クリスチアナ・ブランド『濃霧は危険』(国書刊行会 奇想天外の本棚)

 過保護に育てられたレデヴン館の相続人ビル・レデヴン少年は、同年代の少女のいる知人宅で休暇を過ごすよう親に命じられ、気乗りしないまま、シルバーのロールスロイスに乗せられ目的地に向かっていた。ところが、霧が濃くたちこめた荒れ地の途中で、いきなり、意味も分からないまま、お抱え運転手のブランドンに車からつまみ出されてしまう。同じころ、周到な計画のもとに、〈ナイフ〉と呼ばれる若者がボースタル少年院から逃亡する。
 ビルは荒れ地をさまよううちに少年パッチと知り合い、行動をともにするようになる。二人はビルが思わぬ形で手に入れた暗号で書かれた文書を解読しながら、〈にやついた若者〉、〈ヴァイオリン〉、片手が鉤爪の男との、追いつ追われつの冒険へと踏み出してゆく。
 オールタイムベスト級の傑作を次々と発表し、いわゆる英国ミステリ小説の黄金時代最後の作家としてゆるぎない地位を築いたクリスチアナ・ブランドが、すべての少年少女のために、みずみずしい筆致で、荒涼とした大地と海が広がるイギリス南部のダートムアを舞台に繰り広げられる冒険を描いたジュヴナイルの傑作。(粗筋紹介より引用)
 1949年、イギリスで発表。1950年、作者が読み易く改稿した改訂米国版発表。英国版を底本とし、米国版のいいところを取捨選択し、2023年2月刊行。

 英国ミステリの重鎮、クリスチアナ・ブランドによる児童文学ミステリ。原題は"Welcome to Danger"。邦題はブランドの代表作『緑は危険』と『疑惑の霧』を結合し、総指揮の山口雅也と訳者の宮脇裕子が協議のうえ、決定したとのこと。山口雅也がごり押ししたんだろうなあ、と勝手に思ってしまう。濃霧が出てくるのは最初だけなのに、タイトルにつける必然性は感じられない。この「奇想天外の本棚」が今一つ盛り上がらないのは、こういった山口雅也の空回り感が影響しているのかな、と想像してしまう。
 山口雅也が冒頭に少年少女の読者へ向けてということで五つの知ってもらいたいことを書いている。
 ①舞台について②児童文学の伝統③書き直し(リライト)児童文学から大人向けの小説へ④作者クリスチアナ・ブランドについて/ミステリの読者案内⑤本書の内容について
 山口雅也の癖の強さがよく出ている文章であり、思い入れが強すぎて帰って引いてしまう気がする。②~⑤はともかく、①はもっと書いてほしかったところ。もう少し背景がわかると、もっと楽しめたのになと思うところが色々とあった。
 作品よりも山口雅也への文句ばかり書いているような気がする。作品自体について書くと、荒れ地で知り合った少年二人が悪者に追いかけられながら、偶然入手した暗号を解いて目的地へ向かう、英国ものらしさがいっぱいの児童文学冒険小説。ただ背景や土地勘などがないと、わかりにくいところもある。邦訳するのならば、地図などを入れてくれた方がよかったと思う。
 追いつ追われつのサスペンス部分や謎の部分はさすがと思わせるものがあるが、暗号についてはちょっと弱い。結末は予想できた範囲だけど洒落た終わり方で、少年少女の心を揺さぶるだろう。ただ一番良かったのは、登場人物の魅力的な描き方。お坊ちゃまな主人公ビルよりも、友人パッチや飼い猫サンタクローズの方が生き生きとしている。主人公が魅力的であるよりも、脇役が魅力的な方が物語は面白い。そして悪役側もよく描かれており、主人公側を応援したくなること間違いなしである。
 児童小説として魅力的ではあるが、大人が読んでも十分に楽しめる。さすが、ブランドというべきか。




ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(創元推理文庫)

 高校生のピップにある招待状が届いた。高校卒業および大学受験に必要な試験のひとつが終わった6月末、友人宅で架空の殺人事件の犯人当てゲームが開催されるという。舞台は1924年の孤島に建つ大富豪の館という設定だ。参加者は同級生とその兄の7人。ゲーム開始早々、館の主が心臓を刺されて殺されているのが発見される。試験後に着手すべき自由研究が気になり、当初は乗り気でなかったピップは、次第に夢中になり、主の姪に扮してゲームを進めていく。ピップの明快な推理を堪能できる、爽やかで楽しい『自由研究には向かない殺人』前日譚!(粗筋紹介より引用)
 2021年発表。2024年1月、邦訳刊行。

 帯にもある通り、『自由研究には向かない殺人』3部作の前日譚。3部作に登場する面々が本作にも出てくるが、この頃はまだみんな笑っていたのね、と考えるとちょっと悲しくなってしまう。
 ピップの推理を楽しむ作品だが、結末まで読むとなんとなくこの先を暗示しているような終わり方。いや、前日譚だから当たり前なんだけど。
 一応この作品だけでも読むことはできるだろうが、やはり3部作を読んでいた方が楽しめる。ページ数も少ないし、シリーズのボーナストラックだと思った方が早いだろう。




今野敏『一夜 隠蔽捜査10』(新潮社)

 神奈川県警刑事部長・竜崎伸也のもとに、著名作家・北上輝記が小田原で誘拐されたという一報が入る。小田原警察署に捜査本部が置かれたが、犯人からの連絡が何もない。誘拐の目的も安否も不明の中、北上の妻から情報を聞いた友人のミステリ作家、梅林賢の助言を得ながら捜査に挑む。梅林のファンだという警視庁刑事部長・伊丹俊太郎は、杉並区久我山で起きたアルバイト警備員の殺人事件の捜査に携わっていた。そして竜崎は、ポーランドの留学から帰ってきた息子・邦彦が一日も早く映画の仕事を始めたいので東大を中退したいと言い出したことに頭を悩ます。(帯の紹介文に一部加筆)
 『小説新潮』2022年10月号~2023年9月号まで連載。2024年1月、新潮社より単行本刊行。

 人気シリーズ長編第10弾。今回は人気作家誘拐事件の謎に挑む。
 誘拐事件の真相については、誰でも想像つくだろう。もちろんミステリだから想像つくのであって、現実にこんな事件が起きたら、簡単に答えは出てこないだろうが。なので、事件の謎解きとしての面白さはほとんどない。
 本作で一番目立つのは、ミステリ作家、梅林賢である。多分だけど、作者自身がモデルなんだろうな。本作はともかく、他の事件にまで関わると興醒めしてしまうから、今後は出てこなくていいよ。誘拐された著名作家の方も実際にいる作家と名前が似ているけれど、大丈夫なんだろうか。
 竜崎と板橋武捜査一課長のやり取りは見ていて面白い。板橋に帰ってくれと言われてぼやく竜崎には笑った。今後出てくるかどうかわからないが、小田原署副署長の内海順治も悪くないキャラクターだ。一方、阿久津重人参事官や佐藤実神奈川県警本部長、敵役になりそうな八島圭介警務部長は今一つ。次は活躍の場を与えてほしい。
 シリーズのファンならそこそこ楽しめるだろうが、内容の物足りなさに不満を持つ人も多いだろう。次作はもう少し頑張ってほしい。




イーデン・フィルポッツ『孔雀屋敷』(創元推理文庫)

 一夜のうちに起きた三人の変死事件を調査するため、英国から西インド諸島へ旅立った私立探偵。調べるほどに不可解さが増す事件の真相が鮮やかに明かされる「三人の死体」。鉄製のパイナップルにとりつかれた男の独白が綴られる、奇妙な味わいが忘れがたい「鉄のパイナップル」。不思議な能力を持つ孤独な教師の体験を書く表題作。そして〈クイーンの定員〉に選ばれた「フライング・スコッツマン号での冒険」など、『赤毛のレドメイン家』で名高い巨匠の傑作六編を収める、いずれも初訳・新訳の短編集!(粗筋紹介より引用)
 日本オリジナル短編集。2023年11月刊行。

 グラスゴーで教師をしている天涯孤独の女性、ジェーン・グッドイナフ・キャンベルは、父親の友人で教父(ゴッドファーザー)でもある退役将軍ジョージ・グッドイナフから招待され、ダートムアのポール館にやってきた。ある日、自転車の遠乗りに出かけたジェーンは、孔雀屋敷に遭遇する。窓をのぞき込んだジェーンは、ある惨劇を目撃し、逃げ帰った。怖くて黙ったままのジェーンであったが、数日経っても誰も事件に触れることはなかった。そこでジェーンは再び屋敷を訪れようとしたが、そこに屋敷はなかった。「孔雀屋敷」。幻想小説にも、怪談にも、そしてミステリにも読める不思議な物語。標題作にふさわしい、読み応えのある、そしてなんともいえない余韻が漂う一編。
 アレクサンドル二世治下のロシア、オリョール北部にある貧しいアーシンカ村。ステパン・トロフィミッチは領主ニコライ・クリロフ伯爵の圧政に耐えかね、殺害しようとしたが失敗し、捕らえられ、地下牢で伯爵から拷問を受ける。「ステパン・トロフィミッチ」。これは初訳。ロシアの寒村を舞台にした悲劇かと思ったら、最後になっていきなり本格ミステリになるのだから驚き。とはいえ論理的な謎解きがあるわけではなく、フィルポッツも普通小説のつもりで書いたのだろう。ただ、○○が凶器となっているというのは、人の発想はどこでも変わらないのだな、と妙な気持ちになってしまう。
 ボーンズワージー村で資産家のウィリアム・ウェドレイクが、自宅でナイフで刺されて殺害された。金は盗まれておらず、手がかりも見つからない。親戚は遠方に住み、皆アリバイがある。ウィリアムは独身の篤志家で、恨んでいるものもいない。しかし新米警官のわたしは前日、偶然手がかりになりそうなシーンを目撃していた。予定されていた休暇を利用し、わたしは独断専行で捜査を進めた。「初めての殺人事件」。これも初訳。正直言って呆気ない話。解説の戸川安宣は「ファースを狙った作品ではないかと思われる」と書いているが、あまり成功しているようには思えない。奇妙な殺人事件と、その顛末を楽しむ作品、なのだろうか。
 私立探偵事務所長のマイケル・デュヴィーンの命を受けたぼくは西インド諸島にわたり、バルバドス島で起きた殺人事件の捜査に挑むこととなった。依頼人であり、資産家、実業家であるエイモス・スラニングの兄、ヘンリーがサトウキビ農園で満月の夜、警備員のジョン・ディグルとともに殺害された。それとは別に同じ夜、プランテーションで働くソリー・ローソンが殺されて崖の下に投げ込まれた。謎が解けなかったぼくの調査報告書をもとに、名探偵マイケルが謎を解く。「三人の死体」。江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』に収録されている「三死人」の改訳。ヴァン・ダインやエラリー・クイーンがフィルポッツ短編の代表作と太鼓判を押した作品。純粋な安楽椅子探偵ミステリ。本格ミステリとして素晴らしい作品だが、フィルポッツが描きたかったのは被害者を巡る人間模様だったと思う。
 コーンウォール州の湊町ビュードに住む食料雑貨店店主ジョン・ノイは、一つのことに執着すると他に何も見えなくなってしまう性格であった。そんなノイが荒谷執着したのは、近所に建設された屋敷の周りに建てられた金属の支柱のてっぺんにある鉄のパイナップルだった。「鉄のパイナップル」。チェスタトン編『探偵小説の世紀 上』収録作品の新訳。誰にも理解できない異常心理が、とんでもない悲劇を生み出す。乱歩が好みそうな「奇妙な味」の作品。
 北ロンドン在住の中年の銀行員、ジョン・ロットは、敬愛するミス・サラ・ビークベイン=ミニフィが遺した10万ポンド相当を相続するために、サリー州リッチモンドから近くの村ピーターシャムへと向かった。しかしジョンは憂鬱であった。継父の息子で血のつながらない兄である悪名高いジョシュアが、ジョンを葬り去ろうとしていると思っていたからだ。「フライング・スコッツマン号での冒険─ロンドン&ノースウェスタン鉄道の株券を巡る物語」。「クイーンの定員」に選ばれた短編集の表題作。1888年にロンドンのジェイムズ・ホッグ・アンド・サンズ社から出版された小冊子で、フィルポッツの初出版作品となる。短編集と言っても、本作品しか収録されていない。株券を巡るサスペンスで、最後は偶然にたよりすぎるのだが、人間ドラマとしては読む分には悪くない。気の弱い主人公に共感する人は多いだろう。

 イーデン・フィルポッツの三冊のミステリ短編集から選んだ六編を収録。ミステリとしての謎解きよりも、人間ドラマとしての謎解きの趣きが強い作品ばかりではあるが、それが結果的にはミステリとしてもすぐれた作品になっている点は非常に興味深い。今読むとミステリの仕掛け的には古臭い部分はあるし、筆運びも前時代的ではあるが、それは書かれた時代を考えると仕方がない。しかし、それを上回る物語の面白さがある。人の心はミステリ、誰にも窺うことはできない。
 乱歩が『赤毛のレドメイン家』をあれだけ絶賛していたにもかかわらず、フィルポッツの短編集が日本でまとめられたのは初めて。多作家のフィルポッツだし、これだけの出来の作品が他にもあるだろうから、是非とも読んでみたいものだ。




伊坂幸太郎『チルドレン』(講談社)

 こういう奇跡もあるんじゃないか? まっとうさの「力」は、まだ有効かもしれない。信じること、優しいこと、怒ること。それが報いられた瞬間の輝き。ばかばかしくて恰好よい、ファニーな「五つの奇跡」の物語。(帯より引用)
 『小説現代』2002年~2004年に掲載された「バンク」「チルドレン」「レトリーバー」「チルドレンII」「イン」の5編を収録。2004年5月、単行本刊行。

 家裁調査官陣内が主人公の連作短編集。ただし「バンク」「レトリーバー」「イン」はまだ陣内が大学生時代の話で、盲目の友人永瀬やその恋人優子が出てくる。「チルドレン」「チルドレンII」は調査官になってからの話で、後輩の調査官武藤が登場する。
 陣内は自信家で、間違っていようと、前言と違うことを言っていようと、全く気にしないで自分を押し通す。周りの人物は振り回されながらも、陣内のことをなんだかんだ慕い、頼りにする。
 ただ、こういう人物が苦手なんだよな。根拠のない己を持っている人物ほど、厄介なものはない。そのせいか、基本的にほのぼのする話ばかりなのに、面白く読むことができなかった。
 ということで、個人的にのれませんでした。それだけ。




川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社 キイ・ライブラリー)

 卓抜した編纂のもと選び抜かれたラインナップと、現代性を反映したブック・デザイン――日本の翻訳ミステリ叢書は、戦後国内で勃興したミステリ・ブームの一翼を担った。植草甚一の編纂と花森安治の装釘による【クライム・クラブ】や瀬戸川猛資の編纂による【シリーズ 百年の物語】など、綺羅星のごとき光芒を残す数多の叢書は、日本推理小説史にどのような光跡を描いたか。書斎の迷宮に眠る叢書という小宇宙が、著者独自の調査を経てここに全貌をあらわす。翻訳ミステリのブックガイドであり、戦後から現代に至る翻訳ミステリ叢書の研究であり、果ては戦後日本における翻訳ミステリの受容史を概観する画期的大著。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』No.50(2011年12月)~No.84(2017年8月)連載。加筆訂正のうえ、2023年12月刊行。

 タイトル通り、戦後に日本で出版された翻訳ミステリ叢書をまとめた一冊。まずは目次を転載する。

【目次】
まえがきにかえて
【異色探偵小説選集】編
【六興推理小説選書〈ROCCO CANDLE MYSTERIES〉】編
【クライム・クラブ】編
【世界秘密文庫】編
【Q-Tブックス】編
【ウイークエンド・ブックス】編
【ケイブンシャ・ジーンズ・ブックス/ヒッチコック・スリラーシリーズ】&【松本清張編・海外推理傑作選】編
【ゴマノベルス】編
【イフ・ノベルズ】編
【ワールド・スーパーノヴェルズ/北欧ミステリシリーズ】編
【海洋冒険小説シリーズ】編
【河出冒険小説シリーズ】編
【フランス長編ミステリー傑作集】編
【シリーズ 百年の物語】編
あとがき
戦後翻訳ミステリ叢書・全集一覧
索引


 もうこれだけで、ミステリファンなら涎が出てくること間違いなし。古本屋で探し回った叢書、名前だけ知っていても見かけることのなかった叢書、新刊で出ていたけれどお金がなくて買えなかった叢書、そして見たことも聞いたこともない叢書。この目次だけで、ワクワクしてくる。これだけではなく、「戦後翻訳ミステリ叢書・全集一覧」には100近い叢書、全集が掲載されている。こんなに翻訳ミステリ叢書があるとは思わなかった。びっくり。1冊で終わっちゃったものもあるけれど。
 この本のすごいところは幾つもある。
 まずは叢書が編集された経緯や時代背景を調べているところ。なぜこの叢書が、ミステリに無縁そうな出版社から出ているのか。その背景を調べるだけでも非常に大変だったと思う。作家や評論家、編集者などのエッセイや解説から断片的な情報を発見し、つなぎ合わせる作業にいったいどれだけかかったのだろうか。好きでなければ、とてもできないと思う。
 そして叢書に入っているそれぞれの作家、作品についても紹介しているところ。それも歴史的な位置付けだけでなく、自身の感想まで付けてである。さらには、版元変更、完訳、新訳などの情報もフォローしている。この作品の紹介が実にいい。面白い作品については面白い、そうでない作品についてはそれなりの文章になっていて好感が持てる。こんなこと書かれたら、読みたい本がさらに増えるじゃないですか、これは。
 最後に叢書の一覧、さらには書影などがあること。資料的価値としても文句なしである。
 海外ミステリファンならガイドブックとして、そして資料として絶対手元に置いておいた方がいい一冊である。さらにユニークな翻訳ミステリ史として、歴史に残る一冊となるだろう。もう日本推理作家協会賞の評論部門と、本格ミステリ大賞の〔評論・研究部門〕はこれで決まり。いや、他の評論本を読んでいるわけじゃないけれど。
 正月はこれ1冊で満足していました。




高崎計三『平成マット界 プロレス団体の終焉』(双葉社)

 猪木・新日本と馬場・全日本の2団体時代を経て、百花繚乱が彩った平成のマット界。その終焉、幕引きには必ずドラマがあった! 13団体の関係者が語った内情と舞台裏。(帯より引用)
 ジャパン女子プロレス/SWS/新格闘プロレス/W★ING/UWFインターナショナル/FFF/キングダム/レッスル夢ファクトリー/FMW/WJプロレス/全日本女子プロレス/NEO女子プロレス/IGF
 『俺たちのプロレス』2014~2019年連載に加筆訂正のうえ、書下ろし3団体を加え、2023年3月、刊行。

 平成に入った時に残っていたプロレス団体は、設立順に全日本女子プロレス、新日本プロレス、全日本プロレス、ジャパン女子プロレス、UWFの5つだった。平成に入り、パイオニア戦士が旗揚げ。そしてFMWが旗揚げし、インディー団体の歴史が幕開けする。さらにユニバーサル・プロレスリングが設立され、ルチャリブレのスタイルが日本にも広まった。UWFの崩壊、そしてSWSの設立と崩壊により、プロレス団体が乱立されるようになる。地域密着型の団体が増え、会社形式ではないプロモーションも増えていく。メジャー団体も分裂し、新日本、全日本から別団体が誕生するようになる。
 平成に設立され、会社形式で休止せずに続いているのは、みちのくプロレス、大日本プロレス、DDT、DRAGONGATE、プロレスリング・ノア、ZERO-1、アイスリボン、九州プロレス(NPO法人)、プロレスリングFREEDOMS、センダイガールズ、OZ、WAVE、スターダム、ディアナ、我闘雲舞、東京女子プロレス、HEAT-UP、琉球ドラゴンプロレスリング、PURE-Jあたりだろうか(他にあったらごめんなさい)。
 本書は平成で終焉を迎えたプロレス団体の内情と舞台裏に迫ったものである。
 正直言うと、プロレスラーなんてエゴの塊といっていいだろう。そんなプロレスラーが多数集まれば、どうしても衝突がある。それをうまくかじ取りするのがフロントなのだが、我儘なプロレスラーを押さえるのは苦労なんて言葉じゃ済まないぐらい、大変なことだろう。さらにプロレス団体が必ず儲かるとは限らない。いや、むしろ儲からないと思った方が早いのではないか。旗揚げ戦、二戦目ぐらいは儲けることができても、それを続けることは難しい。儲かれば儲かったで、今度は金を巡っての争いが始まる。SWSの崩壊は、プロレスラーのエゴのぶつかり合いといってもいいものだったのだろう。自らの集客力を誤解するものばかり、それがプロレスラーである。
 本書は、主に団体経営者からの視点によるプロレス団体の崩壊を書いている。どうしてもスキャンダラスな内容になりがちなところを、ページ数が少ないというせいもあるだろうが、事実と証言を中心に抑えた筆致で書かれているため、若干の物足りなさはあるものの、冷静な視点で読むことができる。
 FMWの荒井社長や全日本女子プロレスの松永社長は、借金を重ねて倒産後、団体解散後に自殺を選んでいる。UWFインター、キングダムの鈴木社長は負債2億円を高田延彦と分け、鈴木は10年、高田は8年で返したという。他にもWJも経営者たちが巨額の負債を抱えている。SWSの崩壊の過程は有名だ。FFFは旗揚げ前に経営者が本業で借金を重ねて逃亡した。本巻では新たにレッスル夢ファクトリーの高田元社長からも内情を語ってもらっている。
 こうしてみると、プロレス団体を経営して、一時はうまくいくことがあっても最終的には悲惨な状態になっていることが多い。平和に終わったのは、NEO女子プロレスぐらいだろうか(それでもドタバタはあったが)。それでもプロレスの魔力は麻薬に等しい。プロレスラーはいろいろな形でプロレスを続け、スタッフもまた多くはプロレス団体に関わるのだから。
 めったに巧くいかないのがプロレス団体。それでも増殖し続けるプロレス団体、プロモーション。一度スポットライトを浴びると辞められないだろうし、そんなプロレスラーの一瞬の光に誘われる者は多いのだろう。まるで焼かれると分かりながらも火に近づく蛾のように。




湊かなえ『望郷』(文春文庫)

 暗い海に青く輝いた星のような光。母と二人で暮らす幼い私の前に現れて世話を焼いてくれた“おっさん”が海に出現させた不思議な光。そして今、私は彼の心の中にあった秘密を知る……日本推理作家協会賞受賞作「海の星」他、島に生まれた人たちの島への愛と憎しみが生む謎を、名手が万感の思いを込めて描く。(粗筋紹介より引用)
 『オールスイリ』『オール讀物』に2010年~2012年に掲載された6短編をまとめ、2013年1月、文藝春秋より単行本刊行。2016年1月、文庫化。

 25年前、母と妹とみかん畑を捨て、高校卒業前に男と駆け落ちをして、有名作家となった姉が島に帰ってきた。島の市が対岸本土の市に吸収合併されたことを記念したイベントのゲストとして。妹である私はイベントに参加しながら、当時のことを思い出す。「みかんの花」(雑誌掲載時タイトル「望郷、白綱島」)。
 妻が私に手渡したのは、島に住んでいた高校時代の同級生の女性から来た葉書。女性の父は、島に住んでいたころに関わりがあった。私が妻に話したのは、小学六年生の時に失踪した父のことと、母と二人暮らしの私に世話を焼いてくれた“おっさん”のことだった。2012年、第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞、「海の星」(雑誌掲載時タイトル「望郷、海の星」)。
 夫、娘とともに東京ドリームランドに来た私は、島に住んでいたころ、祖母が反対するからダメと母に言われてドリームランドに行けなかったことを思い出す。「夢の国」(雑誌掲載時タイトル「望郷、夢の国」)。
 路上ライブから人気歌手となった黒崎ヒロタカのところに、高校時代の同級生である的場裕也から電話がかかってきて、自分の会社の五十周年パーティーに来てほしいと強引に約束させられる。しかしヒロタカには、故郷の島のいい思い出など、何もなかった。「雲の糸」(雑誌掲載時タイトル「望郷、雲の糸」)。
 一年中穏やかな瀬戸内海の島に台風がやってきた。家の隙間から雨水が入り込み、すでにドアは開けられない。私は小学生の娘とともに家の中の高いところに避難しながら、私は過去を思い出す。「石の十字架」(雑誌掲載時タイトル「望郷、石の十字架」)。
 故郷である田舎の島の小学校に異動してきた私。しかしこんな小学校でもいじめの問題があり、そしてモンスター化する親がいる。ある日、自宅が放火され小火で済んだものの、軽いやけどで入院することとなった。病室にやってきたのは、教師であった父の元教え子の男性。同じ教師でもある彼は、父との昔ばなしを語り始める。「光の航路」(雑誌掲載時タイトル「望郷、光の航路」)。

 瀬戸内海にある白綱島を舞台にした連作短編集。舞台こそ同じであるが、各作品に繋がりはない。白綱島のモデルは、作者の出身地である因島である。
 いずれも島で生まれ育った人たちの愛憎劇である。閉ざされた世界ならではの心模様は作者が得意とするところであろうし、特に鬱屈した心を書かせれば天下一品である。
 ただ、そのほとんどがいじめなどが関わってくる話であり、親子の愛情なども混じるといはいえ、読んでいてしんどいことも確か。一編だけならまだしも、六編も読まされると辛いです。立て続けに読むものではないね、これは。
 それとミステリと言えるのは「みかんの花」「海の星」だけかな。あとは普通小説に近い。これは別にわざわざラベルを貼らなければいけないというわけではなく、単に自分の覚書である。
 個人的に一番好きなのは、やはり協会賞を受賞した「海の星」。これが一番後味がよいということもあるが、それを除いても謎の部分と人の心の動きがバランスよく、そしてさりげない優しさが巧く描かれていると思う。これだけでも、本書を読む価値はある。ミステリ的な面白さで行ったら、「みかんの花」の方が上であるので、こちらも薦めたい。




谷良一『M-1はじめました。』(東洋経済新報社)

 「崖っぷちから始まった起死回生の漫才復興プロジェクト」。M-1グランプリをつくった元吉本社員がその裏側をすべて語る!
 今世紀のお笑いブームの陰には、忘れ去られていた漫才を立て直そうと奮闘した1人の吉本社員の泥臭いドラマがあった――。
 毎日会社に行くのがつまらなかったぼくは、「ミスター吉本」の異名を取る常務からあるプロジェクトを言い渡された――その名も「漫才プロジェクト」。M-1につながる一歩がここから始まった。(粗筋紹介より引用)
 2023年11月、書下ろし刊行。

 今や年末の一大コンテンツともなったM-1グランプリ。今でも視聴率20%を叩き出し、傷跡を残した芸人たちが一気に売れ、その過程と結果に素人評論家たちがああだこうだと議論を戦わす。しかしそんなM-1グランプリも、元は逆風の中から生まれたプロジェクトだった。常務から言い渡された「漫才プロジェクト」。低迷している漫才を盛り上げるためのプロジェクトだが、担当者は一人だけ。そこから第一歩が始まる。
 M-1グランプリがどのように立ち上がったかというノンフィクションであるが、最初はやる気の起きないプロジェクトから徐々に面白さを見出し、仲間を増やし、そして周りの熱を上げていく。なるほど、ビジネス本として読んでも面白い。お笑い好きにはぜひ読んでほしい本だが、それ以外にも難題のプロジェクトを成功させるにはという観点で読むと、また違った角度からの面白さがある。
 著者は当時吉本興業のプロデューサーで元取締役だが、京都大学文学部卒業とプロフィールにありびっくり。




ロバート・アーサー『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』(扶桑社海外文庫)

 雪に閉ざされた山荘を訪ねていった女性が消えた! 屋敷へ入る足跡のみが残された状況での人間消失を描いた、不可能犯罪の歴史的名作「ガラスの橋」。老姉妹が、これまで読んできた千冊以上の推理小説の知識を武器に、犯罪者たちに戦いを挑む痛快な冒険譚「極悪と老嬢」等々、キレのいい短編で知られるロバート・アーサーの日本初の作品集登場! ミステリー・ドラマの送り手として、2度のエドガー賞に輝く名手が、みずから選んだ傑作ばかり。趣向に富んだ謎解きの数々をお楽しみください。(粗筋紹介より引用)
 1966年、Random Houseより刊行。2023年7月、邦訳刊行。

 ヘンリー・マニングは勤め先の銀行から着服した1万ドルが入った魔法瓶を、住宅の芝生に植えかけ苗の穴に隠した。そしてすぐ、彼は横領の罪で捕まった。三年半後、刑期を務めあげたヘンリーは、1万ドルを回収に行くものの、すでに苗は立派な若木になっていた。「マニング氏の金の木」。意外な展開と、心温まる結末が上手い。
 ミステリファンであるグレイスとフローレンスのアッシャー姉妹は、甥のウォルターが遺した家具付きの家に定住するため、70年住んでいた小さな町からミルウォーキーにやってきた。しかしこの家には、殺されたウォルターが町を牛耳る悪党集団のボスを強請った帳簿が隠されていた。「極悪と老嬢」。老嬢姉妹がミステリの知識を駆使して悪党集団と対峙するコメディ。海外ミステリファンならにやにやすること間違いなし。
 若い作家のファウラーは、さえない風貌のスパイ、オーザブルに誘われて彼の部屋に行くと、そこには別のスパイが拳銃を構えて待っていた。「真夜中の訪問者」。ショートショートに近い短編だが、結末には驚かされた。
 コーン教授がアフリカの黒魔術の講演を行うということで、裕福な老婦人マダム・フェイジのパーティーに参加したドクタ-・アルバート・クレインと、その友人オリヴァー・デイス。講演内容に怒ったマダム・フェイジは先に寝室へ向かったが、パーティーは続いた。雷で照明がちらつく中、寝室にいたマダム・フェイジがナイフで刺されて死んでいた。しかし部屋には誰も入っていなかった。「天からの一撃」。不可能犯罪ものだが、トリックは容易に想像つくだろう。作者が描きたかったのは、その顛末に違いない。なお、同じトリックを使ったカーの某長編より発表は早い。
 ブロンドの恐喝女、マリアン・モントローズは雪の積もった二十三段の石段を上り、丘の頂上の家に着いた。そこに住んでいるのは、心臓が弱っている男性一人。その後、警察が捜索に入るも、マリアンは姿を消していた。家の周りには2フィート(約60cm)の雪が積もっており、痕跡は何も残っていなかった。マリアンはどうやって姿を消したのか。「ガラスの橋」。「51番目の密室」と並ぶ作者の代表作。消失トリックが鮮やか。映像で見てみたい。
 実業家として成功したホリンズ夫妻は、カリフォルニアの断崖のそばの家に引っ越してきた。ミセス・ホリンズは人里離れて寂しすぎる風景にすぐに嫌気がさしてフィラデルフィアに戻ろうと話すも、ホリンズ氏にはある企みがあった。「住所変更」。オチが素晴らしい。
 引退した作家の公爵夫人(ザ・ダッチェス)と甥で俳優のジョナサン・デュークは、ダッチェスの作品の映画化ならびに俳優としてキャスティングされたため、特急二十世紀号に乗ってハリウッドに向かっていた。客車の特別室で、筆跡鑑定家のホレス・ハリスンが殺害され、動機やハリスンの最後の言葉、そして遺留品からペギー・アンドルーズが容疑者として挙がった。「消えた乗客」。消失トリックに主人公が挑む本格ミステリ。他作品と比べると、ちょっと弱いかな。
 モリス老人は非常な男だった。18歳の一人息子ハリーが殺された時も、何の感情も示さなかった。そしてハリーと同様、大金を持った者が次々殺されて金を奪われる事件が続いた。しかし郡の保安官も二人の保安官助手も犯人を捕まえられなかった。ある日、モリス老人の妻の所有していた土地が望外に高く売れ、老人は銀行へ金をもらいに行った。「非情な男」。西部の男を主人公にした短編。トリックと男の目的を融合させた手腕に拍手。
 銃砲鉄工会社社長ローフォード・ホームズは狩猟小屋の書斎で真夜中に撃たれて死んでいた。中にいた執事と庭師夫妻は相当な給料をもらっており動機はない。小屋と植林された土地を取り囲むワイヤーフェンスには電気が流れていて、切断されると警報が鳴るので、誰かが入ってくることは不可能である。自殺のように思われたが、オリヴァー・ペインズ警部補は庭に残されていたつま先だけの一つの足跡が気になっていた。動機のある甥のジョン・シャーク・ホームズは精神を病み、自分のことをシャーロック・ホームズと思い込んでいた。「一つの足跡の冒険」。ホームズパスティーシュの変形作品。アイディアが面白いが、これでトリックがもう少し鮮やかであったなら、傑作と呼んでいただろう。ペインズ警部補は、「ガラスの橋」に引き続いての登場。
 私立探偵ポーターフィールド・アダムズは息子のアンディーとともに、ニューイングランド南部の田舎にある幽霊が出そうな古城に向かった。百万長者の切手蒐集家ナイジェル・メイフェアは、金庫室の六文字の組み合わせ錠を開け、希少な切手を盗んだ犯人を捕まえてほしいと依頼する。犯人は古城に住む者の可能性が高い。アダムズたちが泊ったその日の夜、ナイジェルが撃たれ重傷を負った。「三匹の(めしい)ネズミの謎」。ジュヴナイルもの。冒険譚とダイイングメッセージの謎解きがミックスされた佳作。

 本書は作者が年少の読者を対象に出版した自選短編集。そのせいか、どうやってアイディアを出して物語を書いたかというあとがき代わりの作者の言葉が巻末に載っている。とはいえジュブナイルは「三匹の盲ネズミの謎」だけであり、残りは一般読者向けに発表されたものである。
 ロバート・アーサーといえば「51番目の密室」のイメージが強いのだが、本短編集はバラエティに富んだ内容となっており、読んでいて楽しい。「マニング氏の金の木」「極悪と老嬢」「ガラスの橋」「住所変更」「非情な男」「一つの足跡の冒険」は年間短編傑作選が編まれていたら選ばれていてもおかしくない、うなる出来である。
 こんなに巧い作家だとは知らなかった。約200編の短編を執筆したとのことだが、ミステリ短編集は本書だけ。非常に勿体ないな。日本独自でも、新たな短編集を編んでもらえないだろうか。ホント、傑作揃いでした。



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