵」が面白かった。逆に「ふるさと祭り」みたいな作品は、気落ちしてしまうので読みたくない。




横溝正史『横溝正史少年小説コレクション7 南海囚人塔』(柏書房)

 横溝正史の少年少女向けミステリをオリジナルのテキストで集大成した「横溝正史少年小説コレクション 全7巻」、最終巻の本書は、戦前から戦後にかけてのノンシリーズ作品を収録。
 絶海の孤島を舞台に繰り広げられる謎と怪奇に満ちた冒険譚『南海囚人塔』は、1931年(昭和6)に発表されたものの掲載誌の散逸でこれまで一度も刊行されることなく幻の存在とされてきた作品で、実に90年の時を経ての初書籍化となる。
 他に、太平洋戦争前夜の緊迫した国際情勢を色濃く反映した伝奇海洋冒険譚として異彩を放つ『南海の太陽児』、海野十三急逝を受けて書き継ぎ完成させた『少年探偵長』の2長篇に、「黒薔薇荘の秘密」「謎の五十銭銀貨」「悪魔の画像」「あかずの間」の4短篇、といずれもストーリーテラーとしての面目躍如たる傑作群。
 巻末には横溝正史夫人・孝子氏と長男・亮一氏、ミステリ作家・山村正夫氏による貴重な座談「横溝正史の思い出を語る」、本選集編者・日下三蔵氏による「横溝問答」を収載、付録も充実のシリーズ最終巻!(粗筋紹介より引用)
 2022年1月、刊行。

 戦後は初めてオリジナル版がまとめられた『南海の太陽児』、雑誌連載後初めて書籍化された『南海囚人塔』は、当時の時代ならではの少年向け冒険小説。横溝もこういう作品を描いていたんだという意味では興味深い。『南海の太陽児』はやや投げっぱなしな終わり方が気にかかるし、『南海囚人塔』も展開が急すぎるところはあるものの、どちらも令和の時代に読めることに感謝するところだろう。『南海の太陽児』の冒頭が『迷宮の扉』と同じなことにも驚いた。
 「黒薔薇荘の秘密」「謎の五十銭銀貨」「悪魔の画像」は戦後の少年誌に書かれたノンシリーズの短編。横溝って、残された遺産ものが好きなんだなといまさらながら思ってしまう。「開かずの間」は少女誌に書かれたノンシリーズ短編。
 急死した海野十三の連載を引き継いだ『少年探偵長』は、海野十三全集で読んでいるはずなのだが、全然覚えていない。全集って意外と記憶に残らないのか、単に私が忘れっぽいのか。まあそう思うから、メモを残そうと思うようになったのだが。
 「横溝正史の思い出を語る」は『姿なき怪人』『風船魔人・黄金魔人』(角川文庫)に載っていた対談。これは貴重だから、再録されたのはとてもうれしい。
 これで全7巻が完結。できれば全作品を収録してほしかったところだが、こればかりは仕方がない。角川文庫で改変されていたものが、オリジナルで出版されたことに素直に感謝したい。
 しかし、これで横溝本は終わりかな。さすがに金田一耕助を新たにまとめるのは難しいだろう。ノンシリーズ長編ぐらいか、残されているのは。『呪いの塔』とか『塙侯爵一家』とか。これらはこれらで、結構味があるのだが。




今野敏『カットバック 警視庁FCII』(講談社文庫)

 特命を受けたFC室が警護する人気刑事映画のロケ現場。潜入捜査官役の俳優が脚本通りの場所で殺された。女性新署長率いる所轄の大森署、捜査一課も合流し捜査が進む。作品のためなんとしても撮影を続行したい俳優やロケ隊。それぞれの「現場」で命を削る者達がせめぎ合う中、犯人を捕えることができるのか。(粗筋紹介より引用)
 2018年4月、毎日新聞出版より単行本刊行。2020年4月、講談社ノベルスより刊行。2021年4月、文庫化。

 「FC室」は、フィルムコミッション室のこと。映画やドラマの撮影の際に、ロケ現場で様々な便宜を図っている。室長は長門達男、40歳の警視。元は通信指令本部の管理官。他は組織犯罪対策部組対四課(マル暴)の巡査部長、山岡諒一35歳。交通部交通機動隊の白バイライダー、服部靖彦32歳。交通部都市交通対策課の島原静香25歳。そして地域部地域総務課の楠木肇28歳。長門以外は兼務。主人公、そして語り手は楠木と書いて「くすき」と呼ぶ、まるでやる気なしの男である。
 今回の任務は、伊達弘樹と柴崎省一主演の人気テレビドラマ『危険なバディー』の二十周年記念映画を大田区昭和島で撮影するので、その対応をすること。大田区昭和島の所轄は大森署。ということで、大森署の面々と遭遇することになる。
 まあ、この大森署が出てくるので、第一作の『警視庁FC』をすっ飛ばして本作を手に取った。竜崎伸也署長の後任である美貌の女性キャリア、藍本百合子が登場。他にも貝沼副署長、斎藤警務課課長、関本刑事組織対策課課長、久米地域課課長、芦田警備課長、篠崎交通課長、小松係長も登場。貝沼を除いて、藍本所長にデレデレしている姿はちょっとと思ってしまうのだが……。
 俳優が殺されて、戸高が登場。他にも警視庁捜査一課の田端捜査一課課長、池谷管理官、佐治基彦係長、矢口刑事が登場。田端課長は隠蔽捜査やほかのシリーズにも登場し、他3人は安積班シリーズの登場人物である(というのは、解説を読んで初めて知った)。戸高は矢口と一緒に行動するのだが、エリート意識が強いわりに全然使えないので、案内役として同行しているはずの楠木にばかり意見を聞くところは面白い。
 脚本通りの場所、映画の衣装を着て殺されているところからロケ班の中に犯人がいると思われるも、容疑者がどんどん増えていくところはまあまあ楽しめる。モデルにそっくりすぎる口調や行動などは、やりすぎじゃないかと思うのだが。
 第一作を読まなくても、特に支障はない。まあ、謎解きの面白さや、刑事小説としてのドラマは特にない。個人的には隠蔽捜査シリーズの登場人物が出てきたから、まあまあ楽しめた、という程度。それでも、何も考えずに時間つぶしに読むことに徹すれば、それなりに面白くは読めた。



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