TAJIRI『真・プロレスラーは観客に何を見せているのか 30年やってわかったこと』(徳間文庫)
プロレス界随一のベストセラー、全編書下しリニューアル! 全日本プロレス退団、九州プロレス移籍の裏に何があったのか。TAJIRI「洗脳」説の真偽は? 2024年でデビュー30周年、文豪レスラーTAJIRIがプロレス界の魅力、暗部、未来図を解く。
アカデミズム界屈指のプロレス者、超話題作『言語学バーリ・トゥード』の川添愛氏が解説寄稿!(粗筋紹介より引用)
2024年3月、徳間文庫より刊行。
1994年、I.W.A JAPANでデビュー。メキシコで修業後、大日本プロレスに入団。新日本プロレスでも活躍後、大日本プロレスを対談し、メキシコCMLLに参戦。1998年にECWへ移り、人気レスラーとなる。2001年にWWE入団し活躍。地域によってはイチローや松井秀喜よりも名前の知られている日本人として、名を馳せる。2005年に退団して帰国後はハッスルへ入団。2010年にSMASHを立ち上げ。2012年にはWNCを立ち上げ。この間は新日本プロレスにも参戦していた。2014年にWRESTLE-1へ入団。2017年からは全日本プロレスに参戦。2021年に前日本プロレスへ入団するも、2022年に退団。2023年、九州プロレスに入団。
2019年に草思社から出版され話題となった『プロレスラーは観客に何を見せているのか』を全面リニューアルした一冊である。目次を見ると、TAJIRIが考えるプロレスの方向性が見えてくると思うので、掲載する。
【目次】
第1章 プロレス界を生き抜く条件
全日本若手に指導した表現技法
オレの「実の子」フランシスコ・アキラの成長
斉藤兄弟が海外修行で得た「考える」生存戦略 他
第2章 メジャーとインディーの壁はあるのか
新日本は「おっかなかった」
「某選手」に投げかけられた強烈な一撃
イラつくライガーから「こいつ潰すぞ!」 他
第3章 プロレスラーの土台となる技術論
デカい選手の速い動きはデカさの武器を殺す
リング内4本のライン上で攻防は行われる
技の前に観客に手拍子を求めるのは最低 他
第4章 プロレスの技は本当に進化しているか
新規ファンよりマニア向けにする罠
効かない「エルボー合戦」の無意味
大谷晋二郎の怪我と「効かない技」 他
第5章 道場論
プロレスラーの魂を鍛える場所
ルチャの稽古はアマレスの組み技が重点
日本が世界に誇る寮生活システム
お金を貯めて自腹で海を渡る=修行 他
第6章 プロレスでカネは稼げるのか
月給10万円を超えなかったインディー時代
最高峰WWEのお金の仕組みを話そう
グッズ売上5年分不労所得で家族4人海外旅行3回 他
第7章 コミュ力 プロレスラー必須のスキル
団体を去る理由、去れない理由
WWEで学んだ緊張しない考え方
会社はお前らの何を売り出せばいいのか 他
第8章 SNSとプロレスの歪んだ関係
不確かな「らしい」で物語をつくれていた時代
「TAJIRIは選手と団体を洗脳する」説
プロは「火ダネとなる噂」をどうさばくのか 他
第9章 プロレス中央から地方へ
集客に苦戦する団体もある中で「無料開催」
人生の残り時間から逆算して仕事を考え直す
あらゆるものがありすぎる中央の弊害 他
第10章 達成感の最終回を探す旅へ
天龍さんの技「53歳」を考える
「本物の達成感を得よ」とオレは若手を洗脳する 他
解説
「プロ」としての哲学の在り処 川添愛
プロレスラーとして世界を駆けずり回ったTAJIRIならではのプロレス哲学を現した一冊。プロレスが悪い意味で進化、というか深化していく現状で、プロレスの基本に立ち返った哲学が読んでいて心地よい。特に「リング内4本のライン上で攻防は行われる」は目から鱗であった。「デカい選手の速い動きはデカさの武器を殺す」は、日本プロレス出身のレスラーや全日本プロレス初期のレスラーが語っていたなあ。アンドレ・ザ・ジャイアントやジャイアント馬場は早く動けるけれど、あえて大きなモーションで技を出す、とか。
今一度、プロレスは基本に立ち返るべき。そんなことを思い起こさせる一冊である。
秋保水菓『コンビニなしでは生きられない』(講談社文庫)
大学を中退した19歳の白秋。彼の居場所はバイト先のコンビニだけだった。その平穏な日常を引っかき回す研修生が入店。店内で連続する事件にやたらと首を突っ込む女子高生の黒羽深咲だ。教育係の白秋は彼女の暴走する謎への好奇心に巻き込まれ、店の誰もが口を噤む過去の連続盗難事件の真相を推理することになり……。コンビニの「謎」と「あるある」にとことんこだわり、他の追随を許さない秋保水菓のデビュー作、ついに文庫化!(粗筋紹介より引用)
2018年、第56回メフィスト賞受賞。2018年4月、講談社ノベルスより刊行。2021年7月、文庫化。
作者は受賞時24歳、でいいのかな。高1の頃からコンビニで働いているとのこと。
19歳のフリーター男子とバイト研修中の女子高生コンビが、コンビニ店内で起きた不可思議な事件に挑む連作短編集。
作者のキャリアを活かしたコンビニあるあるや裏側を利用した作品作りはまあまあ面白い。インタビューを読むと、強盗事件は作者の実体験とのこと。
とはいえ、肝心の事件や謎解きの方は強引、ご都合主義が多い。さらにストーリーの方も無理矢理繋ぎ合わせたところが目立つ。登場人物の心理や行動原理も首を捻るものがあるし、結末はそれでいいのか、と突っ込みたくなるぐらい。ラノベだってもう少し心理面の整合性は取れていると思うが。
ラノベの学園ものの舞台をコンビニに置き換えたような作品だが、ちょっと工夫が足りなかったかな。もう少しコンビニならではの謎解きを期待したい。
青野照市『職業としての将棋棋士』(小学館新書)
50年にわたる現役生活を引退したベテラン棋士が、自身の半生とともに、これまでに出会った棋士や将棋界をとりまく人達のユニークなエピソードを語り尽くす。
中学を卒業後に上京し、将棋会館に住み込む「塾生」となって、棋士の見習い生活を始めた著者は、破天荒な棋士や、奇行が目立つ貴公子ならぬ奇行士と呼べる棋士など、さまざまな棋士と出会います。将棋界以外には生息していないと思われる、これらの奇人・変人や天才・奇才の生態をさまざまな出来事を交えて論じます。
そして将棋界のトップリーグであるA級に上るためにどんな試練があって、どう乗り越えたのか、そしてその後の引退まで、心境の変化なども丁寧に描かれていて、将棋や棋士に興味のある方は必見です。
さらに、「棋士はどんな人と結婚するのか」「一流企業の役員と棋士とどちらが稼ぐのか」「奨励会を退会した人はその後、どんな人生を送っているのか」など、これまであまり語られなかった裏話も公開。将棋ファンはもちろん、そうでない方も楽しめる一冊です。(粗筋紹介より引用)
2025年10月刊行。
【目次】
第1章 将棋との出会いからプロ棋士になるまで
第2章 騎士は割りの良い職業か?
第3章 四段からA級まで
第4章 天才・奇才・奇人・変人
第5章 対局中の奇行
第6章 棋士になれた人・なれなかった人とならなかった人
第7章 何か変だよ将棋連盟
第8章 40代からの棋士生活
第9章 将棋界を取り巻く人たち
第10章 女流棋士の活躍
第11章 棋士の結婚
第12章 ファン層の変貌
第13章 将棋の海外普及
第14章 現役最後の日
12人目となる現役50年、26人目となる800勝(通算成績で負け越して達成したのは史上初かつ唯一)、A級11年、一般棋戦優勝4回、タイトル挑戦1回、升田幸三賞2回。日本将棋連盟の理事を長く務め、海外普及にも尽力し、しずおか大賞、外務大臣表彰を受賞。一流棋士として長年活躍して2024年に引退した青野照市が、自らの棋歴を振り返りながら、将棋界の歴史、仕組み、思い出などを語った一冊。
奇人、変人が多いと言われる将棋界だが、その中ではまともだと将棋ファンからは思われていただろう、青野九段。この一冊を読むと、まともだろうけれどやっぱり棋士なんだなあ、と思ってしまう。
昔の方が豪快、豪胆、奇天烈などというのはどこの世界でもある話。徐々に世間の目が厳しくなり、少しずつ一般人化し、一部からは「昔の方が面白かった」などと言われるのだが、外野から見る分ならいざ知らず、身近にいる人たちは大変だっただろう。
将棋界の移り変わり、将棋ファンならでは誰でも感じる疑問などを交えながら、ある意味「天才ではなかった」棋士が50年続いた生き方を語っており、読んでいて非常に面白い。将棋に詳しい人、詳しくな人のどちらでも楽しめるだろう。
今から見るとちょっとやばい、というところではイニシャルになっているのだが、段位やわかりやすい背景が書かれているとちょっと調べればわかるところは逆に興味深い。名人戦移籍騒動の辺りはさらっと触れながらもちょっと深めに描く、そのバランスも流石だ。どんぶり勘定すぎた将棋連盟が徐々に整備されていく過程も、組織の改善という意味で参考になる。
一方で本当にまずいところは書かれていないね。まあ暴露本ではないからそこは当然か。
個人的には、米長邦雄が伝授した口紅のプレゼントの話を書いて欲しかったのだが、そこは流石に控えたかな。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』(双葉社)
夫は転勤直後から急に冷たくなった。暴言に耐えながら息子を育てていた佐藤量子であったが、ある日夫に暴力を振るわれ、思わず殺してしまった。息子が小学校から帰ってくる前に、夫の死体をどうにかしなければならないが、呆然とするばかり。そこへ二週間前に偶然再会した、元大学の後輩である桂凍朗が訪ねて来て、一緒に山へ遺体を捨てに行ったが眠ってしまい、目を覚ますとそこにいたのは破魔矢と絵馬という二十代の夫婦だった。
破魔矢と絵馬が量子と会う2年半前、二人は伊藤歌子に取り憑いているジャバウォックを引き剥がすのに成功した。ジャバウォックとは、元々は鏡の国のアリスに出てくる怪物の名前。ここでは寄生虫のトキソプラズマと同じように、人間に取り憑く謎の寄生虫として便宜上名付けられている。ジャバウォックに取り憑かれると恐怖心や不安感を鈍らせるようになり、警戒心を無くして危険な行動を取らせるようになる。その結果、全力で暴力を振るうようになる。歌子の父、伊藤北斎は20年以上前の人気歌手だったが、失言で世間から非難され、そのまま芸能界を引退し、歌わなくなくなっていた。
2025年10月、書き下ろし刊行。
物語は佐藤量子が破魔矢、詩織とともに逃走中の桂を追いかけるストーリーと、還暦をすぎた北斎があるきっかけから再び人気歌手となって復活する姿をマネージャーである斗真の視点から語られるストーリーが並行して進んでいく。
伊坂がインタビューで、自分は世間からミステリー作家と思われていないようなので、ちゃんとミステリーとわかる形をしたものを書こう、として書いた作品と語っている。最も、わかりやすいミステリーの形は書けなかった、というオチも語っているが。
夫殺しから始まり、ホラー要素の濃いサスペンスと搜索ものをからめた量子のパートと、隠棲していた元人気歌手がSNS上でバズって復活していくのをサポートする斗真のパートが交互に語られる。ともにジャバウォック、そして破魔矢と絵馬という登場人物が重なりつつも、全く違う話が並行して書かれているので、これは作者が読者「だけ」にサプライズを見せる作品なんだろうなあ、今更なあと思っていたのだが、さすが伊坂、そんな単純な仕掛けを見せるはずがなかった。二つのストーリが重なった時、思わず膝を叩いてしまった。
二つのパートが別々に面白く、そして二つのストーリーが一つになった時、その面白さが倍増どころか三倍増しぐらいに面白くなる。そこで今まで貼られていた伏線の存在に気がつく。伏線を隅々まで張り巡らし、エンディングまで計算し尽くされた伊坂ワールドが存分に味わえる。25周年にふさわしい、完成度の高さである。
ただ、いつもの伊坂ワールド以上の「何か」がなかったのも事実。もちろん平均点が非常に高いので、「いつも」というだけで十分に面白いのも事実なのだが。贅沢な要求だが、いつもと違うサプライズが欲しかった。読者の我儘なお願いである。
初野晴『カマラとアマラの丘』(講談社)
いずれ迎える別離。それでも一緒にいたかった。
廃墟となった遊園地、ここは秘密の動物霊園。奇妙な名前の丘にいわくつきのペットが眠る。弔いのためには、依頼者は墓守の青年と交渉し、一番大切なものを差し出さなければならない。ゴールデンレトリーバー、天才インコ、そして……。彼らの“物語”から、青年が解き明かす真実とは。人と動物のあらゆる絆を描いた、連作長編ミステリー。(粗筋紹介より引用)
『esora』『メフィスト』掲載作品に書下ろし3編を加え、2012年9月刊行。
セラピストの金子リサは、ハナの遺骨と位牌を収めた小さな骨壺を持って、廃墟となった遊園地に来た。花が好きだったハナを、ここで埋葬してもらうために。「カマラとアマラの丘 ——ゴールデンレトリーバ——」。カマラとアマラは、インドで狼に育てられた2人の少女。
ブライアン・レイと夕鶴の夫婦が遊園地に来た。二人が運んできたのは、ビッグフットだった。「ブクウスとツォノクワの丘 ——ビッグフット——」。ブクウスとツォノクワとは、北米のネイティブアメリカンのクワキュートル族の神話に登場する森の男女の野人。
刑事の市川芳弘は大晦日の夜、廃墟の遊園地にやってきて、墓守の青年森野と出会う。彼が探しているのは、殺人事件の現場から逃げ出した天才インコだった。「シレネッタの丘 ——天才インコ——」。シレネッタとは人魚姫のこと。
若手弁護士の鷺村信彦は、深夜に老人の後を尾けていくうちに、閉鎖された遊園地に辿り着いた。石笛でネズミを誘き出すというその老人がどうしてリゾート開発予定地の訴訟に関わっているのか。「ヴァルキューリの丘 ——黒い未亡人とクマネズミ——」。ヴァルキューリとは、北欧神話に出てくる戦争の女神。
有名私立中学校に入った僕は、捨てられたラプラドールにライカと名付ける。「星々の審判」。
廃墟の遊園地にある動物霊園を訪れた者は、生物と関わる死にまつわるエピソードを話す。しかしその話を聞いた墓守の青年森野が、裏に隠された真実を引きずり出して突きつける。ファンタジーで始まり、本格ミステリとして終わる連作短編集。
幻想的な舞台であるのに、森野が謎を解き明かすと、そこに見えてくるのは読者の目に入ってくるのは残酷すぎる真実。このギャップが作者らしいといえる。ただ、好みは分かれそう。個人的にはあまり好きになれない。趣向として面白いのはわかるが、短編一つで十分と思ってしまう。森野の謎についてもう少し触れてくれると、また違った印象を受けたかもしれない。もう少しハッピーエンドに終わってもいいだろうに。よくできた作品だとは思うが、もうちょっと救いがあった方が好きな私は、そのあたりもちょっと苦手ではある。
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