呉勝浩『爆弾』(講談社)
些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。警察は爆発を止めることができるのか。爆弾魔の悪意に戦慄する、ノンストップ・ミステリー。(粗筋紹介より引用)
『小説現代』2022年3月号掲載。2022年4月、講談社より単行本刊行。
『このミステリーがすごい! 2023年版』(宝島社)、『ミステリが読みたい! 2023年版』(ハヤカワミステリマガジン2023年1月号)で1位を獲得した話題作。2も出たのでそろそろ読んでみようと、積ん読の中から掘り出してきた。すぐに手に取らなかったのは、乱歩賞受賞作『道徳の時間』が評価できなかったため。その後大藪春彦賞、協会賞などを受賞するなどの活躍しているのは知っていたのだが。
中年男スズキタゴサクという犯人の存在感が際立っており、中盤までは独壇場と言ってもいい。爆弾そのものも脅威だが、それよりも言葉の爆弾の方が恐ろしい。
振り回される警察だが、後半からは犯人と刑事の思想のぶつかり合いともいえるような白熱のやり取りが繰り広げられる。互いにナイフを振り回すような、危険すぎるやり取り。時には暗器が飛んでくるから、目に見えないものにも気を付けないといけない。そして警察の仲間内も意図しないまま背中からナイフを刺すような言動・行動が降りかかるのだから、何が味方なのかわからない恐怖もある。
さらに怖いのは、パニックになる群集心理。これは事件解決後に、ごく一部の者を除いてその狂気を忘れてしまう群集心理も含まれる。
そんなパニック要素に加え、スズキタゴサクから投げかけられた言葉を基にした爆弾探しの要素、さらに本当にスズキタゴサクが犯人なのか、という事件の根幹にもかかわる要素まで含まれるのだから、お見事。作者もよくぞここまで計算して書いたものだと、感心してしまった。
確かにこれは、2022年を代表する一冊だった。この結末で、続編が出されるのか。こんなすごい作品だったんだと、びっくりした次第。
多岐川恭『人でなしの遍歴』(創元推理文庫)
《人でなしの遍歴》ひと月ほどの間に三度殺されかかった篠原喬一郎は、殺すならうまくやってくれと希う反面わけもわからぬまま殺されることにはやはり抵抗を覚え、自分に恨みを持つ人間の中から候補者を選び、訪ね歩く遍歴の幕切れは?
《静かな教授》恩師の娘と幸福な結婚をしたはずの相良教授だが、夫婦の間に生じた溝は深まるばかり、世間体を繕いながらもうそ寒い日々を送っていた。孤高の学究生活をかき乱す虚栄の妻を殺すべく「可能性の犯罪」に着手した教授は、試行錯誤を経てついに宿願を叶えるが……。(粗筋紹介より引用)
『人でなしの遍歴』は1961年9月、東都書房の書き下ろしミステリ叢書シリーズ「東都ミステリー」より書下ろし刊行。『静かな教授』は1960年5月、河出書房新社より書下ろし刊行。本書は2001年4月、刊行。
『静かな教授』は作者の初期の代表作といわれる倒叙もの。「可能性の犯罪」(プロバビリティの犯罪)で妻・克子を殺害する大学教授・相良浩輔。一時は克子に思慕を抱いていた助手・朽葉協治が疑われるも、事故として処理される。しかし酒見警部補は、殺人事件ではないかと疑い続ける。一方、朽葉のガールフレンド・生田宵子は教授が犯人であると疑い、調査を続ける。
殺人の部分はわずか20ページ足らず。倒叙ものなら、なぜ殺人に手を染めることにしたのか、どうやって殺すのかを詳細に語りそうなところだが、そこをすっ飛ばし、朽葉・宵子のコンビによる調査で少しずつ背景を浮かび上がらせるのがうまい。そして調査によって徐々に明らかになっていく夫婦関係、人間関係の深淵が背筋を震わせる。
特にこの作品の最後がいい。まさに“悲劇”は繰り返されるのである。
解説にもある通り、推理の飛躍が見られるのは残念だし、教授の心情についてもう少し描き込みがあってもよかったと思う。それでも、この作品が作者の初期の代表作といわれるのに納得がいく面白さであった。
『人でなしの遍歴』は、三度殺されかかった出版社社長の篠原喬一郎が、誰に殺そうとしているのかを見つけるため、自分に恨みを持つ人物を探し出して訪ねていく展開。解説ではちょっとひねった倒叙ものとカテゴライズしているが、実際は悪人側からの犯人捜しである。
タイトルに「人でなし」とある通り、主人公の篠原が本当にひどい人物である。友人を陥れ、信頼してきた人物を裏切り、女を平気で棄てる悪行を繰り返して今の地位を築いているのである。殺されたって当然と言えるような人物だ。それでもあたふたする今の姿がどこか滑稽で、その対比が楽しめる。
ただ、この終わり方はどうなんだろう、という感が無きにしも非ず。変形の犯人捜しに見せかけ、実は悪人の懺悔行だったというのはちょいと肩透かし。ただこの「奇妙な味」が多岐川恭の真骨頂だろう。
異色作ともいえる二冊のカップリング。多岐川恭の幅の広さを教えてくれる一冊であった。
駄犬『悪の令嬢と十二の瞳 ~最強従者たちと伝説の悪女、人生二度目の華麗なる無双録~』(オーバーラップノベルス)
公爵令嬢セリーナは王太子から婚約破棄され、服毒刑にて人生を終えた――はずだったが、何故か巻き戻り二度目の人生がスタート。ちなみにあれは冤罪だ、とんだ冤罪である。だって「ちょっと聖女の頭めがけて植木鉢を落としただけ」で「殺してはいない」のだから。前回の敗因は有能な部下がいなかったこと。であれば今度は拠り所のない孤児を引き取り暗殺者に育て上げ、自分をコケにしたやつら全員をぶちのめすのだ! こうしてセリーナの従者育成計画が始まるが、過酷な訓練を経て仕上がったのはある意味最強の従者たちと番犬で!?
「我々はセリーナ様を愛しているか?」
「生涯忠誠! 命を懸けて! 忠誠! 忠誠! 忠誠!」
「セリーナ……、“あれ”はなんだね?」
「お父様、彼らは従者としての使命を前に、ああやって気を引き締めているのです」(すまし顔)
人生二度目の倫理観ぶっ飛びヒロインが征く、ちょっぴりおかしな逆行転生×悪党×勘違い英雄譚!(粗筋紹介より引用)
2024年7月、書下ろし刊行。
悪役令嬢セリーナがやり直しの人生で忠実な僕を作ろうと、孤児院の中でも飛び切り手のかかる6人を引き取り、セリーナの趣味で過酷すぎる訓練(ほとんどシゴキ)を行ったら、僕たちがなぜかそれを愛情と勘違いしてしまい、セリーナを絶対視してしまったため、セリーナがかえって戸惑ってしまう。
やり直しものなのだから、当然セリーナに都合よく進むはずが、実は……という意外性が売りの作品。裏を返すと実は、というのは作者の得意なパターンであり、わかっていても騙されてしまう。リターン+婚約破棄という異世界ものの王道の組み合わせだが、それでも意外性のあるストーリーを考え付くのはさすが。悪役ではなく、本当に意地の悪い令嬢が主人公というところが楽しめる。
乱歩が裏返しトリックを多用したように、お約束事の裏返しをラノベで多用しているような読み心地。しかし、これだけ早いペースで出版して、作者は大丈夫なんだろうか。
S・A コスビー『すべての罪は血を流す』(ハーパーBOOKS)
ヴァージニア州の高校で教師が銃撃され、容疑者の黒人青年が白人保安官補に射殺された。人種対立の残る町に衝撃が走るなか、元FBI捜査官の黒人保安官タイタスは捜査を開始する。容疑者は銃を捨てるよう説得するタイタスに奇妙な言葉を残していたのだ。「先生の携帯を見て」と。被害者の携帯電話を探ると、そこには彼と“狼”のマスクを被った男たちによる残忍な殺人が記録されていた――。(粗筋紹介より引用)
2023年、アメリカで発表。2024年5月、邦訳刊行。
前作に引き続き、新訳を手に取る。
今回の主人公は、元FBI捜査官の黒人保安官、タイタス・クラウン。解説によると、長編デビュー作”My Darkest Prayer”は葬儀社で働く主人公が殺人事件の調査を依頼されて社会の暗部に分け入るハードボイルド。二作目『黒き曠野の果て』は、強盗の走り屋家業から足を洗った男が犯罪に巻き込まれていく犯罪小説。そして前作『頬に哀しみを刻め』は惨殺されたゲイカップルの父親ふたりによる復讐譚。そして本作は、ヴァージニア州チャロン郡(架空)保安官が連続殺人犯を追う警察小説である。
作者のすごいところは、どのシーンでも見せ場を作るところ。そして印象深いセリフと綿密な描写により、そのシーンが脳内に再生されるところである。本作もストーリーそのものはオーソドックスなのに、全く古臭さを感じさせずに読ませるのだから大したものである。それに結末に向けての怒涛の展開は、ページを捲る手が止められなくなること、間違いなし。
なんといっても、タイタスがいい。アフリカ系アメリカ人で、ヴァージニア大学を首席で卒業。コロンビアに行き、FBIで10年務めた。父親の看病を理由に故郷へ戻り、保安官に立候補して選ばれる。順法精神に富み、白人も黒人も公平に扱う。南部の町、チャロン郡はいまだに白人と黒人の人種対立が残っている。FBIを辞めることとなった過去を背負い、それでいて法を守ることを優先し、弱者に寄り添って捜査に当たる。さらに父親、弟、新旧の恋人、部下、群の対立者などが物語を彩り、複雑化し、そしてタイタスの苦悩をより濃くしていく。
一作、一作と主人公を変え、アメリカの深層に澱んでいる暴力と憎悪の世界をよくぞここまで書けるものだと感心してしまう。前作の暴力衝動がちょっとしんどかった分、本作の方が個人的には好み。
桜庭一樹『名探偵の有害性』(東京創元社)
かつて、名探偵の時代があった。ひとたび難事件が発生すれば、どこからともなく現れて、警察やマスコミの影響を受けることなく、論理的に謎を解いて去っていく正義の人、名探偵。そんな彼らは脚光を浴び、黄金時代を築き上げるに至ったが、平成中期以降は急速に忘れられていった。
……それから20年あまりの時が過ぎ、令和の世になった今、YouTubeの人気チャンネルで突如、名探偵の弾劾が開始された。その槍玉に挙げられたのは、名探偵四天王の一人、五狐焚風だ。「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」と語る謎の告発者はとは? 名探偵の助手だった鳴宮夕暮——わたしは、かつての名探偵——風とともに、過去の推理を検証する旅に出る。(粗筋紹介より引用)
『紙魚の手帖』No.10,11,13,14,15(2023年4月~2024年2月)掲載。2024年8月、単行本刊行。
鳴宮(旧姓)夕暮が13歳年下の夫とともに亀戸で営む喫茶店「純喫茶おいでぃぷす」に、五狐焚風が入ってきた。20年ぶりの再会だった。
30年前、20歳の夕暮が地方の国立大、金川大学2年生だったとき、同級生の風と知り合った。その時に事件を解決し、それから約10年間、二人は名探偵と助手として活動した。平成、名探偵が大流行の時代。トップの四人は名探偵四天王と呼ばれ、派手な事件が起きると誰かが呼ばれ、そして解決していった。夕暮は鳴宮ユウのペンネームで事件を小説化。するとベストセラーとなり、コミックス化。さらに人気アイドル主演でドラマ化されて大ヒット。風はこの時の主題歌の作詞の印税で、今も暮らしている。しかし7番目の事件で風はAIの推理に負け、名探偵を引退。それから二人は一度も会っていなかった。
令和になり、YouTubeの人気チャンネル「ころんころんチャンネル」で突如、「“名探偵の有害性”を告発する」として、風の有害性を告発を予告する動画がアップされた。しかも次回予告は、「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」である。心当たりのない風は、夕暮を誘い、当時の事件関係者に会ってかつての推理を検証するための旅を始める。
桜庭一樹の新作は、引退した名探偵と助手が、かつて解いた事件のその後を検証する物語。連載を読んでいなかったので、名探偵に対する皮肉を描いた小説かと思っていたのだが、全然違う方向の作品であった。
各章で当時の事件を振り返るため、事件のダイジェストとトリックが語られる。そのため、ちょっとした連作短編集の趣きがあるところは面白い。ただ、当時の名探偵が難解な事件を解くという絶対的な存在ではなく、テレビや雑誌の主人公みたいな扱いを受けているという設定になっていることが、ちょっと物悲しい。平成中期までの“名探偵”はそういう存在で、それ以降はすっかり飽きられる。そして令和ではネット上の炎上ネタという扱いになっているのは、“名探偵”という存在の時の移ろいを表現しているのだろう。そのせいかどうかはわからないが、事件の謎の方は大して面白くもない。
しかし、世の中は捨てたもんじゃない。まだまだ名探偵に感謝する人はいるし、困っているときに助けてくれる人もいる。初老に差し掛かってもまだまだ枯れない、人生の物語はまだまだ続くぞ、という応援ものに流れていったのは意外だった。横山光輝が『バビル二世』について、バビルがヨミを倒した後の人生がどうなったかを質問され、「きっと孤独な、寂しい人生を送ったんだと思いますよ」と答えているように、ヒーローはめでたし、めでたしの後が寂しく終わっていくというイメージがあり、この作品でも名探偵を同じ方向にもっていくのだろうなと思っていたので、結末はちょっと感動ものであった。
人生に疲れたころに読むと、思わぬところで胸に刺さってくる、そんな作品。若い人にはまだまだイメージが湧かないだろうな。
S・A コスビー『頬に哀しみを刻め』(ハーパーBOOKS)
殺人罪で服役した黒人のアイク。出所後庭師として地道に働き、小さな会社を経営する彼は、ある日警察から息子が殺害されたと告げられる。白人の夫とともに顔を撃ち抜かれたのだ。一向に捜査が進まぬなか、息子たちの墓が差別主義者によって破壊され、アイクは息子の夫の父親で酒浸りのバディ・リーと犯人捜しに乗り出す。息子を拒絶してきた父親2人が真相に近づくにつれ、血と暴力が増してゆき――。(粗筋紹介より引用)
2021年、アメリカで発表。2022年、アンソニー賞長編部門、マカヴィティ賞、バリー賞最優秀小説部門受賞。2023年2月、邦訳刊行。
バージニア州、リッチモンドのダウンタウンで、同性婚のカップルである黒人のアイザイア・ランドルフと白人のデレク・ジェンキンスが銃撃で殺された。ジャーナリストであるアイザイアには、以前から脅迫状が届いていた。同性婚をしてから絶縁状態であったアイザイアの父親、アイザック(アイク)ランドルフは、デレクの父親バディ・リー・ジェンキンスとともに犯人捜しに乗り出す。
ストーリーは単純明快な復讐劇。今も残る差別の連鎖が、物語を複雑化している。アメリカ南部における黒人と白人の同性婚。さらに事件を追う方も、黒人と白人のコンビである。しかも片方は元殺人犯、片方は離婚歴のあるアル中である。互いの感情が反発しながらも、法律よりも己の哀しみと悔いを胸に同じ目的に向かい突き進む姿は、親とはなにかを語り掛けてくるものである。暴力や残酷な描写も多いが、それでも目を話すことができないのは、親の想いが前面に出てくるからだろう。
評判がよかったので今さらながら手に取ってみたが、素直に面白いと思えた。その評価に嘘はなかった。
ペトロニーユ・ロスタニャ『あんたを殺したかった』(ハーパーBOOKS)
男を殺し、死体を焼いたと言って若い女が出頭してきた。レイプされそうになり、反撃したという。ヴェルサイユ警察のドゥギール警視は“被疑者”ローラの自白に従い捜査を開始するが、死体はおろか犯罪の形跡すら見つからない。正当防衛か、冷酷な計画殺人か? 手がかりは全て教えた――ローラはそう言って黙秘するが、別の被害者を示唆する証拠が新たに発見され……。フランス発の話題作!(粗筋紹介より引用)
2022年、フランスで発表。同年、コニャック・ミステリー大賞受賞。2024年8月、邦訳刊行。
作者は1980年生まれ。ニース出身。上海とドバイで10年間企業のマーケティングに関わった後、リヨンに在住。2013年、"La fée noire"を自費出版。2015年から創作活動に専念。本書は6作品目。
過去に犯罪歴があるも、今は真面目にレストランのウェイトレスをしていたはずの24歳、ローラ・テュレルが出頭。喫茶店の常連であり、週1回家政婦として働いていた資産家で不動産エージェントである55歳のブリュノ・ドゥロネに、仕事中にレイプされそうになり反撃、殺してしまったのでドゥロネの屋敷の庭で焼いてしまった。ただしそれは6週間前の出来事だという。ローラを聴取したヴェルサイユ警察のダミアン・ドゥギール警視と右腕であるジョナタン・ピジョン警部は部下とともに捜査を始めるも、死体どころか犯罪の形跡すら見当たらない。しかしドゥロネは、確かに6週間前から誰もみかけていない。ローラはその後、黙秘。ところが捜査中に別の事件が絡んでくる。
本屋で見かけて、衝動的に購入。こういう時は割と面白いのを引き当てるんだが……。
合間でローラの独白が入り、ローラが何かを計画していることがわかるのだが、それ以外は主にドゥギール警視を中心とした警察の捜査が描かれる。これって警察小説、と思うぐらい具体的な操作手順が描かれており、フランスの捜査手順を知るには最適かもしれない。日本の警察みたいに捜査本部の大広間で寝るなんてこともないし、指揮するドゥギール警視も夜中は愛する妻のステファニーの寝顔を見て、生まれたばかりのレオの世話をしている。しかし途中で意外な情報が舞い込み、捜査は思いもよらぬ方向へ流れてゆく。この押し引きが巧い。行き詰まる捜査と、意外な真実と新たな謎が交互に出てきて話が進むので、読者を飽きさせない。余計な修飾やわざとらしい一人語りもないので、スピーディーな展開を面白く読むことができる。
ただ、読者を予想外に驚かせる展開がないので、サプライズの点が今一つ。ちょっと明け透けだったんじゃないかな、後半のストーリー展開が。最後はいかにもフランスの犯罪小説らしい終わり方だな、としか思えず、帯にある「ラスト10頁であなたも驚愕する」ことにならなかったのが非常に残念であった。手堅くまとまり過ぎちゃったと言うか。とはいえ、どんでん返しばかりをされてもかえって引いてしまうし、そのさじ加減が難しいところなのかもしれない。
確かに読みだしたら止まらなかったし、面白かったんだけど、そこ止まり。よくできている佳作だとは思ったけれど、もう一つスパイスが欲しかった。
方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)
なにもできない二人が、逃げ、考え、罠にかける! 頭脳戦の楽しみに満ちた爽快な復讐譚!
黒羽烏由宇は、ビルから墜落し死につつあった。臨死体験のさなか、あと七日で消滅する幽霊となった彼は、両親を殺された少女・音葉に出会う。彼女は、出会い頭に彼に斧を叩き込んで、言う。「確かに、幽霊も子供も一人じゃ何もできないよ。でも、私たちが力を合わせれば、大人の誰にもできないことがやれると思わない?」
天井に足跡の残る殺人、閉じ込められた第一発見者、犯人はこの町にいる。(帯より引用)
2024年8月、書下ろし刊行。
ホワイトデー。完全犯罪請負人の黒羽は、経営する喫茶店が入っている六階建てビルの屋上から突き落とされて重態となる。4ヶ月後、幽霊の状態の黒羽は小学6年生の三井音葉に出会い、両親の復讐のための犯人捜しを依頼される。両親は4ヶ月前、毒を飲まされ、遺体を異様な状態で飾り付けられて殺された。遺体のあった空き家の周りの泥には両親の足跡だけで犯人の足跡がなかった。そして空き家の天井には父の靴跡が着いていた。両親は3月15日、0時に会う約束をしていた黒羽の客だった。
方丈貴恵の新作は小学生と幽霊のコンビによる復讐劇。黒羽は限られた7日間で報復に必要な知識と技術を音葉に伝授し、報復を成功に導くと約束する。
幽霊が探偵役になるのは過去にもあるミステリだが、少女と組んでの復讐劇というのが面白い。黒羽が逃走資金として隠していた軍資金や武器の入手、そして自らの伝手を生かした情報入手も面白いが、幽霊ならではの情報入手、そして音葉が自ら入手する情報が交錯するところは読みどころ。
この作品には、入手した情報と現場に残された条件から推理して自らを殺そうとした犯人を導き出すロジックの面白さがある。両親殺害の足跡のトリックやダイイングメッセージといったトリックの活用の面白さがある。さらに7日間と限られたタイムリミットサスペンスの面白さがある。そして黒羽と音葉の心の触れ合いがある。さらに、完全犯罪請負人の過去、犯人との追走劇、どんでん返しの連続が続く予想外の展開が繰り広げられる。様々な要素をこれだけぶち込んで、それが交通渋滞せず面白く読めるというのはお見事といってよい。
ユーモアとシリアスを交えながら、最後まで読者の目を離さない物語作りに感動。さらにフーダニット、フワイダニットまで盛り込んだ本格ミステリとして仕上げたのだから、脱帽である。文句なしの、今年のミステリベスト候補である。
市川憂人『牢獄学舎の殺人 未完図書委員会の事件簿』(星海社FICTIONS)
私立北神薙高校に通うミステリ好きの少年・本仮屋詠太は、校内で謎の本――『牢獄学舎の殺人』を見つける。ある高校の音楽室/美術室/プールで発生する三連続密室殺人を描くその本格ミステリは、〈読者への挑戦状〉で締めくくられ解答編が存在していなかった……。読み終えた彼の前に、謎の少女が現れて告げる。
「私は杠来流伽。溝呂木案件調査機構――『未完図書委員会』の司書よ」
彼が手にした本は、〈読者への挑戦状〉を解いた者が完全犯罪の手引書として使用できる「未完図書」の一冊だった! 詠太と来流伽は『牢獄学舎の殺人』が現実に再現されることを未然に防ごうとするが、やがて校内で本物の密室殺人が発生。二人は虚実絡まる事件の謎を、解くことができるのか!?(粗筋紹介より引用)
2024年8月、書下ろし刊行。
帯には「星海社 令和の新本格ミステリカーニバル」と書かれている。そう言えば最近の星海社のミステリの帯には、こんなのがあったな。
市川憂人の新作は、故人のアマチュア作家溝呂木厄藻が遺した作品=「蜜柑図書」を調査する官民一体の秘密組織、未完図書委員会のシリーズ第1作目。いや、シリーズって書いていないけれど、多分そうなるんでしょ。ここまで様々な設定を考えておいて、ならないはずがない。
溝呂木厄藻は推定で百冊を超える〈読者への挑戦状〉付きの犯人当て本格ミステリを執筆し、個人的に製本していた。しかしこれまで発見された著作は、一つの例外もなく解答編が存在しない。それらの著作が何者かによって世に放たれ、手に取った人物がその謎を解いた後、自らその犯罪を模倣して実行する。そんな犯罪計画書として流通していることが、ある「溝呂木厄藻の小説を再現した事件」で発覚。多くの模倣犯を生み出している。
未完図書委員会は、溝呂木厄藻の未完図書を探し出し、未完図書が引き起こした犯罪を解決に導くこと、模倣犯の発生を未然に防ぐことを目的としている。「司書」と呼ばれる調査員が所属しているが、全容は定かではない。ただしその力は、警察から自由に情報を引き出すことが可能。制服を着たら女子高生にしか見えない杠来流伽も、そんな司書の一人であり、正体不明、年齢不詳である。ストロベリーパフェが大好物の模様。
とまあ、いかにも《新本格》ミステリらしい設定である。こういう設定には馬鹿馬鹿しさしか感じなくなっているのだが、何とか気にしないように、と思って読んでみた。とはいえ、本格ミステリオタクのような本仮屋詠太の描かれ方と言動はしんどかったが。
小説の『牢獄学舎の殺人』とは異なり、二番目の殺人事件を模倣したところから始まる謎。虚構の密室殺人と、実際の密室殺人の謎を解く杠来流伽と、本仮屋詠太のコンビ。しかし、結末まで読んでも、何の面白さも感じなかった。こんな設定を考えて、お疲れさまでした、としか思わなかったな。事件の流れもトリックも、説明されると出涸らしとしか思えなかったし。
なんというか、大事なところで説明や描写が飛び飛びになっている印象。そもそも、なぜ杠来流伽が北神薙高校に居たのかが、結局最後まで説明されなかったな。シリーズものを意識した、わざとらしすぎる引きも多いし、二人のやり取りもお約束のようでわざとらしい。少なくともこんなもやもやしたところで終わるのではなく、事件のエンドくらいはちゃんと書いた方がよかった。
ページ数の都合なのかな。シリーズ設定の説明に追われ、全体的に歯抜けな印象が強い。期待外れだった。
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