深木章子『欺瞞の殺意』(角川文庫)
地方の資産家・楡家の当主が64歳で急追。屋敷で行われた身内しかいない法要で、長女と孫が死亡。長女の婿養子である弁護士のポケットからヒ素の付いたチョコレートの銀紙が発見された。自白して無期懲役となった元弁護士は、事件関係者と往復書簡を交わすことに。「僕は犯人ではありません」。書簡の中で繰り広げられる「毒入りチョコレート」の真犯人をめぐる推理合戦。やがて真相が思わぬ方向へ――。(粗筋紹介より引用)
2020年2月、原書房のミステリー・リーグより書下ろし刊行。加筆修正のうえ、2023年2月、角川文庫化。
昭和41年7月、Q県福水市の名だたる資産家・楡家で、楡法務税務事務所の所長兼ベテラン市議会議員であった先代当主伊一郎の三十五日法要が営まれた。供養を終え、菩提寺の僧侶を送り出し、一同はダイニングルームで一息ついていた。運ばれてきたコーヒーを飲んだ伊一郎の長女・澤子が死亡。さらに別室で遊んでいた伊一郎の亡き長男の息子で、澤子の養子である芳雄がチョコレートを食べて死亡。どちらもヒ素による毒殺だった。澤子の夫であり、伊一郎の婿養子で法律税務事務所の所長弁護士である楡治重の背広のポケットからヒ素の付いたチョコレートの銀紙が発見された。当初は犯行を認めなかった治重であったが、不倫の現場を捉えた写真が発見されたこともあり、治重は同期の弁護士である岸上義之に伴われて出頭。犯行を認めたが、不倫相手と動機については詳細を語ろうとしなかった。治重は一審で無期懲役が言い渡され、控訴せず確定した。
平成20年、仮出所した治重は、楡家で生き残っていた二女の橙子に書簡を送る。そこには、自らは無罪であると訴えていた。
二人の往復書簡で、昭和41年の事件の深層に迫る推理が繰り広げられる。
バークリー『毒入りチョコレート事件』をオマージュした長編。舞台となった楡家の人間関係を構築するうえで、あえて昭和41年を事件の年に設定したのだろう。往復書簡による推理合戦は、直接意見を交わすよりもまどろっこしく感じるのだが、ここに作者の意図が隠されているのだから、その構成力には感心させられた。それでも犯人の動機については納得いかないところもあり、手放しで称賛できるほどではない。
それ以上に気になったのは、そもそもの設定で引っかかるところがあったことだ。物語とは直接関係がないといえばないのだが、作者は元弁護士なのだから、もうちょっと調べてほしかった。
最初に引っかかったのは、「求刑」に一切触れられていなかったこと。この起訴事実から考えると、この時代ならほぼ求刑は死刑だったはず。死刑におびえたなどという文章が繰り返し出てくるのだから、求刑について触れた方が、リアリティはより増していただろう。
その一方で、再審請求に賭けたというのがかなり疑問。今でもまだ「開かずの扉」である再審だが、昭和42年当時はさらにハードルが高く、請求が通る可能性はほぼ皆無と言っていい状況だったはず。「白鳥決定」が出るのは昭和50年だ。再審請求が通るなんて、しかも当事者であるはずの弁護士がそんなことを考えるのは理解できない。それでも、死刑は避けつつ無罪を訴えるには、どんなに細すぎる糸でもこの手段しかなかったのかもしれない。
そして最大の疑問点である。事件があった昭和42年当時といえば、無期懲役の仮出獄の平均年数はせいぜい16~18年ぐらいだ。早ければ15年未満でも仮出獄される。20年後の昭和62年でもそれほど状況は変わっていない。この時代は求刑死刑で一審死刑、二審無期懲役判決が出た受刑囚だって、20年前後で仮出獄している。
楡治重は模範囚であるし、当然前科もないであろう。岸上義之という身元引受人もいる。求刑が不明であるが、たとえ死刑であったとしても、どんなに遅くとも1990年ぐらいまでには仮出獄できたはずだ。なぜ40年も刑務所の中にいたのか、理解できない。
この点が引っ掛かり、もしかしたらそこに何かトリックがあるんじゃないか、とずっと思いながら読み続けてしまった。そんなことを考えるなんて馬鹿々々しい、と思う人がほとんどであろう。ただ、謀殺と故殺の違いを書くぐらいなら、それぐらい作者なら説明しないと駄目だろう、と私は思うのだ。
ホリー・ジャクソン『夜明けまでに誰かが』(創元推理文庫)
高校生のレッドは、キャンピングカーで友人3人、お目付け役の大学生2人と春休みの旅行に出かけていた。だが人里離れた場所で車がパンク。携帯の電話は届かない。そして何者かに狙撃され、残りのタイヤと燃料タンクを撃ち抜かれてしまう。午前零時、サイドミラーにかけられたトランシーバーで、狙撃者から連絡が。その人物は6人のうちのひとりが秘密をかかえている。命が惜しければそれを明かせと要求してきた。制限時間は夜明けまで。閉ざされた空間で展開される極限の探り合いと謎解き。『自由研究には向かない殺人』の著者の新たな傑作!(粗筋紹介より引用)
2022年発表。同年、クライムフェストアワードのYA部門でベストクライムフィクションに選ばれた。2025年7月、邦訳刊行。
「向かない三部作」で日本のミステリファンを喜ばせたホリー・ジャクソンの新作。人里離れた場所で何者かに狙撃された6人の若者が、キャンピングカーに閉じ込められる。狙撃者は6人のうちの誰かが抱えている秘密を明かさないと殺すと要求。制限時間は夜明けまで。
極限下で疑心暗鬼に陥る若者たちの、隠された過去と本性が次々と明らかになるストーリーがわかりやすくて秀逸。『自由研究には向かない殺人』からの著作郡でわかっていたが、日本のYA小説とは比べ物にならないぐらいハードな展開は、大人が読んでも結構きつい。特に後半、若者ならではの奢りと残酷さとひ弱さが交差する命がけの言い争いは、かつて若者だった大人たちの心も揺さぶるだろう。
脱出計画や秘密の告白、最後の謎解きなど、タイムリミットサスペンスにこれほどかというぐらい詰め込んだ作品。読者が登場人物に反感を抱かせる書きっぷりが本当に巧い。過去の作品群とは全く異なるサスペンスではあるが、読者を興奮させる読み応えは変わらない。特に後半から結末に向けての盛り上がりが最高。今年もベスト10に間違いなく入ってくるであろう。
阿津川辰海『最後のあいさつ』(光文社)
1995年3月20日、世田谷区に住む元女優の雪宗葵が殺された。通報したのは夫であり、国民的刑事ドラマ『左右田警部補』の主人公を演じる俳優・雪宗衛。駆け付けた警察官に衛は、「私が殺した」と告白した。午後9時に帰宅したが、葵と口論になり、揉み合っているうちに殺害してしまった。死体を無くそうと首をナイフで切断したものの、諦めて通報したものだった。しかも『左右田警部補』のW主演を務める俳優・吉上院崇と雪宗葵の不倫疑惑を追及しようと、週刊誌『芸能ポスト』の記者・井川毅は午後8時半から雪宗家を見張っており、事件が発覚するまで衛以外に誰も通らなかったと警察官に証言した。
衛は殺人罪で起訴。ファイナルシーズン『左右田警部補7』の最終回である「最後のあいさつ」は、放送直前にお蔵入りとなった。衛は殺人罪で起訴されるも、人権派の矢田部弁護士の力により、異例ではあるが保釈された。その日の緊急記者会見、衛は自らが無実であり、推理の結果、世間を騒がしている連続殺人鬼「流星4号」が犯人であると主張した。裁判で衛は無罪となったが、疑惑は晴れず俳優としての仕事はないままであった。
30年後、ドキュメントノベル『罪の足跡』で日本ミステリー作家協会賞を受賞した風見創は、同作品で協力してくれた幼馴染の記者・小田島一成から雪宗衛の事件を扱ってはどうかと資料を渡された。しかも6日前、すでに死刑執行された「流星4号」を名乗る者による殺人事件が起きていた。風見は小田島の協力で取材を進め、雪宗の真実に迫っていく。
『ジャーロ100』(2025年5月発売)掲載。加筆・修正のうえ、2025年8月刊行。
阿津川辰海の新作は、ドキュメントノベル風本格ミステリ。表紙が『相棒』らしきテレビ映像のイラストだし、『左右田警部補』のW主演も『相棒』みたいだなと思っていたら、参考文献に『相棒』関連本が並んでいたのにはちょっと笑ってしまった。
風見が真相を追う現代パートと、雪宗を主人公とする過去パートの章が交互に語られる。鮮烈な舞台設定と予測不能な展開が連続し、読者はページをめくる手を止めることができない。過去の作品と比べても、読者に違和感なく読ませる技術が非常に伸びている。読者からの指摘を受けないよう、色々調べているところにも共感が持てる。特に殺人事件で起訴された人物が保釈されるという通常ならあり得ない事態にも、2019年に実刑判決後の保釈事例まで調べていることには感心した(ちなみに1974年にも、殺人罪による一審判決後、控訴中に保釈された事例がある)。
ただ、現代パートが進むうちに展開がチープになっていくのは非常に残念だ。特に最後の事件の密室トリックは、実際に『相棒』で出てきたトリックのオマージュなのだろうか。一度も見ていないからわからないけれど。それはともかく、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」的な終わり方はどうなんだろう。言っちゃ悪いが、読者が最初に想像するであろう結末だ。確かに事件の辻褄をすべて合わせようとするならば、この結末しかないだろう。しかし、もっともがっかりする結末でもある。
阿津川辰海の読書日記を読むと、本当に様々なジャンルの作品を読んでいることがわかる。だからこそ、本作のような作品も書けるのであろう。ただその器用さと、本格ミステリとして矛盾なく終わらせようとする使命感が最後になって悪い方向に働いてしまい、ドキュメントノベルと本格ミステリを中途半端に混ぜ合わせて終わってしまったのは勿体ない。もっと意外な結末が欲しかった。
シェイマス・スミス『わが名はレッド』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
犯罪組織を裏で操る男レッド・ドック。幼いころ親に捨てられた彼と弟は、荒れた修道院で凄惨な少年期を送る。やがて弟は非業の死を遂げ、彼は誓った。俺の人生を破壊した奴らを皆あの世に送ってやる、と。20年後、レッドは誘拐した警官夫婦の赤子を利用し、親族への復讐を開始。誰も予想だにしなかった究極の犯罪計画がついに幕を開ける……。『Mr.クイン』でミステリ史を塗りかえた著者が放つ「史上最悪」の暗黒小説(粗筋紹介より引用)
2002年、発表。同年9月、邦訳刊行。
『Mr.クイン』でもうこの作者の作品を読むことはないだろう、と思っていたのだが、ダンボールの中に入っていたよ。うわーと思いつつ、ここまで来たら一緒だと思って手に取る。
レッド・ドックが犯罪プランナーである点は前作の主人公クインと変わらないが、本作のレッドは自ら犯行に手を染める。その分、より暗黒度が高まっている。さらにレッドの前に立ちはだかるのが、女性の死体でオブジェを作る切り裂き殺人鬼ピカソということで、より暗黒度が高まる。
物語はレッド、ピカソ、そしてレッドが20年前に誘拐したルシール・ケルズの三人の視点で動いていく。知らないうちにレッドの手先として操られるはずのルシールがピカソに誘拐されることで、残虐度がより高まっていく。読んでいるうちに、どんどん暗くなっていくぞ。おまけにレッドの計画が狂っていくうちにレッドもどんどんおかしくなっていくし。文体がじめじめしていないのが、余計に鋭く刺さってきてしんどい。
だけどアイルランドが抱える闇も重なっていく展開には巧さを感じた。その分が前作より読めたところかな。とはいえ、もう読む気は起きないな、この作者は。
織守きょうや『ライアーハウスの殺人』(集英社)
お嬢様・彩莉は転がり込んできた莫大な遺産で孤島にギミックつきの館を建設し、かつて自分の書いた小説を馬鹿にした相手を殺害しようと企てる。
「おまえらがバカにした私の考えたトリックで死ね」
嵐の気配が近づく中、ターゲットのミステリ愛好者たち(ショーゴ、詩音)、医療関係者(みくに)、刑事(矢頭)、霊能者(真波)、噓で雇われたメイド(アリカ)が館に集められ、金にものを言わせた自前のクローズドサークルが完成。有能メイド・葵の鬼のダメ出しの末、綿密に練られた復讐劇は、成功間違いなしと思われた。しかし、一夜明けると、彩莉が殺した覚えのない死体が転がっていた……。(帯より引用)
2025年7月、書下ろし刊行。
孤島に仕掛けだらけの洋館を立てるのはミステリファンなら一度は夢を見るかもしれないが、本当に殺人を企てる人がいるのかね、と問いたくなる。そこはまあ我慢しよう。それにしてもターゲットたちの素性ぐらい、もう少し調べるんじゃないかとはいいたくなる。いくら「全員嘘つき」とはいえ、余りにも脇が余すぎる。
主人公のお嬢様があまりにもポンコツで、読んでいる方もイライラしてくる。雇われる方も雇われる方で、少しは止めろよと言いたくなる。さらに言えば登場人物も首をひねるような行動をとるものが多く、特に犯人の動機についてはさすがに説明不足。
嵐でクローズドサークルの孤島の館を舞台にした連続殺人事件自体手垢の付いたものだし、トリックも容易に想像がつくもの。そしてトリックがわかれば動機を無視しても犯人がわかってしまう。まあ、だから探偵役もすぐに犯人にたどり着いたわけだが。登場人物が「嘘つき」ばかりなのも今更。どこを楽しめばいいんだろう、というぐらい新味がない。
古くなったり欠けてしまったりしたブロックを無理矢理つないで建ててみた、不格好で今にも倒れそうなおもちゃの家。そんな本格ミステリである。何を書きたかったんだ、作者は。
山口未桜『白魔の檻』(東京創元社)
研修医の春田芽衣は実習のため北海道へ行くことになり、過疎地医療協力で派遣される城崎と、温泉湖の近くにある山奥の病院へと向かう。ところが二人が辿り着いた直後、病院一帯は濃霧に覆われて誰も出入りができない状況になってしまう。そんな中、院内で病院スタッフが変死体となって発見される。さらに翌朝に発生した大地震の影響で、病院の周囲には硫化水素ガスが流れ込んでしまう。そして、霧とガスにより孤立した病院で不可能犯罪が発生して──。過疎地医療の現実と、災害下で患者を守り共に生き抜こうとする医療従事者たちの極限を描いた本格ミステリ。2025年本屋大賞ノミネートの『禁忌の子』に連なる、シリーズ第2弾。(粗筋紹介より引用)
2025年8月、書下ろし刊行。
第34回鮎川哲也賞『禁忌の子』が話題になった作者の第2作。本作も城崎響介が事件解決役を務める。
山奥の病院で濃霧に覆われ孤立した状態で、しかも大地震で硫化水素が病院に流れこんでくるというタイムリミットサスペンス。硫化水素というのはちょっと珍しいが、その点を除けば閉ざされた環境+刻一刻と近づく全滅の危険というよくある設定としか言いようがない。この状況下だと、誰がとかどうやってというよりも、なぜの方に意識が捉われてしまうのだが、残念ながら動機の方はありきたりだった。そして「誰」も「どうやって」も、大して面白くない。最後に城崎が犯人と対峙して追いつめるロジックも、作り物めいて感心できない。
城崎の過去にちらっと触れたりとシリーズならではのエピソードもあるのだが、周りが初対面の人ばかりということもあり、城崎の冷静さばかりが目立って魅力が伝わってこない。
なんだ、こうやって不満ばかり書いてみると、前作の良さは何だったんだと思ってしまう。ストーリーは達者なんだが、材料の組み合わせが悪くては面白さにつながらない。現役の消化器内科医ならではの医療知識も、本作ではうまく溶け込んでいない。舞台作りに奇を衒いすぎた感がある。もう少し謎解きの方に力を入れてほしいものだ。
今回はシリーズ三作目の予告はなし。どこを舞台にしたらよいのか迷っているのかな、作者は。
ジョージェット・ヘイヤー『マシューズ家の毒』(創元推理文庫)
嫌われ者のグレゴリー・マシューズが突然死を遂げた。高血圧なのに油っこいカモ料理を食べたせいだと姉は主張するが、別の姉は検死をやるべきだと主張。すったものだの末に実施したところ、なんと死因はニコチン中毒で、他殺だったことが判明した。だが殺人の部屋はすでに掃除されており、ろくに証拠は残っていなかった。おかげでスコットランド・ヤードのハナサイド警視は、動機は山ほどあるのに、決め手が全くない事件に携わる羽目に……。巨匠セイヤーズが認めた実力派が練りに練った傑作本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
1936年、イギリスで発表。2012年3月、邦訳刊行。
『紳士と月夜の晒し台』に続くハナサイド警視シリーズ第2作。ジョージェット・ヘイヤーの作品を読むのは初めて。解説を読むと、イギリスではミステリ作家としてよりも歴史小説、ロマンス小説の作家として著名で、リージェンシー・ロマンス(英国の摂政(後のジョージ四世)時代 1811-1830年くらいまで)と呼ばれるジャンルの原型を作った作家とのこと。
ロマンス作家だからかどうかはわからないが、とにかく登場人物がやかましい(苦笑)。最初からあまりいい印象がないのに、さらにまあ喋る、喋る。さらに話はあっちこっちに飛ぶし、訊いているハナサイド警視たちが気の毒になってくる。
「セイヤーズが認めた」とあるけれど、なんかロマンス小説を書くためのスパイスとしてミステリ要素を入れているとしか思えない。元々誰が犯人かという点はどうでもいいや、というぐらい被害者には同情できない。そしてトリックがあるわけでもない。終盤で唐突なロマンスを見せられる。せめて最後はスカッと解決するかと思ったら、ハナサイド警視はいいところを持っていかれてしまう。うーん、本格ミステリへの皮肉なのか、これは。
まあロマンス小説の作家だし、そちら方面に力が入るのは仕方がないんだろう。退屈することはなかったし、読者を楽しませる力は凄いんだと思う。
坂崎かおる『箱庭クロニクル』(講談社)
彗星のように現れた天才が放つ、6つの幻想世界の最初の一文。
そこにひとつの戯画がある。家一軒ほどの大きさのタイプライターだ。「ベルを鳴らして」(日本推理作家協会賞短編部門受賞作)。
地獄はどこにでもある。内とか外とか関係ない。「イン・ザ・ヘブン」。
これは「バッグ・クロージャ―」これは「ランチャーム」これは「ポイ」。「名前をつけてやる」。
拝啓 盛夏の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。「あしながおばさん」。
ゾンビは治る。マツモトキヨシに薬が売ってる。「あたたかくもやわらかくもないそれ」。
水流は左に渦を巻いている。「渦とコリオリ」。
(以上、帯より引用)
『小説現代』『徳島新聞』2023~2024年掲載作品に書き下ろし2本を加え、2024年11月刊行。2024年、「ベルを鳴らして」で第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞。2025年、『箱庭クロニクル』で第46回吉川英治文学新人賞受賞。
SFや幻想小説を書く人だったよな、坂崎かおるって。それがなぜ日本推理作家協会賞? その疑問もあって購入。「ベルを鳴らして」は邦文タイプライターを教える中国人の先生と、それを習う女学生の戦前、戦中の話。その少女が戦争時、中国であることをしてしまったために……というストーリーである。実は2023年、第14回創元SF短編賞の最終候補作だった。その後『小説現代』2023年7月号に掲載された。
作者自身、受賞の言葉では「望外も望外、別の世界線に迷いこんでしまったような気分です」と書いている。選評を読んでも、判断に迷う人がいたようだ。とりあえず読んでみたが、うーん、どこがミステリなんだろう。選評でもあるが謎らしい謎はないし、合理性はないし、ファンタジーならではの結末をつけている。とはいえ『妄想銀行』や『日本沈没』も受賞しているし、力のある作品であることは確か。ジャンルレスの作品が受賞してもいいのかもしれない。
ただジャンルレスと書きながらこう書くのは変だが、自分的には苦手なジャンルだったし、面白くは読めなかった。それは他の作品でも同じ。読んでいてものれなかった。はっきり言って、この作品集の魅力がわからない。吉川英治文学新人賞を受賞しているのだから、世間的には評価されているのだろうが。
ジェフリー・ディーヴァー『スキン・コレクター』上下(文春文庫)
ニューヨークの地下で拉致された女性は毒の針で刺青を刻まれ、死亡していた。現場では、科学捜査の天才リンカーン・ライムが解決したボーン・コレクター事件に関する書籍の切れ端が発見された。殺人者はあの連続殺人犯の手口とライムの捜査術に学び、犯行に及んでいるのか? 現代最高のミステリー・シリーズを代表する傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
ニューヨークの地下迷宮で殺人を繰り返す犯人。毒針で被害者の皮膚に刻まれた謎の文字は何を意味するのか。次の殺人はどこで起きるのか。そして犯人の狙いは何か。やがて浮かび上がる二重三重に擬装された完全犯罪――。「このミステリーがすごい!」第1位に選ばれた、ドンデン返しの魔術師ディーヴァーの会心作。(下巻粗筋紹介より引用)
2014年発表。2015年10月、文藝春秋より単行本刊行。上下巻に分け、2018年12月、文庫化。
タイトルからして『ボーン・コレクター』に似ているので何らかの関係があるのかと思ったら、こう来ましたか。しかも『ボーン・コレクター』で誘拐されたパム・ウィロビーも大学生で登場するし。舞台設定は『ボーン・コレクター』より10年後。しかも前作『ウォッチメイカー』に登場した天才犯罪プランナー、リチャード・ローガンが刑務所で亡くなったという話も絡んでくるし。
相も変わらずのどんでん返しの連続だが、それ以上にライムと殺人者との一進一退の攻防に見応えがある。あまりにもスピーディー過ぎて、いつこの推論がなされたんだ、というぐらいの目まぐるしい展開である。だからこそ、ページの隅々まで見逃してはいけない。
シリーズを読んできた人でなくてはわからないことだらけかもしれないが、シリーズファンとしてはその完成度と構成力に満足する一冊。ディーヴァー、衰え知らず、といったところである。
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