M・W・クレイヴン『デスチェアの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 カルト教団の指導者が木に縛られ石打ちで殺された。聖書の刑罰を模した奇妙な殺害方法に困惑するポー。さらに遺体には、分析官ブラッドショーにも分からない暗号が刻まれていた。事件の鍵はカルト教団にあると推測する二人。一方でポーの所属する重大犯罪分析課に上層部から嫌疑がかかり、スパイが送りこまれる。チーム解体の危機が迫る中、ポーたちは捜査を開始するが……。大人気英国ミステリ、衝撃のシリーズ第六作。(上巻粗筋紹介より引用)
 殺された男が率いていたカルト教団は、子どもたちに「講座」という名の洗脳教育を行っていた。重大犯罪分析課が存続の危機に陥りながらも、ポーは捜査の末に「慈悲の椅子」という謎の言葉にたどり着く。時を同じくして、ブラッドショーから遺体に刻まれた暗号を解読したとの知らせが届く。ポーはその暗号が指し示す場所へと向かうが……。すべての秘密が暴かれるとき、衝撃の別れが待ち受ける。さらば、ワシントン・ポー。(下巻粗筋紹介より引用)
 2024年、イギリスで発表。2025年9月、邦訳刊行。

 刑事ワシントン・ポーシリーズ第6弾。今回はポーが、トラウマ療法士のドクター(クララ)・ラングのカウンセリングを受けるというショッキングなスタートである。そして語られる、カルト教団の指導者が木に縛られ石打で殺されるという、奇妙で凄惨な事件。その背後にある、余りにもおぞましい真実。そして捜査にまとわりつく会計検査院から派遣されてきたスヌーピー(ポー命名)こと、ライナス・ジョーゲンセンの目的は。
 このシリーズ、大体腹が立って気持ち悪くなる事件が多いのだが、本作はその中でも「最悪」と言っていいほどの内容。とはいえ新興カルトならありそうな内容だ、なんて思っていたら、さすがクレイヴン。驚きの展開を用意してくれている。さらにそこから続く流れは、もうクレイヴンならでは。それにしてもこの終わり方は、全然予想できないぞ。
 ということで、やっぱりクレイヴンは面白い。様々なパターンのどんでん返しを今まで提供してくれているのに、新作でもまだ読者を驚かせるのだから、凄いとしか言いようがない。
   それにしても、なぜM・W・クレイヴンとアンソニー・ホロヴィッツを同じ月に出すんだよ。全然読み終わらないじゃないか。ただでさえ9月は忙しいのに。他にも気になる作品がたくさん出ているし、今年の新刊で読み終わっていない作品も多い。この読者が全く追いつかない状況は、幸せで贅沢な悩みと捉えればいいのだろうか。

曽根圭介『熱帯夜』(角川ホラー文庫)

 タイムリミットは2時間。美鈴とボクをヤクザの人質にして金策に走った美鈴の夫は戻ってくるのか? ボクは愛する美鈴を守れるのか!? 緊迫の展開、衝撃のラスト。ミステリとホラーが融合した奇跡の傑作。(粗筋紹介より引用)
 2008年10月、『あげくの果て』の標題で角川書店より単行本刊行。2009年、収録作の「熱帯夜」が第62回日本推理作家協会賞短編賞を受賞。2010年10月、加筆修正し、改題の上文庫化。

 学生時代の友人である藤堂夫妻がいる奥多摩の貸し別荘へ遊びに来たボクだったが、そこへ現れたのは借金をしているヤクザの熊田と弟分のブッチャー。会社が傾いている藤堂は妻の美鈴の父から金を借りるため、ボクの古いアルファロメオを運転し日の出町へ出かけた。ボクは幼馴染である美鈴を助けると決意する。二年前から西多摩で起きた女性連続殺人事件の犯人が捕まったというラジオを聴きながら運転していた看護師のワタシは、日の出町と青梅を隔てる梅ケ谷峠の山道で人を轢いてしまった。そばにはアルファロメオが停まっていた。「熱帯夜」。
 隣国の侵略に対峙するため、70歳以上の高齢者に兵役義務が課せられるようになった。70歳になった哲司は、入隊するための徴兵検査を受ける。敬老主義過激派組織「連合銀軍」のメンバーである光一は懸賞金に目がくらみ、リーダーの奥寺と生き生きシルバー財団の理事長郷田純一郎が会合する時間と場所を警察に密告した。サッカーのスポーツ推薦で高校に合格した虎之助は、行き倒れ死体を回収するアルバイトを続けていた。「あげくの果て」。
 死んだ生物が蘇生し、蘇生者に噛まれたり蘇生生物の肉を食べたりした人がどんどん死んで蘇生者になっていった世界。Q市役所の苦情処理係の職員である鵜飼京一は、新興住宅地にあるゴミ屋敷の問題の担当となる。「最後の言い訳」。

 実力派の割に評価が今一つと思われる曽根圭介。肝心の協会賞受賞作を読んでいなかったことに気付き、手に取ってみた。
 「熱帯夜」と「あげくの果て」は、複数の視点で物語が進み、ラストでそれらが結びついて意外な結末を迎えることとなる。どちらも結末で巧い、と唸りたくなる。たんに技巧だけでなく、ストーリーも鮮やか。どちらかと言えば高齢者問題を扱った「あげくの果て」の方が面白かったかな。単行本時にはこちらが標題となっていたことからも、作者の想いはこちらにあったのではないかと思われる。
 「最後の言い訳」はゾンビ化を扱った短編だが、ゾンビになっても意識が普通に残されているところが面白い。こちらも一種の人種区別を皮肉っており、小学時代の淡い恋心がストーリーに深みを与えている。
 前二作の組み立てについては、今読むと少々単純なところがあるかもしれない。しかしその技巧だけでなく、ストーリーも併せて評価すべき。面白かった。

貴志祐介『コロッサスの鉤爪』(角川文庫)

 何者かに海中深くに引きずり込まれた元ダイバー。無残な遺体には鉤爪で付けられたかのような不審な傷が残されていた。現場はソナーで監視され、誰も近づけないはずの“音の密室”。事件の調査依頼を引き受けた、防犯コンサルタント(本職は泥棒!?)の榎本と弁護士の純子は、大海原に隠された謎に挑む! (「コロッサスの鉤爪」)。表題作ほか計2編収録。『ミステリークロック』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。(粗筋紹介より引用)
 『小説野性時代』掲載。2017年10月、単行本『ミステリークロック』刊行。4編のうち「鏡の国の殺人」「コロッサスの鉤爪」の2編を分冊し、2020年11月、角川文庫で刊行。

「鏡の国の殺人」は、館長の依頼で榎本が美術館に忍び込むも、中で館長が死んでいたという話。榎本は何とか切り抜けたが、そうなると実は密室殺人だった。ルイス・キャロル作品を再現した展示の一つ、「ハンプティ・ダンプティの顔」のために密室となっている。
 こちらは舞台の説明が少ないせいため、頭の中で絵が全然浮かばない。ルイス・キャロルに興味がないので、全然ダメでした。
「コロッサスの鉤爪」はソナーで監視された音の密室。この設定が面白かったが、それ以上にトリックが素晴らしい。これは目からうろこ。ただ、その肝心なカギとなるものが、後半で唐突に出てくるというのは残念。
 これで2分冊を読み終わったわけだが、一番面白かったのが「ゆるやかな自殺」というのは、自分の中でも首をひねってしまうな。とりあえず複雑な舞台を無理矢理考え出す力は凄いのだが、純子のトンデモ推理で物語を進めてしまうというのはワンパターンで飽きた。もう完結してもいいんじゃないの。

貴志祐介『ミステリークロック』(角川文庫)

 人里離れた山荘での晩餐会。招待客たちが超高級時計を巡る奇妙なゲームに興じる最中、山荘の主、女性作家の森怜子が書斎で変死を遂げた。それをきっかけに開幕したのは命を賭けた推理ゲーム! 巻き込まれた防犯コンサルタント(本職は泥棒!?の榎本と弁護士の純子は、時間の壁に守られた完全密室の謎に挑むが……(「ミステリークロック」)。表題作ほか計2編収録。『コロッサスの鉤爪』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。(粗筋紹介より引用)
 『小説野性時代』掲載。2017年10月、単行本『ミステリークロック』刊行。4編のうち「ゆるやかな自殺」「ミステリークロック」の2編を分冊し、2020年11月、角川文庫で刊行。

「ゆるやかな自殺」は、組事務所で厳重に鍵の閉まった部屋を開けるよう組長の娘から依頼された榎本径が、部屋の中で組員が変死していた謎を解く話。舞台が舞台なだけに、弁護士の青砥純子は出てこない。緊迫した状況で割と残酷な内容なのにどこかコミカルなのは不思議だが、4編の中で一番好きかもしれない。トリック自体は子供騙しだが。
「ミステリークロック」は完全密室の謎に榎本と純子が挑むのだが、例によって純子がとんでもない推理を繰り広げる。毎回毎回同じことを繰り返すのに、少しは口を閉じるということを知らないのだろうか。もっとも純子の迷推理が出なくてはこのシリーズが楽しめないのだから、仕方がないか。
 そもそも“ミステリークロック”がどんな物かを知らなかったので、検索するまで全然ピンと来なかった。そちらに気を取られたことと、時間の壁の設定があまりにもぎゅうぎゅう詰めだった分、かえって榎本の推理が楽しめなかった。ミステリファンなら、スマホを回収した時点で肝の部分はほぼ予想できたでしょうね。この作品は、よくぞここまで詰め込んだ、というのを楽しむべき作品のはずなんだが、そこが楽しめないとどうにもならない。
 2分冊なら、もう1冊の方をお薦めします。

森バジル『探偵小石は恋しない』(小学館)

 小石探偵事務所の代表でミステリオタクの小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ている。だが実際は9割9分が不倫や浮気の調査依頼で、推理案件の依頼は一向にこない。小石がそれでも調査をこなすのは、実はある理由から色恋調査が「病的に得意」だから。相変わらず色恋案件ばかり、かと思いきや、相談員の蓮杖と小石が意外な真相を目の当たりにする裏で、思いもよらない事件が進行していて──。(粗筋紹介より引用)
 WEB『STORY BOX』2024年9月号~2025年1月号連載。連載時タイトル「探偵・小石の色恋推理」。加筆修正のうえ、2025年9月、単行本刊行。

 森バジルの作品を読むのは初めて。それ以前に名前すら知らなかった。第30回松本清張賞受賞者か。
 まず錚々たる……とまではいかないにしても、それなりのメンバーがそろっている帯はスルー。どうせ期待は裏切られるし、呼んだって失望するだけだ、そう思っていた。
 ミステリオタクの女性で事務所代表の小石と男性相談員の蓮杖が、浮気調査にまつわる謎を解いていく連作短編集……と簡単に考えていた私が甘かった。よくぞまあ、ここまで伏線を張り、読者の予想をひっくり返してくれたものだ。
 中身に触れづらい作品だが、この仕掛けは大したもの。舞台も、登場人物も、会話も、そして恋愛も、謎解きも。至る所に仕掛けが待ち受けている。少女漫画みたいな設定も、これが必然だったというのは驚きだった。
 恋愛小説に本格ミステリを混ぜ合わせ、わざと不器用にシェイクして、だけどそのグラデーションに唸らせられる作品。素直に感心、素直に脱帽。ランキングをにぎわせるだろう。これは過去の作品も読んでみたくなる。
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