潮谷験『スイッチ 悪意の実験』(講談社)

 夏休み、お金がなくて暇を持て余している大学生達に風変わりなアルバイトが持ちかけられた。スポンサーは売れっ子心理コンサルタント。彼は「純粋な悪」を研究課題にしており、アルバイトは実験の協力だという。集まった大学生達のスマホには、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされる。スイッチ押しても押さなくても1ヵ月後に100万円が手に入り、押すメリットはない。「誰も押すわけがない」皆がそう思っていた。しかし……。(粗筋紹介より引用)
 2021年、「スイッチ」で第63回メフィスト賞受賞。改題、改稿の上2021年4月、講談社より単行本刊行。

 潮谷験を読むのは初めて。話題作が色々出ているので、まずは最初から読んでみようという気になった。ただ、こんな風変わりな話だとは思わなかった。
 こんなアルバイトでいったいどんな話になるのか。先が読めるようで読めない。それに加え、宗教論は出てくるわ、登場人物の過去が重いわ、殺人事件は起きるわ。色々と絡んできて、ストーリー自体はスムーズに進んでいくのに、中身はぐっちゃぐちゃという妙な展開。妙としか言いようがないけれど、読める話になっているから不思議だ。しかも登場人物の誰にも共感できないというのに。
 なんだかんだ進んで着地すると、意外とそこはきれいな景色になっているというのも不思議。出鱈目としか思えないような話なのに、なぜ最後はまとまるのだろう。
 こんな言動や行動有り得ないよ、など思いながら、それでも読み進められるミステリ。これもやっぱり作者の腕がいい、と言ってよいのだろうか。称賛するような作品じゃないと思いつつ、それでもやられちゃったなと諦めてしまった。

阿津川辰海『デッドマンズ・チェア』(KADOKAWA)

 「伝える」の能力で捜査に貢献してきた小鳥遊沙雪が、横浜で人質としてつかまった。犯人は、駆け落ちしてきたという中国人の少年(リー)天祐(ティエユウ)と少女(ヤン)美鈴(メイリン)。マフィアのボスである少女の父が送り込んだ能力者狩りの殺人集団に追われ、沙雪は二人と逃走することに。翌日、警視庁公安部公安第五課、通称「コトダマ犯罪調査課」(SWORD(ソード))チームの永嶺スバルは、彼女の異常事態を察知した。鳥類連続狙撃事件と首が折られた死体の捜査と同時進行という、圧倒的不利な状況。永嶺は、新米捜査官が半数のチームを率いて形勢逆転を狙う――。本作から読んでも楽しめる、話題沸騰の「コトダマ犯罪調査課」シリーズ第二弾!(帯より引用、一部追記)
 『小説 野性時代』2025年3月号~9月号連載。加筆修正のうえ、2026年3月刊行。

 『バーニング・ダンサー』に続く「コトダマ犯罪調査課」シリーズ第二弾。
 コトダマの設定はある程度覚えていたが、登場人物の細かいところは忘れていたので、できれば主要登場人物を別途用意してほしかったな。それに、チームのボスである三笠葵がもたらす不協和音は、前作を読まないと理解しきれないと思う。
 複数の事件が同時進行し、チームの面々は分かれての捜査に当たる。ただでさえ半数が素人で、さらに戦力がダウンしているのに、しかも一人は攫われた状態。場面が細かく切り替わることも併せたスピーディーな展開で、サスペンスの盛り上がりはさすがと言える。
 ただ事件の謎解きやその後の展開を含め、力業で強引にねじり伏せようとしている感が強い。その分、並行しているストーリーが密接に絡まず、バラバラなままで終わってしまっている。読み終わってみると、作者よこれでいいのか、と聞きたくなるぐらい仕上がりが荒い。作者、仕事しすぎじゃないか。
 それにしてもこのシリーズ、どこへ着地点を持っていくのだろう。不穏な空気のまま、次作まで待つのはちょっと辛い。なんだかんだ言っても続きが気になるので、次作を楽しみに待っている。

駄犬『最後の魔法』(新潮文庫nex)

 魔法使いが存在する現代。しかし科学の発展により役割を失い、その社会的地位は高くない。そんな世界で魔法使いを目指す南雲桜子と、彼女を支える一般人の志波凜。小学校で出会った二人は、親友として多くの時を共に過ごし、次第にそれぞれの道を歩み始める。果たして彼女たちの人生の先にあるものとは。そして最後の魔法とは何か。これはひとりの魔法使いが起こした奇跡の記録。(粗筋紹介より引用)
 「小説家になろう」に投降された作品をまとめた、文庫オリジナル作品。2026年3月、刊行。

 『誰が勇者を殺したか』シリーズがヒットしている駄犬の新刊。『誰が勇者を殺したか』でイラストを担当しているtoi8が、本作のカバー挿画を担当しているので、大いに期待していた。
 主人公は二人。魔法使いの祖母がいる南雲桜子と、一般人の志波凜。小学一年生で知り合って親友となり、魔法使いを目指す桜子を凛は応援し続ける。しかし大学は別々となり、徐々に二人は別々の世界を歩むようになる。凜は就職して結婚、家庭を持つ。桜子は魔法を使った舞台を魅せるアーティストとして名を馳せるようになる。
 魔法使いが存在する世界だが、魔法といっても文明の発達に比べれば小さなもので、それも厳しい訓練が必要。桜子の魔法も、掌に小さな炎が灯る程度のもの。しかし魔法使いは修業を重ねれば、「最後の魔法」を使えるようになる。
 桜子と凛、そして二人を取り巻く人々の独白で視点がどんどん切り替わり、短い章がつみかさねられながら時と物語は進んでいく。正直言って、ストーリーの起伏は小さい。淡々と物語の時は進んでいく。しかもそれがラストまで続く。しかし「最後の魔法」の正体が明らかになった時、読者が抱く小さな違和感と疑問がすべて伏線であることに気付く。ただそれでも、アッと驚くようなものではない。
 しかし読み終わって時間が経つと、じわじわとこの二人の物語が心に染みてきて、振り返りたくなる。多好感まではいかないけれど、小さな幸せに周りも温かく包まれる、いつまでもそこに居たいと思わせる空間。静かな感動がそこにあった。
 作者は真意を見せない行動・言動を主人公、もしくは重要人物にとらせ、最後にその真意が明かされる手法を多くとっている。ユーモアでもサスペンスでも、それは変わらない。本作もそんな作品の一つ。今まではファンタジー世界がほとんどであったが、本作はあえて現代社会を舞台にもってきた。そして見事に着地させた。作者の実力がよくわかる一冊である。この静かな感動を、ぜひ読んでもらいたい。

フィリップ・マーゴリン『銃を持つ花嫁』(新潮文庫)

 人気写真家キャシー・モランの回顧展を訪れた小説家志望のステイシーは、一枚のモノクロ写真と出会う。花嫁姿の女性が海に向かって立つ後ろ姿。だが、女性の手には六連発銃が握られていた。写真に魅せられ小説化を考えたステイシーは、被写体の女性が十年前の撮影時に夫殺しで疑われていたことを調べ上げるが……。法廷スリラーの巨匠が一枚の写真に秘められた謎をサスペンスフルに贈る!(粗筋紹介より引用)
 2014年発表。2025年3月、邦訳刊行。

 作者のフィリップ・マーゴンは、刑事弁護人として25年努める。1978年に『封印された悪夢』でデビュー。1993年、第三作目の『黒い薔薇』がベストセラーに。1996年に専業作家となり、本格的に小説家として活動。1990〜2000年代に長編八作が翻訳された。本書は20年ぶりの翻訳となる。
 作者の名前は聞いたことがあったが、読むのは初めて。著作リストを見ると『ミステリマガジン』に短編が掲載されていたので読んでいるはずなのだが、全く覚えていない。
 表紙をめくるといきなり「銃を持つ花嫁」の写真が出てくる。白いウェディングドレスと銃身の長い六連発銃のミスマッチが印象的な写真で目を惹かれる。主人公の一人であるステイシー・キムも同じだった。
 第一部は2015年。元弁護士で写真家のキャシー・モランの写真展で、マンハッタンの法律事務所に勤める小説家志望のステイシーがこの写真に魅せられ、この写真を題材に小説を書こうと決心する。
 第二部は2005年。カリフォルニアの実業家のレイモンド・ケイヒルが、オレゴン州のシレッツ郡の郡庁所在地パリセイズ・ハイツでメーガンとの結婚式を挙げたが、別荘に戻った夜、何者かに射殺され、コインや切手、アンティークの銃のコレクションが入っていた金庫からいくつか盗まれた。通報者はキャシー・モラン。バーテンダーの彼女は仕事が終わって帰宅中の深夜2時、海岸でウェディングドレス姿のメーガンが銃を持ったまま海辺に立っているのを見つけ、その美しさに思わずカメラを向けた。撮影後、記憶がないという彼女の家に戻って死体を見つけ、事件を通報したのだった。司法次官補のジャック・ブースは捜査を手伝うことになる。
 第三部は2000年。地区検事補のジャック・ブースはある殺人事件で、大物麻薬ディーラーのゲイリー・キリブライドを起訴した。裁判所で対峙した弁護士は、キャシー・モランだった。
 第一部から第三部まで時を時を戻していくうちに、登場人物の人間関係と因縁が明らかになっていく。第四部は再び2005年に戻り、ケイヒル事件の捜査が続く。そして第五部、第六部は2015年に移り、新たな事件が発生することで全ての事件の背景が明らかになる。
 構成が非常に巧み。時を過去に戻すことで主要登場人物の因縁がわかるようになっている。そして2005年の捜査、さらに続く事件を通し、複雑な人間模様を描いていく。そして再び2015年に戻り、スピーディーでサスペンス溢れる展開が待ち受け、誰もが見逃していた証拠により全ての事件の全容が明らかになる。登場人物は多くはないが、主要登場人物の人間関係が複雑。さらに恋慕が重なることで、人物の絡みがより深まっていく。最後の方になるまで着地点が全く見えてこない描き方も上手い。特に一枚の写真の使われ方が絶妙である。
 最後までどうなるか分からず、サスペンスとロマンスと謎が絶妙にブレンドされた良作。ベストセラー作家ならではの巧みの腕である。

木元哉多『閻魔堂沙羅の推理奇譚』(講談社タイガ)

 俺を殺した犯人は誰だ? 現世に未練を残した人間の前に現われる閻魔大王の娘――沙羅。赤いマントをまとった美少女は、生き返りたいという人間の願いに応じて、あるゲームを持ちかける。自分の命を奪った殺人犯を推理することができれば蘇り、わからなければ地獄行き。犯人特定の鍵は、死ぬ直前の僅かな記憶と己の頭脳のみ。生と死を賭けた霊界の推理ゲームが幕を開ける――。(粗筋紹介より引用)
 2018年、第55回メフィスト賞受賞。2018年3月、刊行。

 父と喧嘩して家出した緒方智子は、友達に断られ、所属するソフト部の部室で一夜を過ごすことにした。しかしロッカーの上にあったリュックからビデオカメラを見つけたとき、絞殺されてしまった。閻魔大王の娘である沙羅に頼み込み、死者復活の謎解き推理ゲームに挑む。私を殺したのは誰か。「第1話 緒方智子 17歳 女子高生 死因・絞殺」。
 鶏肉専門会社の市川営業所に勤める浜本尚太は、仕事でいつも失敗ばかり。今日も注文された鶏の産地を間違え、休日出勤する羽目に。さらに送ったはずの鶏肉がまだ届いていないとの連絡を受けて慌てて冷凍庫に行くも、棚から荷がダンボールが崩れてきてそのまま気を失い、凍死。ところが沙羅が口を滑らせ、事故ではなく殺人であることを知った尚太は謎解きに挑む。「第2話 浜本尚太 27歳 会社員 死因・凍死」。
 門井聡子は老舗呉服屋の長男と見合い結婚。意地の悪い舅と姑、頑固者の夫も亡くなり、一人暮らし。死期が近づいて気になるのは、三十年前に家業を継がず、家を飛び出したまま消息不明の息子・誠司のこと。老衰で亡くなった聡子は、沙羅に誠司がどこで何をしているのか教えてほしいと頼み込む。「第3話 門井聡子 82歳 無職 死因・老衰」。
 中高は喧嘩で明け暮れ、悪名高い練馬愚連隊の元総長であったフリーターの君嶋世志輝は、唯一の肉親であるフリージャーナリストの兄・光輝から電話を受け、兄の金庫からUSBメモリーを取り出し、指定されたライブハウスへ向かうも、やくざ風の男たちに囲まれ、撲殺されてしまう。沙羅は地獄行きを言い渡そうとするも、あちらこちらで人助けをしていて、総合点はプラス。とまどう沙羅に世志輝は報復死体から生き返らせろと迫る。「第4話 君嶋世志輝 20歳 フリーター 死因・撲殺」。

 閻魔大王の娘である沙羅が、殺された相手にゲームを持ちかける。10分で殺人犯を推理できれば生き返らせ、ダメなら地獄行き。非常にわかりやすい設定だ。はっきり言ってただの推理クイズで終わりそうなところだが、生き返らせた後のストーリーで何とか読み物として成立している。
 とはいえ第1話、第2話を読んで飽きが来たのだが、第3話でやられた。あまりにもわかりやすい、そしてあざといと言っていいストーリーなのだが、こういうのに弱いんだよな。そして第4話は主人公のキャラクターがよかったな。問題ばかりを起こしつつも、実は人助けも数多いという主人公が楽しい。この主人公の続きをもう少し読みたくなったぐらい。
 既にシリーズが何冊も出版されているのだが、ワンパターンになりそうなので次の作品を読む気は起きない。ただ、時間つぶしにはちょうど良い作品だと思う。少しは沙羅自身の物語もあるのかな、という気にはさせられた。

トマス・ハリス『ハンニバル』上下(新潮文庫)

 あの血みどろの逃亡劇から7年――。FBI特別捜査官となったクラリスは、麻薬組織との銃撃戦をめぐって司法省やマスコミから糾弾され、窮地に立たされる。そこに届いた藤色の封筒。しなやかな手書きの文字は、追伸にこう記していた。「いまも羊たちの悲鳴が聞こえるかどうか、それを教えたまえ」……。だが、欧州で安穏な生活を送るこの差出人には、仮借なき復讐の策謀が迫っていた。(上巻粗筋紹介より引用)
 レクター博士はアメリカに帰還する。執念を燃やす復讐鬼は、クラリスを囮に使って博士をおびき出す計画を整えつつあった。その先には、究極の美食家に対する究極の屈辱となる報復が用意されている。かくして、 “怪物と天使"の運命は凄絶に交錯するときを迎えた……。スティーヴン・キングをして「前作を凌ぎ、『エクソシスト』と並んで20世紀に屹立する傑作」と言わしめた問題作、登場。(下巻粗筋紹介より引用)
 1999年、発表。2000年4月、邦訳刊行。

 あの『羊たちの沈黙』から11年。ついに続編が登場。作品世界は、あれから7年経過している。
 とはいえ、あまり覚えていないのだよな、実は。『羊たちの沈黙』は出版されてから割と早く読んだのだが、本書はなかなか読む気にならず。そのまま放置していたのだが、ダンボールの底から出てきたので読んでみた。だけど、『レッド・ドラゴン』含めかなり内容を忘れていたので、作品世界に没頭できなかったというのが本音。
 正直、前作までの恐怖は感じなかった。舞台が拡がり過ぎじゃないか、これは。まあ、エンタメとしてはそこそこ楽しめたのだが。
 だめだ、これ以上何も書く気が起きない。20年以上も寝かせすぎたな、自分。実質、30年ぶりに続編を読んだようなものだからな。自分が悪いんです、ハイ。

方丈貴恵『盾と矛』(KADOKAWA)

「絶対に逃さない探偵」vs.「必ず無罪にする仕事人」。対極の二人が繰り広げる究極の推理合戦。
 罪を犯した者を必ず捕らえて有罪にする「絶対に逃さない探偵」草津正守。旧友である霧島は、草津の「助手」として彼の探偵事務所に勤めている。ある日、雪山の別荘で発生した殺人事件の調査が舞い込み、霧島は現地調査へ向かう。事務所に戻った霧島から報告を聞いた草津は、すぐさま犯人を見抜く。早くも事件解決――と思われた矢先、犯人確定に必要な証拠が「消失」してしまう。事件を隠蔽・捏造して犯人を確実に逃がす「必ず無罪にする仕事人」ヒミコが裏にいると気づく草津。
「事件は犯人が分かってからが本番だよね」 草津は霧島と共に現地へ臨場し、仕事人ヒミコとの上書き推理合戦に挑む!(帯より引用)
 2026年3月、書下ろし刊行。

 K&K探偵事務所の安楽椅子探偵、草津正守。常に悪運に遭遇し、謎が不可解であればあるほど喜ぶ、知の領分の名探偵。四年半前から警視庁に協力するようになる。助手、霧島央太郎。フィリピンに渡航するなり知人に騙されて借金漬けになり、犯罪組織の幹部の下で八年働く。幹部が殺されたのに乗じて帰国。幼馴染である草津と再会して二年半、草津の代わりに現場に赴く、暴の領分の助手。二人と対峙するのは、ヒミコこと氷見(ひみ)朱飛(あすか)。犯罪者から依頼を受け、表舞台に姿を見せることなく、証拠の隠滅や犯人の捏造を行い、依頼人の無罪を作り出す。草津と氷見は、「縦と矛」の関係だった。
 良作を連発する方丈貴恵の新作は、名探偵と無罪請負人が対峙する本格ミステリ。二人は三つの事件で対峙する。
 事件の謎の解決を二段構えにするのは割とあるプロットであるが、本作は答えを上書きしてしまうという趣向。主人公が犯罪者の有罪を無罪にするというだけなら昔からよくあるが、有罪と無罪が両端にある天秤をどちらに倒すかを巡って名探偵と犯罪者が智の戦いを繰り広げるというのは聞いたことがない。しかも単純に有罪無罪を争うだけでなく、事件の裏に隠された真実にもドラマがあるのだから、面白くなるのは当然である。
 安楽椅子探偵の謎解き、有罪無罪を争うサスペンス、殺人事件に隠された真実、そして「盾と矛」の関係にある二人の攻防。最後まで読者は、目を話すことができない。読了後、本格ミステリにまだこんな仕掛けとプロットがあったのかと、読者は唸るしかない。これは傑作と言っていいだろう。作者はまた、新しい代表作を生み出した。

南海遊『檻神館双極子殺人事件』(星海社 e-FICTIONS)

「ーー僕はね、この国で最初の本格Mystery作家になるのさ」
大正(※)二年四月。帝国大学校へ入学するため上京した華族令嬢・竜尾院(りゅうびいん)絢子(あやこ)は、文士のような青年ーー綾城(あやぎ)創志(そうし)と出会う。
「私の生家ーー檻神館(おりがみかん)に隠された暗号の秘密を、暴いて欲しい」
 帝国大学校で親友となった折上(おりがみ)(つばめ)からそう頼まれた絢子は燕の助けになるために、作家志望である創志は新作の取材のために檻神館を訪れる。
「神を閉じ込めた」館で二人を待ち受けていたのは、呪いにも似た謎が(ひし)めく殺人事件だった……。
「館」×「密室」×「暗号」の●●本格ミステリ(帯より引用) ※作中では大正の「正」は上部に「一」を加えた異体字
 2026年3月、書下ろし刊行。

 南海遊のミステリ三作目は、まさかの大正ミステリ。もっとも「正」の字が異字体ということもあり、架空の世界が舞台である。
 舞台が「檻神館」ということで、折り紙が絡みそうというのはすぐに想像がつく。標題が「双極子」ということで双子が絡みそう、と思っていたら、登場人物の多くが双子。もしかしてこの架空の世界、双子が生まれやすいのか。大正時代にしては開放的に見える登場人物が多いけれど、架空の世界ならこれもまた有りか。まあ、変に当時の言葉でしゃべられるよりは読み易い。
 暗号は最初から解く気力は起きなかったが、十字ロープの密室の謎はわかりやすい。その後の連続殺人も、ミステリファンなら大まかなところは予想がつくのではないか。ただ本作品は、連続殺人事件のトリックよりも、時代背景と舞台を、殺人事件の謎と動機に絡み合わせているのが肝である。社会へ飛びだそうとする女性、というのも大きいテーマである。
 とはいえ、過去二作のトンデモ度と比べると、かなり落ち着いた仕上がりになっている。作者への期待度と比べると、拍子抜けしたことも事実。それに殺人のトリックが既知のものでアレンジすらほとんどないというのは残念だし、執拗な双子設定も今更感が強い。それでいて犯人側も探偵側もかなり強引であるため、すっきりしない。それを上回るストーリーがあればよかったのだが、そちらも目新しい展開がない。多分ストーリーに重点を置いたのであろうが、もうちょっと起伏のある展開が欲しかった。作者の狙いがうまくいったとは言えないのが残念である。
 ヒロインが愛読している女流作家B・フォレスターって誰なんだろうと思って検索すると、作者が書いた『傭兵と小説家』の登場人物、バーダロン・フォレストとのことらしい。もしこちらを先に読んでいたら、この作品の印象がもう少し違ったものになったかもしれない。
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