アーサー・ポージス『八一三号車室にて』(論創社 論創海外ミステリ80)
未解決の宝石失踪事件の謎を、走る列車内で鮮やかに解く老人。彼の正体とは…。傑作パスティーシュである表題作をはじめ、本格ものからサスペンス、ホラー、奇妙な味までバラエティに富んだ全26編を収録。短編のスペシャリスト、アーサー・ポージス初の傑作集。(粗筋紹介より引用)
日本オリジナル短編集。2008年9月、刊行。
【第一部 ミステリ篇】
銀行の頭取であるページ・ハンプトンは横領をごまかすために、地下室の金庫の中の金を奪ったうえで爆破することを計画する。「銀行の夜」
金が欲しいティム・ベイラーは、土地を相続するために叔父を殺害し、跳弾による事故死に見せかける。「跳弾」。
愛妻家のわたしはある特徴を持つ女性を殺害し続けていたが、とうとう捕まってしまった。「完璧な妻」。
エマソン・ウォード教授の妻が風呂で殺された。憎むべきバスタブ殺人鬼の仕業か。しかし警察は教授を疑い始めた。「冷たい妻」。
音楽の天才双子兄妹が誘拐された。犯人たちは兄を連絡係として返し、身代金の受け渡し方法を伝えた。「絶対音感」。
慎重な殺し屋が夫を殺しにやってきて、妻と子供を地下室に押し込めた。もうすぐ夫が帰ってくる。なんとかしてこの窮状を伝えなければ。「小さな科学者」。
ウェアリング医師は友人のランキン医師によって、古い炭鉱穴に突き落とされた。向こうは私が死んだと思っている。なんとかして這い上がらねば。「絶望の穴」。
おばの財産を受け取るはずだった甥は、叔母が可愛がっている犬をいじめていたところを見つかり、その権利を失いそうになった。対抗するために頼ったのは、かつての同級生で合った外科医のクレイグだった。「犬と頭は使いよう」。
10歳下の弟ウォルターにピアニストの才能がないことに失望した生化学者のマレック博士は、ハツカネズミの研究に没頭する。「ハツカネズミとピアニスト」。
ポール・グリーンウッドは昼食を食べようと歩いている途中、銀行から出てきた二人連れの強盗と鉢合わせし、逃走する車に人質として連れ込まれた。「運命の分岐点」。
20歳の誕生日を迎えたリンダは、久しぶりに奇妙な目覚めのひとり遊びをすることにした。「ひとり遊び」。
水たまりに恐怖を覚える私は、引っ越してきた3歳年上のジョー・カルマにそのことを知られ、虐められるようになった。「水たまり」。
退役軍人のフレッド・マーラーは子供の頃、父親のT型フォードを怒らせてしまった。それ以来、フォードはマーラーを殺そうとした。「フォードの呪い」。
【第二部 パズラー篇】
コートダジュール急行の八一三号室にはセルニールと、セシール・デ・モンソロウ侯爵夫人の孫である青年ベルトランがいた。セルニールはデュクロー男爵の晩餐会で有名なルビー「虎の心臓」が消えた顛末を話してもらう。「八一三号室にて」。
ティルフォードでは八週間で五人の村人が殺されていた。メース警部は、ミス・マープルに近いとされるミス・アリス・ディーンに話を聞こうとする。「誕生日の殺人」。
極秘の化学兵器を作っている工場で続く謎の連続放火事件。要求は工場の閉鎖。連邦捜査局が捜査に乗りだして数週間、困ったブラック巡査部長は、ユリシーズ・ブライス・ミドルビー教授に解決を依頼する。「平和を愛する放火魔」。
背の高い生垣が視界を遮っている広々とした芝生の真ん中で、女性が90ポンド(約40kg)のコンクリートの塊で何度も頭を殴られ、殺害された。現場に残された足跡は、小さくて幅の狭い足。容疑者は16際になる女性の義理の息子一人だけ。しかしそんな子供にコンクリートの塊を振り回せるはずもない。ブラック巡査部長は、ミドルビー教授に解決を依頼する。「ひ弱な巨人」。
ルー・バーギンがダイヤを宝石店から強奪した。非番のケリー刑事が偶然見かけ、追いかける。袋小路まで追い詰めて捕まえるも、バーギンはダイヤを持っていなかった。「消えたダイヤ」。
ジェニングス・ブライアン・ラティマーは妻シャーリーンの行為に耐えかね、首を絞めて殺してしまった。我に返ったラティマーが遺棄した死体が見つかったのは、渡ることの出来ない湾の向こうにある湿地帯で、周りのぬかるみやオオアザミに足跡は全くなかった。「横断不可能な湾」。
セルビー中尉はハッカー大佐から、ドイツ軍に捕まった聖職者プラシデ神父の殺害を命じられる。殉教者の神父はゲシュタポに拷問される前に死にたいのだが、教えで自殺することはできない。ドイツ軍の監視をかいくぐり、どのように実行するか。「ある聖職者の死」。
ブライアン・ケンダル教授が心血を注いで行っている振り子の公開実験。教授は手に入れた二百ポンドの機雷で実験を行うこととなった。教授は自ら安楽椅子に固定され、ウインチで上げられた機雷は教授の額すれすれのところから放された。しかし物理学の法則を破るがごとく、戻ってきた機雷は教授の顔をつぶしたのだった。「賭け」。
ニール・ポッターは会社売却を進めようとする共同経営者シドニー・パインが住む片道三〇マイル離れたバンガローを訪ね、パインを殺害した。そしてアリバイを作るべく、三〇マイル離れた場所でわざとオイルを抜き、車が故障したといって通りがかったパトロール巡査に助けを求めた。ピーン・デントン保安官は、パインの車の走行距離計から一一五マイル運転していたと部下から報告を受けた。「消えた六〇マイル」。
弓矢の名人として十字軍で活躍したマーティン・エイルワードの若妻は、城代ジョン・ピピンの策略で魔女として火あぶりの刑を受けた。16日後、切り立った城壁を地面から100フィート上ったところにあるピピンの部屋の窓に向かい、ひと続きの足跡が残されていた。しかも黒ずんだ足跡は、硫黄の匂いがした。「悪魔はきっと来る」。
コーペット元警部は、在職中唯一の未解決事件である十二年前のステープルトン・アイトソープ事件について情報を提供するとの手紙をもらった。食事の席で差出人のマックス・フランコウが語った、二十万ドル相当の粉末アイトソープ盗難事件の真相とは。「迷宮入り事件」。
晩餐会の席上、主賓であるトリンブル判事は20年前に起きたバートレット一家12人死亡事件の話題を取り上げた。12人は暴力を受けた様子もなく、ベッドの中で安らかに死んでいた。家の周りには第一発見者の足跡しかなく、その人物が犯人ではあり得なかった。その席では数多くの推理が披露されたが、いずれも判事に看破された。「静かなる死」。
二人の老人が、かつて貴族が所有していた地所に飾られていた青銅のエロス像を見つめていた。50年以上前、若い貴族のケイトン青年が頭を陥没させて死んでいた。そばにはこの彫像が横たわり、血にまみれていた。一家の者は、ケイトン青年が言いよっていた美しい小間使いの娘が犯人だと訴えた。しかし娘の力では彫像は振り回せなかった。「愛と死を見つめて」。
1950年のデビュー後、2006年に亡くなるまでの生涯で発表した短編小説はミステリ、SF、ホラーなど様々なジャルにわたり、300編以上にのぼるスペシャリスト、アーサー・ポージスのオリジナル傑作集。
短い作品ばかりであり、一気に読み終わってしまう作品が多い。ただそれは、短い中にも魅力あふれるストーリー、アイディアがあふれているからこその匠の技である。作者のレパートリーの広さにも感心するしかない。よくぞまあ、これだけの作品を永年書き続けてきたものだ。
ベストはやはり表題作の「八一三号室にて」。この終わり方には驚かされた。保安調査員とその娘が事件を解決する「賭け」の意外な犯人も面白い。謎解き役の二人はシリーズ化してほしかったところだ。他には「絶対音感」「小さな科学者」「悪魔はきっと来る」「迷宮入り事件」あたりがお薦め。
パズラー編は、あの推理クイズの元ネタはここか、と思わせる作品もあって個人的に嬉しかった。まあ、最初にこの本を読もうと思った動機もそれだったのだが。
青山文平『半席』(新潮社)
分別ある侍たちが、なぜ武家の一線を越えたのか。直木賞受賞後、待望の第一作! 若き徒目付の片岡直人に振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てることだった。精勤していた老年の侍がなぜ刃傷沙汰を起こしたのか。歴とした家筋の侍が堪えきれなかった積年の思いとは。語るに語れぬ胸奥の鬱屈を直人が見抜くとき、男たちの「人生始末」が鮮明に照らし出される。本格武家小説の名品六篇。(粗筋紹介より引用)
『約定』所収の「半席」に加え、『小説新潮』2014~2016年に掲載された短編を纏め、改稿の上2016年5月、単行本刊行。
89歳で表台所頭を務める矢野作左衛門は、冬の木場町の水置き場で水死した。事故として始末されたが、その日は家督を返すべき甥の信二郎と一緒に釣りに出かけていた。伸二郎が帰った後も釣りを続けていた作左衛門は、筏の上を走って水に飛び込んだという。「半席」。
80歳以上で御公儀のお役目に就いている旗本が集まる白傘会。2月に一度、いずれかの屋敷で集まって楽しむ会において六月、当番である納戸組頭の岩谷庄右衛門の締めの挨拶の直前、賄頭の山脇藤九郎がいきなり脇差を抜いて斬りかかった。気脈の通じ合っていた二人だったのになぜ。庄右衛門に心当たりはなく、藤九郎は何も話さない。調べても何も出てこない。「真桑瓜」。
二十年以上も侍奉公をしていたが、肝の蔵を病んで一月半前に自ら身を引いて無宿暮らしをしていた茂平。野垂れ死にできず、切羽詰まって務めていた大番組番士の高山元信の屋敷に戻って休ませてもらっていたが、数日後、茂平は元信の背中を突き飛ばした。元信は庭に落ち、運悪く踏み石に頭を打ち付けて死んでしまった。主殺しは鋸挽の重罪である。忠義の厚かった茂平がなぜそのようなことを。「六代目仲村正蔵」。
御目見え以下から旗本にまで出世した69歳の古坂新右衛門が、外神田の辻番所組合の仲間である57歳の勘定組頭、池沢征次郎に突然斬りかかった。仕事でも道楽でも関わり合いがまるでない。理由を調べてほしいと依頼された片岡であったが、事件を難しくしているのは新右衛門が御庭番家筋であることだった。「蓼を喰う」。
片岡の上司である芳賀源一郎が道場主を務める錬成館。その芳賀が、吟味の帰りに襲われた。芳賀は受けていたが次第に押し込まれるも、相手が病で倒れた。襲ったのは74歳の元大番組番士、村田作之助だった。「見抜く者」。
車町火事で灰塵に帰した浅草本願寺が再建上棟式を迎えた。新しい防火策を詰めるために歩いている途中、七、八人の中間が仲間をいたぶっているのを見かけた。直人は彼らを追い払ったが、倒れていた男は北島泰友であった。六年前、直人とともに無役の小普請から召し出されるというありえないことをやってのけた北島士郎の父親だった。『役替え』。
時は「文化」の頃。主人公は徒目付の片岡直人。片岡家の若き当主である。趣味は釣りぐらいで、お仕事第一である。
もともと御家人だった家が旗本の家になるためには、当主が一度御目見え以上の御役目に就くだけでは足りない。二度拝命しない限り、一代御目見えの“半席”となる。片岡家はもともと番方であったが、父の直十郎が初めて番方の小十人入りを果たして旗本となった。しかし直人に代替わりする前に無役の小普請組に戻されたので、直十郎はひとつの詰めを果たしただけで逝ってしまった。そのため直人は、無役の小普請から始めるしかなかった。二度の御目見え以上は、父子二代かけて成し遂げてもよいことになっている。やがては得るであろう跡取りを生まれながらの旗本とするためには、なんとしても二つ目の御役目を得なければならない。
常に「半席」と口ずさみ、ひたすら真面目にお務めを果たして御役目に就くべく頑張っている直人であったが、上司の徒目付組頭・内藤正之が裏の仕事を頼むようになる。既に下手人は捕まっているのだが、その下手人がなぜその事件を起こしたのか。その動機を明らかにするというものであった。最初はいやいや引き受けていた直人であったが、徐々にその仕事に魅力を感じるようになる。
『つまをめとらば』で第154回直木賞を受賞した作者の、受賞後第一作。いずれも老人といってよい年齢の下手人が犯した事件の動機を探る、シリーズ短編集である。
まずは登場人物の造形が非常にいい。既に江戸時代も200年経ち、出世するには刀ではなく、役目に就くしかない。徒目付の職はあくまで腰掛けなのに、裏の仕事を頼まれて奮闘する直人に惹かれていくのだ。世の中を渡り歩くにはあまりにも実直、あまりにも不器用。だが、そんな直人が愛おしい。だからこそ直人と接する者は、彼に心を開いていくのだろう。それに上司である内藤正之もいい。出世など気にせず飄々とし、旨い物には目がなく、それでいて周囲から頼られ慕われているというのはある意味羨ましい。なんだかんだ言いながら直人が内藤の仕事を受けている理由の一つは、やはりこの内藤のキャラクターにもあるだろう。そして、内藤が裏の仕事を頼むときに使う、神田多町にある居酒屋の七五屋の描き方もいい。酒は伊丹の上酒で、店主の喜助が自ら小舟に乗って吊ってくる肴もめっぽう旨いとあるが、読んでいてお腹が空いてくるくらい本当に旨そうなのだ。そしてもう一人狂言回しがいるのだが、こちらもまた印象深い。
それぞれの事件の真相は、いずれも哀しいものである。枯れていく老人の心残り、無念さが溢れており、直人だけでなく読者の胸を打つ。心残りの内容に生きる、なんと難しいことか。
ただちょっと残念なのは、事件の解決部分がやや短いことか。掲載誌の関係なのか、作者のポリシーなのかはわからないが、もう少し内面を書いてもよかったと思うのだが。ここらあたりは読者の好みがあるので難しい。余韻を残したままスパッと終わらせるのも、時代物にはふさわしい気もするし。
意外にも2016年に第70回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補に選ばれている。不可思議な動機と解決を書いたホワイダニット作品として、ミステリとしても面白く読めるだろう。作者がミステリを意識していたとは思わないが。続編『泳ぐ者』が出ているので、読んでみるつもりだ。
D・M・ディヴァイン『跡形なく沈む』(創元推理文庫)
ルース・ケラウェイは父を知らずに育った。母の死後、彼女はスコットランドの小都市シルブリッジに渡り、父親を標的とした周到な「計画」に着手する。一方、人生を立て直すため故郷の役所に勤めたものの、同棲相手との荒んだ生活に憔悴しきっていたケン・ローレンスは、同じ職場で働くルースの、美貌に似合わぬ狷介な性格に興味を惹かれるが、彼女が父親を捜しながら、数年前の選挙における不正を追及していることを知る。ルースの行動は町の人々の不安を煽り、ついに殺人事件が発生するが……。複雑な人間関係を𣑥位に操り、読者を驚きの真相へと導く名匠ディヴァインの円熟期の傑作。(粗筋紹介より引用)
1978年、イギリスで刊行。2013年2月、邦訳刊行。
ディヴァインの生前最後に刊行された第十二長編(死後に『ウォリス家の殺人』刊行)。主人公の一人、ケン・ローレンス。同棲相手のエリザベス(リズ)・ロス。理図の夫でシルブリッジ自治区協議会議員ヴィクター・ロス。リズの父で総合病院の最上級顧問医であるシリル・ノートン。剣の元婚約者であるジュディス(ジュディ)・ハッチングス。その兄であるトム。父で議員のロバート・ハッチングス。妻のメアリ。そしてルース・ケラウェイ。主要な登場人物はこんなところか。ケンの元婚約者がジュディで、ジュディが親しくしているのがヴィクター。議員同士などの町の権力者たちも表と裏の顔を使い分けながらの絡み合いがある。色々と人間関係が入り乱れており、その複雑な関係がルースの登場と行動でかき回され、そして殺人事件が発生。このプロットと人間模様の描き方が素晴らしい。
ただ、本格ミステリとしては少々弱い。犯人まで辿り着くロジックが今一つな点はなんとも勿体ない。なぜあの人が容疑者としてあがらないのだろう、と思いながら読んでいたら、そのまま最後まで行っちゃったのはちょっと残念。最後の畳み込みが悪くなかった分、余計に粗が目立つというか。
複雑で巧みな心理サスペンスが、本作の見どころである。ただ折角のフーダニットなので、もう少し謎解きも楽しみたかったというのは贅沢な望みだったろうか。
ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
連邦警察官フォークは二十年ぶりに生まれ育った町へ帰ってきた。旧友のルークが自殺を遂げたと聞きつけたのだ。妻子を道連れに、なぜか赤ん坊を一人残して――。ルークの親から心中事件の真相究明を依頼されたフォークは、干魃にあえぐ灼熱の街で、自身の秘めた過去とも向き合うことに……。新人離れした文章力と卓越したストーリーテリングで世界中から絶賛されたオーストラリア・ミステリ。英国推理作家協会賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
2015年、未発表原稿を対象としたヴィクトリア州知事文学賞を受賞。2016年、オーストラリアで発表。2017年、英国推理作家協会賞(CWA賞)ゴールド・ダガー賞を受賞。2017年4月、ハヤカワ・ミステリより邦訳刊行。2018年7月、文庫化。
作者のジェイン・ハーパーはイギリス、マンチェスター生まれ。オーストラリアに移住後、イギリスのケント大学を卒業。ジャーナリストとして活動しながら本作を執筆。本作はデビュー作である。
舞台はオーストラリア、メルボルンから車で六時間以上離れた田舎町キワエラ。連邦警察で財務を担当している三十半ばのアーロン・フォークは、級友である農場経営者のルーク・ハドラーが、妻カレンと子供ビリーを道連れにショットガンで自殺したので、葬儀に参列するため二十数年ぶりに故郷に帰ってきた。しかし、赤ん坊のシャーロットだけは生き残っている。無理心中を疑うルークの父ゲリーは、フォークに事件の真相を探ってほしいと依頼する。同じく事件を疑っている巡査部長グレッグ・レイコーとともに捜査を始めるフォークであった。そしてフォークは、16歳のとき故郷を離れることになった少女エリーの不審死と向き合うこととなる。
大干魃にあえぐ田舎町で、自身の過去と向き合いながら操作に挑む。よくある設定と言えるが、舞台がオーストラリア、という点が新しい風景を読者に見せてくれる。デビュー作とは思えないぐらい文章や人物造形がしっかりしているし、読者を飽きさせてないストーリーもなかなかのもの。事件の捜査の合間に16歳のころの話が挟まれることで、主人公の心情がより深く浮かび上がっていく展開はうまい。目新しさはないものの、小説としては面白い。
デビュー作でこれだけ書ければ次作も期待できそうなのだが、フォークが登場するというのはどうなんだろう。次作を読んでもいないのにこういうことを書くのはどうかと自分でも思うが、本作で退陣したほうが綺麗だった気もする。
ロバート・アーサー『幽霊を信じますか? ロバート・アーサー自選傑作集』(扶桑社海外文庫)
「キャリデイ館」は、まさに呪われた屋敷そのものだった。そこへやって来たのは、心霊現象の専門家として知られるニック・ディーン。もちろんそんなのはインチキで、今回もラジオ番組の収録だった。全国の聴取者たちが、真に迫ったニックの放送に夢中になり——異変は起こった! 新時代のゴースト・ストーリーとなった表題作をはじめ、名短編全十作を収録。ミステリーの年間ベストに続々ランクインした『ガラスの橋』の著者によるホラー/ファンタジー集。やっぱりロバート・アーサーは面白い!(粗筋紹介より引用)
1963年、アメリカで刊行。2024年3月、邦訳刊行。
嵐の夜、地下鉄入口脇の新聞雑誌売店のジャーマンは体が不自由そうな足音を聞くが、通りかかった巡査のクランシーは誰も通らなかったという。その次に通りかかった常連客は、自分につき合ってほしいとジャーマンに言う。「見えない足跡」。
8年前に結婚した妻マーサを今も愛しているホーマー・ミルトンは、誕生日プレゼントを買いに古ぼけたギフトショップに入った。初めて入るその店で、店主は10ドルで不思議な能力を授ける。「ミルトン氏のギフト」。
ドクター・マーク・ウィリアムズとイーディスは、新婚旅行以来、二十年ぶりに小さな店に入った。イーディスはバラ色水晶のベルを気に入り、買おうとしたが、そのベルにはクラッパ―が付いていなかった。青年店主は、当時の店主である父はこのベルを恐れていた由来を話すも、イーディスは購入した。「バラ色水晶のベル」。
クラブでマルカムが稀少な切手セットを公開していたが、モークスはさらに稀少な切手を持っていたと告げる。父親のコレクションに入っていた、エル・ドラド連邦国の切手セットは、友人ハリスの命が代償だった。「エル・ドラドの不思議な切手」。
水疱瘡からまだ快復していないダニーは一人で寝ているのが寂しくなって、階段で、身を潜め、家族たちがする近所の人の噂話を聞いていた。そのうちに寒気がしたので、ダニーは自室に戻り、父の祖父のものらしい象牙の小物を手に握って眠りについた。すると次の日、不思議なことがあちこちで起こった。「奇跡の日」。
無名の大学で物理学を教えていたアリグザンダー・ピーボディー教授は、二十年前、大変古い本の中に珍しい魔法の呪文を発見した。一生で一度は歴史に影響を与えたいと言った時、姉のマーサに「鵞鳥じゃあるまいし」と馬鹿にされたアリグザンダーはかねてからの計画を実行した。「鵞鳥じゃあるまいし」。
「キャリデイ館」は、まさに呪われた屋敷そのものだった。そこへやって来たのは、心霊現象の専門家として知られるニック・ディーン。もちろんそんなのはインチキで、今回もラジオ番組の収録だった。全国の聴取者たちが、真に迫ったニックの放送に夢中になり——異変は起こった!(粗筋紹介より引用)「幽霊を信じますか?」。
頑固すぎるオーティス・モークス伯父が雷に打たれたとの電報を、伯父の妹であるイーディス叔母から受けたマースチンは、ヴァーモント州までやってきた。ヒルポート駅で降りてタクシーに乗ると、運転手は広場にあった地元政治家のブロンズ像が公衆の面前で盗まれたと語った。オーディスがこの町にはそんなものあはないぞと言った途端、消えてしまったらしい。「頑固なオーティス伯父さん」。
ウォールドー・デクスターがその本を見つけたのは、キャナル・ストリート沿いの薄汚い古道具屋だった。錠付きの鉄製バンドで覆われていた手書きの本には、小さなドラゴンの挿絵があった。掘り出し物の書物を見つけたと友人に手紙を送った翌朝、自宅からデクスター氏の姿が消えていた。「デクスター氏のドラゴン」。
ランデックス伯父、スーザン伯母から話を聞いた少年ジョニーはその夜、取り憑いている幽霊について教えてほしいとハンク・ガーヴィー爺さんのところにやってきた。ガーヴィーは夜にしか働かないのだ。「ハンク・ガーヴィーの白昼幽霊」。
『ガラスの橋』に続くロバート・アーサー自選傑作集だが、本国では『ガラスの橋』の3年前に出版されたとのこと。同じ版元からで、読者対象はヤング・アダルトだった。「エル・ドラドの不思議な切手」を除いて本邦初訳。
『ガラスの橋』は主にミステリ系であったが、本作はホラー、ファンタジー系の作品が中心となっている。ホラーといっても怖いというよりはびっくり止まりのマイルドな仕上がりで、確かにヤング・アダルト向けに選んだのだろうなと思う。とはいえ、大人が読んでも十分鑑賞に堪える短編ばかりであるが。
いずれもアーサーが紡ぎ出す不思議な物語を楽しむ、という作品群だ。ちょっとしたユーモアと奇想。口当たりの良い語り口と、余韻の残るラストシーン。傑作というわけではないが、それでも忘れがたい印象を与える作品の数々である。
特に傑作だったのは表題作「幽霊を信じますか?」である(これが本邦初訳というのが意外)が、「見えない足跡」「エル・ドラドの不思議な切手」の着想は見事だし、「ミルトン氏のギフト」のようなちょっと笑えるラストもうまい。「頑固なオーティス伯父さん」の切れ味もさすがである。アーサーの幅広い作風を右う文に楽しめた作品集であった。扶桑社には次もお願いしたいものである。
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)
大学一年生の市倉小春は漫画家を目指しつつ、大阪府豊中市にあるパン屋〈ノスティモ〉でアルバイトをしていた。そこに持ちこまれる数々の謎を小春が解決していく、焼きたてのパンの香り漂う〈日常の謎〉連作ミステリー!
同じパン屋で働いている親友の由貴子に、一緒に行くはずだったライブビューイングをドタキャンされてしまう。誘ってきたのは彼女のほうなのにどうして? 疑問に思った小春は、彼女の行動を振り返り、意外な真相に辿りついて……。「第1章 焦げたクロワッサン」。
パティスリーからヘルプでブーランジェリーに入った先輩・紗都美。優秀ながらもフランスパンに切れ込みを入れる作業だけできなくなってしまった彼女を不思議に思い、小春はとある推理をする――。「第2章 夢見るフランスパン」。
ヒョウ柄のおばちゃんと激しいバトルを繰り広げてまでシナモンロールを買った女子高生は、野球部の男子高生とカフェスペースで談笑している。小春が微笑ましくその様子を眺めていると……。「第3章 恋するシナモンロール」。
チョココロネの販売中止が決まったとき、のどかな豊中市に突如現れたひったくり犯。ひったくりに遭った被害者親子が〈ノスティモ〉の常連だったことから、小春は犯人の推理を始めて――。「第4章 さよならチョココロネ」。
〈ノスティモ〉にやってきた一人の老婦人。三十年前に食べていたという思い出のカレーパンを探しているという。先輩とともに、豊中市中のパン屋を巡る小春は、意外な真相に辿り着く! 「第5章 思い出のカレーパン」。(粗筋紹介より引用)
2025年、第23回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。2025年1月、単行本刊行。
作者は漫画アシスタント兼漫画家。小説は初めてか。
日常の謎もの。古本屋や喫茶店など色々あるけれど、今度はパン屋か。まあ、色々と考えるものだ。二番煎じどころか、すでに出涸らしみたいな設定だろう。まあどこが舞台でも、ミステリとして面白ければいいのだが、残念ながら今一つ。まず謎が弱すぎる。いくら日常の謎でも、もう少し難解なものを考えてきてほしい。さらに推理の方も今一つで、連想ゲームに近いというか。ミステリとして楽しむところはほとんどないよ、本当に。
ただ漫画家として既にデビューしているからかもしれないが、ストーリーの組み立てはできているし、起承転結もしっかりしている。もっとも、登場人物の造形も含め、無難な仕上がりで終わっている。有りがちな心温まるストーリーを作ってきました、というだけで平凡。パン屋の話だけど、作中に出てくるパンももう少しおいしそうに書いてほしかった。
過去の日常の謎ミステリの舞台をパン屋に替え、謎と推理の質を低めに設定して、誰も悪人が出てこないように無難にまとめて出来上がりました、という作品。新味、意外性はゼロで、よくこれで受賞できたものだと思ってしまう。お手軽に読むだけならこれでもいいけれど、1000万円の価値があるとは思えない。これでイケメンな客が出てきたら、アイドルを主人公にしたドラマにしやすそうだとは思った。
米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社文庫)
堀川次郎、高校二年で図書委員。不人気な図書室で同じ委員会の松倉詩門と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、本には縁がなさそうだったが、話してみると快活でよく笑い、ほどよく皮肉屋のいいやつだ。彼と付き合うようになってから、なぜかおかしなことに関わることが増えた。開かずの金庫、テスト問題の窃盗、亡くなった先輩が読んだ最後の本──青春図書室ミステリー開幕!!(粗筋紹介より引用)
『小説すばる』2012~2018年掲載作品5編に、書下ろし作品を加え、2018年12月、集英社より単行本刊行。2021年6月、文庫化。
図書委員会の先輩、浦上麻里に依頼されたのは、祖父が鍵をかけたままの金庫の番号を探ってほしいというもの。「913」。
割引券にひかれ、一緒に美容院に来た堀川と松倉。三発が終わって帰ろうとする堀川を、松倉はなぜか引き留めた。「ロックオンロッカー」。
一年生の図書委員、植田登は、兄で二人の同級生であり、素行の悪い植田昇がテスト問題を盗んだと濡れ衣を教師に着せられたので、罪を晴らしてほしいと二人に依頼する。「金曜に彼は何をしたのか」。
三年生の香田努が自殺した。それから一週間後、友人である長谷川が二人に、香田が図書館で最後に借りて読んだ本を教えてほしいと頼んできた。「ない本」。
放課後の図書室で話した昔話から、六年前に亡くなった松倉の父親が、生前盗んで隠した現金を二人で探し出すこととなる。「昔話を聞かせておくれよ」。
そして続編となる書下ろし「友よ知るなかれ」。
図書委員の男子コンビが日常の謎に挑む連作短編集。後にシリーズ化される。
本作の面白いところは、堀川が語り手であるにもかかわらず、性格の違う二人がホームズ訳、ワトソン役に限定されることなく、互いに補完し合いながら謎に挑むところ。警察小説の刑事コンビにありがちな設定を高校生に移植したところがうまい。二人のやり取りが推理につながり、日常の謎が解かれてゆく。
青春時代の、楽しくもちょっとしたほろ苦さを思い出させてくれるような作品集。人は優しいだけではないが、だからと言って優しくないわけではない。重いわけではないが、軽いわけでもない。作者の巧さを感じさせてくれた。
小泉悦次『1954 史論―日出ずる国のプロレス』(辰巳出版)
1954年(昭和29年)、日本で男子プロレスと女子プロレスが本格的に始動し、熱狂的に迎え入れられた。力道山、木村政彦、山口利夫、猪狩定子といった我が国のプロレス創成期を彩ったレスラーたちは、どういう経緯を経て四角いリングに上がったのか? そもそも、なぜプロレスはアメリカから輸入され、日本に定着したのか? 70年におよぶ歴史を持つ日本マット界のルーツを詳細に掘り返し、大日本帝国の敗戦からプロレスブームを巻き起こしたシャープ兄弟の来日、そして伝説化されている力道山vs木村政彦の喧嘩マッチを濃密に考察した渾身の快作。全世代のプロレスファンがこの物語を知る必要がある――。(粗筋紹介より引用)
2024年9月、刊行。
<目次>
プロローグ 日本で最初の女子プロレスラー・猪狩定子の回想
第1章 「日本の敗戦」と「世界のプロレス」
第2章 なぜプロ柔道は失敗に終わったのか?
第3章 パン猪狩がパリで見た「レッスルする世界」
第4章 関脇・力道山の「大相撲廃業」と「プロレス転向」
第5章 1952年、それぞれのアメリカ武者修行
第6章 1953年7月30日、日本プロレス協会が発足
第7章 プロ柔道出身たちと猪狩一座のプロレス
第8章 力道山の第二次アメリカ武者修行
第9章 日本プロレスの旗揚げシリーズが成功した理由とは?
第10章 日本のプロレス創成期を支えた顔役
第11章 ミルドレッド・バーク一行の日本ツアー
第12章 力道山vs木村政彦戦は八百長か、真剣勝負か?
第13章 〝昭和巌流島の決闘〟を「プロレス」として読み解く
エピローグ
サラリーマンの傍ら、プロレス史研究を続ける小泉悦次の新刊。1954年12月22日の力道山対木村政彦「昭和の巌流島」の闘い以前のプロレス史を考察した一冊。目次を見るだけで、今まで触れられることの少なかった“力道山がヒーローになる以前”のプロレス史が語られている。特に日本最初の女子プロレスラー、猪狩定子のインタビューがあるところが凄い。またプロレスが巡業するきっかけというのも実に面白い。
力道山と木村政彦の「昭和の巌流島」決戦についての考察も、今まであまり語られなかった(と思われる)視点での考察がなされている。
もう少し日本プロレス以外の団体について書いてほしかったとは思うが、よくぞここまで調査し、考察したと言っていい。プロレス史だけでなく、戦後の大衆芸能史に興味がある人にも読んでもらいたい。
マルク・ラーベ『17の鍵』(創元推理文庫)
早朝のベルリン大聖堂に、深紅の血が降り注いでいた。丸天井の下、頭上10メートルほどの位置に、女性牧師が吊り下げられていたのだ。通報を受けて殺人現場に駆けつけたトム・バビロン刑事は、信じがたいものを目撃する。被害者の首には、カバーに「17」と刻まれた鍵がかけられていた。それはかつて、トムが少年の頃に川で見つけた死体のそばにあった物と同じだった。鍵は10歳で失踪した妹が持ちだしていたのだが、なぜ今、ここに現れたのか。謎を追ううちに、トムは恐るべき真相を暴きだす。圧倒的スピードで疾走するドイツ・ミステリ!(粗筋紹介より引用)
2018年、ドイツで発表。2025年1月、邦訳刊行。
作者はドイツ、ケルン生まれ。20年以上、テレビ局の映像編集などで活動。2012年、44歳のときに"Schnitt"を刊行して作家デビュー。
累計発行部数が43万部を超える人気を得た「刑事トム・バビロン・シリーズ」全4作の1作目。舞台は2017年のベルリン。主人公のトム・バビロンはベルリン州刑事局の刑事。1984年に東ドイツの村で生まれ、2017年時点では33歳。テレビ局編集スタッフのアンネという恋人と同棲して5年になる。1998年の夏、14歳だったトムは友人たちと遊んでいるとき、川底で死体を発見する。その日の夜、妹のヴィオーラが失踪。そのことが心の重荷となっている。もう一人の主人公は、アルコール依存症歴のある女性臨床心理士、ジータ・ヨハンス。本作ではプロファイラー的位置づけとなっている。
第1作である本作は、大聖堂に女性牧師が吊り下げられるというショッキングな事件を扱っているが、それと同時に失踪した妹の影が見え隠れすることもあり、トムの捜査は暴走し、逆にピンチを迎えることとなる。
スピーディーどころか大爆走と言いたくなるような展開の速さ。登場人物は多いし、トムはどんどん先走りするのでジータですら追いつくのに一苦労、といったような状態なので、人間関係を理解するのにちょっと手間取る。それを緩和してくれるのが過去パート、トムの少年時代の話だった。だが話が進むにつ入れ現代と過去が密接に絡むようになり、物語はさらに加速する。確かに読む手を止めることはできなかった。ただそれは面白過ぎて、というよりも登場人物=作者のスピードが速すぎるので、追いつくには読み進めるしかない、といったような無理矢理感の方が強かった。まあ、そこまで読者を引っ張り続けるだけのパワーがあることも事実なのだが。
興味深かったのは、東西ドイツの関係。事件が起きたのは既にドイツ統一後なのだが、トムたちが生まれたころはまだ分かれていた時代なのだ。こういう作品を読むと、ドイツ分断の膿と傷はまだまだ残っていることを感じる。
スキーの大回転みたいな作品だった。この直滑降と強引さが読者に受けたのだろうな。事件そのものは解決するのだが、明らかに引きとしか思えないような謎がいくつも残る。最初からシリーズものを意識した展開。ここまでくると、4冊揃えるしかないじゃないか、という気にさせられる。そう思わせるだけで、作者の勝利なのだろう。第二作はジークの話ということなのだが、トムの過去とジークの過去はどこかで絡み合うのだろうか。
南海遊『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件』(星海社FICTIONS)
「理解しろ、名探偵。密室で生まれし者は、密室で死ぬべきなのだ」
非陳述獲得形質高次移植技術・Pandora-Brain。他人の人格を上書きし、まったく別の人間にしてしまう禁忌の技術の実用化に、天才・紅澄千代博士は成功した。
名探偵・霧悠冬真と史上最悪の連続密室殺人鬼・Oの対決「亜魂島連続殺人事件」から3年後ーー茂由良伊月たちミステリ研究会メンバーを中心とした大学生5名は、亜魂島を訪れる。
過去の事件の考察を楽しんでいた一同を島の紅澄脳科学研究所で待ち受けていたのは、密室で首を切断された死体だった。
クローズド・サークルと化した亜魂島での過去と現在が繋がったとき、驚愕の真相が浮上するーー
災厄から希望を掴む、「孤島」×「密室」×「別人格」の青春本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
2025年2月、書下ろし刊行。
『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』が面白かったので、本作も購入。とはいえ、序章で「僕、茂由良伊月は最終的にはこの物語の結末で死亡する」と書かれた時点で、読む勢いが一気に落ちていった。いや、ダメでしょ、こんな結末を予想するようなこと書いては。
連続殺人鬼Oが13年間で96人を殺害した、というのは作中でもあるように93人を殺害したと自供したサミュエル・リトルの例(こちらは35年だけど)もあるからまあいいとして、そのすべてが手がかりの全くない密室殺人だった、という時点で大風呂敷を広げてるなあと少々げんなり。その後の亜魂島連続殺人事件、3年後となる現在でミステリ研のメンバーが遭遇した密室殺人事件と、道具立ては凄い。道具立てはね。
読み終わっての感想は、道具立ての割に結末がちゃち。作者が色々考えていることはわかるし、準備した道具は全て謎と動機に使われている。伏線も張って回収するフェアな本格ミステリを心がけようとしていることもわかる。ただ、これだけの道具立てで、こんな密室トリックなの、と叫びたくなるぐらい失望感が強い。そして動機の方が全く理解できない。連続殺人鬼Oの動機にしろ、亜魂島連続殺人事件の動機にしろ、話している言葉の意味はわかるのに、何もかもが頭からこぼれ落ちていく。自分は名探偵ではないから、理解できなかったのかもしれない。
豪華な食材を用意し、全部使って調味料も入っているのに、出来上がった料理はただ食べられる程度のもの、そんな印象である。これは好みの問題なのかな。受け入れられる人はもしかしたら絶賛するかもしれない。作中でもこの作家にちょっとだけ触れられていたけれども、整合性だけは取れている清涼院流水、という読後感であった。まあ、次作も読もうとは思ったけれど。
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