ジョー・イデ『IQ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ロサンゼルスに住む黒人青年アイゼイアは‶IQ"と呼ばれる探偵だ。ある事情から大金が必要になった彼は腐れ縁の相棒の口利きで大物ラッパーから仕事を請け負うことに。だがそれは「謎の巨犬を使う殺し屋を探し出せ」という異様なものだった! 奇妙な事件の謎を全力で追うIQ。そんな彼が探偵として生きる契機となった凄絶な過去とは――。新たなる"シャーロック・ホームズ"の誕生と活躍を描く、新人賞三冠受賞作!(粗筋紹介より引用)
 2016年、アメリカで発表。2017年、アンソニー賞新人賞、マカヴィティ賞新人賞、シェイマス賞新人賞受賞。2018年6月、邦訳刊行。

 作者のジョー・イデは日系アメリカ人。犯罪の多いことで知られるロサンゼルスのサウス・セントラル地区出身。政治学者のフランシス・フクヤマは従兄にあたる。様々な職業を経て脚本家となり、58歳に本書でデビュー。
 黒人青年アイゼイア・クィンターベイは、ロサンゼルスの黒人コミュニティで"IQ"と呼ばれている無免許探偵。警察が手を出さない、出せない地元の仕事を優先的に引き受けている。報酬は金とは限らず、庭仕事とか野菜とかの場合もある。INSも含め、一切の宣伝はしていないが、知っている人は知っている。世話をしているリハビリ中の少年・フラーコ・ルイスのために大金が必要になったアイゼイアは、腐れ縁で元ギャングの実業家フアネル・ドットソンの口利きで、スランプ中の大物ラッパー、カルバン・ライトの依頼を受ける。自宅に侵入してきた巨大な犬に襲撃されたが、それは前妻ノエルが雇った殺し屋の仕業であるから捕まえてくれというものであった。
 設定や粗筋を読む限りでは面白そうだと思っていたのだが、とても読みづらい。2013年現在の章が進む途中で時々2005~2006年の章が入るのだが、どうもこの切り替えが下手すぎる。アクション多めのスピーディーなストーリーが、過去の章でぶつ切りに途切れてしまっている。過去の章はIQが探偵になる壮絶ないきさつが描かれているのだが、もっと簡潔にまとめた方がよかったんじゃないだろうか。
 視点の切り替わりもうまくないし、登場人物の呼び方もころころ変わるので、覚えるのが大変だ。覚えたと思ったら、過去の章に切り替わるので、もう大変である。
 あまり知られていない黒人コミュニティ、とくに黒人とヒスパニック系の抗争などを交え、マイノリティ人種対立、アメリカの社会階級などのアメリカ自身が見ようとしない現実を扱っている割には、今一つ没頭できない。なんというかごちゃごちゃしすぎ。読んでいて疲れる。これは地の文が悪いのか、翻訳が今一つなのか。どうも両方な気がする。
「新たなる"シャーロック・ホームズ"の誕生と活躍」などと描かれているが、そう思って読むと間違いなく肩透かしに会う。確かにIQは優れた観察眼と推理力を見せるものの、名探偵の謎解きとは違うものだ。アイゼイアとややずっこけなドットソンがコンビを組み、時にユーモアが交わるあたりはホームズとワトソンを彷彿させるものはある。だけど、それだけだ。そもそも二人の過去に首をひねるものもある。どちらかといえばハードボイルド寄りの作品だろう。
 続編があるとのことだが、手を出す気にならない。

令和ロマン・髙比良くるま『漫才過剰考察』(辰巳出版)

 M-1グランプリ2023王者・令和ロマンの髙比良くるまがM-1と漫才を完全考察!
 分析と考察を武器に、芸歴7年目の若手ながら賞レースをはじめ様々な分野で結果を残してきた令和ロマン。そんな令和ロマンのブレーン・髙比良くるまが、2015年から昨年のM-1、さらには2024年のM-1予想に至るまで、考えて考えて考え尽くした一冊。
 「現状M-1に向けて考えられるすべてのこと、現在地から分かる漫才の景色、誰よりも自分のために整理させてほしい。頭でっかちに考えてここまで来てしまった人間だ。感覚でやってるフリをする方がカッコつけだと思うんだ」(本文より)
 史上初のM-1二連覇を狙う著者が、新型コロナウイルス流行や、東西での言葉の違い、南北の異なる環境が漫才に与えた影響、昨今話題の「顔ファン論争」に漫才の世界進出まで、縦横無尽に分析していきます。著者の真骨頂“圧倒的マシンガントーク”は本書でも健在です。(粗筋紹介より引用)
 『WEBマガジン コレカラ』(辰巳出版)に連載された「令和ロマン・髙比良くるまの漫才過剰考察」の内容に大幅に書き下ろしを加えて再構成、2024年11月刊行。

 M-1グランプリ2023王者・令和ロマンのブレーン、髙比良くるまがM-1グランプリと寄席について考察した一冊。
 正直言って読みにくい。一人語りがほとんどであるし、彷徨う思考そのままが文字となって書かれているため、作者が何を言いたいのだろうと戸惑うこと数知れず。それでも読んでいくうちに、ああ、こういうことを言いたかったのかとわかるようにはなる。そんな回りくどく考えんでも、とは思うけれど、逆にあちらこちらに飛びつつも、彼が求めたい答えに辿り着こうとする姿は、案外仕事でも使えるかもしれない、などと考えてしまった。
 それは抜きにしても、自分が王者になるよりも、M-1グランプリが面白ければそれでいい、という目標は、わかるようでわからない。大会全部のことを考えているわけではなく、M-1を好きだから、面白くしたい、というだけの思考にはついていけない。最後の対談で霜降り明星・粗品が「お笑いの悪魔に魂売ったんやな」と呆れかえるのもわかる気がする。「(テレビ出演を)基本的にはあまり出ないって感じにしていますね」もその一貫の流れなのかな、などと思っていたけれど、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』出演を見ると違うようだったので、ちょっと拍子抜けだった。
 ただ、色々と分析しているのだな、ということはわかる。ただ石田明がどちらかといえば評する側からの分析であるのに対し、くるまはプレイヤーとしての視点が強いように思える。箱根駅伝における青山学院大学の「原メソッド」と同じように、M-1に特化した「くるまメソッド」があるのだろう、多分。M-1を盛り上げるために、自分がどうあるべきか。そちらの視点を中心に据える漫才師は、なかなかいない。
 それと、寄席に対する考察も面白かった。寄席といっても「ルミネtheよしもと」「なんばグランド花月」などの劇場のことを指している。個人的に寄席というと「鈴本演芸場」などのように落語や講談、浪曲が中心のところと思っていたのだが、関西の若手漫才師の感覚では違うのかもしれない。それはともかく、東西の笑いの違いだけでなく、南北も入れるところが新しかった。ボケ主導でボケが客席に向き合う「東」。ツッコミ主導でコンビがたがいに向き合う「西」。ボケ主導でツッコミが客席に向かう「南」。ボケ主導でコンビが互いに向かう「北」。実際の漫才師を例にとって分析するところは、本作の真骨頂だろう。
 くるまが何を言いたいのかわからなかった人も、粗品とくるまの対談で多くがわかりやすく言語化される。読んでいてなるほど、と思い当たるところも多いはずだ。それにしても粗品もくるまもお笑いモンスターだね。問題はどんどん深く沈んでいくと、一般の人が付いていけなくなることなんだが、多分その辺も彼らの頭の中には入っているのだろう。
 漫才がどんどんマニアック化していくのではないかと危惧しそうな一冊ではあるが、そんなことは承知の上なのだろう。多分漫才が一部のマニアの物になりそうになったら、自らの手で揺り返しを起こそうとするはずだ。「ラストイヤーまではまだ8年あるんで、「いつ出てくるんだろう」っていう恐怖で市民を怯え上がらせようかと」とくるまはM-1グランプリ2024で史上初の連覇を果たしたときの記者会見で話していたが、おそらくM-1が、そして漫才界が硬直したときに全てを壊しにかかるだろう。

 実は正月に買ってすぐに読み終わっていたのだが、他作品を先行してアップしているうちに例の騒動が起きたのでなんとなくアップを控えていたら、くるまが吉本興業退所。うーん、これから令和ロマンはどうなるのだろう。

二礼樹『リストランテ・ヴァンピーリ』(新潮社)

 銀翼戦争で36人も殺したオズヴァルドは、いまは会員制の「高級料理店」で解体師として働かされている。食材が入った棺を開けると、金髪のルカが碧い瞳をひ開いた。瞬間、喰われた。助かるためには、ルカの双子の妹アンナの地が必要だ。しかし、彼女は何者かに攫われて行方知れず。アンナの行方を追うオズヴァルドとルカは、元王女で殺し屋のエヴェリスと共に、闇の世界を駆ける!(帯より引用)
 2024年、「悪徳を喰らう」で第11回新潮ミステリー大賞受賞。改題、加筆修正の上、2025年3月、新潮社より単行本刊行。

 作者の二礼(にれ)(いつき)は1997年生まれで、現在はシステムエンジニア。26歳受賞か、若い。
 なんとなくロシア・ウクライナ戦争を思い浮かべるような戦争が発端となり、31年も続いた銀翼戦争。戦争中、36人を殺した殺人鬼と噂されている元軍人のオズヴァルドは、戦争終結4年後の今は、イタリアのリストランテ〈オンブレッロ〉の解体師として働かされている。〈オンブレッロ〉は表面上は会員制の高級店であるが、実際は悪趣味な貴族や鼻持ちならない成金が集まる店であり、裏では政治家やマフィアなどが関係を持つ「晩餐会」を催している。手違いで届いた木製の箱に入った“食材”を、緊急開催の晩餐会で解体することになったオズヴァルドは、準備をしようと冷凍庫で箱を開けると、中から出てきた金髪の若い男に首筋を噛まれた。ここ1か月、街で首を搔き切られて大量の血を失った人間が大量に発見され、吸血鬼の仕業かと騒がれていた。闇医者イーヅァ・フーの家で目覚めたオズヴァルドは、吸血鬼ルカに噛まれたため一週間で死ぬことを告げられる。一緒にいたルカが教えた助かる方法は、ルカの双子の妹アンナの血を飲むこと。ルカに攫われたアンナを一緒に探してほしいと頼まれたオズヴァルドは、4歳下の料理長マウリツィオや〈オンブレッロ〉菓子職人ソニアの協力を得、元王での白髪の殺し屋エヴェリスと共に闇社会を駆け巡る。
 世界三大モンスターの一つ、吸血鬼。その特殊設定から様々な物語が生まれている。今じゃ、ホームズがヴァンパイアになるぐらいだ(『ヴァンデッド』)。手垢がつきすぎた題材だと思っているので、いったいこれをどうミステリに取り入れるのかと思っていたのだが……。
 世界戦争から4年後の世界、マフィアをはじめとした闇組織ばかりの社会、人肉料理を解体しながら料理するリストランテ。これだけでもとんでもない設定だが、出てくる登場人物も危険極まりない。殺し屋エヴァリスは15歳のときに悪逆非道な祖父の国王を殺し、王位継承を拒否してマフィア〈ザイオン〉に入って町一番の殺し屋担ったという設定。他にも国内最大の航空会社〈ファルファッラ航空〉の経営者で“魔女”と呼ばれているビアンカ。そのビアンカの命令なら何でもする双子キャンディとテディ。
 近未来の異様な舞台と個性的すぎるキャラクターがストーリーとマッチしているところがお見事。さらに二人称で読者に呼び掛ける構成もうまい。それに吸血鬼という設定をうまく生かした謎と解決もよくできている。
 この世界観を成立させただけでポイントが高いが、ファンタジー要素と謎解きをうまく絡めているアイディアが面白い。これは選考委員が高評価なのもうなずける。これでもう少し書き込みがあったらと思うところがないでもないが、新人作家としては上出来の部類だろう。

浅暮三文『ダブ(エ)ストン街道』(講談社文庫)

 あの、すみません。道をお尋ねしたいんですがダブ(エ)ストンって、どっちですか?実は恋人が迷い込んじゃって……。世界中の図書館で調べても、よく分からないんです。どうも謎の土地らしくて。彼女、ひどい夢遊病だから、早くなんとかしないと。え?この本に書いてある?! あ、申し遅れました、私、ケンといいます。後の詳しい事情は本を読んどいてください。それじゃ、サンキュ、グラッチェ、謝々。「今、行くよ、タニヤ!」(粗筋紹介より引用)
 1998年、第8回メフィスト賞受賞。1998年、講談社より単行本刊行。2003年10月、文庫化。

 初期メフィスト賞の読み残し。ミステリじゃなかったので手に取る気がなかなか起きなかったのだが、コンプリートしたくて読むことにした。
 愛するタニヤから迷ったので助けてほしいという手紙を受け取り、ケン(吉田健二)はダブ(エ)ストンへ向かう。ダブ(エ)ストンとは、「大英博物館で調べつくしても、ほとんど見当のつかなかったあの謎の島、地上最後の謎の大地といわれるダブ(エ)ストン。赤道の彼方、南回帰線のまだ南、南米大陸とオーストラリアの間のどこかにあるとだけ伝えられている、ダブ(エ)ストン」とある。なんとかダブ(エ)ストンまで辿り着いたケンだったが、不思議な場所で不思議な人たちと出会い、不思議なことに遭遇するケン。無事にタニヤを探し出すことができるか。
 いやあ、ファンタジーと言えばファンタジーなのだが、この奇妙な世界観に全くついていけない。行き当たりばったりなのか、それとも緻密な計算なのかはわからないが、作者の頭の中でどう整理されているんだろうと不思議に思われるエピソードの数々。はっきり言って苦手だったな、これは。それ以外、言いようがない。
 よく考えてまとめたな、とは思うけれど、楽しめなかったのは自分の嗜好としか言いようがない。読み終わっても疲れたという印象しかない。

S・A・コスビー『闇より暗き我が祈り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ヴァージニア州の田舎町で葬儀社に勤めるネイサンは、イーソー牧師殺害事件の調査を信徒から依頼される。腐敗した保安官事務所があてにならないからだ。調査のなかで次第に、牧師に裏の顔があったことが判明する。有権者やギャングからの多額の寄付は何を意味するのか。町を支配する暴力から目を背ける神と保安官に代わり、自分の力だけで解決しようとネイサンは決意するが……現代ノワール小説の俊英の鮮烈なデビュー作(粗筋紹介より引用)
 2020年刊行。2025年2月、邦訳刊行。

 邦訳過去三作がいずれも高評価であるS・A・コスビーのデビュー作。ハーパーBOOKSではなくてハヤカワ・ミステリ文庫からの出版というのは理由があるのだろうか。訳者は同じだけど。
 処女作も後の作品と同じく、ヴァージニア州が舞台。ただその後の作品と比べるとジョークやワイズクラック(気の利いた言い回し)が多く、やや軽めに感じた。これは主人公が青年ということもあるかな。友人たち、特に犯罪者であるスカンクとのやり取りも面白いし、どことなく現代的な明るさを感じる。
 一方、アメリカ南部ならではの人種差別、白人と黒人の対立、そして家族がテーマとなっている点については後の作品と同じ。処女作がそのままコスビーの作風の原点となっている。今までの読者も読んで違和感は抱かないだろう。それにしてもアメリカの保安官ってこんなに腐っているのかと思うと、怖いね。
 主人公のネイサンは今でこそ従兄弟が経営する葬儀社に勤めているが、5年前までは保安官事務所にいた保安官補。そしてその前は海兵隊所属ということで、格闘シーンの暴れっぷりが楽しい。どうせだったら腐ったアメリカ社会もぶった切ってほしかったけれど、さすがにそこまで行くと荒唐無稽になっちまうか。
 心の奥底に潜んだ怒りと憎しみがちょっとだけ少ない分、その後の作品に比べれば甘さを感じる。それにノワールの定型通りの展開なのがちょっと残念ではあるが、コスビー節は十分に楽しめる。個人的には、これぐらいの方が読み易い。なんで今まで邦訳されなかったんだろう。

有栖川有栖『砂男』(文春文庫)

 都市伝説“砂男”を調べていた学者が刺殺された。死体にはなぜか砂時計の砂が撒かれていて……。奇怪な殺人事件に火村とアリスが挑む表題作など、これまで雑誌掲載のみとなっていた幻の〈火村シリーズ〉2作をはじめ、〈江神シリーズ〉やノンシリーズの貴重な作品6編が一冊に! ファン垂涎のミステリ6編。(粗筋紹介より引用)
 1997年~2023年に掲載された単行本未収録短編6編を纏め、2025年1月刊行。

 女性三人組の学生アマチュアロックバンド・アーカムハウスの三人、戸間椎奈、小峰美音子、庄野茉央と、オリジナル曲の作詞担当である三津木宗義。椎奈と三津木が親密になり、かんけいがぎくしゃくした状態で開かれたコンパ。場所は美音子の家の敷地にぽつんと建つ離れ。美音子は亡くなった祖父から、離れの中で決して眠ってはいけない、お化けが出ると約束させられていた。そこでコンパ終了後、三津木にそこで泊まって寝てもらい、本当にお化けが出るかどうか確認しようというのだ。そして当日夜、コンパはお開きになり、三人は扉を三か所粘着テープで張ってサインをした。窓には鉄格子があるので、抜け出すことは不可能。そして翌朝、テープをはがして中に入ると、起きてきた三津木の頬には猫に爪で掻かれたような傷があった。密室事件に江神二郎が挑む。「女か猫か」。
 推理研の望月と織田が居酒屋で食事中、隣にやってきたのはパズル研究会の男女五人だった。いつの間にか談笑していた七人であったが、そのうちにパズル研副会長の北条博恵から論理パズルの問題を出される。その場で解けなかった望月と織田は、アリス、マリア、そして江神に助けを求める。「推理研VSパズル研」。
 編集者の西川明夏(あきな)がベテランミステリ作家刑部(おさかべ)慶之助の自宅へ行くと、刑部が時間を1時間間違えていたようで、仕方なく応接室で待っていた。すると向かいの部屋から刑部が、一年前からいる内弟子の御堂(みどう)清雅(せいが)にレクチャーをしていた。内容が興味深く、明夏は聞き入ってしまう。「ミステリ作家とその弟子」。
 有栖川有栖が東方新聞社社会部の因幡丈一郎から聞いたのは、一週間前に南港から飛び込んで死んだ23歳の男の話。状況からは自殺らしいが動機が見当たらない。前日に一緒に酒を飲んだ友人に語ったのが、昭和の名曲から取った「海より深い川」。火村英生がフィールドワーク中だったのは、北港で海に浮かんでいた女性の他殺死体。捜索願が出ていた女性の情報が入ったが、身長が違い過ぎて別人と判明。事件当日、女性の部屋で男女4人の言い争いを隣人が聞いていたが、その時に出てきたフレーズが男の声で「海より深い川」だった。しかし二人に接点が見つからない。「海より深い川」。
 都市伝説の調査研究をしている摂津大学社会学部の小坂部冬彦助教授が、亭塚山(てづかやま)の自宅で殺害された。死亡推定時刻は午後十一から午前三時。発見者は、午後二時に約束があった甥の由利卓矢。死体にはなぜか、部屋にあった砂時計の砂が振り撒かれていた。それをきいた有栖川は、最近小学生の間で流行っている砂男の接点があるのではないかと火村や船曳警部に話す。「砂男」。
 商店街の中ほどにあって繁昌していた占いの館の女性オーナーが引退して店を閉め、失業してブラブラしている28歳の孫・樋間(ひま)直人(なおと)にただで貸したところ、開業したのが「街角探偵社」。「小さな謎、解きます。お気軽にご相談ください」とドアに呼び込みを書いたところ、便利屋扱いされた依頼が次々と舞い込む。「小さな謎、解きます」。

 この短編集が編まれた経緯は「あとがき」に書かれている。「女か猫か」「推理研VSパズル研」は江神二郎シリーズの短編。「女か猫か」はタイトルこそ「女か虎か」から採られているが、中身は一応密室もの。まあ、箸休めみたいな内容で、シリーズキャラクターを楽しむ作品。「推理研VSパズル研」は実在のパズルを題材としているが、なんか推理研の酔っ払いが夜中で延々と盛り上がっていそうな内容。こんなのでお茶を濁さず、早く長編を書いていくれ。
 「ミステリ作家とその弟子」は有りがちな設定とストーリー。まあ、無難に読めるということは間違いない。
 「海より深い川」と「砂男」は火村英生シリーズ。「海より深い川」は法律が改正されて古びてしまったから今まで収録しなかったとあるが、ワンアイディアから意外なストーリーが組みあがっていて面白い。「砂男」は連載物で長編化を予定していた中編。たしかにこのままだと、後から出てくる重要人物や結末の描き方に説明不足なところが多く、物足りない。これは長編で読んでみたかった。
 「小さな謎、解きます」はJTのウェブサイトに六回に分けて掲載された小品。職人技と言える作品だが、できればもう少し書いてほしかった気もする。このままで終わるにはちょっと惜しい。個人的には、これがこの短編集のベスト。
 有栖川有栖の職人技とキャラクターを満喫できる作品集であるし、幻の「砂男」を読めるという意味ではファンお待ちかねというべき一冊である。ファン以外でも退屈せずに読めるだろう。

ミシェル・ビュッシ『誰が星の王子さまを殺したのか?』(集英社文庫)

「サン=テグジュペリの死の謎を解いてほしい」 カメルーン人の億万長者から依頼を受けた飛行機整備士ヌヴァンと見習い探偵アンディは、世界中に散るサン=テグジュペリの熱烈な信奉者で構成されたクラブ612のメンバーを順番に訪ね、意見を聞くことに。だが二人が面会したメンバーは、後に次々と不審な死を遂げて……。フランス・ミステリー界の巨匠が『星の王子さま』の隠された暗号に挑む!(粗筋紹介より引用)
 2021年、フランスで発表。2025年2月、邦訳刊行。

 フランスの人気作家、ビュッシが『星の王子さま』の謎、そして地中海上空で消息を絶ったサン=テグジュベリの謎に挑む話。私は『星の王子さま』を読んでいないので大丈夫かなと思ったら、不安的中。
 確かに登場人物のアンディやその他の人物が『星の王子さま』のことをヌヴァンにレクチャーしてくれるので、何も知らない読者にもわかるようにはなっている。ただ、『星の王子さま』に心酔し、深く携わってきた人物ばかりが登場するので、正直言って白けてしまった。申し訳ないけれど、途中からどうでもいいや、という感じになり、話に没頭できなかった。謎解きされても、もはやああそうなんだ、という程度のレベルでしかない。一応歴史ミステリだし、個人的には好きなジャンルのはずなんだけどね。
 ということで、苦痛な状態で読んだ、というだけ。いい読者じゃありません。やはり『星の王子さま』を読んでから、この作品を読んだ方がいいです。『恐るべき太陽』が良かったので次作も手に取りましたが、失敗でした。
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