J・C・ポロック『樹海戦線』(ハヤカワ文庫NV)

 CIA内部に潜むソ連の大物スパイ――――その正体を暴く情報を持つために、元グリーンベレー隊員のスレイターは暗殺者に命を狙われ始めた。激闘の末、からくも生き延びたスレイターと戦友のパーキンズは、武器を集めてカナダの森林地帯に入り、敵を迎え撃つ作戦に出る。だが、そこに送り込まれてきたのは、ソ連が誇る特殊部隊の精鋭だった! 大自然を舞台に展開するプロ対プロの激烈な戦い。迫力溢れる冒険アクションの傑作。(粗筋紹介より引用)
 1984年、発表。作者の第三長編。1986年2月、邦訳刊行。

 ポロックを読むのは初めて。とにかく男臭いというか、プロとプロとの戦いに徹しているというか。なぜ狙われるのかもわからないまま、暗殺者の襲撃から逃げ続け、さらに戦友とカナダの森林地帯で最後の対決。そして最後に明らかになるこの闘いの真実。
 武器を手にとっての闘いは激しく迫力溢れるものであるが、よくあるヒーローものにありがちな異次元の動きなどはなく、リアルすぎるもの。そして何もわからず闘うところは、国と組織の残酷さと汚らわしさ、そして無常さを漂わせている。国の勝手な都合で戦うしかないマイク・スレイターやライル・パーキンズの姿、そして戦いの中でボロボロになってしまったアル・マルヴァヒルの姿は、戦いの虚しさしか見られない。だからこそ、平和に生きていたわずかな時間のスレイターたちの姿が尊い。
 派手さこそないものの、冒険アクション小説の傑作という言葉に偽りはない。ただ、ちょっとぐらい救いは欲しかったかな。まあ、この方がよりリアルなんだけど。




白井智之『東京結合人間』(角川文庫)

 生殖のために男女が身体を結合させ「結合人間」となる世界。結合の過程で一切嘘が吐けない「オネストマン」となった圷は、高額な報酬に惹かれ、オネストマン7人が孤島で共同生活を送るドキュメンタリー映画に参加する。しかし、道中で撮影クルーは姿を消し、孤島の住人父娘は翌朝死体で発見された。容疑者となった7人は正直者(オネストマン)のはずだが、なぜか全員が犯行を否定し……!? 特殊設定ミステリの鬼才が放つ、狂気の推理合戦開幕!(粗筋紹介より引用)
 2015年9月、KADOKAWAより書下ろし刊行。作者の第二長編。加筆修正に加え、単行本刊行時にときわ書房本店限定で配布された「船橋結合人間」を収録し、2018年7月、角川文庫化。

 「結合人間」とはいったい何だろうと思ったら、男女が生殖器を使って交尾するのではなく、子孫を残すために互いの体を結合させることである。顔には四つの目が横一列に並び、蛙に似た大きな口があり、肩から四本の腕が伸び、ドラム缶のような巨大な胴体を四本の脚で支えている。精巣と卵巣がくっつくことで生殖器ができ、子供を自ら生むことができる。一般的に感情をつかさどる部位は女の細胞がもととなり、身体機能や動作をつかさどる部位は男の細胞がもとになる。ところが数千組に一度の割合で、脳機能が逆転した結合人間が生まれてしまう。すると一切嘘が吐けない「オネストマン」となってしまう。よくぞまあ、こんな設定を考え出したものだ。
 第一部ともいえる「少女を売る」は、「寺田ハウス」を名乗って安アパートで共同生活を送るネズミ、オナコ、ビデオという若者が主人公。この三人は少女売春斡旋やビデオ販売などで生き延びているのだが、この章は読んでいて気持ちが悪くなる。よくもまあここまで残酷に、そして気持ち悪くなるぐらいの描写で書けるものだ。エログロ、ここに極まれり。読むのを止めようと思ったぐらいだが、なんとか我慢して第二部ともいえる「正直者の島」に入る。
 最後は怒涛の推理合戦になるのはこの作者ならではなのだが、そこまで読むのに気持ち悪くなったところに、些細な描写の伏線を拾いまくる推理のオンパレードには疲れてしまったというのが正直なところ。感心はするが、ごちゃごちゃしていて頭のなかで整理がつかない。おまけにあのエピローグには呆然とするしかない。
 設定には感心するが、面白いとは思えなかった。今まで食わず嫌いだったことは事実だが、読まなくてもよかったかな、と思っている自分がいる。そもそもよっぽどうまく料理してくれないと、こういう多重推理物を楽しめる度量が自分にはないようだ。




邦光史郎『社外極秘』(集英社文庫)

 電機業界の機密攻防戦のさなか、経営悪化の産業調査研究所を営む日沼らは有力メーカー・エコーの新製品の機密を握る。時を同じくして、経営不振を見透かしたかのようにエコーから大きな仕事がまいこむ……。そして“電業新聞”の磯村社長の突然の失踪――その意味するものは、いったい何か? 各メーカー入り乱れての熾烈な裏工作、スパイ活動を迫真のタッチで描く産業推理小説。
 1962年、三一新書より刊行。同年、第48回直木賞候補。1985年4月、集英社文庫化。

 1962年にデビューした邦光史郎の長編二作目。作者が初期のころに書いていた産業推理小説の代表作。解説には、作者自ら「産業スパイ小説」というネーミングを出版社に申し入れたとのこと。
 東芝、松下電器、ソニーを思い起こさせるような東邦電気、山中電器産業、エコーなどの電器メーカーが入り乱れる産業スパイ小説。この分野でいえば、代表作なんだろうとは思う。実際、タイトルだけは知っていたし。
 ただ今読むと、とんでもなくきつい。リアルすぎる書き方のため、あまりにも考え方も行動も古い。女性を道具扱いするような社会の描き方は、戦前くらいまでのド田舎だったらファンタジー扱いして読めるのだが、普通の企業を舞台として読むのはとんでもなくしんどい。それに行動パターンも古臭い。産業スパイが仁義なき戦いであることはわかっているのだが、攻める方も守る方もここまでやりたい放題というのは読んでいてしんどい。
 この時代のミステリが読まれなくなった理由が、今さらながら身に沁みてわかるような一冊だった。ただ、ただ、しんどいだけ。昔の社会派推理小説だと、ここまでしんどくならないんだけどなあ。




ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』(創元推理文庫)

 人気作家エイモス・コットルを主賓に迎えたパーティーが、雪深きコネチカット州にある出版社社長ケインの邸宅で開かれた。腹に一物あるらしき人々が集まるなか、余興として催されたゲーム“幽霊の2/3"の最中に、当のエイモスが毒物を飲んで絶命してしまう。招待客の一人、精神科医のベイジル・ウィリング博士は、警察に協力して関係者から事情を聞いてまわるが、そこで次々に意外な事実が明らかになる。作家を取りまく錯綜した人間関係にひそむ稀代の謎と、毒殺事件の真相は? マクロイの傑作として、名のみ語り継がれてきた作品が新訳で登場。(粗筋紹介より引用)
 1956年、ランダムハウス社より刊行。マクロイの第15長編。1962年、創元推理文庫より邦訳刊行。

 1962年に創元推理文庫から出版されて以来、長く絶版状態だった一冊。東京創元社の「文庫創刊50周年記念復刊リクエスト」で第1位となり、新訳が刊行された。
 昔の創元推理文庫の巻末にあった出版リストに載っていた(はずだが、別の場所で見たのかもしれない)ので名前だけは知っていたから復刊時にすぐ購入したが、結局そのままになっていた一冊。
 「幽霊の2/3」というゲームだが、「親になった者が各プレイヤーに順番にクイズを出題する。それに答えられなければ、一回目は幽霊の三分の一、二回目は幽霊の三分の二になる。三回答えられないと、幽霊の三分の三、つまり完全な幽霊になる。要するに死ぬわけで――――ゲームから脱落する。最後まで生き残った者が勝者となり、次の親になる」というものである。人気作家エイモス・コットルがこのゲーム中に青酸化合物を飲まされて殺されるのだが、毒物が検出されたのは彼のウイスキーのグラスだけで、他の飲み物には入っていなかった。しかも即効性であるのに、死亡する前の数分間は彼の周りに誰もいなかった。そしてパーティーに出席していた彼の妻やエージェント、出版社社長たちは、金の卵を産む彼を殺害する動機がなかった。
 毒殺トリックについては、タイトルこそ思い出せないが過去の別作品でも使われているもので、の引用だったと思う。しかしこの作品の主眼は殺されたエイモス・コットルという人物。彼自身や彼を取りまく人物の描写と謎が素晴らしく、出版界の裏事情と合わせて絶妙な物語を生み出している。特にタイトルが物語と密接につながっていく展開は見事である。
 ただ、結末に向けての展開は駆け足過ぎて、今一つ。特に事件の動機を聞かされてもスッキリしないのは残念。完成度という点で、他のマクロイ作品よりは落ちると思う。だから、いままで復刊されていなかったという気がしなくもない。
 どうでもいいが、ベイジル・ウィリング博士がもう少し魅力的な人物だったら、面白さがもう少しアップしているような気もする。




信国遥『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』(光文社)

 若い女性ばかりを惨い手口で殺害し、その様子をインターネットラジオで実況するラジオマーダー・ヴェノム。その正体を突きとめてほしいと、しがない探偵・鶴舞(つるま)に依頼してきたジャーナリストのライラは、ヴェノムに対抗してラジオディテクティブを始めることを提案する。ささいな音やヴェノムの語り口を頼りに、少しずつ真相に近づきはじめる鶴舞とライラ。しかしあと一歩まで追い詰めたとき、最悪の事態がふたりを襲う――(粗筋紹介より引用)
 光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の第三期として、選考会で指摘を受けた個所を改稿し、2024年4月、光文社より単行本刊行。
 一回ごとに1人の女性を殺すところを実況する配信「ラジオマーダー」。パーソナリティのヴェノムは、全七回配信すると宣言している。既に第三回が終わっていたが、死体はまだ発見されていない。オッドアイの美女でフリージャーナリスト・桜通(さくらどおり)来良(らいら)は、脱サラして1年前に事務所を開いたばかりの私立探偵・鶴舞(なお)に事件の解決を依頼するとともに、犯人迫るための手段として「ラジオディテクティブ」を配信することを提案した。そして鶴舞は、第四回の配信を基に、殺人現場と死体を発見する。A県警T警察署刑事課強行犯二係の名城は先輩の東山に、いつか捜査一課に行きたいと話していたが、死体の発見場所が管轄内であったことから、事件の捜査に加わることとなり、捜査一課のベテラン・飯田とともに行動する。
 不特定の若い女性に対する連続殺人事件を配信するという劇場型犯罪。それに対抗する劇場型探偵。さらに負けじと動き出す捜査本部。物語は鶴間の一人称による探偵パートと、東山の一人称による警察パートの交互で進む。
 かなり改稿したものと思われるが、主要登場人物が少ないこともあり、犯人像はある程度簡単に浮かび上がる。多分改稿前はもっと露骨だったのだろう。犯行や探偵の配信はそれほど目新しいものではないので、作者が描きたかったのは、連続殺人のミッシング・リンクは何かという謎と事件の構図と思われる。そして、その狙いは成功した。この作品が面白くなるのは、後半から。この畳み込みは新人の筆としては悪くないし、一気に読める。
 ただ、あまりにも都合がよすぎる展開には疑問を抱く向きも多いだろう。他人や警察が、ここまでシナリオ通りに動くはずがない。読者によっては興醒めするかも。それも多くの読者が。
 アイディア頼りの作品で終わっているので、もう少し肉付けが欲しい。ブラフのかけ方を覚えてほしいものだ。




駄犬『死霊魔術の容疑者』(マイクロマガジン社 GCノベルズ)

 巨大な版図を誇るラーマ国。しかし、一代で大国を築き上げた「武王」が病を得たことで各地で反乱が勃発し、王国に滅亡の危機が訪れる。だが突如、アンデッドの軍団が反乱軍を襲い次々と鎮圧。禁忌とされる死霊魔術を一体誰が使ったのか。謎の死霊魔術師の行方を追う王国の騎士・コンラートは、ある村で怪しげな屋敷に出入りする一人の少女・ルナに出会う。赤い瞳、白い肌、金色の髪――少女は一体何者なのか? 屋敷の主は死霊魔術師なのか? デビュー作が驚異的売上を記録した最注目の新人作家が贈る、読む者に命の価値を問う珠玉のファンタジック・サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 2024年4月、書下ろし刊行。

 ストーリーは、王国の騎士・コンラートから問いかけられたルナの一人語りで進む。ルナは1000年以上も前に魔法で世界を支配していた、滅亡した少数民族アスラの民の血を濃く引く者。小さいころに人攫いにあい、人買いに買われ、家事や勉強やマナーなどを学び、そして死霊魔術師カーンに買われ、弟子となる。途中、他の人物視点によるエピソードを挟むものの、そのほとんどはルナのいままでの人生が語られる。
 淡々と話が進むので、盛り上がりに欠けるところがあるのは事実。別れのシーンとか、もっと感情をこめた文章にしてもいいんじゃないかと思うのだが。とはいえ、ルナはあっという間に成長するし、目が離せない内容になっているので、退屈することはない。
 エンディングに進むにつれ、各エピソードが意外なところで結びつく展開はさすがと言える。作者、絶対ミステリを読んでいるよね、この構成。そして最後に美しいエピソードを持ってくるところはうまい。それと、後日談の使い方が優れている。
 ミステリではないけれど、ミステリでよく使われる構成をうまく味付けにして、感動のエピソードを仕上げるのが作者の持ち味だろう。そんな持ち味が十分に生かされた作品。さて、あなたは「命の価値」にどう答えるか。




米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)

 小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされ、それにより大学受験が困難になったことを知る。翌日、警察から聴取を受け、ふたたび昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。迫る車に気づいた小鳩君が小山内さんを間一髪のところで突き飛ばしたため、小山内さんは無傷で済んだのだ。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。小鳩君最大の事件を描き四季四部作の掉尾を飾る冬の巻、ついに刊行。(粗筋紹介より引用)
 2024年4月、書下ろし刊行。

 恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある小鳩常悟朗と小佐内ゆきが、二人で清く慎ましい小市民を目指す『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋季限定栗きんとん事件』と続いた小市民シリーズ完結編。番外編『巴里マカロンの謎』を除くと、前作から15年ぶりの新刊となる。
 高校三年生の冬、小鳩君は轢き逃げにあい、病院に搬送される。思い出すのは、三年前、中学三年生の時に同じ場所で起きた轢き逃げ事件。事件は解決していたが、当時轢かれた小鳩君の同級生が自殺したらしいと聞き、当時の謎を思い出す。一方小鳩君に助けられた小山内さんは、犯人探しを始めていた。
 高校三年生の小鳩君のひき逃げ事件と、中学三年生の小鳩君と小山内さんが遭遇した轢き逃げ事件が交互に語られる。中学三年の轢き逃げ事件は、小鳩君と小山内さんが初めて遭遇した事件であり、二人が小市民を目指すきっかけとなったもの。シリーズの始まりと終わりがほぼ似たような事件を通して対比して描かれるというのは、作者の技の見せ所である。
 三年前の愚かな、青臭い小生意気な子供だった二人と、成長した二人。その違いを見るのが非常に楽しい。三年前に堤防道路で消失した車の謎ははっきり言って大したものではないし、轢き逃げ事件の犯人もわかりやすいもの。だけど、そこは大した問題ではない。本書は、青春時代の苦い思いと成長を書いた作品なのだ。
 単品として、そして本格ミステリとして読むと弱いかもしれない。しかし、青春小説として、そしてシリーズの掉尾を飾る作品として読むと、傑作と言っていいだろう。過去三作は正直物足りなかったが、本作のためにあったのか、と思ってしまうぐらい、見事なシリーズのまとめ方でした。




ジェフリー・ディーヴァー『スティール・キス』上下(文春文庫)

 NYのショッピングセンターでエスカレーターが誤作動を起こし、通行人の男性を巻き込んだ! 刑事アメリアは必死に救助するが男は痛ましい死を遂げ、あげくに捜査中の犯人を取り逃がしてしまう。リンカーン・ライムに助けを借りたいが、彼は市警を辞めてしまっていた。一方のライムは、民事訴訟でこの事故を調査し始める―――。(上巻粗筋紹介より引用)
 エスカレーターの不具合は故意に仕掛けられたものと判明、事故は機械を凶器に変えた殺人だった。連続殺人犯の動機は謎に包まれたまま、見習い捜査官をチームに加えライムは真相を追求する。アメリアを狙う狂気の目…真犯人は一体誰なのか?日常に潜む危険をあぶり出すリンカーン・ライム・シリーズ第12弾!(下巻粗筋紹介より引用)
 2016年、刊行。2017年10月、文藝春秋より邦訳単行本刊行。2020年11月、文庫化。

 リンカーン・ライムシリーズ第12弾。なぜかライムは市警を辞めているし、アメリアとの関係もちょっと隙間風が吹いている。ライムのラボでインターンとして働くジュリエット・アーチャーという元疫学研究者は登場するし、アメリアの元恋人である元刑事のニック・カレッリが登場する。
 いつの間にか舞台はデジタル社会になっており、作者も最新のものに敏感なのだなとは思ってしまう。上に書いたように気になる人物も登場してくる。とはいえ、今さらアメリアの前の恋人が出てきてもなあ、という思いは強い。何とか新味を出そうと、作者も必死なのだろうか。
 とまあ、そんなことを思ってしまうぐらい、物語の展開に既視感が強いことも確か。読んでいて退屈はしないが、過去の作品と比べると面白さは落ちる。惰性で読み終わってしまった。




駄犬『追放された商人は金の力で世界を救う』(主婦と生活社 PASH!文庫)

 Sランク冒険パーティー・ブルーリングの一員でありながら、不人気職“商人”のトラオ。戦力として微妙な上に、金の使い込みがバレ、リーダーのライネルから「おまえはクビだ!」と宣告。僧侶のシエル、魔法使いのルイーズも同調し、トラオはパーティーを追放されてしまう。仕方なく金の使い込み先だった戦士リオ、僧侶リリス、魔法使いドミニクのAランク冒険パーティー・ガーネットにトラオは合流する。トラオは4年前に彼女たち3人に声をかけ、ブルーリングの金を先行投資して装備をそろえ、情報収集や偵察活動などを行わせていた。合流したトラオたちの初仕事は、ブルーリングを含む魔王討伐メンバーの後を追い、全滅したメンバーの遺体から装備を回収するというもので……!? 「関係ないよ。もう仲間でも何でもないないんだから」。「ずっと仲間だと思っていた」と言われても、今さら遅い――――。(粗筋紹介に一部追記)
 ウェブ投稿サイト小説家になろうに掲載の『「足手まといなんだ!」と言われてパーティーを追放された商人は、金の力で世界を救う。「ずっと仲間だと思っていた」と言われても、今更遅い。』より大幅に加筆・修正のうえ改題。2024年3月、刊行。

 昨年、『誰が勇者を殺したか』で評判になった作者の新刊。作者も書いている通り、異世界ものによくある「追放もの」ジャンルの作品。「追放もの」の多くは、実は追放されたものが他の人より有能で、結局追放する側よりも追放された側の方が幸せになる。ところが本作の主人公トラオは、一緒にパーティーを汲んでいるメンバーですら「追放されても仕方がなかったのでは」と思わせるぐらい人物。徹底したお金優先、感情無視の合理主義、ドライすぎる取引、味方すら引いてしまうような魔物討伐。それでも打つ手がことごとく成功してしまう。
 まあ、神すら欺く非人道的な主人公がいてもいいだろうなとは思いながら読み、伝説の装備を得る展開が同じことの繰り返しで中弛みし、無敵であるはずのモンスターは呆気なく倒すし、最後はラノベお馴染みの終わり方のテンプレな展開かと思ったら、最後にやられた。ありゃ、こんなところで伏線を貼っていたのかと、作者の計算にまんまとはまってしまった。この終わり方はずるいわ。
 これはこれで面白かったが、淡々と進んで最後にひっくり返す、このパターンを繰り返されると飽きるかな。新しい展開の作品を読んでみたい。




黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)

「祭りをやらないと、この村はなくなりますよ!」――信じない人々をどう説得する!?
 感染症の大流行や地方の過疎化が進んだせいで、「祭り」が行われなくなった地域が増えた。これまで地域の祭りで鎮められていた八百万の神々が怒り、暴れだしたため異変が頻発する。このような事態に対処するために組織されていた祭祀保安協会の九重(ここのえ)十一(とい)とアシスタントの八多(やた)(みさき)―――怪しさ満点の二人が、異変を解決しようと神々を鎮め、処分していく。
 この二人、我が村を本当に救えるのか!? この村にも神がいた。今はもういない―――過疎化の進む東北を舞台に「実話怪談の旗手」が描く、やがて消えゆく〝隣人〟の物語(帯より引用)
 『小説宝石』2021~2023年掲載作品に書き下ろしを加え、2024年3月刊行。

 任務完了を報告する九重十一。「まつりのあと」。
 過疎集落の出羽村にやってきた黒づくめの女性を迎えたのは、村長の田附と副村長の木津。10年前に設置された文化庁の非公表の外郭団体、祭祀保安協会の九重十一と名乗るその女性がバスを降りたときに「処分しなきゃ」と聞いた小学五年生のヨッチンは、同級生で子分のケンジとともに、十一が村の人を殺すのを止めようと後を尾けた。十一が向かったのは、春休みで無人の小学校だった。「春と殺し屋と七不思議」。
 路傍に建つ祠で合掌した十一は、背後から足音が聞こえたのに気付く。「いざない」。
 日本海に面した小さな町、卯巳町にやってきたのは九重十一と、歌舞伎町のホストみたいな恰好のアシスタント八多岬。二週間前に起きた魚の大量死は、卯巳祭りの夜に船を流す「アザハギ」に関わっている可能性があるから実施してほしいと二人は依頼した。しかし今年はコロナ禍のため、祭りは中止になっていた。「われはうみのこ」。
 事務処理が多いとぼやく岬の横で、淡々と事務仕事をこなす十一。「おやくめ」。
 雪が降れば陸の孤島と化し、隣村へ抜ける道もないどん詰まりの鄙びた農村、桜児地区に一人だけ住む乙野鉄吉。小正月マ江の一月十四日、そんな桜児に九重十一と八多岬がやってきた。小正月にユキワラシを祀る「ユキアソバセ」の詳細を知りたいという。鉄吉は、もしかしたら秘密を探りに来たのではないかと疑う。「あそべやあそべ、ゆきわらし」。
 コロナ禍が明けた春、三年ぶりに生家にやってきた老人は、黒ずくめの女が崩れた家の前で手を合わせているのを見かけた。「おくやみ」。
 三十路半ばの傘蔵理美は、時花山キャンプ場の杉木立の先にある丘陵にある、百本以上の大小の石像の腕が転がっている「しどら」へやってきた。江戸時代に祀られていたが永く破壊されて放置されていたのだが、三年前に何者かに修復された。SNSで一時流行るもののすぐにすたれ、先日誰かにバラバラにされていた。理美はその「しどら」を復活させようと掘り返し始めたとき、八多という男が現れた。「わたしはふしだら」。
 祭保協本館の地下一階にある収蔵庫で、十一は羽虫よろしく翔ぶ<文字>を見つけた。初めて見る言霊だった。「まよいご」。
 南東北の山々のふもとに位置する久地福村には「ゲンゲ」と呼ばれる盲目の口寄せ巫女が存在した。十一が祭保協の仕事で聞き取りを行うため、ゲンゲの最後の一人、羽生部キヨのもとに定期的に訪れていた。しかし今日来たのはキヨの頼みごとのためであった。キヨは生きた者同士が魂を入れ替え、人格を交換する「たまがえ」の儀式をお願いした。一度、自分の顔を自分の目で見たいという。了承した十一であったが、魂を入れ替えた十一の体のキヨは、そのまま家を出ていった。「春のたましい」。

 作者は実話怪談の分野で絶大な支持を集めているとのこと。全く興味のない分野なので、名前すら知りませんでした。うーん、もう少し周りに目を配るぐらいのことはしないといけないなあ。作者のミステリは初めてである。通常ならスルーしている分野なのだが、書評を読んで気になり、思わず手に取ってしまった。
 東北地方のさびれた町村を舞台に、コロナ禍で祭りが行われなくなり、封じられていた神が暴れ出すのを鎮めるため、文化庁の非公表の外郭団体、祭祀保安協会の九重十一と八多岬が訪れる連作短編集。本編5編に、合間のエピソードを2ページで描かれた5編が加わっている。
 怪談と民俗信仰をコロナ禍と結び付けたアイディアがうまい。神たちが起こす怪異現象の描写はさすがといえるものがあるし、過疎や人間関係の悩みを浮かび上がらせる手法も見事。そして謎解き要素が散りばめられているのも巧みだ。読み終わって気付かされた伏線には脱帽した。過剰ではなく、むしろ淡白に見える筆致だが、テクニックは凄い。
 祭祀保安協会という設定、そして九重十一と八多岬というキャラクターの造形も、続編を大いに期待させるもの。とはいえ、数を重ねると薄味になりそうだから、適当なところで止めてほしいかな、これは。
 思わぬ拾い物の一冊。千街晶之さんの書評を信じてよかった。これは2024年ミステリベストのダークホースになるのではないか。怪談とミステリを融合させた秀作です。



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