羽生飛鳥『歌人探偵定家 百人一首推理抄』(東京創元社)

 一一八六年。平家一門の生き残りである、亡き平頼盛の長男・保盛はある日、都の松木立で女のバラバラ死体が発見された現場に遭遇する。生首には紫式部の和歌「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半(よは)の月かな」が書かれた札が針で留められ、野次馬達はその惨状から鬼の仕業だと恐れていた。そこに現れた、保盛の友人で和歌を愛してやまない青年歌人・藤原定家は「屍に添えて和歌を汚す者は許せん」と憤慨。死体を検分する能力のある保盛を巻きこみ、事件解決に乗り出す! 後に『小倉百人一首』に選出された和歌の絡む五つの謎を、異色のバディが解く連作ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2024年6月、書下ろし刊行。

 紫式部の和歌が添えられた屍は、なぜバラバラにされていたのか? 「一 くもがくれにし よはのつきかな」。
 若き西行が遭遇した、密室からの人間消失の真相は? 「二 かこちがほなる わがなみだかな」。
 河原に捨てられた屍は、なぜ在原業平の和歌に見立てられたのか? 「三 からくれなゐに みづくくるとは」。
 都を襲った大火の真相を解く鍵は、菅原道真の和歌? 「四 もみぢのにしき かみのまにまに」。
 衆人環視の中、式子内親王の周りにいた女房たちを殺した方法は? 「五 しのぶることの よわりもぞする」。(帯より引用)

 最近の推し、羽生飛鳥の新刊は藤原定家を探偵役に据えた連作短編集。『小倉百人一首』『新古今和歌集』の撰者である歌人であり、『源氏物語』などの古典文学の研究者としても有名な天才である。若き日の定家と行動を共にするのは、『蝶として死す 平家物語推理抄』『揺籃の都 平家物語推理抄』の主人公・平頼盛の長男である平保盛。頼盛の推理力は引き継げなかったが、屍がいつどのように無くなったのかという見極めの手ほどきは受けている。このコンビ、まさにホームズとワトスンである。実際にもこの二人、仲が良かったとのことなので、うまいところに目を付けたものだ。史実同様、激情型の定家は、和歌が犯罪に巻き込まれたことに怒り狂い、和歌の背景を一から絶叫するというのも、よくできている。
 本格ミステリとしても、バラバラ殺人、密室消失、見立て殺人、火災、衆人監視下の連続殺人とバラエティ。トリック自体はそこまで込み入ったものではないが、時代性と舞台をうまく絡ませ、読み応えのある本格ミステリに仕上げているところはさすが。そして最後に連作短編集らしい締めを持ってくるのも芸が細かい。登場人物のキャラクターも立っているし、特に定家と保盛のやり取りが非常に面白い。ピントの外れた推理を保盛が披露し、定家が一刀両断するところは笑える。
 平安・鎌倉時代の背景や風習と文化、鎌倉幕府が設立される直前はの荒れた世情、公家・武家・民衆の描き分けを本格ミステリに落とし込み、読者を魅了する作品を作るのがとても巧い。個人的ベストは、やはり最後の「五 しのぶることの よわりもぞする」。
 個人的には今年のベスト候補。この人、もっと評価されてもいいと思うんだけどね。読み応えのある作品を描き続けているし。お薦めしたい作家、作品であるので、しばらくは追い続けることを改めて決意した。




エリー・グリフィス『窓辺の愛書家』(創元推理文庫)

 高齢者向け共同住宅に住む90歳のペギーが死んだ。彼女は推理小説の生き字引のような人物で、“殺人コンサルタント”と名乗り、多くの作家の執筆に協力していた。死因は心臓発作だったが、ペギーの介護士ナタルカはその死に不審を抱き、刑事ハービンダーに相談しつつ、友人二人と真相を探りはじめる。しかしナタルカたちがペギーの部屋を調べていると、覆面の人物が銃を手にして入ってきて、一冊の推理小説を奪って消えた。謎の人物は誰で、なぜそんな不可解な行動を? 『見知らぬ人』の著者が贈る、本や出版界をテーマにした傑作謎解きミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2021年発表。2022年8月、邦訳刊行。

 『見知らぬ人』が面白かったので、本作も手に取ってみた。サセックス警察犯罪捜査課部長刑事のハービンダー・カーが引き続き登場。“殺人コンサルタント”である本好きの老婦人、ペギー・スミスの死の謎を追う。介護士のナタルカ・コリスニク、ハービンダー、カフェ店主で元修道士のベネディクト、老紳士エドウィンの視点が切り替わる形で物語が進んでいく。
 人物関係の描写や性格付けは英国ミステリらしいものだし、本の話題が多いことからビブリオ・ミステリとしての側面もある。マイノリティに対する視点は現代ならではのものがある。ただ、前作ほど謎が入り組んでいるわけではなく、それでいてモタモタしていてもどかしい。素人探偵たちに振り回されてばかりで、事件の真相に迫る余裕のないハービンダーはもうちょっと何とかならなかったのか。誰と誰がくっつこうか、知ったこっちゃないと思ってしまうあたり、作品に没頭できなかったのだろうと思ってしまう。
 ちょっと肩透かしで終わったのは残念だったが、ハービンダーという登場人物は気になるので、次作に出てくるようなら読んでみようとは思った。




アントニイ・バークリー『最上階の殺人』(創元推理文庫)

 閑静な住宅街、四階建てフラットの最上階で高齢女性の絞殺死体が発見されたとの報を受け、モーズビー主席警部率いる捜査班は現場に急行した。室内はひどく荒らされ、裏庭に面した窓に脱出用のロープが下がっている状況から、警察は物取りの犯行と断定、容疑者を絞り込んでいく。しかし警察の捜査を実地に見学しようと同行したロジャー・シェリンガムは、建物内に真犯人がいると睨み、被害者の姪を秘書に雇うと調査に乗り出す。探偵小説本来の謎解きの魅力と、才気あふれるユーモア、痛烈な批評精神が奇跡的な融合を果たしたシリーズ屈指の傑作。(粗筋紹介より引用)
 1931年7月発表。2001年8月、新樹社より邦訳単行本刊行。2024年2月、新訳のうえ、創元推理文庫より刊行。

 ロジャー・シェリンガムシリーズの第七長編(『毒入りチョコレート事件』含む)。物取りによる強盗殺人事件と見られた事件が、シェリンガムの手にかかると建物内の人物による殺人に早変わり。わざわざ被害者の姪であるステラ・バーネットを秘書に雇い、勝手に調査に乗り出す。
 警察の調査結果をもとに、警察の見方とは違った推理を繰り広げるシェリンガムを笑うしかない作品。とはいえ、シェリンガムの推理は、少なくとも目の前に提示された事象や証拠からは思考可能なものである。変わった形で多重推理を楽しむと同時に、やはり「名探偵」を皮肉る作品だよね、これって。最後は笑うしかないし。
 ただ、こういうひねくれた作品が日本でも受け入れられるようになったのは、本格ミステリが爛熟化したからじゃないだろうか。多分戦後すぐにこういう作品が出版されても、全然評判にならなかったと思う。それに社会派推理小説が流行した以後だと、皮肉が皮肉にならないまま終わっちゃってしまうし。日本で様々な本格ミステリが掘りつくされつつある今、革新的なバークリーが改めて評価されたのだろう。
 ただ、皮肉もひねくれ度も許容範囲内にあるから楽しめるわけであって。これ以上ひねくれられたら、さすがに読む気力を無くすだろう。




カーター・ディクスン『五つの箱の死』(国書刊行会 奇想天外の本棚)

 深夜一時、ジョン・サンダース医師は研究室を閉めた。今週中に、ある毒殺事件のための報告書を提出しなければならず、遅くまで顕微鏡を覗いていたのだ。頭をすっきりさせて帰ろうと、小雨の降りはじめた道を歩いていたサンダースは、十八世紀風の赤煉瓦造りの家のすぐ外に立つ街灯のそばに一人の若い女性がたたずみ、自分のことを見ているのに気づいた。ガス灯に照らされ、ただならぬ雰囲気を漂わせた女性は、サンダースを呼び止め、この建物の窓に明かりが灯った部屋に一緒に行ってほしいと懇願する。この女性に請われるまま、建物に入り、部屋に足を踏み入れたサンダースが目にしたのは、細長い食卓の周りを物いわぬまま囲み、?人形か?製のように座った四人の人間であった。いずれも麻酔性毒物を飲んでいる症状が見られ、そのうちの三人にはまだ息はあったが、この部屋の住人であるフェリックス・ヘイは細身の刃で背中から刺されてすでに事切れていた。そして奇妙なことに、息のある三人のポケットやハンドバッグには、四つの時計、目覚まし時計のベルの仕掛け、凸レンズ、生石灰と燐の瓶などの品々が入っていた。事件の捜査を開始したロンドン警視庁のハンフリー・マスターズ首席警部は、奇妙な事件の解明のため、ヘンリー・メリヴェール卿を呼び寄せる。(粗筋紹介より引用)
 1938年、発表。1957年4月、ハヤカワ・ポケット・ミステリより邦訳刊行。2023年6月、新訳で刊行。

 カーター・ディクスン(ディクスン・カー)の膨大な作品群をABCでランク分けすると、間違いなくCと評価されていた一冊。「カー問答」「新カー問答」でも触れられていない。編者の山口雅也が嘆いているように、ほとんどだれも取り上げてこなかった作品である。カーマニアの瀬戸川猛資ですら、『夜明けの睡魔』で「ただの凡作になった」とまで書いているしなあ。ただ、山口雅也がいう「アンフェア」という評は聞いたことがなかった。まあ、そんなにカーキチでもないし、文庫化もされていないので、多分読むことはないだろうと思っていたのだが、まさか「奇想天外の本棚」で出るとは。こういう時の山口雅也の評は外れることが多い感があるものの、ここはひとつ読んでみよう、あの有名な毒殺トリックも確認しよう、と思った次第。あっ、山口雅也は『孔雀の羽根』と『ユダの窓』の間に書かれたと書いているけれど、『ユダの窓』の後だよね。作中でも事件に触れられているし。
 読み終わってみると、意外とまともだなという印象を持った。新訳のおかげなのかもしれないが、読みにくいところも全然なかった。もっとファース味たっぷりだと思っていたのだが、ヘンリー・メリヴェール卿の登場シーンを除けばそんなひどいドタバタぶりはない。H・Mの推理もまともだし、ディクスンが力を入れていることもわかる。
 例の有名な毒殺トリックは、本書が最初なんだろうか。もっと他でも使われているのではないかという気もするのだが、これは単に私の勘なので、この件はスルー。五つの箱の中身があっさりとわかってしまうのは、ちょっと勿体なかった。
 さて、例の有名な犯人トリックの方だが、読んでみたら別にアンフェアとは思わなかったな。逆に今の本格ミステリ読者なら、これぐらいの犯人では驚かないだろう、というのが正直なところ。ただ、意外性を狙いすぎて、ただの凡作に終わったという評には同意だ。フェアではあるが、「離れ業」というほどではない。これは、横溝の某中編を先に読んでいたからかな。
 それと、山口の言う「旧訳本の造本上のミス」がよくわからなかった。これは何を指しているのだろう。もしかしたら、と予想できるところはあるのだが。
 結局、思ったほど駄作じゃなかった、というのが正直な感想。もっとひどいかと思っていたので、逆に楽しみにしていたのが肩透かしにあってしまった。ただ、力が入っているけれど、空回りしてしまっている。なんか、もうちょっと振り切ればよかったのに、と思ったな、これは。

 さて、「奇想天外の本棚」の新刊が9か月も出ていない。残り2冊、頼むから出してくれよ。特に『最後にトリヴァー氏は』を待っているんだけどな。それに第二期のカー『棺桶島』も未訳のままで終わるのか。




辻真先『戯作・誕生殺人事件』(創元推理文庫)

 東京から北関東へ移住した、ミステリ作家の牧薩次とキリコ夫妻。高齢出産を決意したキリコは、地元の中学生・美弥に住み込みで手伝いをしてもらうことに。やがて臨月間近の秋祭の日、キリコにボールペンで手書きされた生原稿が手渡される。担当の助産師の息子が書いた時代ミステリ作品らしい。それが、キリコたちに新たな事件をもたらすことになろうとは――――。折しも薩次は北京に出張中、キリコは大きなお腹を抱え難事件に挑む。台風19号の来週、そして陣痛、さらに牧家を狙う怪しい影……。〈ポテトとスーパー〉シリーズ最終巻、待望の文庫化。
 2013年、東京創元社より単行本刊行。2024年5月、創元推理文庫化。

 作者の最初のシリーズキャラクターであるポテト(牧薩次)とスーパー(可能キリコ)のシリーズ最終巻。当時、単行本で出ていたのは知っていたのだが、買いそびれているうちにいつの間にか絶版となり、長らく入手が難しかった作品。ようやく文庫化されたので、すぐに手に取ってみる。
 途中までは何ともゆっくりとした展開。当然事件の鍵となる伏線は貼られているのだが、殺人事件が発生するのは中盤、本の半分を過ぎてから。とはいえ、ポテトとスーパーに長く付き合ってきた読者からしたら、彼らのいつものやり取り、というかそれ以上に結婚した二人、そしてお腹に子供を抱えたキリコとそれを見守るポテトを見られるだけで満足である。作者もそれをわかっているから、あえてゆるりとした内容になっているのだろう。それでも事件が起きそうな雰囲気を散りばめ、さらに作中作を準備するところはさすがである。
 殺人事件の謎そのものにはそれほど意外性があるわけではないのだが、出産間近のスーパーが挑むという点が面白い。キリコの兄である可能克郎と妻の智佐子(こちらも別作品のシリーズキャラクター)も登場し、キリコをバックアップする(克郎の場合は足を引っ張っているかもしれないが)とともに、作品自体を盛り上げる。そして最後に、やってくれました。至る所に仕掛けを用意している辻真先。最後までこんなことを考えるんですね、と思わず微笑んでしまう。「雀百まで踊り忘れず」ではないが、これがあるとやっぱり辻真先だ、と読者は思ってしまうのである。
 シリーズ最後にふさわしい作品。『仮題・中学殺人事件』『盗作・高校殺人事件』『改訂・受験殺人事件』に触れたことがある人は、やはり『本格・結婚殺人事件』と本作は手に取ってほしい。シリーズの終わり方はやはりハッピーエンドがいい。
 だけど出版社にお願いしたいのは、朝日ソノラマ文庫から出ていた『TVアニメ殺人事件』『SFドラマ殺人事件』『SLブーム殺人事件』を復刊してほしいこと。入手が難しいので、今の読者向けにここらで復刊してほしい。
 それと帯を見てびっくりしたのは、二年ぶりの完全新作『命短し恋せよ乙女(仮)』が今冬刊行予定なこと。いつまでも描き続けて、そしてチャレンジしてほしいものです。




南海遊『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』(星海社FICTIONS)

「私の目を、最後まで見つめていて」
 そう告げた『道連れの魔女』リリィがヒースクリフの瞳を見ながら絶命すると、二人は1日前に戻っていた。
 母の危篤を知った没落貴族ブラッドベリ家の長男・ヒースクリフは、3年ぶりに生家・”永劫館(えいごうかん)”に急ぎ帰るが母の死に目には会えず、葬儀と遺言状の公開を取り仕切ることとなった。
 葬儀の参加者は11名。ヒースクリフ、最愛の妹、叔父、従兄弟、執事長、料理人、メイド、牧師、母の親友、名探偵、そして魔女。
 大嵐により陸の孤島(クローズド・サークル)と化した永劫館で起こる、最愛の妹の密室殺人と魔女の連続殺人。そして魔女の『死に戻り』で繰り返されるこの超連続殺人事件の謎と真犯人を、ヒースクリフは解き明かすことができるのかーー
『館』x『密室』x『タイムループ』の三重奏(トリプル)本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2024年3月、書下ろし刊行。

 帯にある通りの『館』x『密室』x『タイムループ』……というよりは『嵐の山荘』x『密室』x『タイムループ』の方が合っているかな。特殊設定ミステリもので本屋で最初見たときはそれほど期待できなかったのだが、評判がよかったので手に取ってみることとした。
 帯にもあるが、魔女であるリリィジュディス・エアは3つの呪いがかかっている。リリィが死んだ時点から正確に24時間前の時点に強制的に戻る『死に戻り』・戻ることができるのは最大3日前まで。そしてリリィが死ぬ前に最後に両眼で目が合った人物を、リリィと一緒に強制的に1日前に連れていく『道連れ』。このとき、道連れになった人物も道連れ前の記憶を保有している。そして『不老不死』。リリィは100年以上生きている。
 ヒースクリフの最愛の妹、車椅子に乗る盲目の少女コーデリアが密室で殺害された。しかも頭部が切断されて。そしてリリィも殺害されるが、最後に目が合っていたヒースクリフとともに1日前へ戻る。ヒースクリフはコーデリアを殺させてないために、そしてリリィもある目的のために事件の謎に挑戦する。
 タイムリープを繰り返しながら事件の謎を解き明かすだけか、なんて思っていたら、他にも謎がいっぱいあった。3年前に起きたヒースクリフとコーデリアの父・セオドアの「自殺」の謎。3年前に説き明かせなかった謎を解くために再び現れた名探偵ジャイロ・ダイス。3年間放浪していたヒースクリフ自身の謎。色々な謎が錯綜し、読者を混迷に導く。
 読み終わってみると、何だと思ってしまう。そう、事件を解決するためのヒントは、あからさまに張られていた。しかし、描き方が自然で、全然気付かなかった。特殊設定ものに慣れている人ならわかりやすいのかもしれないが、“連続”殺人事件に結びつける技は見事。そして最後に全ての伏線が回収され、謎が解ける快感はかなりのもの。これはやられました。
 それと読んでいてうれしかったのは、ミステリマニアが書きそうな青臭い部分や自慢げなところがなかったことかな。わりと抑えた筆致で描かれており、好感が持てる。
 素直に面白かったと言える作品。ちょっと後出しジャンケン気味なところはあるが、タイムループの設定を生かし切った構成力を褒めたい。ミステリを初めて書いたとは信じられない。気が早いけれど、個人的には今年のベスト5に入れたいぐらい。ちょっと甘いかな。




大神晃『天狗屋敷の殺人』(新潮文庫nex)

 ヤンデレな恋人・(みどり)に、婚約者として無理やり連れていかれた彼女の実家は、山奥に立つ霊是(りょうぜ)一族の“天狗屋敷”だった。失踪した当主の遺言状開封、莫大な山林を巡る遺産争い、棺から忽然と消えた遺体。奇怪な難事件を次々と解き明かすのは、あやしい「なんでも屋」さん⁉ 「いつかまた会えたらいいね」ーー夏が来るたび思い出す、あの陰惨な事件と、彼女の涙を。横溝正史へのオマージュに満ちた、ミステリの怪作。(粗筋紹介より引用)
 2023年、第10回新潮ミステリー大賞最終候補。応募時のタイトル『天狗屋敷の怪事件』。改題・改稿のうえ、2024年5月、刊行。

 第10回新潮ミステリー大賞最終候補作。この年の大賞受賞作はなしである。選考委員は貴志祐介、道尾秀介、湊かなえの3名。選考結果は読んでいないが、帯は道尾秀介の「お墨付き」とあるので、道尾が強く推したのではないかと思われる。
 帯に「新潮ミステリー大賞の隠し玉」とまで書かれると、とんでもなく大当たりか、とんでもなく大外れのどちらかではないかと期待させる。しかも横溝正史へのオマージュに満ちた、とまで堂々と書いてきているのだから、期待は大きく膨らんだ。まあ、読み終わってみると微妙だったが。
 浜松市天竜区にある広大な山林を所有する霊是家。七年前に失踪した当主春秋(はるあき)の死亡宣告を受け、遺言状が開かれることとなった。なんでも屋のアルバイトでイケメンな古賀鳴海は、春秋の孫でヤンデレな恋人である平澤翠に無理矢理連れられ、さらに強引に付いてきたなんでも屋店主桧山忍とともに、天狗屋敷へ向かった。
 舞台こそ平成21年であるが、横溝正史のオマージュと思われるシーンが次々と出てくる。ただ、横溝らしいおどろおどろしさは感じられない。すでに没落している一族ということもあるのか、枯れた雰囲気の方が強い。それ以上に問題なのは、人物が物量的にも全然描けていないこと。語り手の古賀鳴海はイケメン以外の特徴が全然出てこないし、ヤンデレな恋人を持て余している割に中途半端。名探偵役の桧山忍にいたっては、前半の胡散臭さ、いい加減さに比べて、後半の謎解きが全く別人だし、切り替えが唐突過ぎる。さらにブローカーの樽峰の胡散臭さはテンプレ過ぎてつまらない。それだけならまだ我慢できるのだが、問題は肝心の一族の描かれ方。女性陣が全然喋らないというのはどういうことなの。春秋の妻である千歳や、娘である平澤永美なんかは、もっと口出しするべきだろう。長男の一高だけが財産をほとんどもらえないと言って騒いでいるだけ。横溝の世界をオマージュするのなら、もっとドロドロした人物関係を描くべきだった。
 謎やトリックの方だが、二番目の事件のロジックはかなり考えられたもの。ここで少しは持ち直すかと思ったら、三番目の事件の物理トリックが何回読んでも頭に入ってこない。イラストの類が全くないことから文章で説明しているのだが、折角の見せ場なのだからもう少しわかりやすく書いてほしい。いや、これは単に私の理解力不足なだけかもしれないが。
 平成に横溝らしさを復活させようとした努力は買うけれど、残念ながらまだまだ力不足。ページ数をもっと使えれば、もう少し違ったものになったかもしれない。一応次作も考えているようなので、頑張ってほしい。




影木栄貴『50婚 影木、おひとり様やめるってよ』(KADOKAWA)

 DAIGOの姉、内閣総理大臣の故竹下登の孫として知られる人気漫画家・影木栄貴が50歳にして結婚、おひとり様をやめるまでの道のりを赤裸々に書いた初エッセイ。仕事は順調、だけど恋愛免疫力ゼロ。忙しい毎日を過ごす中、年齢とともに体調不良も実感する。仕事も頑張りたい、趣味も楽しい、お金も大事、健康も心配、自由に生きたい…だけどひとりぼっちが苦手! 結婚は本当に必要なのか? 全力で日々頑張り楽しんでいる女性が一度ならず何度も考える疑問に、著者が選んだマイペースな結婚ライフとは? 「婚活宣言」「お互いのお財布事情は探らない」「いきなり同居はしない」ーシングル時代が長かった著者ならではの視点にも注目したい一冊。描きおろしエッセイ漫画も収録!(作品紹介より引用)
 2024年5月、刊行。

 影木栄貴というマンガ家を知ったのは、1998年の『週刊文春』に彼女の記事が載っていたからである(ただし、「運命にKISS」か何かを『ウィングス』で読んだ記憶があった)。ただ、ゴールデンウィーク号になっているけれど、自分の記憶では年末号だったような気がするのだが……。そもそも『週刊文春』なんて、年末恒例の傑作ミステリー・ベスト10以外の目的で購入したことはない(はず)。何で買ったんだろう。
 記事の内容はしっかり覚えている。竹下登の孫がマンガ家であること。しかも描いているのは、25歳の衆議院議員が総理大臣になり16歳の高校生を婚約者にしてしまうという『世紀末プライムミニスター』。人気があって有望みたいなことをマンガ評論家や(『ぱふ』か何かの)編集者あたりが語り、そのことについて竹下登周辺の人に聞いたエピソードを幾つか書いていた。そして竹下登の自宅へ記者がアポ無し訪問したところ、当初は断っていたのに用件が孫のことだと知ったとたん妻(影木の祖母)が家の中に入れてインタビューを受ける。そこへ竹下登も登場して孫のことをニコニコと語っていた。記者はアポ無し訪問を受けたことにも驚いていた(まあ、普通だったら追い返されるよな)。確か竹下登の誕生会で、影木が祖母に「1万円札をきれいな1000円札にくずしてくれ」と言われて用意したら、それを封筒に入れて誕生日プレゼントとして竹下登に渡し、竹下はそれをずっと家に飾っていたという話が書かれていた。竹下は、マンガ好きの麻生太郎にも見せたが、さすがの麻生も「よくわからない」と返した、みたいなことを語っていたはず(どうでもいいが、私はこの記事で初めてマンガ好きの政治家麻生太郎を知った。まさか総理大臣になるとは思わなかった)。嫌いな政治家だった竹下登も孫を愛する普通のおじいさんなんだと知り、意外だったことを覚えている。
 それからは影木の作品をほとんど買っていたし(いや、同人誌は買っていない)、カバーを外すとTN元首相の孫みたいなことを書いていたから、みんな知っているものだと思っていたので、『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』に出演したときは逆にびっくりしたものである。
 コミックスに出ていたから、DAIGOのことも知っていた。DAIGO☆STARDUSTの名前でデビューしたことも知っていたし、自作『トレイン☆トレイン』がドラマCDになったとき、脇役のキャラの声を担当させたことも知っていた。まさか、タレントとしてブレイクするとは思わなかった。
 とまあ、影木栄貴『エイキエイキのぶっちゃけ隊!!』(新書館)の感想で書いたことをほとんど丸写しした。
 そんな影木栄貴が50歳で結婚したという記事を読んだ時には驚いたものだが、さらにエッセイ本を出したのにはもっとびっくりした。結構撃たれ弱い人なのに、という印象があったもので。そういえばDAIGOが独身の頃、夜中に美人な女性と焼肉デートか、と思って調べたら、実はすっぴんの影木だったなんて写真週刊誌の記事もあったな。
 オタクだし、自意識高いところはあるし、やはり竹下登の孫という特殊な家庭で育っていることもあるし、家事は全然だめだし。自由に生きたいけれど、一人ぼっちは苦手。なんかこうやって並べてみると、面倒くさい人だな。だけど、自分のやりたいことに全力投球、自分で道を切り拓く。北川景子の帯にある通りの人であることが、エッセイからも伝わってくる。
 そんな影木が、50歳になって結婚するまでの道のりを赤裸々に書いた一冊。恋愛経験、私生活、婚活をここまでぶっちゃけるか、というぐらいぶっちゃけている。「リミットがあるのは仕事ではなく出産」というのは、男が読んでも刺さるわ。婚活していても、財産狙いじゃないかなどと勘ぐってしまうところなどは、本当にリアル。言われてみれば確かにそうだ、狙い目だよね。
 最後にお金の話が出てくるところもリアル。若い人にはわからないだろうが、年を取ればとるほど、仕事を辞めた時のことを考えてしまうよね。しかも物価はどんどん高くなって、1円の価値はどんどん下がっていくのだから。
 男性にはわからない、一人の女性の生き方を知ることができて、とても楽しかったです。こういう生の声を聞いておくと、女性に対する接し方が少しは変わるかな。男性も読んだ方がいいです。
 それと最後に言いたいのは、やはり北川景子は男前。それに、ちゃんと姉のBL作品、読んでいるのね。




ゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』(創元推理文庫)

 2014年カリフォルニアで解体予定の家の屋根裏から発見された貴重品箱。なかには三つのものが入っていた。1945年にウィリアム・ソーン名義で発表された低俗なパルプ・スリラー。編集者からの手紙。そして、第二次大戦中に軍が支給した便箋――ところどころ泥や血で汚れている――に書かれた、おなじ著者による未刊のハードボイルド。反日感情が高まる米国で、作家デビューを望んだ日系青年と、担当編集者のあいだに何が起きたのか? 書籍、手紙、原稿で構成される凝りに凝った物語。エドガー賞候補作。
 2015年、発表。アメリカ探偵作家クラブ賞ペーパーバック部門ノミネート。2017年2月、邦訳刊行。

 物語は三種のテキストが、それぞれが短いスパンで入れ替わって書かれている。
 一つ目は、日系アメリカ人タクミ・サトーが、軍が支給した便箋102枚に手書きした『改訂版』というタイトルが付されていた中編小説。日系アメリカ人サム・スミダが愛する妻キョウコを殺した犯人を探し求めるミステリである。
 二つ目は、サトーが小説を送ったメトロポリタン・モダン・ミステリーズ社の副編集長マクシーン・ウェイクフィールドが、上記作品を読んで感想と手直しを指示した1941年から1944年にわたる手紙。タイトルの「青鉛筆の女」は彼女のことを指している。
 三つめは、1945年2月にウィリアム・ゾーン名義で刊行されたパルプ・スパイスリラー『オーキッドと秘密工作員』の抜粋である。テコンドーの名人である朝鮮系アメリカ人の私立探偵ジミー・パークが、日本のスパイ組織に絡む連続殺人事件に挑む物語である。
 ほぼ序盤でわかることだが、一つ目の小説をマクシーンの指示で書き直したのが、三つ目の小説である。書き直した背景には、太平洋戦争当時の日系アメリカ人が受けた差別と苦悩が背景にあり、日本人や日本文化の背景なんかもよく調べられている。
 しかし私の読解力不足なのか、この作品のどこが「超絶技巧」なのか、さっぱりわからなかった。解説を読んでも、作者の真の狙いがわからない。いったい何が「驚愕の結末」なのだろう。
 そもそもの作中作がそれほど面白くないので、作品に入り込めなかったことはあるかもしれない。まあ、当時の日系アメリカ人が受けていた差別についてもう少し詳しかったら、作品の意味を知ることができたのかもしれない。多分、ミステリ的な「驚き」を求める作品ではなかったのだろう。




青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)

 亜麻色のロングヘア、子猫のように身軽で飄々としている少女の名前は射守矢(いもりや)真兎(まと)。都立頬白(ほおじろ)高校1年4組。勝負事には異常に強い彼女は、風変わりなゲームの戦いに巻き込まれる。
 頬白祭の屋上という場所取りをかけて戦われる「愚煙試合」。決勝戦の相手は、過去二年優勝している生徒会代表の三年一組、(くぬぎ)迅人(はやと)。頬白祭実行委員一年の塗部(ぬりべ)が考案した決勝のゲームは、頬白神社の四十六段の階段をジャンケンで勝ったらグリコ、パイナップル、チョコレートで上がっていくゲーム。ただし、踏んだら十段下がる地雷を互いに3つ仕掛けていた。「地雷グリコ」。
 喫茶店かるたカフェで、かるた部のメンバーとマスターが揉めてしまい、出禁となってしまった。出禁を解除してもらうべく、真兎はマスターと、百人一首を使った神経衰弱に挑む。男と姫のペアを揃えるゲームだが、坊主をめくると今まで手に入れた札を全部捨ててしまうことに。「坊主衰弱」。
 生徒会長、佐分利(さぶり)錵子(にえこ)が真兎に勝負を挑んできた。真兎が勝った時の景品は、雨季田(うきた)絵空(えそら)との勝負と聞かされ、真兎の顔色は変わった。勝負は七回勝負のジャンケン。ただし、グーチョキパーの他に、互いに考案した独自手も出すことができる。「自由律ジャンケン」。
 国内有数のエリート校、私立星越高校。その校内で使われているSチップは1枚10万円。門外不出のはずのチップを3枚持っていた生徒会長の佐分利はそれを元手として、星越高校の生徒会に勝負を仕掛ける。真兎と巣藤が勝負するのは「だるまさんがころんだ」だが、入札した数字だけ動き、振り向くことができる。「だるまさんがかぞえた」。
 中学校の同級生だった射守矢真兎と雨季田絵空には何があったのか。二人の勝負は、4部屋に伏せられたトランプで勝負するポーカー。「フォールーム・ポーカー」。
 『小説屋sari-sari』『カドブンノベル』『小説野性時代』掲載作品に書き下ろしを加え、2023年11月、KADOKAWAより単行本刊行。2024年、第24回本格ミステリ大賞(小説部門)、第77回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、第37回山本周五郎賞受賞。

 話題にはなっていたが、青崎有吾にあまり期待を持ていなかったので今までスルーしていたが、1週間でトリプル受賞となれば、さすがに読んだ方がいいだろうと思って手に取る。
 「地雷グリコ」の最後の仕掛けは誰でも思いつくものだが、そこまでの誘導にいたる思考のやり取りは面白く、期待は持てた。ところが「坊主衰弱」が平凡すぎて、今一つ。ここまでかと思ったら「自由律ジャンケン」はなかなかのもので、さらにゲームバトルだけでなく、ストーリーも期待が持てる展開となった。盛り上がってきたところで、「だるまさんがかぞえた」の衝撃にやられた。盛り上がったところで「フォールーム・ポーカー」が来た。ゲームそのものよりも、闘う少女2人のやり取りが実に面白い。大満足の読み終わりとなった。
 いやあ、これはやられました。青崎有吾は数作読んだだけだが、謎に比べて舞台やキャラクターの設定が強引で、さらにストーリーも今一つで面白さに欠けていたのだが、本作はその弱点を見事に克服した。頭脳バトルの面白さだけでなく、その世界観を支えるキャラクター作りがよくできている。そして主人公はなぜゲームを戦うのか。こういったストーリーの謎が加わることで、頭脳バトルの面白さを倍増させている。特に「だるまさんがかぞえた」はしびれました。これは映像化で見てみたい。さらに衝撃が倍増するだろう。
 協会賞と山本賞受賞は納得。ただ、これが本格ミステリなのか、という点についてはちょっと疑問。まあ、作品自体の評価には関係ないことだけどね。今年度のベスト候補と言われるのも納得。できれば続編を読んでみたい。一番好きなキャラクターは、第1話と5話のゲームの考案者、塗部くん。彼がどんな彼女と付き合っているのか、ぜひ書いてほしいものだ。



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