月村了衛 『機龍警察 未亡旅団』(ハヤカワ文庫JA)

 チェチェン紛争で家族を失った女性だけのテロ組織『黒い未亡人』が日本に潜入した。公安部と合同で捜査に当たる特捜部は、未成年による自爆テロをも辞さぬこの敵の戦法に翻弄される。一方、城木理事官は実の兄・宗方亮太郎議員にある疑念を抱くが、それは政界と警察組織全体を揺るがす悪夢につながっていた――現代の悲劇と不条理を容赦なく描き尽くす、至高の大河警察小説シリーズ、憎悪と慈愛の第4弾。(粗筋紹介より引用)
 2014年1月、早川書房より単行本刊行。2023年6月、文庫化。

 機龍警察シリーズ第4作。テーマはチェチェン紛争であり、警視庁特捜部捜査主任である由起谷志郎警部補の過去、そして警視庁特捜部理事官である城木貴彦の家族が関わってくる。
 日本ではあまり触れられることのない(もしくは関心を持つ人が少ないと思われる)チェチェン紛争を、テロ組織側から見た情景があまりにも悲惨であり、救われない。もちろんテロは許されることではないが、テロを行うまでに追い込まれた哀しさが伝わってくる。そして指導者に心酔して自ら死を選んで自爆テロを実行する少女たちに無常さを感じ、それと同時に、そんな悲劇すらも利用する者たちが数多くいることに苛立ちを覚えるとともに、それこそが国際社会の駆け引きなのだと納得してしまう自分にも腹が立ってくる。
 そんな泥沼すぎる現実の悲劇と、エンターテイメントとしての近未来アクションを融合させる作者の剛腕には恐れ入るしかない。それにしても、自分の立場を顧みず本当に「国」を思って動く者がいるのだろうか。そんな今さらのことを思う現実社会と虚構がラップしつつ、沖津旬一郎部長が言う「敵」の存在が徐々に表に出て、シリーズがどのように進むのか非常に楽しみである。

アンソニー・ホロヴィッツ『マーブル館殺人事件』上下(創元推理文庫)

 ギリシャでの生活に区切りをつけ、ロンドンに帰ってきたわたし、スーザン・ライランド。フリーランス編集者として働いていると、予想だにしない仕事が舞いこんできた。若手作家が名探偵〈アティカス・ピュント〉シリーズを書き継ぐことになり、その編集を依頼されたのだ。途中までの原稿を読んだわたしは、書き手が新作に自分の家族関係を反映しているのを感じる。ということはこの作品のように、現実世界でも不審な死が存在したのか? 『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』に続くシリーズ第3弾!(上巻粗筋紹介より引用)
 若手作家エリオット・クレイスが書き継いだ〈アティカス・ピュント〉シリーズの新作ミステリ『ピュント最後の事件』。編集者のわたし、スーザン・ライランドは、登場人物とエリオットやその家族との間に多くの類似点があるのを知る。エリオットは途中まで書かれたこの新作で何を企んでいるのか? 世界的な児童文学作家だった、彼の祖母の死にも何かがあったのだろうか? 調べを進めていると、なんとエリオットが……。『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』に並び立つ、犯人当てミステリの傑作登場!(下巻粗筋紹介より引用)
 2025年、発表。2025年9月、邦訳刊行。

 まさかの〈カササギ殺人事件〉シリーズ第3弾。第1作では46歳だったスーザン・ライランドは、本作では55歳である。本作だけでも楽しめるようにはなっているが、『カササギ殺人事件』の真相が明かされているので、やはり最初から読んだ方がいい。
 若手作家がエリオット・クレイス〈アティカス・ピュント〉シリーズを書き継ぐが、彼の祖母は世界的ベストセラー童話〈ちっちゃな家族〉シリーズの作者、ミリアム・クレイスだった。その新作『ピュント最後の事件』は、彼の家族間の秘密が隠されていた。
 編集者スーザンが作中作を読むうちに現実の事件と巻き込まれていくのは、過去2作と同じ。そしてスーザンが作中作の謎と現実の事件の謎に立ち向かうことになる。
 架空のパズルと現実の謎。2つが密接に絡み合いながら、最後は分かれて2つの解決が提供される。ダブルの味わいに酔いしれるシリーズ。それはまさかの第3作目でも変わらない。しかしダブルの味わいは1作ごとに違うところが素晴らしい。
 個人的には今までの中で、作中作と現実の事件のバランスが一番よく取れていると感じた。そして両方の謎と解決も非常に面白く、本格ミステリの楽しさを二重に満喫することができた。ただ、スーザンの言動が少々うざい。ここまで我が強かった印象はなかったのだが。
 これは傑作。今年もベストの上位をにぎわすことだろう。それにしても、第四作が準備されていることに驚きである。

月村了衛『機龍警察 暗黒市場』(早川書房 ハヤカワ・ミステリ・ワールド)

 警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧友のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染めた。一方、市場に流出した新型機甲兵装が〈龍機兵(ドラグーン)〉の同型機ではないかとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した――日本とロシア、二つの国をつなぐ警察官の秘められた絆。リアルにしてスペクタクルな“至近未来”警察小説、世界水準を宣言する白熱と興奮の第3弾。(粗筋紹介より引用)
 2012年9月、書下ろし刊行。2013年、第34回吉川英治文学新人賞。

 機龍警察シリーズ第3作。元モスクワ民警刑事捜査分隊捜査員で、今は特捜部付警部で龍機兵搭乗要員のユーリ・オズノフの過去に迫りつつ、武器密売の闇に迫る。
 警視庁との契約を解除されたユーリが、ロシアン・マフィアの大物ティエーニ、実は幼馴染のアルセーニー・ゾロトフと連絡を取り合う。もちろんそれは偽造であり、沖津の作戦のための潜入捜査である。
 モスクワ、そしてロシアはこれほどまでに腐っているのか、と言おうかと思ったが、まあそうなんだろうなと納得してしまうところが悲しい。そして政治って汚い、外交って汚い。ここに書かれているのはあくまで近未来SF小説の世界での話だが、もちろん現実でも似たようなやり取りはあるのだろう。過去に縛られながらもそんな暗黒市場に切り込んでいくユーリの姿があまりにも悲しく、そして逞しい。
 今回は人間同士の戦いの方に重点を置かれたからか、龍機兵の戦いに割かれるページ数は少ない。そこはちょっと勿体ない気もするが、そこに到達するまでのストーリーがあまりにもどす黒いため、最後に浄化するためにも人対人を重視したのだろう。その分、わかりやすくストーリーを楽しめた気がする。
 久しぶりにシリーズを手に取ってみたが、面白かった。これは第4作も早く読まねば。

黒川博行『カウント・プラン』(文春文庫)

 目に入った物をかぞえずにいられない計算症の青年や、隣人のゴミに異常な関心を持つ男など、現代社会が生み出しつづけるアブナイ性癖の人達。その密かな執着がいつしか妄念に変わる時、事件は起きる…。日本推理作家協会賞の表題作はじめ、時代を見通す作者の眼力が冴える新犯罪ミステリ五作品を収録。(粗筋紹介より引用)
 1996年11月、文藝春秋より単行本刊行。2000年4月、文庫化。

 大阪の大手スーパーに、バレンタインのチョコに毒物を混入させるという脅迫状が届く。脅迫状の指紋から浮かび上がった容疑者は、メッキ工作所の職人として働く青年・福島浩一だった。福島は、目に入った物を数えずにいられない計算症であった。1996年、第49回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)受賞「カウント・プラン」。
 堤町の住職が、葬儀屋の男の頭をゴルフクラブで殴って重傷を負わせたとして逮捕された。本堂には百万円の束が二つ、さらに被害者の男も束を二つ持っていた。取り調べに対し、住職は正当防衛を主張した。「黒い白髪」。
 カラフルな色の者に執着するティッシュ配りの男は、ペットショップで派手な色の熱帯魚を盗み出した。そして次に狙ったのは、パチンコ屋の休憩所に居た4歳の女の子だった。「オーバー・ザ・レインボー」。
 隣の部屋に駆け込んだ田代恭子は、血で真っ赤だった。駆け付けた警察は、恭子の親友である下川路由紀が刺されて死んでいるのを発見する。しかし凶器の出刃包丁は由紀がうろこ落としと一緒に当日購入した物であり、恭子は正当防衛を主張した。「うろこ落とし」。
 ラブホテルでホステスの59歳の新井芳江が殺害された。芳江はスナックに来る客を誘って売春をしていた。芳江がすむアパートの二階に住む今村は、近所に住む女性のゴミを漁って持ち帰るのが趣味だった。「鑑」。
 
 大阪を舞台にした、ノンシリーズの短編集。警察側の動きが主体であるが、一部短編では事件の関係者側の動きも差し込まれている。さらに現代社会に潜む病巣を抉るような題材を扱っている。
 黒川の作品では、刑事同士の掛け合いが楽しい大阪府警シリーズがあるが、本作ではそこまでの楽しさはない。どちらかといえば愚痴の応酬みたいな感じであり、ユーモアはあまり感じられない。そのせいもあってか、どことなく暗い感じの作品馬k理である。
 一見簡単そうに見えて、実は……というタイプの作品が多いが、そもそも短編ということと、淡々と捜査が進んでしまうためか、結末まで来てもそれほどのサプライズ感はない。一番のサプライズは表題作の「カウント・プラン」であるが、個人的にはそのサプライズが悪い方に働いた作品に見える。何とも言えない呆気なさが、逆に後味のあまり良く無い仕上がりになっているのだ。
 ただ、隙のない構成と読者の興味を削ぐことのないストーリーは、プロの技だなとは思える短編集ではある。ただ、作者が持つアクの強さは感じられなかった。

M・W・クレイヴン『デスチェアの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 カルト教団の指導者が木に縛られ石打ちで殺された。聖書の刑罰を模した奇妙な殺害方法に困惑するポー。さらに遺体には、分析官ブラッドショーにも分からない暗号が刻まれていた。事件の鍵はカルト教団にあると推測する二人。一方でポーの所属する重大犯罪分析課に上層部から嫌疑がかかり、スパイが送りこまれる。チーム解体の危機が迫る中、ポーたちは捜査を開始するが……。大人気英国ミステリ、衝撃のシリーズ第六作。(上巻粗筋紹介より引用)
 殺された男が率いていたカルト教団は、子どもたちに「講座」という名の洗脳教育を行っていた。重大犯罪分析課が存続の危機に陥りながらも、ポーは捜査の末に「慈悲の椅子」という謎の言葉にたどり着く。時を同じくして、ブラッドショーから遺体に刻まれた暗号を解読したとの知らせが届く。ポーはその暗号が指し示す場所へと向かうが……。すべての秘密が暴かれるとき、衝撃の別れが待ち受ける。さらば、ワシントン・ポー。(下巻粗筋紹介より引用)
 2024年、イギリスで発表。2025年9月、邦訳刊行。

 刑事ワシントン・ポーシリーズ第6弾。今回はポーが、トラウマ療法士のドクター(クララ)・ラングのカウンセリングを受けるというショッキングなスタートである。そして語られる、カルト教団の指導者が木に縛られ石打で殺されるという、奇妙で凄惨な事件。その背後にある、余りにもおぞましい真実。そして捜査にまとわりつく会計検査院から派遣されてきたスヌーピー(ポー命名)こと、ライナス・ジョーゲンセンの目的は。
 このシリーズ、大体腹が立って気持ち悪くなる事件が多いのだが、本作はその中でも「最悪」と言っていいほどの内容。とはいえ新興カルトならありそうな内容だ、なんて思っていたら、さすがクレイヴン。驚きの展開を用意してくれている。さらにそこから続く流れは、もうクレイヴンならでは。それにしてもこの終わり方は、全然予想できないぞ。
 ということで、やっぱりクレイヴンは面白い。様々なパターンのどんでん返しを今まで提供してくれているのに、新作でもまだ読者を驚かせるのだから、凄いとしか言いようがない。
   それにしても、なぜM・W・クレイヴンとアンソニー・ホロヴィッツを同じ月に出すんだよ。全然読み終わらないじゃないか。ただでさえ9月は忙しいのに。他にも気になる作品がたくさん出ているし、今年の新刊で読み終わっていない作品も多い。この読者が全く追いつかない状況は、幸せで贅沢な悩みと捉えればいいのだろうか。

曽根圭介『熱帯夜』(角川ホラー文庫)

 タイムリミットは2時間。美鈴とボクをヤクザの人質にして金策に走った美鈴の夫は戻ってくるのか? ボクは愛する美鈴を守れるのか!? 緊迫の展開、衝撃のラスト。ミステリとホラーが融合した奇跡の傑作。(粗筋紹介より引用)
 2008年10月、『あげくの果て』の標題で角川書店より単行本刊行。2009年、収録作の「熱帯夜」が第62回日本推理作家協会賞短編賞を受賞。2010年10月、加筆修正し、改題の上文庫化。

 学生時代の友人である藤堂夫妻がいる奥多摩の貸し別荘へ遊びに来たボクだったが、そこへ現れたのは借金をしているヤクザの熊田と弟分のブッチャー。会社が傾いている藤堂は妻の美鈴の父から金を借りるため、ボクの古いアルファロメオを運転し日の出町へ出かけた。ボクは幼馴染である美鈴を助けると決意する。二年前から西多摩で起きた女性連続殺人事件の犯人が捕まったというラジオを聴きながら運転していた看護師のワタシは、日の出町と青梅を隔てる梅ケ谷峠の山道で人を轢いてしまった。そばにはアルファロメオが停まっていた。「熱帯夜」。
 隣国の侵略に対峙するため、70歳以上の高齢者に兵役義務が課せられるようになった。70歳になった哲司は、入隊するための徴兵検査を受ける。敬老主義過激派組織「連合銀軍」のメンバーである光一は懸賞金に目がくらみ、リーダーの奥寺と生き生きシルバー財団の理事長郷田純一郎が会合する時間と場所を警察に密告した。サッカーのスポーツ推薦で高校に合格した虎之助は、行き倒れ死体を回収するアルバイトを続けていた。「あげくの果て」。
 死んだ生物が蘇生し、蘇生者に噛まれたり蘇生生物の肉を食べたりした人がどんどん死んで蘇生者になっていった世界。Q市役所の苦情処理係の職員である鵜飼京一は、新興住宅地にあるゴミ屋敷の問題の担当となる。「最後の言い訳」。

 実力派の割に評価が今一つと思われる曽根圭介。肝心の協会賞受賞作を読んでいなかったことに気付き、手に取ってみた。
 「熱帯夜」と「あげくの果て」は、複数の視点で物語が進み、ラストでそれらが結びついて意外な結末を迎えることとなる。どちらも結末で巧い、と唸りたくなる。たんに技巧だけでなく、ストーリーも鮮やか。どちらかと言えば高齢者問題を扱った「あげくの果て」の方が面白かったかな。単行本時にはこちらが標題となっていたことからも、作者の想いはこちらにあったのではないかと思われる。
 「最後の言い訳」はゾンビ化を扱った短編だが、ゾンビになっても意識が普通に残されているところが面白い。こちらも一種の人種区別を皮肉っており、小学時代の淡い恋心がストーリーに深みを与えている。
 前二作の組み立てについては、今読むと少々単純なところがあるかもしれない。しかしその技巧だけでなく、ストーリーも併せて評価すべき。面白かった。

貴志祐介『コロッサスの鉤爪』(角川文庫)

 何者かに海中深くに引きずり込まれた元ダイバー。無残な遺体には鉤爪で付けられたかのような不審な傷が残されていた。現場はソナーで監視され、誰も近づけないはずの“音の密室”。事件の調査依頼を引き受けた、防犯コンサルタント(本職は泥棒!?)の榎本と弁護士の純子は、大海原に隠された謎に挑む! (「コロッサスの鉤爪」)。表題作ほか計2編収録。『ミステリークロック』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。(粗筋紹介より引用)
 『小説野性時代』掲載。2017年10月、単行本『ミステリークロック』刊行。4編のうち「鏡の国の殺人」「コロッサスの鉤爪」の2編を分冊し、2020年11月、角川文庫で刊行。

「鏡の国の殺人」は、館長の依頼で榎本が美術館に忍び込むも、中で館長が死んでいたという話。榎本は何とか切り抜けたが、そうなると実は密室殺人だった。ルイス・キャロル作品を再現した展示の一つ、「ハンプティ・ダンプティの顔」のために密室となっている。
 こちらは舞台の説明が少ないせいため、頭の中で絵が全然浮かばない。ルイス・キャロルに興味がないので、全然ダメでした。
「コロッサスの鉤爪」はソナーで監視された音の密室。この設定が面白かったが、それ以上にトリックが素晴らしい。これは目からうろこ。ただ、その肝心なカギとなるものが、後半で唐突に出てくるというのは残念。
 これで2分冊を読み終わったわけだが、一番面白かったのが「ゆるやかな自殺」というのは、自分の中でも首をひねってしまうな。とりあえず複雑な舞台を無理矢理考え出す力は凄いのだが、純子のトンデモ推理で物語を進めてしまうというのはワンパターンで飽きた。もう完結してもいいんじゃないの。

貴志祐介『ミステリークロック』(角川文庫)

 人里離れた山荘での晩餐会。招待客たちが超高級時計を巡る奇妙なゲームに興じる最中、山荘の主、女性作家の森怜子が書斎で変死を遂げた。それをきっかけに開幕したのは命を賭けた推理ゲーム! 巻き込まれた防犯コンサルタント(本職は泥棒!?の榎本と弁護士の純子は、時間の壁に守られた完全密室の謎に挑むが……(「ミステリークロック」)。表題作ほか計2編収録。『コロッサスの鉤爪』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。(粗筋紹介より引用)
 『小説野性時代』掲載。2017年10月、単行本『ミステリークロック』刊行。4編のうち「ゆるやかな自殺」「ミステリークロック」の2編を分冊し、2020年11月、角川文庫で刊行。

「ゆるやかな自殺」は、組事務所で厳重に鍵の閉まった部屋を開けるよう組長の娘から依頼された榎本径が、部屋の中で組員が変死していた謎を解く話。舞台が舞台なだけに、弁護士の青砥純子は出てこない。緊迫した状況で割と残酷な内容なのにどこかコミカルなのは不思議だが、4編の中で一番好きかもしれない。トリック自体は子供騙しだが。
「ミステリークロック」は完全密室の謎に榎本と純子が挑むのだが、例によって純子がとんでもない推理を繰り広げる。毎回毎回同じことを繰り返すのに、少しは口を閉じるということを知らないのだろうか。もっとも純子の迷推理が出なくてはこのシリーズが楽しめないのだから、仕方がないか。
 そもそも“ミステリークロック”がどんな物かを知らなかったので、検索するまで全然ピンと来なかった。そちらに気を取られたことと、時間の壁の設定があまりにもぎゅうぎゅう詰めだった分、かえって榎本の推理が楽しめなかった。ミステリファンなら、スマホを回収した時点で肝の部分はほぼ予想できたでしょうね。この作品は、よくぞここまで詰め込んだ、というのを楽しむべき作品のはずなんだが、そこが楽しめないとどうにもならない。
 2分冊なら、もう1冊の方をお薦めします。

森バジル『探偵小石は恋しない』(小学館)

 小石探偵事務所の代表でミステリオタクの小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ている。だが実際は9割9分が不倫や浮気の調査依頼で、推理案件の依頼は一向にこない。小石がそれでも調査をこなすのは、実はある理由から色恋調査が「病的に得意」だから。相変わらず色恋案件ばかり、かと思いきや、相談員の蓮杖と小石が意外な真相を目の当たりにする裏で、思いもよらない事件が進行していて──。(粗筋紹介より引用)
 WEB『STORY BOX』2024年9月号~2025年1月号連載。連載時タイトル「探偵・小石の色恋推理」。加筆修正のうえ、2025年9月、単行本刊行。

 森バジルの作品を読むのは初めて。それ以前に名前すら知らなかった。第30回松本清張賞受賞者か。
 まず錚々たる……とまではいかないにしても、それなりのメンバーがそろっている帯はスルー。どうせ期待は裏切られるし、呼んだって失望するだけだ、そう思っていた。
 ミステリオタクの女性で事務所代表の小石と男性相談員の蓮杖が、浮気調査にまつわる謎を解いていく連作短編集……と簡単に考えていた私が甘かった。よくぞまあ、ここまで伏線を張り、読者の予想をひっくり返してくれたものだ。
 中身に触れづらい作品だが、この仕掛けは大したもの。舞台も、登場人物も、会話も、そして恋愛も、謎解きも。至る所に仕掛けが待ち受けている。少女漫画みたいな設定も、これが必然だったというのは驚きだった。
 恋愛小説に本格ミステリを混ぜ合わせ、わざと不器用にシェイクして、だけどそのグラデーションに唸らせられる作品。素直に感心、素直に脱帽。ランキングをにぎわせるだろう。これは過去の作品も読んでみたくなる。
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