山口雅也編『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』(角川文庫)
本格ミステリの華・密室トリック。国内・海外の巨匠が執筆した、意外な謎と解決が冴える傑作短編。そして伝説の名作、フランク・R・ストックトンの「女か虎か」をはじめとする「謎物語(リドル・ストーリー)」の数々――。
本格ミステリ界きっての博識を誇る作家・山口雅也が初めて編纂したミステリ・アンソロジー。入門者からマニアまで、全ての読者を驚かせ、満足させる必読の一冊!(粗筋紹介より引用)
「Intro. ―我がアンソロジスト事始」。本書の場合、「本格ミステリ」という縛りを、できるだけ広義に解釈すると説明がある。
「意外な謎と意外な解決の饗宴」は、舞台や世界作り、解決の意外性など、様々な「意外性」に特化した作品を収録。ジェイムズ・パウエル「道化の町」、坂口安吾「ああ無情」、星新一「足あとのなぞ」、P・D・ジェイムズ「大叔母さんの蠅取り紙」、アーサー・ポージス「イギリス寒村の謎」。
「ミステリ漫画の競演」は、有栖川有栖のアンソロジーに漫画作品が収録されたことが嬉しかったので、自らもこのパートを設けたとのこと。高信太郎「《コーシン・ミステリイ》より」 Zの悲劇、僧正殺人事件、グリーン家殺人事件。山上たつひこ「〆切だからミステリーでも勉強しよう」。
「「謎」小説の饗宴」はその名の通り、リドル・ストーリーのパート。フランク・R・ストックトン「女か虎か」「三日月刀の促進士」、クリーヴランド・モフェット「謎のカード」、エドワード・D・ホック「謎のカード事件」、ハル・エルスン「最後の答」。
「幻の作家たちの競演」もその名の通り。乾敦「ファレサイ島の奇跡」、宮原龍雄「新納の棺」
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「密室の競演I(最後の密室)」は究極の密室アイディアが示されたもの。スティーヴン・バー「最後で最高の密室」、土屋隆夫「密室学入門 最期の密室」。
「密室の競演II(密室の未来)」は、あえてSFが本業の二大巨匠による密室物の未来を占うような作品を集めた。アイザック・アシモフ「真鍮色の密室」、J・G・バラード「マイナス 1」。
2012年12月、刊行。
道化師たちと、最近はパントマイマーだけが住むクラウンタウン。配達係は、バンコ道化師の誕生日に送られてきたカスタード・パイを、クラウンタウンの規則よろしく、顔に投げつけた。バンコはクリームを舐めた後、パイを食べ始めるごちそうさまギャグをやったのだが、パイに毒が入っていたのでそのまま死んでしまった。ジェイムズ・パウエル「道化の町」。設定は面白いが、設定だけという気がしなくもない。
モーロー車夫の捨吉は本郷真砂町にある貿易商・中橋英太郎の別荘にある行李を受け取り、浜町河岸の中橋本宅へ届けるという仕事を二円で引き受けた。捨吉は中身を見ていざとなったら頂戴しようと目論み、自宅で酒を飲みながら行李を開けると、中にあったのは女の無残な他殺死体。慌てて捨てようとして警察に捕まり、捨吉の仕業で捜査が終わるかと思ったら、被害者が中橋の妾のヒサであることが判明。結城新十郎が警察ともに捜査に乗りだす。「ああ無常」。『明治開化 安吾捕物帖』第4話。複雑すぎる人間関係が面白いものの、解決部分が駆け足なのは残念。それにしても、探偵役が二人しかいないのに多重解決物と言っていいのだろうか。
エヌ氏の家に泥棒が入り、エヌ氏を縛り上げ、室内を荒らして逃走。ようやく縄を解いたエヌ氏は私立探偵のおれを呼んだ。窓から逃げた泥棒の足跡は、雪が積もった庭の途中で消えていた。星新一「足あとのなぞ」。作者はそこまで考えてはいなかったと思うのだが、雪の足跡トリックをこれだけ絡めたショートショートが凄い。これは本格ミステリファンなら読んだ方がいい。
大聖堂参事会員ヒューバート・ボクスデイルは大叔母のアリーが亡くなり、約八万ポンドの遺産を相続することになった。しかしその金は、67年前にアリーがヒ素で初老の夫を毒殺してせしめたものかもしれない。当時の裁判で無罪を言い渡されたとはいえ、もし不正な手段で受け取っていたのなら喜んで受け取る気にならない。アダム・ダルグリーシュ警部は名付け親であるダルグリーンの求めに応じ、当時の裁判の再調査に挑む。P・D・ジェイムズ「大叔母さんの蠅取り紙」。ジェイムズの短編を読むのは初めて。長編とは異なる意外な本格ミステリの冴えであり、この路線を長編でも書いてほしかったところである。
イギリスで一番小さな村である“御臨終村”で連続殺人事件が発生。人口14人のうち既に12人が殺害されていた。ノース総監に責められたイースト警部は、有名なアメリカ人探偵セロリイ・グリーンに解決を依頼する。アーサー・ポージス「イギリス寒村の謎」。クイーンのパロディものだが、実はシリーズになっている。はっきり言って馬鹿馬鹿しく、アンソロジーに入れる価値があったかどうか疑問。
高信太郎「《コーシン・ミステリイ》より」、Zの悲劇、僧正殺人事件、グリーン家殺人事件。まあ馬鹿馬鹿しいと言ってしまえばそれまでなのだが、このナンセンスさがこの人の持ち味。
山上たつひこ「〆切だからミステリーでも勉強しよう」。孤島での連続殺人事件ものだが、途中でオチが見えちゃったのが残念。まあ、ギャグマンガだし。
1882年に発表された、あまりにも有名なリドル・ストーリーの代表作。フランク・R・ストックトン「女か虎か」。闘技場の扉の向こうに居るのは女か虎か、というストーリーは知っていても、作品を通して読んだ人は案外少ないのではないかと思われる一編。今読んでも色あせることのない傑作。
「女か虎か」の日、遠い国から来ていた男が闘技場にいたが、恐ろしさのあまりに結果を見ず逃げ帰ってしまった。結果が気になったため1年後、遠い国から五人の代表者がやって来て、高官に結末を尋ねた。「女か虎か」の続編となるフランク・R・ストックトン「三日月刀の促進士」。これは「女か虎か」とセットで読むと、面白さが、いやもやもやが倍増する。
ニューヨークの住人リチャード・バーウェルはパリに来て芝居を見ていたが、一人の美しい女性が一枚のカードをテーブルに置いていった。リチャードはフランス語がわからなかったので、何が書いてあるか教えてほしいと尋ねるのだが、そのカードを見た人々から次々に理不尽な行為を受ける羽目に。クリーヴランド・モフェット「謎のカード」。リドル・ストーリーの古典三大名作の一つ(残りは「女か虎か」とマーク・トゥエイン「恐ろしい中世のロマンス」)。これも名作中の名作。整合性のある答えが導き出せないところが恐ろしい。
友人の娘であい、大学生兼モデルのジェンマ・マローンと久しぶりに再会したジュフリー・ランド。ジェンマはパリのカフェでいきなり前に座った男から、フランス語で書かれたカードを渡される。フランス語がわからないジェンマはホテルの支配人に読んでもらおうとカードを見せると、いきなりホテルを出て行けと告げる。次々と理不尽な目に遭い、最後には逮捕されてしまう。何とか釈放され、帰ってきた。相談されたジュフリーは、ジェンマと一緒にカードが置いてあるアパートへ向かったが、そこでカードを渡した男と遭遇。追いかけて摑まえるも、男は死んでしまった。エドワード・D・ホック「謎のカード事件」。シリーズキャラクターであるイギリス諜報機関暗号通信部《ダブル=C》の部長である暗号の専門家ジュフリー・ランドが登場する一編で、「謎のカード」のオマージュ。こういう解決手段もあるか、と思わせる職人技の一作。
ストリックランドはバーでハイボールを飲んだ後、残した仕事をするために夜の十二時半に会社のあるビルに戻ってきた。そこにいたエレベーター係に聞かれたので、十三階と答える。エレベーターは目的の場所で止まったが、エレベータ係は「自由とドレイ的束縛と、どちらをえらびます?」と質問された。自由とストリックランドが答えると、その通りですとエレベーターを開けた。ハル・エルスン「最後の答」。最後まで読むと、作者に化かされている気分になる話。
ブラウン神父と友人のフランボウは、貿易商のブルーム氏とともにファレサイ島へやってきた。そこには一人のイギリス人の退役軍人・シュルツ少佐が住んでいた。砂金を求め、一部隊分の武器と弾薬をもって、原住民のサリサリ族と反目しあっていた。シュルツ少佐は、崖に挟まれた河の真ん中の小島にある二十五フィートの要塞化した塔に住んでいた。サリサリ族の祭りの朝、シュルツ少佐の塔の上にある寝起きしている小屋が無くなり、河面と接した茂みの中にバラバラになったシュルツ少佐が発見された。乾敦「ファレサイ島の奇跡」。作者は山口雅也のミステリ研の友人。ブラウン神父のパスティーシュであり、超神秘的な不可解な事件に真っ向から挑んだその姿勢は高く買われてもいい。ただ、アマチュアの作品だなという雰囲気は漂ってくる。
博多で大きな洋裁店を開いている中年夫人・新納ツタ子が列車の中で毒殺された。たまたま一緒のボックスになった他の子供を除く三人に聞くと、S駅の名物の柿羊羹をたくさん買い、おすそ分けしながら食べ、話している途中で苦しみだしたという。同じ包みから刻んで食べた他の人たちに異常はないし、そもそも食べて一時間もたってから青酸カリの効果が表れるというのもおかしい。新納家では四人兄弟のうち一郎と二郎がわずか一週間の間に脳溢血で亡くなっていた。どちらも正規の死亡診断によるもので、すでに火葬されていた。一郎の財産のうち、固定資産と保険金五百万円が美代子夫人に、一千万円の財産は兄弟に分けられることとなっていたので、唯一生き残っている三郎が全てを譲り受けることとなった。「和製メーグレ」こと満城警部補が事件の謎に挑む。宮原龍雄「新納の棺」。本格ミステリファンには有名なアマチュア作家。これは見事。思わず喝采を挙げそうになった。毒殺トリックは大したことはないが、事件の全貌に隠されたトリックがうまい。プロットとトリックが綺麗に組み合わさった傑作。
探検家のペトラス・デンダーは二階の寝室にある自らのベッドの上で、首を切断されて殺された。犯人は、デンダーを憎み、精神科医にかかっているただ一人の同居人、息子のジョナサンであることは間違いなかった。セントラルヒーティングから防熱窓、水冷式の屋根から地下焼却炉にいたるまであらゆる近代設備がそろっていた屋敷は、全て内側から閂と鍵がかかっていた。デンダーを切断した斧は、地下室から発見された。そしてジョナサンはどこにもいなかった。スティーヴン・バー「最後で最高の密室」。藤原宰太郎の推理クイズ本でよく出てくる、“最後の究極の密室殺人”。一応伏線は全部張っているんだな。常軌を逸したトリックではあるが、殺人者なんてみんな常軌を逸しているか。
推理文壇きっての変わり者である岸辺流砂は、完全防音、窓一つない完全密室状態の書斎を建てた。週刊ミステリーの佐田は注文していた原稿をもらったが、酒を飲むうちに密室談義となった。土屋隆夫「密室学入門―最後の密室」。確かに“最後の密室”にふさわしい作品。密室物のアンソロジーにも取り上げられている。土屋らしからぬユーモアあふれた佳作。
恋人と別れたイジドー・ウェルビーが悪魔と契約を結んだのは十年前。それからは自分の望む方向へ進み、幸せな生活を送ってきた。そして今日、ウェルビーは寝室ではなく、しごく堅固な、おそろしいブロンズの小部屋に、悪魔と二人きりでいた。契約書によるテスト、それはこの部屋から出ていけるかどうか。出ていければ地獄の幹部要員になれるが、出ていけなければ魂を失うこととなる。アイザック・アシモフ「真鍮色の密室」。悪魔の契約と密室脱出を掛け合わせた作品。SFらしいオチだが、読み終わって楽しいかどうかと言われると別問題で、切れ味が鈍くて今一つだった。
グリーン・ヒル精神病院の患者であるジェームズ・ヒントンが脱走した。病院からの初めての脱走で、敷地内には当然おらず、手がかり一つ残さず、脱走経路もわからない。院長であるメリンジャー博士やスタッフのイライラは募るばかり。12時間以上も野放しになり、警察に通報していないことが明らかになったら、世間からの非難は間違いない。J・G・バラード「マイナス 1」。密室状況からの人間消失ものだが、何だ、この解決は。ミステリでも、SFでもない。山口雅也の前向上を読んでも、なぜこの作品を収録したのかがわからない。
「本格ミステリ・アンソロジー」と言いながら、本格ミステリではない作品も収録しているところが、さすがひねくれ者(勝手に決めつけて申し訳ない)の山口雅也。ある意味、この人らしいセレクションだな、と思ってしまう。収録自体は嬉しいのだが、リドル・ストーリーって本格ミステリじゃないだろう。この人の欠点は、自身が面白がっているところが他人には伝わりにくいところじゃないかな。この人のセレクションがなかなか売れないのは、その欠点が前面に出てくるからだと思う。
まあ、めったに読むことができなさそうな作品ばかりをセレクトしてくれたのは、嬉しいといえば嬉しい。トリックしか知らなかった「最後で最高の密室」なんて、こんなアンソロジーでもなければ収録されなかっただろう。「「謎」小説の饗宴」の最後に「読者の解答欄」という白紙のページを作る洒落っ気も嬉しい。
なお巻末にある出展一覧の中に「世界最強の仕立屋」という作品が二番目に載っている。ところがこの作品は収録されていない。『ミステリマガジン』1974年1月号に掲載されたこの作品の著者はマイクル・クライトン。山口雅也自身が「出版間際になって版権が取れないことが判明」と答えている。残念。
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