逢坂冬馬『歌われなかった海賊へ』(早川書房)

 一九四四年、ヒトラーによるナチ体制下のドイツ。密告により父を処刑され、居場所をなくしていた少年ヴェルナーは、エーデルヴァイス海賊団を名乗るエルフリーでとレオンハルトに出会う。彼らは、愛国心を騙り自由を奪う体制に反抗し、ヒトラー・ユーゲントにたびたび戦いを挑んでいた少年少女だった。ヴェルナーはやがて、市内に敷設されたレールに不審を抱き、線路を辿る。その果てで「究極の悪」を目撃した彼らのとった行動とは。差別や分断が渦巻く世界での生き方を問う、歴史青春小説。(粗筋紹介より引用)
 2023年10月、書下ろし刊行。

 『同志少女よ、敵を撃て』で第11回アガサ・クリスティー賞、2022年本屋大賞を受賞した作者の第二作目。相当なプレッシャーがかかっていたと思うが、選んだ舞台は終戦直前のドイツのある田舎町であり、主人公は父を密告によって処刑されてしまい、天涯孤独の労働者少年ヴェルナー。
 エーデルヴァイス海賊団は実際に存在した、ナチスやヒトラーユーゲントへ反抗する少年少女たちの集まり。何かで聞いたことはあったが、詳しい内容は知らなかった。前作に続き、日本ではあまり取り上げられない舞台を取り上げるのはうまいと思う。
 戦争と抵抗、差別や区別、戦争悪と黙認。うまく物語に取り込んでいるとは思う。青春ドラマとしてはよくできている。所々で背景の説明が長いのは欠点であるが、あまり知らない内容ということもあり、特に気にはならない。
 ただ、ストーリーが陳腐化していると思う。どの作品かと言われてもなかなか思い出せないのだが、既視感は免れない。当時のドイツの舞台と歴史を物語に巧く絡めているとは思うし、読んでいて面白いのだが、予定調和な終わり方に感じた。
 それなりの満足感はあるのだが、腹八分目の面白さで終わってしまった。もう一皿おかずが必要だったのか、それとも味付けにもう一工夫が必要だったのかはわからないが、どちらかといえば後者か。




駄犬『誰が勇者を殺したか』(角川スニーカー文庫)

 勇者は魔王を倒した。同時に――帰らぬ人となった。
 魔王が倒されてから四年。平穏を手にした王国は亡き勇者を称えるべく、数々の偉業を文献に編纂する事業を立ち上げる。
 かつて仲間だった騎士・レオン、僧侶・マリア、賢者・ソロンから勇者の過去と冒険話を聞き進めていく中で、全員が勇者の死の真相について言葉を濁す。
「何故、勇者は死んだのか?」
 勇者を殺したのは魔王か、それとも仲間なのか。
 王国、冒険者たちの業と情が入り混じる群像劇から目が離せないファンタジーミステリ。(粗筋紹介より引用)
 『小説家になろう』掲載作品に加筆修正して、2023年9月刊行。

 作者の名前は、そのまま「だけん」と読む。あとがきを読むと45歳とのこと。本作と同日に『モンスターの肉を食っていたら王位に就いた件』(GCN文庫)が出版されており、本作は二作目という位置付けである。
 なぜ勇者アレクは、魔王を倒した後に死んだのか。勇者への褒賞品でもあった王女アレクシアは、亡き勇者を讃えるべく、その偉業を文献に編纂する。国の勇者養成機関であるフォルム学院でいっしょであり、勇者候補で、そして勇者とともにパーティを組んで魔王と戦ったレオン、マリア、ソロンらから話を聞き、勇者の足跡を追っていく。合間には、レオンたちの語る内容の勇者視線が挟まれる。
 人に薦められたことと、タイトルに魅かれて読んでみることにした。もしかしたら隠れたミステリの傑作じゃないか、なんて思って。残念ながらミステリではなかったが、とてもとても面白かった。
 平民出身で、剣も我流で強くなく、魔力も全然ない。しかし、ただひたむきに同じ努力を繰り返す。そんな主人公の姿に泣けてくる。よくある異世界物のチートな主人公ではなく、本当にただの凡人である。昔の根性ものの主人公のような、誇張された悲壮感はない。ただどれだけ努力したかは、短い文章の行間から伝わってくる。なかなか巧い書き方だ。
 そして物語は、なぜ勇者が死んだのかという謎に迫っていく。一つ一つの行動の中に、他人を思う気持ちが隠されている。色々な思いが交錯し、めぐり逢いとすれ違い、そして別れが生まれる。
 正直に言うと、予想外の着地点に驚いた。もちろんそれは、いい意味においての驚きである。そして読み終わった後の満足感が長く続く。いい作品を読んだな、という余韻が長く続く。そう、読み終わってもあとからじわじわ来るものがあるのだ。傑作というわけではないだろう。しかし目が離せない。ほとんどの登場人物の不器用さは、作者の不器用さと重なるものがあるのだろう。そんな苦しみと達成感が行間から漂ってきて、読者を酔わせてくれる。
 いいものを読んだという思いが強い。そしてエピローグの後の後日談も味わい深い。うん、面白かったと自信を持っている作品である。いい本を薦めてもらった。




小島和宏『FMWをつくった男たち』(彩図社)

 大仁田厚がいなかったらFMWは成功しなかったけれども、そこに荒井昌一がいて、樋口香織がいて、川崎球場のときにはいなくなっていたけど、茨城清志がいて、大宝拓治がいて、遠藤信也がいて……みんながいたから、ここまで来れたんだよ!
――高橋英樹(1991年9月23日の川崎球場大会について聞かれて)

 1989年10月10日、東京・後楽園ホール。この日、満員の観衆に見守られながら、日本のプロレス史に名を残すある団体が旗揚げ戦を行った。元全日本プロレスの大仁田厚を中心にした、〝なんでもあり〟のプロレス団体『FMW』である。わずか5万円の資金で旗揚げされたというバックグラウンド、大部分が新人という選手層の薄さ……しかし、FMWはそのハンデを逆手にとって、ファンの支持を集めていく。そして、旗揚げから約2年、〝電流爆破デスマッチ〟を武器に、川崎球場を3万人を超える観衆で一杯にすることに成功する。メジャー団体が全盛だった90年代に起きた奇跡――なぜ日本初のインディー団体は、川崎球場を満員にすることができたのか。〝涙のカリスマ〟大仁田厚の功績はもちろん大きい。だが、実はその陰には奇跡の躍進を支えた「FMWをつくった男たち」がいたのだ。『週刊プロレス』のFMW番だった著者・小島和宏が、フロント、選手など、初期FMWを知る関係者を直撃。数々の証言から知られざるFMWの歴史を浮き彫りにする。 営業、広報、生涯担当、リングアナ……。誰も知らなかったFMWの、名もなき勇者たちの物語!(粗筋紹介より引用)
 2022年7月刊行。

 プロレス界にインディーブームを湧き起こした団体。選ばれなかった者たちもプロレスラーになれる時代が来て、メジャー団体を離てすぐに団体やプロモーションを作る時代が来て、そして“プロ”とはとても名乗れないような者たちがプロレスラーになり、アルバイトでプロレスをするようになり、借金をしてつぶしてははすぐに別のプロモーションを作ったり……。ある意味なんでもありの時代を作るきっかけになったのがFMWの成功だった。
 1989年10月6日の旗揚げから1991年9月23日の川崎球場大会開催まで。正確にはFMW旗揚げ前にジャパン女子プロレスの旗揚げからが、FMWの歴史の始まりであり、本書もそこから始まっている。ジャパン女子のスタッフだった者のうちの数名が、後のFMWと関わるからだ。営業部員の浅子文晴(後のレスラー、サンボ浅子)、渉外担当の茨城清志(FMWスタッフ→W★ING代表)、レフェリーのテッド・タナベ(FMWで旗揚げの一時期レフェリー)、広報担当の高橋英樹(FMW営業部長)。ターザン後藤夫人(その後離婚)であり、後にFMWのリングに上がるデスピナ・マンタガスもジャパン女子のリングにレスラーとして上がっている。そして大仁田厚自身が、当時ジャパン女子のレフェリー兼コーチだったグラン浜田とジャパン女子のリングで闘っている(そしてファンから拒絶された)。またTPGもついても触れられており、スペル・デルフィンのインタビューで当時の経緯が触れられている。
 ただ、このインタビュー形式が曲者。言っちゃ悪いが、FMWの歴史の中で所々証言者として使われているだけであり、別項として丸々インタビューのページがあるわけではない。今、辰巳書房から出ている『実録・国際プロレス』などと比べると、証言本としての厚みが違う。嫌な言い方をすると、作者がどのように取捨選択しているかがわからない。もっと生々しい証言を聞きたかった。
 証言者として登場するのは栗栖正伸(プロレスラー)、松永光弘(プロレスラー)、スペル・デルフィン(プロレスラー)、工藤めぐみ(プロレスラー)、コンバット豊田(プロレスラー)、茨城清志(プロレスラー)、大宝拓治(リングアナ兼営業、広報)、樋口香織(広報)、高橋英樹(営業部長)。折角だったら、当時参戦していたリー・ガク・スーや上野幸秀、市原昭仁、三宅綾あたりのインタビューは欲しかったな。上田勝次やジミー・バックランドはもう亡くなっていたのか。
 【はじめに】では出版がコロナ禍で2年近く遅れたこと、ターザン後藤へオファーするも断られたこととその後亡くなったことも書かれいてる。やっぱりターザン後藤の言葉がないと、初期FMWは語れない気がする。ムック本で松永光弘が後藤離脱の「真相」を語っていたけれど、どうだったのだろうか。ただ、後藤が徐々にフェードアウトしていったところを見ると、レスラーとしては融通が利かなかったのだろうなとは思わせるのだが。
 当時大仁田番で、後に仲違いした作者の、青春時代の残滓を書きなぐったとしか言いようがない一冊。まあ、ももクロの公式記者としてやってた方が楽しいだろうしな。『W★ING流れ星伝説 星屑たちのプロレス純情青春録』ほどの面白さがなかったのは残念だった。FMW初期の歴史を振り返るには手ごろではある。




伊吹亜門『焔と雪 京都探偵物語』(早川書房)

 大正の京都。伯爵の血筋でありながら一族に忌み嫌われる露木の病弱な体は、日々蝕まれていた。だが祇園祭の宵山も盛りの頃、露木は鯉城に出逢う。頑強な肉体の彼が、外の世界を教えてくれたから、心が救われた。その時から、露木は鯉城のために謎を解く。それが生きる証…… ある日、鯉城は女から恋人のふりをしてほしいとの依頼を受けるが、恋に取り憑かれた相手の男が月夜に女の家に付け火をし、自らに火をつけて焼死したと聞く。男は猟銃を所持していたが、なぜ苦しい死を選んだ? この事態に悩む鯉城のため、露木はあまりに不可思議な男の死の理由を推理する。 その他「鹿ヶ谷の別荘に響く叫び声の怪」や「西陣の老舗織元で起こる男女の愛憎劇の行方」など、京都に潜む愛と欲の情念はさらに渦巻き、鯉城と露木の二人は意外な結末に直面する。 『刀と傘』で「ミステリが読みたい!」ベストミステリ1位を獲得した著者が仕掛ける、驚愕必至の連作本格探偵ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2023年8月、書下ろし刊行。

 材木商・小石川市蔵は依頼を終えた元京都府警察部刑事の探偵・鯉城武史へ、最近買った鹿ヶ谷の山荘に正体不明の化物が出るので、寝ずの番を依頼する。鯉城は探偵事務所の共同経営者で、貴族院主流派の領袖である露木種臣伯爵の落胤である露木可留良にそのことを話すと、まるで妖怪「うわん」みたいだと言う。夜の気配が漂うころ、鯉城は人影のない家の中で不思議な声を聴く。さらに夜中には人影と遭遇。翌日、事務所から電話で報告した市蔵に山荘で会いたいと言われた鯉城だったが、その山荘で市蔵は書生とともに死んでいた。第一話「うわん」。
 鯉城は行きつけのカフェの女給・花枝より、幼馴染で18歳の事務員・蓮沼裕子が会社の先輩で二十代半ばの滑川に付き纏われているので、恋人の代わりをして追い払ってほしいと依頼される。デートの待ち合わせ場所で遭遇した滑川を追い払ったまでは良かったが、その日の夜、裕子の家が放火され、裕子の祖母が煙を吸って病院に運ばれた。そして滑川は自分の家の庭で油を被って火をつけて自殺した。第二話「火中の蓮華」。
 西陣の織元の社長・久能与一より、妻・智恵子の不貞を調べてほしいと依頼された鯉城。特にそのような事実はなかったが、妻が社長の実弟・久能欣二の出張の見送りをしていたと報告した途端に社長は顔色を変えた。数日後、鯉城は報告書を届けようとして、三人が殺されているのを発見した。第三話「西陣の暗い夜」。
 油屋町の金貸し、唐木ミヨ松という老婆が押し込み強盗に惨殺された。豆腐屋の倅として豆腐を届けている鯉城はその日の午後10時ごろの買い物帰り、ミヨ松を見かけていたのだが、ミヨ松は午後8時30分に殺されていたという。鯉城が会ったのは幽霊だったのか。露木視点で生まれから鯉城との遭遇、そして現在に至るまでを語る第四話「いとしい人へ」。
 老舗薬舗の阿武木薬業は、九代目である社長・阿武木幸助が商いに向いていないものの、妻の志都子のおかげで業績を伸ばしていた。鯉城は志都子よりとある会社の現状を調べてほしいと依頼された。しかし鯉城は三日前、ビアホールで志都子と遭遇していた。調査が完了し、感謝された鯉城は創立百五十周年パーティーに招待される。その式典で幸助が毒殺された。第五話「青空の行方」。

 舞台は大正時代の京都。探偵鯉城武史が持ち込んだ謎を、貴族ご落胤で病弱の露木可留良が謎を解くという連作短編集。京都を舞台にした作品が多い作者だが、本書もその一つ。
 大げさなトリック等があるわけではなく、事件を取り巻く人たちの心の中の謎を解き明かす趣向。推理部分が弱いと思いながら読み進めていたが、作者はその答えを用意していた。過去にもある趣向であるが、切ない余韻を残す終わり方で小説として面白い。この作者は余韻が本当に巧いと思う。
 ただ本格ミステリとして読むと、謎解きの軽さは否めない。もっと強烈な事件が欲しかった。もっと強烈なホワイダニットが欲しかった。
 本格ミステリの部分がもう少し強かったら、傑作と呼んでいたかもしれない。どちらかと言えば女性読者の方が喜びそうな内容ではあるが、私も実は嫌いではないので、是非とも続編を書いてほしい。そう思わせる佳作であった。




ザ・グレート・カブキ『“東洋の神秘" ザ・グレート・カブキ自伝』(辰巳出版 G SPIRITS BOOK)

 2014年10月でデビュー50周年を迎える名レスラー"東洋の神秘"ザ・グレート・カブキが自身のキャリアを総括する本格的自叙伝。日本プロレスでの若手時代に始まり一大ブームを巻き起こした全日本プロレス時代、メガネスーパーが設立した新団体SWSへの参加、平成維新軍のメンバーとして活躍した新日本プロレス時代まで波乱万丈の人生を歩んできた「プロレス界のご意見番」が今、すべてを語り尽くす。プロレス専門誌『Gスピリッツ』の単行本シリーズ第3弾!(粗筋紹介より引用)
 2014年10月、刊行。

 ペイントレスラーの元祖として一大ムーブメントを巻き起こしたザ・グレート・カブキの自叙伝。日本プロレスの若手時代から海外遠征、日本プロレス崩壊、全日本プロレスでくすぶっていた中堅兼コーチ時代、再びアメリカ遠征、ザ・グレート・カブキ誕生と一大ブーム、全日本復帰、SWS、WAR、平成維新軍、インディー団体、IWA JAPANでの引退、そしてリング復帰まで。職人だったから色々なところで活躍できたのだろうとは思う。ただ、カブキに変身するまでは中堅ポジションとしか見ることができなかった。カブキに変身してから生で試合を見た時は驚いたなあ。
 この人は日本プロレスで芳の里派だったからか、それとも全日本で冷遇されたからかはわからないが、ジャイアント馬場には厳しい意見が多い。まあジャイアント馬場も、カブキを便利屋程度にしか扱っていなかったからな。カブキはジャンボ鶴田最強説も思いっきり否定していている。鶴田みたいな甘ちゃんエリートが我慢ならなかったのだろう。
 プロとしての気構え、基本的な技の重要性などは、今のプロレスラーに知ってもらいたい内容。怪我をしても保険制度がなくて自分で治すしかないというのは、今でも大きな団体に属していないと同じ話。プロモーターやトップレスラーとの駆け引きなどは、苦労を重ねてきたカブキならでは。やはり客を呼べなきゃ、プロレスラーじゃない。それに、飲食店を続けられる秘訣も単純だが、わかりやすい。
 自叙伝といっても、今から約10年前の本。プロレスラーを引退した今だからこそ、もう少し裏話を読んでみたいものだ。




天龍源一郎『俺が戦った真に強かった男 "ミスタープロレス"が初めて語る最強論』(青春出版社 青春新書インテリジェンス)

 ジャイアント馬場・アントニオ猪木の二大巨頭、ブロディ・ハンセン・ホーガンらレジェンド外国人レスラー、ジャンボ鶴田・長州力・藤波辰爾ら同世代のレスラー、三沢光晴ら四天王、武藤敬司ら闘魂三銃士、髙田延彦、北尾光司、小川直也、佐山サトル、現在のトップレスラー・オカダ・カズチカまで、誰よりも多くのレスラーと戦ってきた“ミスタープロレス”天龍源一郎。そんな天龍が、50年超の力士・プロレスラー人生を振り返って、実際に戦ったからこそわかる“真に強かった男”を、その対戦エピソードとともに初めて明らかにした、プロレス・格闘ファン垂涎の一冊。(粗筋紹介より引用)
 2022年11月刊行。

 「プロローグ――実際に戦ったものにしかわからない“強さ”がある」
 「第1章 頭脳的で本当に強い!と感じた男」ブルーザー・ブロディ、ミル・マスカラス、ハルク・ホーガン
 「第2章 ハートが本当に強い!と感じた男」テリー・ファンク、ディック・スレーター、輪島大士
 「第3章 技術的に本当に強い!と感じた男」アントニオ猪木、前田日明、佐山サトル、三沢光晴、武藤敬司、オカダ・カズチカ
 「第4章 肉体的に本当に強い!と感じた男」ジャイアント馬場、スタン・ハンセン
 「第5章 人間的に本当に強い!と感じた男」ザ・グレート・カブキ、阿修羅・原、ジャンボ鶴田
 「エピローグ――結局、誰が“一番”強かったのか」嶋田まき代
 「特別寄稿 「天龍さんへの檄文」オカダ・カズチカ

 メインイベンターとなったジャイアント馬場とアントニオ猪木からピンフォール勝ちを奪った唯一の日本人、“ミスタープロレス”天龍源一郎が語るプロレス最強論。全日本プロレス、新日本プロレス、SWS、WARなどに加え、多数のインディー団体、さらには女子プロレスラーとも戦ってきた天龍源一郎ならではの、激闘の数々と、プロレスラー論が語られる。
 ただ、お題として挙がるレスラーのほとんどが、全日本時代の相手。猪木を除いた新日本のレスラーは武藤敬司とオカダ・カズチカだけ(前田日明とは対戦していない)。やはりアメリカプロレスの型を教えられて育ってきた人だから、長州力を含め、新日本のレスラーを“強い”とは思わなかったのかなと思う。
 天龍が今まで語ってきたことをまとめた部分も多いが、それでも天龍節が炸裂した一冊なので、当時のプロレスファンなら読む価値がある。




王元『君のために鐘は鳴る』(文藝春秋)

 デジタル機器に囲まれた日常の疲れを癒し、本来の人間性を取り戻す「デジタルデトックス」のためい孤島にやってきたメンバーが次々に死を遂げる。偶然その場に居合わせたミステリ作家がそのすべてを目撃するのだが、なぜかメンバーたちの目には彼の姿が映らないらしい……。(粗筋紹介より引用)
 2021年、第7回金車・島田荘司推理小説賞受賞。同年、台湾で刊行。2023年9月、邦訳刊行。

 作者の王元(おうげん)は1980年代生まれの中華系マレーシア人女性作家。金融機関勤務を経て作家となる。2010年、マレーシア赤トンボ児童小説賞銀賞を受賞。2019年、『海洋裡的密室(海中の密室)』で第17回台湾推理作家協会賞を受賞。
 妻を亡くして引退したベストセラー作家周云生が目を覚ますと、そこは見知らぬ孤島。そこへやってきた集団は、5日間の「デジタル・デトックス」のために集まってきたメンバー。メンバー同士の会話やスキンシップ、読書、メモ、音楽、化粧などは禁止。食事は一日二食の菜食のみ。時計はなく、銅鑼で合図。瞑想などの講義がある。泊まる場所は3Dプリンターで作られた3階建ての建物。そこへ集まってきた男女メンバーは、周云生の姿が映っていなかった。そして次の日、殺人事件が発生する。
 何とも奇妙な設定の舞台ではあるが、その後は連続殺人事件が発生する、クローズドサークル・ミステリとしては古い造りとなっている。いったいこれのどこが「21世紀の「十角館」」なんだろうと思っていたら、謎解きで島田荘司が好きそうな解決が待っている。
 うーん、2年前に書かれた作品、ということも考慮したら、この解決はまあありかな、とは思う。ただ、本格ミステリとしての面白さは、欠片もないよね、これ。個人的な感想だが、馬鹿馬鹿しい、の一言。これを面白い、と読める人は凄いと思う。自分が古い人間なのかもしれないが。
 島田荘司が絶賛、という時点でやはり読むべきではなかったと後悔。「これぞ21世紀の「十角館」だ!」なんて帯に騙された私が悪いんです。




ピーター・スワンソン『8つの完璧な殺人』(創元推理文庫)

 雪嵐の日、ミステリー専門書店の店主マルコムのもとに、FBI捜査官が訪れる。マルコムは10年ほど前、もっとも利口で、もっとも巧妙で、もっとも成功確実な殺人が登場する犯罪小説8作を選んで、ブログにリストを掲載していた。ミルン『赤い館の秘密』、クリスティ『ABC殺人事件』、ハイスミス『見知らぬ乗客』、アイルズ『殺意』……。捜査官によると、そのリストの“完璧な殺人”の手口に似た殺人事件が続いているという。犯人は彼のリストに従って殺しているのか? 著者のミステリーへの愛がふんだんに込められた、謎と企みに満ちた傑作長篇!(粗筋紹介より引用)
 2020年、発表。2023年8月、邦訳刊行。

 過去の作品からもミステリ愛があふれてくるピーター・スワンソンが、過去のミステリに似た殺人事件が続けて発生している、などという挑戦状を叩きつけてきた。これを読まずしてどうする、なんて思っていたのだが、スワンソンがそんなストレートな本格ミステリを書くはずがなかった。
 本作品で挙げられている「完璧な殺人」8作は、A・A・ミルン『赤い館の秘密』(創元推理文庫他)、フランシス・アイルズ『殺意』(創元推理文庫他)、アガサ・クリスティ『ABC殺人事件』(早川書房クリスティー文庫他)、ジェイムズ・M・ケイン『殺人保険』(新潮文庫)、パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』(1951年の映画含む、河出文庫)、ジョン・D・マクドナルド『The Drowner』(邦訳無し、本書での仮題は「溺殺者」) 、アイラ・レヴィン『死の罠』(戯曲、邦訳無し。映画化タイトル『デストラップ 死の罠』)、ドナ・タート『シークレット・ヒストリー』(別邦題『黙約』、扶桑社ミステリー文庫他)。1922年発表の古典から1992年の作品まで、幅広いラインナップである。この8作に加え、クリスティー『アクロイド殺害事件』についてネタバレがあるので注意してほしいと冒頭に記されている。他にも作中で、様々なミステリについて言及される。
 過去の作品は複数の人物による視点の切り替えを繰り返しながら話は進むのだが、本作は主人公であるミステリー専門書店「オールド・デヴィルズ・ブックストア」の店主、マルコム・カーショーの手記という形になっている。マルコムのところにFBI特別捜査官グウェン・マルヴィが訪れるところから話は始まる。『殺人保険』『ABC殺人事件』『死の罠』の手口に似た殺人事件が続いているという。マルコムは10年ほど前にリストを作ったが、何か知らないだろうか。マルコムは心当たりはないとグウェンに話したが、被害者の一人、エレイン・ジョンソンは知っていた。マルコムはグウェンの相談を受けながら、事件の謎を追いかけることになる。
 先にも書いたが、9作品についてネタバレがある。『ABC殺人事件』あたりは海外ミステリを読まない人でもある程度は知っているだろうし、今さら『赤い館の秘密』を読む人がいるとも思えない(偏見だな、この意見)。まあ、1作だけでなく多くのネタバレをされるとかえって忘れてしまうという過去の名言もあることだし、海外ミステリファンでない人には気にもならないだろう。もちろん海外ミステリファンなら、あの作品について言及した、とワクワクして読めること間違いなしである。
 マルコム自身の過去に言及しながら連続殺人事件の謎解きを楽しむ、というストレートな本格ミステリ、かと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。さすがスワントン、と言いたくなる話の展開である。後は読んで確かめてほしい。
 帯にもある通り、「名作ミステリーへの見事なオマージュ」と言っていい作品。これだけミステリへの愛情が込められていると、たとえ読んだことがない作品に言及されていても、ミステリファンとしては読んでいて楽しい。本作を手記の形にした理由も明らかになる。そしてスワントンならではのサスペンスも楽しめる。
 作者が目論んでいたことについては、千街晶之が解説で言及してくれている。さすがとしか言いようがない。ただ作者の意図がどこまで読者に伝わっただろうか。本書の弱点は、エピローグが今一つな点だろう。だらだらしすぎなのだ。私は「後日談」は好きだが、こういうのは好きではない。
 個人的にはスワントン流のストレートな本格ミステリを読んでみたい。そう思わせる作品でもあった。楽しかったけれどね。




ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』(扶桑社ミステリー文庫)

 アルゼンチンからの奨学生として、オックスフォード大学に留学した「私」は22歳。渡英したのもつかのま、下宿先の未亡人の他殺死体を発見してしまう。一緒に第一発見者となった世界的数学者セルダム教授のもとには、謎の記号が書かれた殺人予告メモが届けられていた。その後も、謎のメッセージを伴う不可能犯罪が矢継ぎ早に起こって……。知の巨人セルダムの叡智がいざなう、めくるめく論理のラビリンス。南米アルゼンチンから突如現われた、驚愕の本格ミステリーに瞠目せよ。(粗筋紹介より引用)
 2003年、発表。アルゼンチン・プラネタ賞を受賞。2006年1月、邦訳刊行。

 アルゼンチンの人気作家による本格ミステリ。論理専攻の数理科学で博士号を取得しており、オックスフォードに2年間の留学経験もある。そのせいだろうか、作品中では数学の論理や定理にまつわる話や議論が色々出てくる。それに惑わされると作品自体が詰まらなくなってしまうが、これも作品の一部と割り切って読まなければいけない。かなり苦痛だったが。
 連続殺人に殺人予告、暗号など、様々な本格ミステリの道具立てが出てことを不思議に思いながら読んでいたが、作者はミステリファンだとのこと。なるほどとは思うが、本作品を読んでいると、ある有名な傑作が頭に浮かんでくる。その裏話は解説の千街晶之が解き明かしてくれている。当然ネタバレなので、本作品を読んでから目を通さなければいけない。
 留学生である主人公の「私」(名前は出てこない)が、数学を学ぶことより彼女の方に気を取られているのはどうかと思うが、まあいつか見た本格ミステリ、という懐かしさを持って読めばそれなりに楽しめるかな。悪い作品ではなかった。




三津田信三『碆霊(はえだま)の如き祀るもの』(原書房 ミステリー・リーグ)

 断崖に閉ざされた海辺の村に古くから伝わる、海の怪と山の怪の話。その伝説をたどるように起こる連続殺人事件。どこかつじつまが合わないもどかしさのなかで、刀城言耶がたどり着いた「解釈」とは……。シリーズ書き下ろし最新作!(粗筋紹介より引用)
 刀城言耶シリーズ第9作。2018年6月、書下ろし刊行。

 強羅地方の最西端に属する犢幽村(とくゆうむら)。そこを舞台にした江戸、明治、昭和の怪談「海原の首」「物見の幻」「竹林の魔」。そして同じ強羅地方の閖揚村(ゆりあげむら)から平皿町(へいべいちょう)山道で現在進行形の怪談「蛇道の怪」。閖揚村出身の編集者、大垣秀継から四つの怪談を聞いた刀城(とうじょう)言耶(げんや)は、担当編集者祖父江(そふえ)(しの)も含めた3人で犢幽村を含む強羅地方を訪れる。そこで遭遇したのは、四つの怪談をなぞったかのような連続殺人事件であった。
 四つの怪談だけで百ページ以上。長い。そしてようやく刀城言耶たちが登場するのだが、ここからがまた長い。合計で約二百ページ。相も変わらずフリガナを振ってくれないと読めない名前と地名で、読むのがしんどい。村の位置とか、館の位置図とか図面欲しかったね、これは。わかりにくい。
 ようやく変死事件が起きて、そこからは怒涛の展開が続くのだが、それらがいずれも不可能犯罪。開かれた密室ばかりである。もやもやしたものを残しつつ、最後の方は例によって刀城言耶の堂々巡りな推理が繰り広げられる。
 なんだか、もっとスッキリ書けないものかな、なんて思いながら読んでいた。最初の怪談、ダイジェストにしてほしかったなあ。そして推理の結果や犯人が面白くない。面白かったのは、最初の事件のトリックぐらいな。これもどうにかなりそうな気がするけれど。それに最後にとんでもない展開が待ち受けているけれど、もやもやしか残らないな。
 ということで、長いだけで楽しめなかった。読み終わるのに疲れました。



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