シェイマス・スミス『わが名はレッド』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
犯罪組織を裏で操る男レッド・ドック。幼いころ親に捨てられた彼と弟は、荒れた修道院で凄惨な少年期を送る。やがて弟は非業の死を遂げ、彼は誓った。俺の人生を破壊した奴らを皆あの世に送ってやる、と。20年後、レッドは誘拐した警官夫婦の赤子を利用し、親族への復讐を開始。誰も予想だにしなかった究極の犯罪計画がついに幕を開ける……。『Mr.クイン』でミステリ史を塗りかえた著者が放つ「史上最悪」の暗黒小説(粗筋紹介より引用)
2002年、発表。同年9月、邦訳刊行。
『Mr.クイン』でもうこの作者の作品を読むことはないだろう、と思っていたのだが、ダンボールの中に入っていたよ。うわーと思いつつ、ここまで来たら一緒だと思って手に取る。
レッド・ドックが犯罪プランナーである点は前作の主人公クインと変わらないが、本作のレッドは自ら犯行に手を染める。その分、より暗黒度が高まっている。さらにレッドの前に立ちはだかるのが、女性の死体でオブジェを作る切り裂き殺人鬼ピカソということで、より暗黒度が高まる。
物語はレッド、ピカソ、そしてレッドが20年前に誘拐したルシール・ケルズの三人の視点で動いていく。知らないうちにレッドの手先として操られるはずのルシールがピカソに誘拐されることで、残虐度がより高まっていく。読んでいるうちに、どんどん暗くなっていくぞ。おまけにレッドの計画が狂っていくうちにレッドもどんどんおかしくなっていくし。文体がじめじめしていないのが、余計に鋭く刺さってきてしんどい。
だけどアイルランドが抱える闇も重なっていく展開には巧さを感じた。その分が前作より読めたところかな。とはいえ、もう読む気は起きないな、この作者は。
織守きょうや『ライアーハウスの殺人』(集英社)
お嬢様・彩莉は転がり込んできた莫大な遺産で孤島にギミックつきの館を建設し、かつて自分の書いた小説を馬鹿にした相手を殺害しようと企てる。
「おまえらがバカにした私の考えたトリックで死ね」
嵐の気配が近づく中、ターゲットのミステリ愛好者たち(ショーゴ、詩音)、医療関係者(みくに)、刑事(矢頭)、霊能者(真波)、噓で雇われたメイド(アリカ)が館に集められ、金にものを言わせた自前のクローズドサークルが完成。有能メイド・葵の鬼のダメ出しの末、綿密に練られた復讐劇は、成功間違いなしと思われた。しかし、一夜明けると、彩莉が殺した覚えのない死体が転がっていた……。(帯より引用)
2025年7月、書下ろし刊行。
孤島に仕掛けだらけの洋館を立てるのはミステリファンなら一度は夢を見るかもしれないが、本当に殺人を企てる人がいるのかね、と問いたくなる。そこはまあ我慢しよう。それにしてもターゲットたちの素性ぐらい、もう少し調べるんじゃないかとはいいたくなる。いくら「全員嘘つき」とはいえ、余りにも脇が余すぎる。
主人公のお嬢様があまりにもポンコツで、読んでいる方もイライラしてくる。雇われる方も雇われる方で、少しは止めろよと言いたくなる。さらに言えば登場人物も首をひねるような行動をとるものが多く、特に犯人の動機についてはさすがに説明不足。
嵐でクローズドサークルの孤島の館を舞台にした連続殺人事件自体手垢の付いたものだし、トリックも容易に想像がつくもの。そしてトリックがわかれば動機を無視しても犯人がわかってしまう。まあ、だから探偵役もすぐに犯人にたどり着いたわけだが。登場人物が「嘘つき」ばかりなのも今更。どこを楽しめばいいんだろう、というぐらい新味がない。
古くなったり欠けてしまったりしたブロックを無理矢理つないで建ててみた、不格好で今にも倒れそうなおもちゃの家。そんな本格ミステリである。何を書きたかったんだ、作者は。
山口未桜『白魔の檻』(東京創元社)
研修医の春田芽衣は実習のため北海道へ行くことになり、過疎地医療協力で派遣される城崎と、温泉湖の近くにある山奥の病院へと向かう。ところが二人が辿り着いた直後、病院一帯は濃霧に覆われて誰も出入りができない状況になってしまう。そんな中、院内で病院スタッフが変死体となって発見される。さらに翌朝に発生した大地震の影響で、病院の周囲には硫化水素ガスが流れ込んでしまう。そして、霧とガスにより孤立した病院で不可能犯罪が発生して──。過疎地医療の現実と、災害下で患者を守り共に生き抜こうとする医療従事者たちの極限を描いた本格ミステリ。2025年本屋大賞ノミネートの『禁忌の子』に連なる、シリーズ第2弾。(粗筋紹介より引用)
2025年8月、書下ろし刊行。
第34回鮎川哲也賞『禁忌の子』が話題になった作者の第2作。本作も城崎響介が事件解決役を務める。
山奥の病院で濃霧に覆われ孤立した状態で、しかも大地震で硫化水素が病院に流れこんでくるというタイムリミットサスペンス。硫化水素というのはちょっと珍しいが、その点を除けば閉ざされた環境+刻一刻と近づく全滅の危険というよくある設定としか言いようがない。この状況下だと、誰がとかどうやってというよりも、なぜの方に意識が捉われてしまうのだが、残念ながら動機の方はありきたりだった。そして「誰」も「どうやって」も、大して面白くない。最後に城崎が犯人と対峙して追いつめるロジックも、作り物めいて感心できない。
城崎の過去にちらっと触れたりとシリーズならではのエピソードもあるのだが、周りが初対面の人ばかりということもあり、城崎の冷静さばかりが目立って魅力が伝わってこない。
なんだ、こうやって不満ばかり書いてみると、前作の良さは何だったんだと思ってしまう。ストーリーは達者なんだが、材料の組み合わせが悪くては面白さにつながらない。現役の消化器内科医ならではの医療知識も、本作ではうまく溶け込んでいない。舞台作りに奇を衒いすぎた感がある。もう少し謎解きの方に力を入れてほしいものだ。
今回はシリーズ三作目の予告はなし。どこを舞台にしたらよいのか迷っているのかな、作者は。
ジョージェット・ヘイヤー『マシューズ家の毒』(創元推理文庫)
嫌われ者のグレゴリー・マシューズが突然死を遂げた。高血圧なのに油っこいカモ料理を食べたせいだと姉は主張するが、別の姉は検死をやるべきだと主張。すったものだの末に実施したところ、なんと死因はニコチン中毒で、他殺だったことが判明した。だが殺人の部屋はすでに掃除されており、ろくに証拠は残っていなかった。おかげでスコットランド・ヤードのハナサイド警視は、動機は山ほどあるのに、決め手が全くない事件に携わる羽目に……。巨匠セイヤーズが認めた実力派が練りに練った傑作本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
1936年、イギリスで発表。2012年3月、邦訳刊行。
『紳士と月夜の晒し台』に続くハナサイド警視シリーズ第2作。ジョージェット・ヘイヤーの作品を読むのは初めて。解説を読むと、イギリスではミステリ作家としてよりも歴史小説、ロマンス小説の作家として著名で、リージェンシー・ロマンス(英国の摂政(後のジョージ四世)時代 1811-1830年くらいまで)と呼ばれるジャンルの原型を作った作家とのこと。
ロマンス作家だからかどうかはわからないが、とにかく登場人物がやかましい(苦笑)。最初からあまりいい印象がないのに、さらにまあ喋る、喋る。さらに話はあっちこっちに飛ぶし、訊いているハナサイド警視たちが気の毒になってくる。
「セイヤーズが認めた」とあるけれど、なんかロマンス小説を書くためのスパイスとしてミステリ要素を入れているとしか思えない。元々誰が犯人かという点はどうでもいいや、というぐらい被害者には同情できない。そしてトリックがあるわけでもない。終盤で唐突なロマンスを見せられる。せめて最後はスカッと解決するかと思ったら、ハナサイド警視はいいところを持っていかれてしまう。うーん、本格ミステリへの皮肉なのか、これは。
まあロマンス小説の作家だし、そちら方面に力が入るのは仕方がないんだろう。退屈することはなかったし、読者を楽しませる力は凄いんだと思う。
坂崎かおる『箱庭クロニクル』(講談社)
彗星のように現れた天才が放つ、6つの幻想世界の最初の一文。
そこにひとつの戯画がある。家一軒ほどの大きさのタイプライターだ。「ベルを鳴らして」(日本推理作家協会賞短編部門受賞作)。
地獄はどこにでもある。内とか外とか関係ない。「イン・ザ・ヘブン」。
これは「バッグ・クロージャ―」これは「ランチャーム」これは「ポイ」。「名前をつけてやる」。
拝啓 盛夏の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。「あしながおばさん」。
ゾンビは治る。マツモトキヨシに薬が売ってる。「あたたかくもやわらかくもないそれ」。
水流は左に渦を巻いている。「渦とコリオリ」。
(以上、帯より引用)
『小説現代』『徳島新聞』2023~2024年掲載作品に書き下ろし2本を加え、2024年11月刊行。2024年、「ベルを鳴らして」で第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞。2025年、『箱庭クロニクル』で第46回吉川英治文学新人賞受賞。
SFや幻想小説を書く人だったよな、坂崎かおるって。それがなぜ日本推理作家協会賞? その疑問もあって購入。「ベルを鳴らして」は邦文タイプライターを教える中国人の先生と、それを習う女学生の戦前、戦中の話。その少女が戦争時、中国であることをしてしまったために……というストーリーである。実は2023年、第14回創元SF短編賞の最終候補作だった。その後『小説現代』2023年7月号に掲載された。
作者自身、受賞の言葉では「望外も望外、別の世界線に迷いこんでしまったような気分です」と書いている。選評を読んでも、判断に迷う人がいたようだ。とりあえず読んでみたが、うーん、どこがミステリなんだろう。選評でもあるが謎らしい謎はないし、合理性はないし、ファンタジーならではの結末をつけている。とはいえ『妄想銀行』や『日本沈没』も受賞しているし、力のある作品であることは確か。ジャンルレスの作品が受賞してもいいのかもしれない。
ただジャンルレスと書きながらこう書くのは変だが、自分的には苦手なジャンルだったし、面白くは読めなかった。それは他の作品でも同じ。読んでいてものれなかった。はっきり言って、この作品集の魅力がわからない。吉川英治文学新人賞を受賞しているのだから、世間的には評価されているのだろうが。
ジェフリー・ディーヴァー『スキン・コレクター』上下(文春文庫)
ニューヨークの地下で拉致された女性は毒の針で刺青を刻まれ、死亡していた。現場では、科学捜査の天才リンカーン・ライムが解決したボーン・コレクター事件に関する書籍の切れ端が発見された。殺人者はあの連続殺人犯の手口とライムの捜査術に学び、犯行に及んでいるのか? 現代最高のミステリー・シリーズを代表する傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
ニューヨークの地下迷宮で殺人を繰り返す犯人。毒針で被害者の皮膚に刻まれた謎の文字は何を意味するのか。次の殺人はどこで起きるのか。そして犯人の狙いは何か。やがて浮かび上がる二重三重に擬装された完全犯罪――。「このミステリーがすごい!」第1位に選ばれた、ドンデン返しの魔術師ディーヴァーの会心作。(下巻粗筋紹介より引用)
2014年発表。2015年10月、文藝春秋より単行本刊行。上下巻に分け、2018年12月、文庫化。
タイトルからして『ボーン・コレクター』に似ているので何らかの関係があるのかと思ったら、こう来ましたか。しかも『ボーン・コレクター』で誘拐されたパム・ウィロビーも大学生で登場するし。舞台設定は『ボーン・コレクター』より10年後。しかも前作『ウォッチメイカー』に登場した天才犯罪プランナー、リチャード・ローガンが刑務所で亡くなったという話も絡んでくるし。
相も変わらずのどんでん返しの連続だが、それ以上にライムと殺人者との一進一退の攻防に見応えがある。あまりにもスピーディー過ぎて、いつこの推論がなされたんだ、というぐらいの目まぐるしい展開である。だからこそ、ページの隅々まで見逃してはいけない。
シリーズを読んできた人でなくてはわからないことだらけかもしれないが、シリーズファンとしてはその完成度と構成力に満足する一冊。ディーヴァー、衰え知らず、といったところである。
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